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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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72.子猫伯爵とトライアングル

二度目のダンスを前に静まり返るホール――。

オレたちが見守る中、演奏と共に人形のように静止していた生徒たちが動き出す。

「今度はカイト様の番のようね」

「レディ・ゴールドが羨ましいわ……」

「羨ましいだなんてお言葉には気を付けませんと」

注目を集めるのはファーストダンスと変わらずレディ・ゴールドことレイア公女だ。

ダンスの相手をレーデンベルグ王子からカイトへと変え、先程よりもアップテンポの曲を涼しげな顔で踊っている。

(あれ…?)

カイトの顔が珍しく楽しげに見えるのは気のせいだろうか。

三公(さんこう)の中でもデルホークとアウラスタの結び付きは特に強く、二人は幼馴染なのだという。

気心の知れた相手だけに、普段は貼り付けたようなカイトの表情も随分と穏やかなものに見えた。

レディ・ゴールドの方も格式ばった1度目のダンスよりずっと伸び伸びとした印象だ。

その様子を高座に設けられた席に座った王子が微笑ましく見つめている。

今年21歳を迎えた王子は既に政務へと積極的に取り組んでいるらしい。

紳士的な態度も評判で、順当にいけば彼が王位を継ぐ事になるのだろう。

しかし彼の下には二人の弟が控えているため、継承権を巡って貴族たちが画策(かくさく)しているなんて話も聞いた事がある。

とどのつまり『ラブデス』に書かれていないだけで、この世界の政治も非常に大変かつ面倒くさいという事だ。

オレはいささか哀れみの籠った目を高座へと向けた。

(ひっ…!!)

ほんの一瞬、ほんの一瞬だけだが、王子と目が合った――気がした。

深紅の瞳が獲物を吟味しているようにも思え、オレはすぐさま視線を逸らし、ホールで踊るユージーンたちを探す。

キョロキョロと視線を彷徨(さまよ)わせて間もなく、中央で踊るカイトたちから遠くはずれた外側に、手を取り合うユージーンとアンナを見つけたのだった。

「やっぱ緊張してんのかな」

「授業とは違うからな。慣れるのにも時間が居るだろう」

アンナの足が刻むのは、授業からまるで進歩の見えないカクついたステップだ。

かろうじてユージーンの靴を踏まないでいるが、いつ転んでもおかしくなさそうなぎこちなさである。

表情も依然として固いままで、ハンスもやれやれといった様子で二人の事を見つめていた。

ユージーンの顔にも苦笑が浮かんでいるが、アンナを支える手は優しいものだ。

何より、白いコートのユージーンと真っ青なドレスを纏ったアンナの組み合わせは傍目に見ても綺麗なものだった。

頻繁(ひんぱん)に社交界に顔を出し、流行を熟知する姉シルビアに任せただけの事はある。

金の刺繍(ししゅう)が施されたドレスの(すそ)はたっぷりと重く、踊る度に上品に揺れ動いていた。

海を思わせる深さと落ち着きのある青もその気品に磨きをかけているようだ。

ユージーンの浅葱色にも似た淡い水色の髪よりも一段暗い青だったが、その鮮やかさはどんなドレスにも引けをとらないだろう。

グリーンやブラウンのドレスが視界を行き交う中、青を纏う二人は一際鮮明に見えた。

そんな二人を食い入るように見つめるのはオレたちだけではない。

「どうしてあの子が最初なのよ…!!」

「怖い顔しないでキャンディ。今の内にお化粧を直しておきましょう?」

隣のテーブルに座るキャンディス・シュガーが(べに)の乗った唇を噛み締める。

それを親友パメラ・マケロンがなだめ、二人は控室となるサロンへと向かったようだった。

オシャレに興味のあるキャンディスは、男爵令嬢という身分も相まって、この世界の貴族には珍しく自分の手で化粧をしているのだそうだ。

リボンとフリル、ついでに色の種類もたっぷりの、キャンディスらしさに満ちた背中を横目に、オレはため息にも似た吐息を漏らした。

「……モテる男は(つら)いな」

「あんなのに付き纏われるくらいなら嫌われ者になる方がマシだと思うけどな」

思わず(こぼ)したオレの隣でハンスも肩を落とす。

清純派が好みのハンスには、キャンディスのようなタイプは受け入れ(がた)いのだろう。

オレから見ても原宿系な彼女の恰好は(クセ)が強く、言い方は悪いが少々浮世離れした印象だ。

商業貴族として旋風を巻き起こすという意味では間違っていないのかもしれないが、彼女の趣味を受け入れてくれる殿方はそう多くないだろう。

だからこそ人の好いユージーンに惹かれたとも言えるわけで、オレは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「好みはそれぞれだしな、うん。それに嫌われるよりは好かれる方が絶対良いって」

