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エピソード 2ー7

 侍女を追放した後、シビラの妹が皇女宮に連れてこられた。医師によると軽い喘息ということで、適切な治療を受ければ改善していくだろう――ということだった。

 元気になった場合は、メイドとして雇う予定である。そういうことがあってか、シビラはいままでよりも献身的にアリアドネに仕えるようになった。


 こうして、ジークベルトの密偵を排除して、忠実な侍女も手に入れた。アリアドネが味方になったシビラに最初に命じたのは、これからもジークベルトに情報を流させることだった。


 前提条件として、使用人として密偵を送りつけることは珍しくない。その上で、敵対関係にないのなら、見て見ぬフリをすることはわりとよくある話だ。


 ゆえに、シビラを使い、ジークベルトにある情報を流した。

 それは、デリラとルイーゼが密偵の身でありながらも横領に手を染めたため、アリアドネが仕方なく二人を切り捨てることにして、シビラはそれに協力した――という情報だ。


 これはつまり、二人が横領の罪を犯したので仕方なく放逐したが、ジークベルトに叛意があって二人を解雇した訳ではない、という意思表示である。

 だから、シビラのことは黙認しているという筋書き。


 加えて、デリラとルイーゼは横領を認めており、アリア暗殺未遂への関与は認める認めない以前に、話すら聞かれていないと命懸けで主張するだろう。

 更に言えば、シビラがアリア暗殺未遂に関与していないことは確認済みである。


 ゆえに、ジークベルト目線で考えたとき、危険な情報を持つ二人は別件で排除されており、無難な情報しか持たないシビラのみが密偵として残ったという状況。

 彼にとってまずい状況ではない。

 情報の内容を疑いつつも、シビラが情報を流しているあいだは利用しようとするだろう。


 という訳で、密偵の件はひとまず解決。

 いずれは探りを入れに来るだろうが、それはそのときになって考えればいい。そうして束の間の平和を手に入れたアリアドネは、久しぶりに気持ちのいい朝を迎えた。



「シビラ、今日は中庭を散歩するわ」

「すぐにご用意いたします」


 春色のドレスに着替えたアリアドネは軽い足取りで部屋を出る。

 すると、こちらへ向かってくるハイノと出くわした。


「アリアドネ様、何処かへお出かけですか?」

「ここのところ大変だったから、中庭でお茶でもしようかなって。そういうハイノは私になにか用事かしら?」

「その件は後で問題ありません。どうか、ごゆっくりおくつろぎください」

「……そう? ならそうさせてもらうわね」


 皇女宮の総轄である執事、ハイノは非常に有能だ。その彼が問題ないというのならと、アリアドネは中庭へと足を運ぶ。そこには紅い薔薇が植えられていた。

 回帰前のアリアドネは、その生花を好んで飾りとして身に着けていた。社交界の頂点に立ったアリアドネが、紅い薔薇と呼ばれた由来でもある。

 なのに――


「わあ、今年は紅い薔薇が咲いているんですね」


 シビラが驚きの声を上げた。


「今年はって……去年は違ったかしら?」

「ええ。去年までは、アリアドネ皇女殿下の髪と同じ、真っ白な薔薇が咲いていましたよ」

「……そう、だったかしら?」


 回帰前の人生を経たアリアドネにとって、‘去年’はずいぶんと昔のことになる。去年の花壇になにが植えられていたか覚えていない。


「でも、そっか……私の髪と同じ色の薔薇だったのね。それを植え替えるなんて、お母様はやっぱり、私のことが嫌いだったのね」

「そ、そんなはずありません!」

「無理にフォローしなくてもいいわよ」

「いえ、フォローじゃありません。と言うか、たしかめないと分からないじゃないですか。なので、あそこに庭師がいるので確認してみましょう。すみません~」


 シビラが庭師のおじさんを呼びつける。

 アリアドネの姿に気付いた彼は小走りに駆け寄ってきた。


「なにかご用でしょうか?」

「あの薔薇のことです。去年までは白い薔薇が植えられていましたよね?」

「ええ、たしかに白い薔薇が植えられていましたよ」


 シビラの質問に庭師が答える。答えが予想できるため、アリアドネはあまり乗り気ではなかったのだが、ここまで来ると答えが気になってくる。

 思わずといった感じでアリアドネが口を開く。


「……それを植え替えたのはなぜかしら?」

「覚えていらっしゃらないのですか? アリアドネ皇女殿下が、紅い薔薇が好きだとおっしゃったでしょう? それを聞いたアリア皇女殿下が植え替えるようにおっしゃったんですよ」

