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エピソード 3ー5

 狩猟大会。

 普通の動物を狩るのではなく、森に潜む魔物をターゲットとしている。国が主催する年に一度の大会で、スポーツであると同時に、魔物を間引くことが目的とされている。


 そういった事情もあり、参加には相応の危険が伴う。

 傷付く者の大半は護衛だが、死傷者が出る年も珍しくはない。


 ただし、年間の魔物による被害から考えれば微々たるものだ。身内の不幸に悲しむ者はいても、大会で死傷者が出たからと騒ぎ立てる者はいない。


(そのような価値観だから、暗殺するのにも躊躇いがないんでしょうね)


 この国の人間は人の死に慣れすぎている――と、死を撒き散らしていた筆頭が心の中で独りごちた。そのアリアドネは、パンツルックで馬に乗って護衛を引き連れている。

 競技者として、狩猟大会に参加するつもりなのだ。


 ちなみに、安全な観覧席には令嬢も多く参加している。

 というか、令嬢が気になる殿方の無事を祈ってハンカチを贈ったり、殿方が気になる令嬢に魔物から得た魔石を捧げたり――意外とロマンスがあふれていたりもする。


 だが、令嬢が狩猟に参加するというのは非常に珍しい。

 アリアドネの勇姿に、会場にいた者達がざわめいている。


 ちなみに、純粋にアリアドネを心配する声もあれば、女性であることを理由に揶揄する声もある。だが一番大きいのは、ご令嬢達の黄色い声だった。


「……はぁ、あの輝く瞳、とても素敵ですわ。わたくし、彼女にハンカチを贈ろうかしら」

「気持ちは分かるけど、彼女はレストゥールの皇族よ。いくら先代陛下に許された存在とはいえ、近付くのはやめておいた方がよろしくてよ」

「ですが、彼女はアメリア前王妃のお命を救ったという話ですよ?」

「そうでしたわね。では、オリヴィア王女殿下は彼女のことをどうお思いなのですか?」


 令嬢達の視線が、輪の中心にいたオリヴィアに集まる。彼女は先代国王陛下の忘れ形見、アルノルトの妹である。

 彼女は扇で口元を隠し、「そうですわね……」とアリアドネに視線を向けた。


「様々な噂を耳にしますが、やはり直に話してみなければ分かりませんわ。ただ、お母様を救っていただいたことは、心から感謝しています」


 ――とまあ、そんな感じで騒いでいる。アリアドネのもとにすべてが聞こえてくる訳ではないけれど、オリヴィアの視線には気付いている。


(オリヴィア王女殿下かぁ……苦手なのよね)


 陛下が亡くなった直後に、アメリア前王妃が産んだ前陛下の忘れ形見。同じ15歳ながら非常に優秀で、人々を惹き付けるカリスマ性がある。

 常に正しき道を行き、アリアドネのまえに何度も立ちはだかった。アリアドネが第二王子派の悪逆皇女なら、オリヴィアは第一王子派の聖王女である。


(よし、逃げよう)


 戦略的撤退とばかりにその場を立ち去った。だが、アリアドネはどこに行っても目立つ。新たな場所でも注目の的になっていたアリアドネのもとに、ジークベルトが近付いてきた。


「……誰かと思えばアリアドネではないか。そのような恰好でなにをしている? ……まさか、狩猟大会に参加するつもりか?」

「ジークベルト殿下、そのまさかですわ」

「ははっ、止めておけ。おまえには無理だ」


 アリアドネはこめかみを引き攣らせた。


(落ち着けー、落ち着くのよ、私。侮ってくれた方がいいじゃない)