「どうだろうな。敵と分かってる方が楽な場合も多いとは思うが……」

「発想が物騒なんだよ。0か1でだけ考えてもしかたないだろ」

真面目(マジメ)腐ったようで危ないだけのハンスの発言を切り捨て、オレは止めていた食事の手を再開させる。

(いや)しき獣ヨナが海底に(ひそ)んでいるという伝承のせいで、テーブルに並ぶメインディッシュのほとんどは肉類だ。

魚介類――特に刺身や寿司が恋しいと思いながらも、食べ応えある厚切りのハムへと(かじ)りついた。

「んー、どれも美味い!」

「足りなければ言ってくれ。向こうから持ってこよう」

「いや、それくらい自分で行くって」

それぞれのテーブルに用意されている他、バルコニーの影にあたる部分にも料理やデザートの並べられたテーブルが設けられている。

基本的には見栄えのために置いてあるものだが、手を出してはいけないなんて規則はない。

いやしんぼ認定されようと、もはや今更だ。

そこにしか並ばないデザートがある以上、オレは恥を承知で物色にいく予定だった。

暇を潰すように料理をつまむオレはさておき、ロナルドは首尾よくやっているようだ。

ミラ・クロッシュの方から誘ってきたというのが意外だったが、体を寄せ合う二人はパーティーという特別な状況もあって良い雰囲気だ。

ハンスやカイトのような屈強な男が相手だと負けてしまいかねないミラの線の細さも、ロナルドが相手だと丁度良いバランスなのだろう。

互いに引き立て合い、ともすればカップル成立といった様子だ。

(あれだな。自分より背の高い人じゃなきゃ嫌ってやつか)

女性には一定数そういう人がいるのは知っている。

そのせいで苦い思いをしてきた記憶があるような、ないような――オレは冷静に二人の事を分析した。

発展するかはともかく、お節介焼きのオレとしては嬉しい事に、二人の交友は進むのではないだろうか。

ただ一つ残念なのは、ハンスとは踊ってくれなさそうというところだ。

(授業の時もあんま興味なさそうだったしなぁ……)

ロナルドを指定した時点で、ミラにハンスと踊る気はないのだろう。

だがハンスにだって一回くらい踊って欲しいのがオレの心情だ。

確実に(さま)になる、独り占めするにはもったいなさ過ぎるこの完成度を見て欲しい思いでいっぱいなのだ。

まさしくオレの考えた最高にかっこいいハンスを誰かと共有したいと思うのも、けしておかしい事ではないだろう。

だからといって背格好が違い過ぎるアンナに頼むわけにもいくまい。

他にオレが話せる相手と言えば、海の加護仲間の伯爵令嬢ステラ・クラレンスや男爵令嬢ニーナ・ジルコンになるが彼女たちも難しそうだ。

アンナ同様に小柄なニーナには荷が重く、ステラは単純に男子生徒からの人気が高いのである。

整った顔立ちな上に穏やかで優しい彼女に心惹かれる者は多く、星のように静かな煌めきを放つステラにはダンスの誘いが山のように舞い込んでいる様子だった。

先輩たちからも誘われる高嶺(たかね)の華に、さしものオレもハンスと踊ってくれとは言い出せない。

(くそ…。何とか一回くらい……)