「……え? そう、だったかしら?」


 思わず耳を疑った。


「はい。その場にいましたから、よく覚えておりますよ」

「そう、だったの……」


 アリアドネはいままで、親の愛情を一切知らずに育ったと思い込んでいた。だけど、少なくとも、一欠片くらいの愛情はあった、ということだ。


「あの、アリアドネ皇女殿下?」

「なんでもないわ。教えてくれてありがとう。もう下がりなさい」

「かしこまりました」


 庭師はうやうやしく頭を下げて、それからささっと去っていった。


「ね、アリアドネ皇女殿下。確認してよかったでしょう?」

「そうね、褒めてあげる。でも、もし最悪の答えが返ってきたらどうするつもりだったの?」

「私はさきほどの会話を覚えていましたから」

「……え? あぁ、だから、紅い薔薇の一輪挿しだったのね」


 アリアドネの好きな薔薇を覚えていた、ということだ。


「やはり優秀ね。それじゃ、そんな優秀なシビラにお茶の用意をお願いしようかしら」

「お任せください!」


 シビラは嬉しそうに笑って飛んでいった。それを見送り、中庭にあるテーブルに腰を下ろす。そうして想いを巡らすのは母親のことだ。


「お母様は……私のことをどう思っていたのかしら?」


 愛されていないと思っていた。

 でも、アリアドネが好む色の薔薇に植え替えた事実がそれを否定する。なにより、彼女は自分が殺されそうな状況で、アリアドネを救う為に動いた。


(お母様がどう思っているのか知りたい)


 だが、彼女はいまも意志を示すことが出来ないでいる。

 アリアが回復するまで待つしかないだろう。


 そんなことを考えていると、シビラがお茶を持って戻ってきた。だが、戻ってきた彼女は独りではなく、後ろに女性を二人ほど引き連れていた。


「お待たせしました、アリアドネ皇女殿下」

「それはかまわないけど、後ろにいる二人は?」

「はい。新しく雇った侍女とメイドです。彼女は既にご存じですよね」


 示された女性の顔を見たアリアドネは表情を落とした。


 ピンクゴールドのツインテールに、緑色の瞳を持つ気の強そうなお嬢様。グラニス伯爵家のご令嬢である彼女は、先日突っ掛かってきたアシュリーだ。

 彼女は第一王子派の連絡役として送られてきたのだろう。


「アシュリーです。どうか、よろしくお願いいたしますわ」


 澄まし顔で挨拶をする。

 さすがに、侍女の身で主に突っ掛かるつもりはないらしい。


「……貴女、ちゃんと時と場合をわきまえているのね」

「わ、私をなんだと思っているんですか!?」

「冗談よ。これからよろしくね」


 アリアドネは満足気に笑った。

 それから、続けてもう一人の女性に視線を向ける。


 茶色の髪の彼女はアニス。黒い太陽のマスターの妹だ。

 先日の一件で彼女が第二王子の伝令役の振りをしていたのは、デリラ達が知らない使用人で、演技が上手そうな人間を連れてきて欲しいと、ハイノにお願いした結果だ。

 もちろん、それによってアニスが雇われるように、アリアドネが働きかけたのだが。


「メイドのアニスです。どうか、よろしくお願いします」

「ええ、貴女の働きに期待しているわ」


 素知らぬふりで社交辞令を交わすが――


(私の使用人、キャラが濃すぎじゃないかしら?)


 二重スパイと、第一王子の連絡役と、闇ギルドの諜報員。ハッキリ言って、まともな使用人が一人もいない。だけど、それくらいで慌てるアリアドネではない。


(ま、この程度の逆境なら、回帰前にいくらでも経験したものね)


 だから問題ないと、今後について考える。だけど、今日の問題はそれで終わらなかった。

 別のメイドから、第二王子の訪問を告げられたからだ。

 

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