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エピソード 3ー2

 アルノルトの来訪を聞かされたアリアドネは、彼の待つ客間へと急いだ。そうして部屋を訪ねると、彼は窓辺の席で本を読んでいた。

 窓から差し込む光を浴び、彼の金髪がキラキラと輝いている。回帰前の人生を経たアリアドネにとっては年下感覚だが、その姿は思わず見惚れるくらいには絵になっている。

 そうして見惚れていると、視線に気付いたアルノルトが顔を上げる。


「アリアドネ皇女殿下、急に訪ねてきて申し訳ありません」

「いえ、こちらこそお待たせしました」

「ジークベルト殿下に会っていたそうですが、大丈夫でしたか?」

「ええ、上手くやり過ごしましたから」


 アリアドネが微笑むが、それでもアルノルトは心配そうだ。

 とはいえ、アルノルトにとって、ジークベルトは対立派閥の旗印だ。自分が得るはずの王位を奪おうとする者と会っていたと聞いたのだから、警戒するのは当然だろう。

 ――と、アリアドネは思っているが、もちろん違う。回帰前の対人関係を引きずっているアリアドネはわりと鈍感だった。


(下手に言い訳をせず、本題に入った方がよさそうね)


「ところで、アルノルト殿下はどのようなご用件で?」

「ああ、そうでした。先日お願いされた品をお届けに上がりました」

「……まさか、その壁に並んでいるのがそうですか?」


 さきほどから、あえて意識から外していた壁際へと視線を向ける。そこには、最高級のドレスが、これでもかと言わんばかりに並べられている。


 異性から贈られたドレスを身に着けるのは、それなりに深い意味を持つ。それがパートナーから贈られたドレスならなおさらだ。ゆえに、アルノルトが後ろ盾になっていると証明するために、ドレスが欲しいと可愛らしくお願いしたのだが……いくらなんでも多すぎである。


「アリアドネ皇女殿下の好みが分からなかったので、似合いそうなドレスを用意しました。どうか、アリアドネ皇女殿下が好むドレスを選んでください」

「この中から、選ぶんですか?」

「当日に身に着けるドレスを選んでください。既に、これらはすべて貴女のものですから」

「……あ、はい」


 少し遠い目をして頷いた。アリアドネはその後、アルノルトが用意したドレスを片っ端から試着するハメになった。

 幸いだったのは、アルノルトが自分の好みを押し付けようとせず、アリアドネの好みを尊重してくれたことだ。


(ジークベルト殿下なら、勝手に決めておしまい、だったんだけどね)


 それに比べて手間は掛かったが悪い気はしない。アリアドネは純白の生地を基調に、青いフリルや刺繍を施したデザインを当日用のドレスに選んだ。


「アルノルト殿下、このドレスを当日用にさせていただきます」

「とてもよくお似合いですよ。そのドレスを身に着けたアリアドネ皇女殿下をエスコートできること、いまから楽しみにしていますね」

「はい。その……ご期待に添えるようにがんばります」


 ――と、色々あったが、アルノルトは軽く当日の打ち合わせをした後に帰っていった。こうして、当日の準備は整った。

 ほっと息を吐いていると、そこにハイノが現れる。


「ハイノ、そう言えばなにか用があると言っていたわね?」

「はい。実は……皇女宮の執務が滞っております」

「……え?」

「アリア皇女殿下が床に伏せっておられますので。私が処理できる分はしていましたが、どうしても皇女殿下のサインが必要な執務がありまして」

「……あぁ、そうね。そうだったわ」


 回帰前は、アリアが死亡したことで強制的にアリアドネが引き継いだ。だが、そのときのアリアドネはなにをすればいいか分からず、ハイノにすべて委任していた。

 今回も委任しているつもりでいたのだが、たしかにそういう話はしていない。


(最初から任せるという選択もあるけれど……)


「分かりました。お母様の代わりに私が執務をいたします」

「それは……」


 ハイノが困った顔をする。おそらく、任されることを望んでいたのだろう。


(ハイノのことは信じてる。彼に任せれば、皇女宮を維持するくらいなら心配する必要はないでしょうね。だけど、私はジークベルト殿下に対抗する力を手に入れなくちゃならない)