ハンスの好みや相性を考えてもミラが適任だと思っていたのだが、上手くいかないものだ。

頭を悩ませる内にダンスは終盤へと差し掛かり、お色直しを終えたキャンディスたちもテーブルへと戻ってきた。

「あの子、どれだけ不器用なのよ」

終始カクカクのアンナを一瞥(いちべつ)したキャンディスが眉を(ひそ)める。

反論しようのない言葉は聞き流してオレもユージーンとアンナへと視線を注いだ。

視線の先、音楽に合わせ二人の距離が空き、ユージーンが掴んでいたアンナの手をぐっと引き寄せる。

「あっ!!」

そのはずみにアンナは態勢を崩したようだった。

くるくると回って抱き合うはずが、正面からユージーンの胸へと突っ込んでいく。

誰のものかも分からない声が上がり、オレもその場に立ち上がりそうになった。

「――大丈夫?」

「え、ええ。ありがとうユージーン」

しかし、アンナが転ぶ事はなかった。

ユージーンの腕に抱きとめられ、そのままフィニッシュを迎える事となる。

熱い抱擁(ほうよう)を交わす演出に見えたのだろう。

しっかりと抱きしめ合った二人に飛ぶのは、恋人たちに送られる冷やかしとも祝福ともつかない声だった。

「ごめんなさい…っ!」

「こっちこそ強く引っ張ってごめん。アンナが怪我しなくて良かったよ」

バッと体を離したアンナの顔は赤く染まっている。

ユージーンはそんなアンナを微笑ましそうに見つめ、二人仲良くテーブルへと戻ってきたのだった。

「お疲れ!ダンスはともかく綺麗だったぜ」

「え、ええ。お疲れ…いえ、ありがとう」

「僕からもありがとう。ところでこのドレス、シャルルの差し金でしょ?皆揃ってあんまりにも見違えたから、びっくりしちゃったよ」

アンナを席に座らせ、ユージーンが眉を下げて笑う。

サプライズは成功したのか、その顔はどことなく照れ臭そうに見えた。

しかしその余韻を楽しむ間もなく、キャンディスが割って入ってくる。

「ジン!あたしと踊ってくれる?」

「もちろん――そういうわけだから行ってくるね。アンナはちゃんと休むんだよ?」

キャンディスに腕をとられ、ユージーンは再びホールの中央へと戻っていった。

ロナルドはというとミラと共に控室へと向かっていったようだった。

無害そうな顔をして隅に置けない奴である。

相棒がいない事で手持無沙汰になるかと思えば、ジョンはジョンで1つ上の先輩に誘われダンスホールへと入っていった。

「頑張れよ!」

「はい!行ってきます!」

ジョンの背中を押し、オレはアンナへとグラスを差し出した。

酸味の利いたオレンジジュースなら、疲れた体も少しはスッキリする事だろう。

「シャルルは踊らなくて良いの?」

「え、オレは良いよ」

アメジストの瞳は、オレに近づこうとしてはハンスの眼力に(ひる)む連中へと向いている。

オレとて恋愛はしたいが、利用されるのだけは絶対に御免だ。

こういった(おおやけ)の場で相手をすれば後が面倒になるのは目に見えているため、この場で特定の誰かと踊りたいとは思っていない。

そもそもオレに声をかけようとしているのは、例のオレを聖人に祭り上げようとしている面々だ。

オレ狙いか、ハンス狙いかは分かったものじゃないが、アクの強い相手とは関わらないに限る。

「それよりどうだったよ?」

「どうもこうも見ての通りよ。でも楽しかったわ。ありがとうシャルル、私にこんな素敵な思い出をくれて」

「う…、照れ臭いからやめろよ。それに1回しか踊っちゃいけないなんて決まりはないだろ。満足いくまで挑戦してみても良いんじゃないか?」

にっと笑いかけると、アンナはようやく固い表情に笑みを取り戻したようだった。

「ふふっ、そうね。今日くらい欲張っても良いわよね」

「そうそう!その意気だって!」

「それよりテウルゲネフは――」

アンナの右隣の席はぽっかりと空いている。

二人が踊っている途中、レフはトイレに行くといって二人のダンスを最後まで見届けずに会場を出てしまったのだ。

人が多いだけに混み合っているのか、レフはまだ戻ってきていない。

「トイレって言ってたし、そのうち戻って来るだろ」

「迷子になってなければ良いけど……」

学院の中で迷うとは思えないが、帰りが遅いのは事実だ。

探しに行った方が良いだろうかと首を(ひね)ったところで、料理皿を両手に持ったレフが戻ってきたのだった。

「どこ行ってたんだよ。アンナのダンス終わっちまったぞ」

「そっかー。それは残念だなー。それより美味しそうなの見つけたからシャルルもどうだー?」

「あ!それ狙ってたやつ!」

あっけらかんと笑ってレフは持ってきたデザートを頬張った。

オレもクリームたっぷりのケーキを口いっぱいに詰め込み、とろけるような甘さを堪能(たんのう)する。

「テウルゲネフ…その、私……」

「うん?大丈夫かー?疲れた時には甘いものが良いってベレジュナーヤも言ってたもんな。いっぱい持ってきたからベレジュナーヤも食べて良いぞ!ハンスもだぞー!」

にこにこと笑いながらレフは皆にデザートを配る。

アンナは無言でチョコケーキを見つめ、ありがとうと小さく呟いてからフォークを入れた。

(…………思ったより複雑な感じ?)

ぎこちなさを感じる二人のやり取りにオレは浮いていた腰を下ろす。

アンナの恋心を応援したいと息巻いていたが、どうにも雲行きが怪しい。

(オレ、ミスったかな?)

(……俺に聞かれても困る)

行き場なくハンスに助けを求めるも、ハンスも顔を曇らせるばかりだ。

勝手にアンナとレフを親子や姉弟のように思っていたが、二人だって幼馴染なのだ。

レフがアンナに好意を抱いていたとしても何らおかしい事はないだろう。

そう思うと、変に元気なレフの様子にも納得がいく。

(さっきのもトイレじゃなくて見たくなかっただけなんじゃ……)

最初は初めてのパーティーに浮かれているだけだと思っていた。

だが、それにしては態度が余所余所(よそよそ)しいのだ。

一度気になってしまうと、普段は煩いくらいアンナに構うはずのレフの妙な素っ気なさが嫌でも目についてしまう。

アンナの方も後ろめたさがあるのか何なのか、いつものようにレフに小言を飛ばす事はなかった。

(まじかぁ……)

先程までの成り行きを見れば、ユージーンに対するアンナの想いは誰の目にも明らかだ。

好きでもない相手をダンスに誘う事も、まして頬を染める事だってない。

色恋沙汰に(うと)そうなハンスやレフにも、アンナがユージーンに淡い想いを抱いている事は理解出来たはずだ。

だからといって、いきなりアンナの手を振り払うわけにもいかないだろう。

新たに生まれてしまった葛藤(かっとう)に、オレはきゅっと唇を結ぶ。

なるようになれとしか言いようがないと分かっていても、ケーキが上手く喉を通らなかった。

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