三毛猫は焦がれる
私は三毛猫というらしい。
体の毛の色が、三色なのだそうだ。
私は毛づくろいする場所しか見えないけれど。
だいたいの人間は、私を「ミケ」と呼ぶ。
明るくて温かい場所に連れてきた人間も、私をミケと呼ぶ。
ある寒い夜、私はいつものようにシツガイキのそばで丸まっていると、声をかけられた。
「猫ちゃん、ひとり? いつもここにいるね。今夜は氷点下で雪が降るんだよ。うちに来ない?」
寒さでぼんやりしていると、突然、人間の女に抱き上げられた。
揺れる。
怖い。
――でも、温かい。
「私はユキって言うの。うーん、君の名前はやっぱり『ミケ』かな。これから、よろしくね。まずは、お風呂だね」
そう言って、この人間はモクモクと白いもやが出てる部屋に私を閉じ込めた。
み、水だ!
あったかいけど、あれは水だ!
飲むのは良いけど、体にかかるのは嫌だ!
私はガリガリと爪を使って、この部屋から脱出しようとした。しかし、人間に押さえつけられた。
「こらこら、足の裏や体の汚れを取らないと。部屋の中がドロドロになっちゃう。病気やケガをしてないか、明日は病院で診てもらおうね」
ビョウイン? 嫌だ! そこは怖いところなのよ。
時々、通りかかる仲間が言ってた。
小さなカゴに入れられて、連れて行かれるの。
痛いこともされるって、震えながら泣いてた……。
行きたくないよ!
「大丈夫だよ。怖くない、怖くない」
この人間は私の気持ちに気付かずに、背中にあったかい水を手でかけてくる。
ビョウインも怖い! 水も怖い!
私はパニックになった。
こんな所、付いて来たのが間違いだったのよ!
でも、しばらくすると、体がポカポカとしてきた。
あら、どうしてかしら……。
この水は怖くないわ。
それどころか、少し気持ちが良いみたい。
「眠くなってきた? おめめがトロンってしてる。毎日、あんな寒いところにいたら疲れるよねぇ。ここは温かいし、ごはんもあるからね」
ごはん? 今、ごはんって言った?
ごはんが、あるなんて。ここは良いところだったのね。この人間……。ユキも悪いものじゃなかったみたい。
前言撤回よ!!
この人間、私が眠りそうになったとたんに、ゴーゴーうるさいのを持って追いかけて来るなんて!
やっぱり悪いヤツだったんだわ!
私は結局つかまってしまった。
短い一生だった。
今度、生まれ変わったら……。
――えっと、何になりたいのかしら?
今は思いつかない。
いいや、きっと死んだ後にたっぷり時間があるはず。その時にゆっくり考えよう。
私が悟りを開きそうになった時に、ゴーゴーと熱い息を吐き続ける怪物が止まった。
「はい、終わり。キレイになったよ〜。大人しくできて、えらかったねぇ」
人間が撫でてきた。
あれ。私、生きてる?
「さて、ごはん食べられるかな? 今日はビックリしてるだろうから、あまり胃に負担かけないほうが良いのかなぁ」
人間は、白くて背が高い箱の中を覗いてる。
「なぅ〜。にぃ、なぅ〜」
私、ごはん食べられるわ!
ビックリはしたけど……。
ごはんは大丈夫よ!
私は背伸びをして、ユキの足をトントンした。爪は出してないから、カリカリしないはず。
「柔らかくしたササミと野菜なら大丈夫かな?」
「なぁー」
大丈夫よ!
「ちょっと待っててね」
「にゃあ」
分かった。大人しくしてるから、できるだけ早くしてね。
大人しくしてる、とは言ったものの退屈ね。
少し探検するくらいなら、良いかしら。
床のふわふわ、爪が引っかからないから大丈夫。
次は……。これは知ってる。ソファね。
人間がゴミ置き場に捨てて行ったのを、見たことがあるわ。
これは、あのソファよりずいぶんキレイね。
ソファの上の、この四角いふわふわは何かしら?
押すと、戻ってくるのね。
ユキの匂いがする……。
「ふふ、クッション気に入った? 遊んでていいよ」
これは、クッションっていうのね。
「はい、どうぞ。召し上がれ」
一通り探検が終わったころ、ユキがごはんを持ってきた。
私が食べる様子をニコニコと見ながら、ユキもごはんを食べ始めた。
ユキも私と同じような器を使っているわ。
私を人間と同じように扱ってくれているの?
公園にいると、よく分かるの。
人間の子どもは大事にされる。
私たちは大事にされない。
ユキはやっぱり、あの人間たちとは少し違うのかもしれない……。
毎日の温かいごはんに、眠る時は温かいふわふわをかけてくれる。
ユキも、とても温かい。
でも、ユキは太陽が出ているうちは、どこかに出かけてしまう。
「お仕事に行ってくるね。いいこで待っててね」
そう言って、頭からしっぽまで一度撫でてから出ていく。
ちょっと退屈。
外は見えるけれど、透明な板が邪魔をしてスズメは捕まえられない。
ユキがこの部屋から出ていく時に、あの木の板についてる出っ張りを、手で下に押すところを何度も見てきた。
あれ、私もできるんじゃないかしら。ジャンプは得意だもの。
開いた!