 ジークベルトに限らず、この国の貴族達は、男と女で役割を分けて考える節がある。

 だが、ジークベルトはどちらかといえば実力主義だった。基本的な考えは他の貴族と変わらないが、使えるのなら男でも女でも関係ない、というスタンスだ。

 その彼が、アリアドネにさきほどのような発言をした。それはつまり、アリアドネの欺瞞が上手く作用した結果、彼がアリアドネを侮っている、ということに他ならない。


 なのに、ここで実力を見せるのは下策だ。

 侮られたままにしておいた方がいいに決まっている。


「恥を掻きたくなければ、観覧席で大人しくしているんだな」

「――あら、大丈夫ですわ。私の護衛騎士は優秀ですから。そうだ、ジークベルト殿下、私と貴方の護衛騎士、どっちがより多く魔物を狩るか勝負しませんか?」


 年相応の子供のように無邪気な笑みを浮かべ、どうせ魔物を狩るのは護衛の騎士なんでしょ? と毒を吐く。ジークベルトの顔が一瞬だけ引き攣った。


「……まあ、そこまで言うのなら好きにしろ。せいぜいがんばるんだな」


 ジークベルトはそう言って立ち去っていった。

 それを見送っているとハンスが口を開く。


「アリアドネ皇女殿下、たしかに実際に魔物を狩るのは我ら護衛の仕事ですが、それは護衛を従える主の力、と言うことになるんです。ですから、その……」

「ジークベルト殿下がなにもしていない、みたいに言うのは止めろって?」


 言い淀むハンスに対し、アリアドネは小悪魔のように笑った。


「……まさか、わざとですか?」


 アリアドネはそれに微笑を浮かべることで応じた。


「……勘弁してください。王族に毒を吐くなど、肝が冷えましたぞ」

「分かってる。もうしないわ」


 ジークベルトにされたことを考えれば些細な反撃だが、それで彼の敵愾心を煽るのは得策ではない。しばらくは大人しくしていようと誓う。

 もっとも、その手の誓いを、アリアドネが守ったことはあまりないのだけど……

 閑話休題。

 狩猟の準備を進めていると、今度はアルノルトがやってきた。


「アリアドネ皇女殿下、その恰好はもしや……?」

「ええ、狩猟大会に出場するつもりです」

「危険です。毎年多くの者が怪我をしています。貴女になにかあったらどうするのですか。魔物が欲しいのなら私が捧げますから、どうか危険な真似は止めてください」

「心配してくださるのはありがたいですが、私は狩りを止めるつもりはありません」


 アリアドネがそう口にすると、アルノルトは小さく息を吐いた。アリアドネの年齢や華奢な体付きを見れば、その反応も無理はない。

 だが、回帰前の記憶を持つアリアドネは実戦経験も多く積んでいる。回帰後も訓練を積むことで、失った体力や魔力も当時のレベルに近付きつつある。


(なんて、説明する訳にはいかないものね)


 ジークベルトのように見下すのではなく、純粋にアリアドネのことを心配してくれている。その心遣いは心地よいのだが、アリアドネの目的は襲撃事件を防ぐことだ。


「アルノルト殿下、心配してくださるのなら、狩りに同行させていただけませんか?」

「それは……」


 アルノルトは言葉を濁す。

 次の瞬間――


「アルノルト殿下が向かわれるのは森の深部です。アリアドネ皇女殿下が同行するには少々危険な場所と言えるでしょう」


 アルノルトの背後に控えていた騎士が口を挟んだ。


(クラウス・レーヴェ。今日亡くなる運命を持つヘンリック騎士団長の息子ね。回帰前にぶつかり合ったときは優秀だったけど、いまはまだ未熟と言ったところかしら?)