 それには、ハイノに任せるだけじゃ足りない。未来を知るという、最強のカードを持つアリアドネ自身が、執務の最終的な決定権を得る必要がある。


「ハイノ、お願い。お母様の力になりたいの。それに、最初から重要な案件を任せてとは言わないわ。判子を押すだけのような仕事もたくさんあるでしょう?」

「……かしこまりました。では、後ほど部屋に届けさせましょう」


 こうして、アリアドネは皇女宮の執務に関わることになった。


(な~んて、ハイノにしてみれば、私の能力なんてアテにしてないでしょうけどね)


 オママゴトをする子供を見守るような気分だろう。それでも、ハイノが用意してくれた書類はすべて本物で、アリアドネはそれらの書類に目を通していく。


「……って、ほんとにサインをするだけの状態ね」


 既に終了済みの案件で、確認のサインをするだけ。なんて内容も少なくない。それでも、ちゃんと内容に目を通し、一つ一つを確認した上でサインをしていく。

 そんな中、アリアドネは一つの収支報告書で目を留めた。


「……これ、こんな金額になるかしら? ああ、やっぱりおかしいわ」


 回帰前、ずっと執務に関わっていたからこそ分かる不自然さ。それに気付いたアリアドネは、その収支報告書に要調査という判を押した。

 その後も書類に目を通していくが、他の書類に問題はなかった。アリアドネは結構な数の書類にサインして、わずか半日でそれらの書類を処理してしまった。

 だが、最後の一枚を目にしたときに顔色を変える。


「騎士団の予算申請書、か」


 その予算申請書の内容自体には問題ない。ただ、騎士団と聞いて思い出すことがある。アリアドネは第二王子派として、第一王子が率いる騎士団に何度も謀略を仕掛けた。


 ゆえに、第一王子が率いる騎士団のこともよく知っている。なにか大きな事件がこの時期にあったはずだと、資料を調べたときの記憶を探る。


(騎士団……騎士団と言えば、王国騎士団の若き騎士団長、クラウスよね。彼がことあるごとに私の邪魔をして、そんな彼を牽制するために、私は闇ギルドを使ったんだっけ)


 回帰前のアリアドネにとっては煩わしい敵、つまりは非常に優秀な騎士だった。だが、当初の彼は、騎士団長になってまだ日が浅かった。

 彼が就任したのは、現時点から見て少し未来の話である。


(あれ? なら、それまでは誰が……っ)


 不意に思い浮かんだのは、クラウスが就任した理由だ。彼の父、ヘンリック騎士団長が亡くなったために、その息子であるクラウスが騎士団長に就任した、という話。


(そうよ。当時は母を亡くして落ち込んでいた時期だから気に留めていなかったけど、後から読んだ資料にあったはずよ。たしか……そう。アルノルト殿下が襲撃に遭い、騎士団長がその命と引き換えに殿下を救ったんだわ)


 つまり、いまから遠くない未来に、アルノルトの一団が襲撃されるということだ。そしてその時期を思い返したアリアドネは青ざめた。

 建国記念式典の三日前にある狩猟大会、その最中に襲撃は起きた。


(クラウスは生真面目だけど優秀な騎士よ。敵に回せば厄介だけど、味方にすれば頼もしい存在になってくれるはず。もちろん、その父親であるヘンリック騎士団長も)


 襲撃者は全員が自害したために黒幕は分からずじまいということで決着が付いている。だが、犯人は間違いなく第二王子派の誰かだ。

 つまり、これを未然に防ぐと言うことは、ジークベルトに一矢報いることにもなる。

 それに――


 ヘンリックが亡くなり、クラウスはその後を継いだ。

 そんな彼の領地を護っていたのは、未亡人となったヘンリックの妻だった。

 亡くなった夫のため、そして志を継ぐ息子のため、夫人が必死に守る領地に対し、アリアドネは容赦なく攻撃を仕掛けた。

 そして、クラウスを脅迫したのだ。

 これ以上家族を失いたくなければ、私の邪魔をするな――と。


(我ながら最低だったわね)


 その事実は回帰によってなかったことになっている。けれど、アリアドネからその記憶が消えた訳ではない。だから――


(私が陥れた善良な人々には償いを。私を利用した悪辣な人々には復讐を。これからヘンリックを助け、ジークベルト殿下には苦汁をなめてもらうわ)

 

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