ブランとぶら下がったら、すんなり開いてしまった。
もう、ユキったら不用心ね。
この細長い道を一人で歩くのは初めてね。
キョロキョロしていると、ゾクッとした。
あっちは、オフロね。
見なかったことにするわ……。
端まで来たら、今度は硬そうな板がある。ここも、ユキと一緒じゃないと通れない。
でも、もしかしら、今度もジャンプしたら開くんじゃないかしら?
必死にぶら下がってみるけれど、開かないみたい。
もう! ここが開けば外に出られるはずなのに!
牙や爪を使って何度も試してみるけれど、やっぱりダメみたい。
今日は疲れたわ。
続きはまた明日にしましょう……
それから、何日も試してみたけれど、やっぱりダメだった。
公園の仲間たちに挨拶をしたり、一緒に泥々になるまでケンカしたり遊ぶことも、もうできないのね。
今日もユキは、外が暗くなってから帰ってきた。
「ミケ、ただいま! 良かった。今日もちゃんと居てくれた」
最近、ユキはやたらと私を撫で回す。
ユキが離してくれないから、一緒の布団で寝るようになった。
ユキがずっと家にいる日には時々、ユキの妹がやって来る。
私にも妹がいたわ。今は、どこにいるのか分からないけれど。
姉妹の仲が良いことは、とてもステキなことね。
「ちょっと、お姉ちゃん! 何これ?!」
今日は何だか騒々しいわね。
木の板が開いていたから、そっと様子を見てみた。
「ペットや赤ちゃん用の柵よ」
「それは分かるけど。それ! その廊下にあるやつ!」
そうよ、妹。あなたも気付いたのね?
ある日、突然そいつが現れたのよ。
細長い道の半分くらいまで寝そべった、変なヤツでしょ? たくさん変な角も生えてるの。
しかも、攻撃もしてくるのよ!
そいつの上を歩くとき、ユキはいつも「痛っ!」って叫んでる。許せないわ!
妹、そいつをやっつけてしまってよ!
「それって、足ツボマットじゃないの……? ロッククライミングみたいなタイプの。健康に気をつけ始めたの? まぁ、お姉ちゃん、もうすぐ三十だしね」
妹が変なものでも見るような顔でユキを見てる。
どうしたの? 早くやっつけてよ。
「失礼ね。まぁ、そういう効果もあるかもしれないけど……。ミケの脱走防止よ。最近、リビングや玄関のドアノブに爪跡があるし、リビングのドアも開いてることが増えたの」
「お姉ちゃん……。猫は物を倒さずに歩けるんだよ。足ツボの突起が無いところを選んで歩くこともできるし、柵だってジャンプ1回で越えられると思うよ」
そうね。妹の言う通りよ、ユキ。
私にとって、こんなのは障害物でも何でもないわ。
そのゴツゴツした不気味なヤツに、近付きたくはないけれど。
「え? でも、これ敷いたりしてから、ミケは大人しくしてるみたいだし……」
「うーん、理由は分からないけど、効果があるなら良いんじゃない? 居なくなったら困るから、ここまでしてるんでしょ?」
「うん。ミケが居なくなったら、私は生きていけない」
「そんなにか! まぁ、家族だもんね。ミケ〜、おいで」
「なーん」
「あんた、ずいぶん愛されてるね〜。ごめんね、愛が重い飼い主で」
妹は私を撫でるのが上手い。とりあえず、足にスリスリしておこう。
私を抱き上げたまま、妹はゴツゴツしたアイツの上を歩いた。
「いった! ほんとに痛いよ、これ! ミケじゃなくて、人間が歩きにくいだけだって! さっき呼んだときも、やっぱり突起避けて歩いてたよ」
「うそ……」
「あとで試してみなよ。たぶん、避けるから」
痛いと叫ぶ、妹の目から涙が出てる。猫にとっては大事な塩分。舐めておこう。
「えぇ? なに、慰めてくれてるの? めっちゃ可愛いんだけど!」
「可愛いでしょ?」
「あー、手放したくなくなるの、分かる気がする」
妹が頬ずりしてくる。
毛並みが乱れるから、あまりしてほしくはないけれど「可愛い」のなら、許してあげる。
ユキが大事なものを見るような目で、私を見てる。
悪い気はしない。
それにしても、ユキはバカね。
タクハイビンが来た時に、木の板も硬い板も開けっ放しよ? あなた。
私がそれでも外に出ない理由、分かってる?
仲間やスズメより、あなたが大事になったのよ。
出て行ったりしないわ。
あなたが帰ってくるのが、毎日待ち遠しいの。
1秒でも早く、私の名前を呼んで撫でてほしい。
だから、そのアシツボマットを早くやっつけてちょうだい。
飼い主よ、他の方法は思いつかなかったのか……?