 主の会話に騎士が割って入るのは礼を逸した行為だ。もちろん、主を護るために必要な行動ならば許されるが、決して褒められた介入の仕方ではない。

 その証拠に、クラウスは隣に立つ騎士に諫められている。


(でも、ハッキリ言われてしまった以上は引き下がるしかないわね)


「そういうことであれば同行は諦めます。わがままを言って申し訳ありません」


 アリアドネが頭を下げれば、アルノルトが困った顔をする。


「いえ、気にする必要はありません。出来れば、参加も諦めて欲しいところではありますが」

「残念ながらそれは出来ませんわ」

「……そうですか。ならばせめて、護衛騎士達の言うことを聞くと約束してください」

「もちろんですわ、アルノルト殿下」


 そんな気はサラサラないと言うのに、アリアドネは満面の笑顔で頷いた。だが、それを知るよしもないアルノルトは、アリアドネの背後にいる騎士達へと視線を向ける。


「私が言うまでもないことだが、主をよくよく護ってくれ」

「はっ。アルノルト殿下のお言葉、胸に刻み護衛にあたります」


 ハンス達がかしこまる。それを確認したアルノルトは去っていった。

 こうして、狩猟大会が始まる。

 各々が森へ入っていき、アリアドネの一行もまた、馬に乗ったまま森へと入ったのだが――


「アリアドネ皇女殿下、魔物が現れました。我々の背後で――」


 アリアドネがパチンと鳴らせば、狼型の魔物は爆散した。

 その光景に、護衛の騎士達が目を見張る。


「ア、アリアドネ皇女殿下、いまのは?」

「……え? あぁ、毛皮とかを得るのが目的なら、爆散させるのはまずかったわね。ごめんなさい、次からは気を付けるわ」

「い、いえ、そうではなくて……」


 ハンス達はアリアドネの実力を目の当たりにして言葉を失っている。だが、発揮する機会がなかっただけで、アリアドネはもとから優秀なのだ。

 しかも、日々の鍛錬を続けることで、いまの彼女は回帰前の実力を取り戻しつつある。


 それを意図的に見せつけた。彼らが自分の命令を優先するようにするための布石として。ゆえに、『私、なにかやらかしたかしら?』みたいな態度はわざとである。

 満を持して、アリアドネは作戦を次の段階に移行する。


「さて。それでは森の深部に向かいましょう」


 クラウスが森の深部に向かうと言っていたし、開始時にアルノルトの一行が向かった方角も確認している。なにより、狩猟大会に使われる領域には印があり、深部と言ってもそれほど広くない。森の中でアルノルトを見つける自信はあった。

 だが、深部に向かうというアリアドネの発言にハンスが難色を示す。


「アリアドネ皇女殿下、魔物は奥に行くほど強くなる傾向があります。深部に向かわれるのは危険です。狩りならこの辺りでいたしましょう」

「忠告ありがとう。でも深部に向かうのは決定よ」

「アリアドネ皇女殿下!」


 声を荒らげたハンスの瞳には、絶対に無茶をさせないという強い意思が感じられる。アリアを護れなかったことで、今度こそという想いに駆られているのだろう。


「ハンス、貴方の心配はもっともよ。でも私の目的は狩りじゃないの。レストゥールの未来のために、どうしても深部にいく必要があるのよ」

「それは、一体どういう……」

「残念だけど、いまはまだ言えないわ。でも、これからの行動でそれを証明してみせるわ。だからどうか、私を信じてくれないかしら?」


 ハンスを見て、それから他の騎士達を見る。

 アリアドネは彼らの主だ。だが、従来の主は護られるべき存在だ。

 騎士は主を護るため、主の命令に逆らうこともある。


 ゆえに、彼らがアリアドネの指示に従うかどうかは、彼らがアリアドネを護るべき主だと見ているか、それとも付き従うべき主だと見ているかによって変わる、

 正直、幼く、主人になったばかりのアリアドネには分の悪い賭けだった。

 だけど――


(ここで彼らが従ってくれなければ、ヘンリックを救うことは不可能よ)


 だから、どうか――と、アリアドネは胸のまえでぎゅっと拳を握り締める。

 次の瞬間、ハンスが馬を下りてその場にかしこまった。続けて、他の騎士達も馬から下り、一斉にその場にかしこまる。


「もとより、俺は貴女の剣になると誓った身なれば、ご命令に従うまででございます」

「……ありがとう。ならば、私に付いてきなさい」

 

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