表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無詠唱聖女の旅行記  作者: 冬の月
1/1

目覚めと別れ

書きたいところまでいかなかったので、連載にしてみました。



ああ、今回も私はいらない子なのね。

寝室でひとり、カレンは、ほうっと息を吐きだし、ゆっくりと目開いた。


妹のローズに婚約者を奪われ、ショックで倒れたのが3日前。

そのまま高熱で寝込んでいる最中に思い出したのは、2度の人生の記憶があるということだった。

一度目は豊かな国の王女として生まれるも、継承権争いに巻き込まれ強い魔力を理由に離宮に幽閉、兄弟達に罪を着せられ処刑。

二度目は魔力が人並みだが、浄化能力を見出され聖女として育てられる。過度な能力の行使で浄化能力が低下。国から追放の挙句、移送中に信頼していた側近に暗殺。


二度あることは三度ある。仕組みはわからないが、転生というものが自分の身に起きていることは寝込んで記憶を整理している間に把握した。ひとつ前の人生では、側近に裏切られた際に記憶が戻り、今回は婚約破棄をきっかけに思い出したことから、どうやら自身に何らかの強いショックを受けると記憶が戻るらしい。


貴族の令嬢として生まれた三度目の人生は、魔力の使い方を学ぶ機会もなければ、浄化能力を見出されることもなかったが、周囲には自分を愛してくれる人がいなかった。

物心つく頃には、家族は愛らしい妹を中心に動いていた。カレン自身も、それが当たり前になっていた。

カレンを常に後回しにする家族の態度は自然と使用人たちにも影響した。最低限の世話はするが、自分とほかの家族とでは扱いが違うことをカレンは気が付いていた。

そしてカレンが心から信頼できる人は婚約者のミハエルしかいなかったが、その婚約者すら、妹を選んだ。

今こうして寝込んでいる時も、さすがに最低限の世話はしてくれたようだが、常に誰かが傍にいてくれることはなかったようだ。


(のどが、乾いたわ。)

ゆっくり身体を起こし、少し離れたところに水差しといくつかの果物が用意されていた。

周囲には他に人の気配はない。

(記憶が戻る前なら誰かが来るまで待つだけだったでしょうけど。)

身体を動かすことをあきらめ、目を閉じ意識を体内の魔力へと切り替える。

(あった。)

再び目を開き、視線を近くのテーブルに用意されていた水差しへと向ける。

水差しの水面がゆらりと揺れると、その一部が跳ね、複数の小さな球体になって空中に浮く。声は出さず、唇をわずかに動かす。

(おいで)

それはぷかぷかとカレンに向い、口を小さく開ければ、そのまま口へと消えていく。こくりこくりとのどを潤し一息つく。

(まずは体力を回復させてからね)

魔力はもういらないと思った一度目の人生、もっと魔力があればと思った二度目の人生。

目覚めてから大分経つが、いまだ誰も部屋にやってこないのを利用し、カレンは自身の状況を整理していた。

今回は、一度目のように魔力は膨大にあるし、二度目で使えた浄化魔法も魔力がある分前回より使えるようだ。

なぜなら試しに、と自身に簡易な浄化魔法や回復魔法を使ったところ、記憶以上の効果で問題なく発動したからだ。

もし、家族や周囲から愛情を与えられていたら、きっとカレンは平穏に、幸せに生きていただろう。

(でも、もう気が付いてしまったから無理だわ)

幸せに過ごせていたら、二つの記憶が目覚めることはなかった。

これまでのカレンは妹の為と言われれば我慢するのが当たり前だった。不公平だと思う事があっても、いい子でいれば、いつかは自分も妹のように同じ家族として愛してもらえる、と信じていたのだから。

でも、今は違う。もう自分はカレンであってもカレンではない。

家族もその周囲も、悪い人間ではない。ただ、カレンよりローズの方を優先することに慣れてしまっただけなのだろう。この家ではそれが普通だった。

カレンは二つの記憶を受け入れると同時に、彼らに愛情を望んでも無駄だという事実を受け入れてしまった。そこには皆を恨む気持ちより、彼らに興味がなくなった、という方が近い。

(でも命の危険がない環境で育ててくれたことは、感謝しないと)

