確定イベント
人の振り見て我が振り直せ、とはいったもので人の行動を見て自分の行動を見つめ直すべきだと思う。それを痛感した一時間半だった。
授業中は、授業に集中できないし散々なもんで、とにかく授業が終わった瞬間ダッシュで教室を出た。
思い立ってスマホの電源をつけると一本の電話が入っている。
「もしもしー! あ、学生部です!」
先ほども聞いた事務員のお姉さんの声だった。
「あ、もしもし目時です」
「目時くんさっき学生部に財布置いたまんまで不知火さんを追いかけたでしょ! 学生部で預かっているからさっさと取りに来てください!」
「わかりました……ありがとうございます」
先ほどから早歩きで、周りなんて全然確認してなかったことを思い出し一旦立ち止まり深呼吸。
しっかりと落ち着きを取り戻したことを確認して、再度学生部に向かう。
コンコンコンとノックを鳴らし少し重ためのドアを押す。
先ほどもあったばかりの事務員さんのもとに今度は別の財布を求めてやってくる。なんと滑稽なことだろうか。
そんな恥ずかしさを抱えながらドアを越え、中に入ってみれば今日二度目の出迎えをしてくれる。
「あ〜目時くん! まってたよ〜」
「すみません、ご迷惑おかけしました」
「まったく〜財布落とした子を追いかけて自分が財布忘れるなんて本末転倒でしょう!」
「はい、全くその通りだと思います」
「今度から気をつけないと……ねっ? 不知火さん?」
「はい……」
すると、学生部のカウンターの正面にある椅子から不知火さんが立ち上がり、俺に似たような申し訳なさそうな声をあげる。
「えっ?」
居るはずがないと思っていた人の声が聞こえ、思わずビクッと驚きを見せてしまう。
そんな俺の反応を見て、してやったりといったような表情を二人して浮かべているのを確認して、これは狙って行ったものなのだと理解する。
「お礼の言葉も言わせてもらえなかったって不知火さん言ってたから、私が一肌脱ぎました!」
仕掛け人からの自白もあってようやく状況を理解する。
「なるほど、そういうことでしたか」
多分だけど、これはきっと財布を忘れていなかったとしても最終的に邂逅の場を設けられていたんじゃないかと思う。
というかこの人ならやりかねないなという感想をすでに抱いていた。
学生部にかかれば生徒の携帯に電話をかけるなんて簡単なことだし、財布を受け取った不知火さんがお礼を言えなかったという話をしていれば、結局財布を落としていなくとも俺のスマホに連絡の一本は入っていたはずだ。
たまたま今回はタイミングがいいのか悪いのか、財布を忘れたおかげで連絡をする大義名分が立ったわけだ。
こちら側までやって来た事務員のお姉さんはほれほれと不知火さんをつつく。
「あ、あの、先ほどはお礼を言えずにすみません……。まずは私の財布を拾っていただいてありがとうございます。本当に困っていたので……」
「それはそうですよね、俺も今しがた同じような恐怖を抱いていたのでわかります」
まさに今の自分が焦って周りが見えなくなっていたように、彼女もまたそういう気分のようなものを味わっていたんじゃないだろうか。
それに自分の場合はすぐに連絡が来ていたからまだ小さな不安だったものの、彼女からしてみればどこに落としたかも、それを届けてくれているのかもわからない状況だ。
「はい……だから、目時さんがすぐに届けてくれたおかげで安心できました」
「いやいや、俺はそんな大層なことをしたわけじゃ……」
「はいはい二人とも! 熱くなってるところ悪いけどそれから先の話は落ち着けるところで話してね〜!」
「「あ、はい……」」
このタイミングで追い出すのかよ。
結局学生部を追い出された俺らは行く先を求め学食へと向かった。
話をするにも、まずは腰を落ち着けることも重要だ。
「じゃあ、気を取り直して」
「うん……」
なぜかタイミングを逃してしまうと話題って広がらないものだな。
「まずは、先ほどの通りありがとうございました」
「何事もなくてよかったよ」
「それでなんですけど、そのお礼じゃないですけれど今日の夜ご飯を奢らせてはもらえないでしょうか」
「いやいや! それは大丈夫だよっ!」
「こればかりは私の気が済まないので!」
ずんずんとテーブルの反対側からこちら側まで詰め寄ってくる。
テーブルを挟んで向こう側にいるはずなのに圧がすごい……。
「わかった。わかりましたご厚意に甘えることにするよ」
「はいっ! それでいいんです!」
と、この日初めてとなる彼女の笑顔を見た気がする。
「あの、それで、目時さんもこれから授業あるんですよね?」
「そうだね、今からあと二つ入ってる」
「じゃあ、連絡先教えてもらってもいいですか? 終わったらどこかで待ち合わせしませんか?」
「展開早いなっ」
「え? そうですか?」
「するっとくるものだから流しそうになったけど結構びっくりしたよいま」
「善は急げですよ、ささ、これから授業あるので早く早く」
結果的に流されるままQRコードを差し出し彼女の連絡先が登録される。
「へえ〜目時さんの下の名前、幸人とっていうんですね。覚えておきます。幸人さん」
「ああ、俺も覚えておくことにするよ不知火さん」
そんなこんななやり取りを交わした末、各々の授業を受けるべく解散することとなった。
あざとかわいいって正義ですよね。