身体が動かせるようになったのを確認すると、ゆっくりと寝台を降り、近くの窓を開ける。

昼頃らしく、程よく涼しい風と日の光が心地よく、青空を緩やかに流れていく雲が美しい日だった。

「よし、今すぐこの家を出よう」


さっそく感覚を取り戻す、という名目で、手元にある地味な衣服の中からより装飾の少ないものを数着、換金しやすい小物を中心に異空間へ転移させる。

最後に衣装室の中から一着、自分の持つもので一番気に入っている若草色のドレスを呼び出して身に着ける。髪はゆるやかに一つにまとめ、顔にはおしろいを薄くのせる。

「そういえば今の私はほとんど外出する機会もなかったのね」

トランクはあとで調達しよう。

手ぶらで家を出ていくなんて斬新なこと、誰も本気に思わないでしょうけど。

部屋にある姿見で出来栄えを確認しながら、くすりと笑いをこらえる。

エメラルドのように濃い緑の瞳は日の光で複雑に輝き、浄化魔法の効果もあり白銀の髪も艶やかになった。

「カレン。今までよく頑張ったわ」

自分で自分をいたわるように、鏡の自分に優しく微笑んだ。



「失礼いたします」

食堂へ向かうと、そこには自分以外の家族がそろって食事をしているところだった。

「目が覚めたのか」

「ええ、3日間誰もいらっしゃらないから、よく眠れたみたいです」

普段にない、はっきりした物言いに、家族は食事の手を止め初めてカレンを見る。

「…お姉さま?」

不思議そうに自分を見る妹にカレンは微笑むと、そのまま視線を両親へと向ける。

「お父様、お母様、今まで最低限でも育ててくださったことは感謝いたします。本日をもって、この家を出ていきますのでご挨拶にまいりました。それからローズ、婚約おめでとう。何年も婚約者であった私を選ばなかったような不誠実な方だけれど、あなたもほかの令嬢へ心変わりされないように頑張って頂戴」

「え」

「急に何を言うのだ?」

「そうよ、あなたなんて失礼なこと」

にっこり、と笑うカレンと対照的に父と母は怒り、妹は言葉の意味を理解できないのか戸惑いの表情を浮かべている。

「私、やっと決心がついたのです。今まではローズを優先されても我慢しておりましたが、もう限界なのです。…皆様お忘れかもしれませんが、私はあなたたちの娘です。お父様お母様、私が何色を好きなのか、どんな本を読んでいたのかご存じ?ローズ、私は地味な服ばかり着ているというけれど、仕立屋が来ても私は同席させてもらうことはほとんどなかった…いつもあなたの服だけ仕立てられていたのよ。同じ年頃の令嬢との交流も、妹を一人にするのはかわいそうと言ってさせてもらえなかったし、あなたと違って家庭教師もつけてもらえなかった。体調を崩しても、誰かが傍で看病してくれることもなかったわ」

「ローズは病弱なんだ、優先するのは当たり前だろう」

「それは幼いころの話ですよね。今は普通に生活できていますよね」

「なんだと?」

「妹を大事にすることが悪いこととは言いません。ただ、私のことも娘として愛情をもって接していただきたかった。それだけですわ」

「妹に嫉妬するなど、はしたないわ。私たちがあなたを蔑ろにしてきたことなど、なかったでしょうに」

見向きもせずあきれたように言う母親を無視し、カレンは父親に問いかける。

「では、ミハエルとの婚約をもどしてくださる?」

「…!いやよそんな!お姉さまは私の幸せを奪うの?」

試すように言った瞬間、顔を青ざめたローズ。

「もう決まったことだ、ミハエルとのことは残念だろうが、良い嫁ぎ先を見つけてやるから大人しくしていなさい」

ため息交じりに父親がいうと、カレンは笑顔をさらに深めた。

「では、もし、ローズと私が逆の立場だったら、諦めるように言ってくださった?」

しん、とあたりが静まった。

「ね?ですから、もうお別れに来ましたの」


ほんの一瞬でも、自分のことを考えてくれたのなら、カレンは満足だった。


何を、そう言おうとしたが、声が出ないことに気が付いた。

身体も、動かせない。

自分の足元を中心に見たことのない淡く光る魔法陣が現れる。

唯一目が動き、家族と、そばにいたメイドにも同じ現象が起きているのを確認する。

まさか、と娘を見る。

「大丈夫ですよ。感謝はしています、と言ったでしょう?ですからお互いの為に、私のすべてを忘れてもらうだけですから」

「ぐ……」

「3人で幸せになってください。大丈夫。目が覚めればあなた方の理想の家族になれますわ」急なことに頭がついていけない。まってくれ。様々なことがよぎる中、最後に見たのは長女の見事なカテーシーだった。まるでかつて遠くからお見かけした王族がするかのように美しく、自分たちが顔を上げたままなのが許されないような高貴さ。彼女は、誰だ。だが、その思考の答えが出る前にあたりが白み、何も見えなくなる。

「さようなら」

誰かの声が、聞こえた気がした。



「ふう、さて、と。これで大丈夫かしら?」

一時的に眠っている彼らを確認し、食堂を後に部屋へ戻る。使わない私物や数少ない自身の肖像画はそっと屋敷内の倉庫へ転移させておいた。自身の部屋はおそらく使われていない部屋と思うだろう。完全に処分しないのは、わずかな未練があるからかもしれない。

カレンは屋敷内に忘却の魔法をかけた。範囲内にいる人間の指定した記憶を忘れさせる、一度目の記憶の中でも高度な魔法だ。自分と同等の魔力をもって解除魔法を使わない限り、本人たちは忘れていることすら気が付かない。

「このまま転移魔法を使うとすると、あまり遠くには行けないだろうけど。いけるところまで行ってみましょう」

部屋の中で大きな魔法陣が発動する。

(正規の国境超えは手間がかかりそうだから別の国、あとは暑すぎず、寒すぎず、自然が豊かで、人の活気があるところ…ちょっとどこかの山のふもとから都心に入るのが自然でいいわ)

どこかに落ち着いたら、これからのことはゆっくり考えてみよう。

ふわりと髪が揺れる。もう、迷いはない。

「転移!」

カレンの姿が消え、部屋は初めから誰もいなかったかのように静かになった。



「って、いやあああ!」

ぐっと、内臓が浮き上がるような感覚と、全身が冷たい風に覆われていることに気づき、目を開けると、カレンは雲を通過しながらひたすら地上に落下していた。

(あいまいにしすぎて高度設定を忘れてたわ!寒い!)

ささやかな抵抗で両手両足を開き、速度を落とす。呼吸がしやすいよう、風魔法で顔の周辺だけ空気の流れを緩やかにすると、大きな山脈と、広大な森林、そのはるか先に建物のようなものがわずかに見えた。

風魔法を応用して全身を覆い、楽な姿勢に戻してからゆっくりと速度を落としていく。

(予定通り山のふもとだし。飛んでいるのを誰かに見られて大事になったら困るから、このまま降りるしかないわね)

ふわふわと、ゆっくり真下へおりていき、やがて地上から生えた高い木々の様子や草花がはっきり見える高さになったころ。

「え」

「?」

自分以外の声にカレンは思わず声のした方へ振り向く。

背後にある少し離れた崖から、馬に乗った青年と目が合った。

「……え?」

2度見された。

あ、まずい見られた。そう思った時にはすでに青年は馬を使い崖を駆け下りてきた。遠くで何か叫んでいる声も聞こえる。

(ど、どうしよう?)

今から転移魔法をつかう魔力は残っていない。

「お嬢さん!!手を!」

「え、は、はい」

いつの間に足元に来ていたのだろう。先ほどの青年が必死な表情で、馬上から見上げるようにして待っていて、その必死さに負け手をのばすと、青年はそのまま両手でカレンを受け止めてくれた。

真っすぐにカレンを見つめる漆黒の瞳。黒を基調をした簡易的な防具を身に着けている青年は、息切れをしているものの、カレンの負担にならないよう、やさしく馬上に乗せる。身体や防具には細かい土や葉が付き、頬には草木でで切れたらしいかすり傷がある。そのまま二人は至近距離で同じ高さになった視線でしばらく互いに見つめあった。












お読みいただきありがとうございます。

短編のつもりだったので、タイトルは変わるかもしれません。青年の視点も書けたらいいな、と思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