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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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71.子猫伯爵とファーストダンス

満を()してのアンナたちの登場にサロンの中はどよめき立った。

別人のように見違えた庶民四人の姿に、誰も彼もが驚きを隠せないでいる。

いつもと変わらない服装で着たところを笑うつもりだったのだろう。

中には虚を突かれたような顔ぶれもちらほらと確認できる。

特に苦虫を噛み潰したようなサマルの顔は大変見もので、してやったりな気分だった。

しかし談笑をする間もなく、会場となる大ホールへの移動が始まっていく。

(似合ってるぜ)

(ありがとうシャルル。あの間抜け(づら)を拝めるのは気分が良いわね)

人の波に乗りながら、視線だけでアンナたちに似合っていると伝える。

レフは歯が見えるくらい破顔し、ジョンとロナルドは照れ臭そうに目を細めた。

アンナは好戦的に微笑むが、妖艶(ようえん)さを帯びたその顔は煌びやかなドレスに不思議な程マッチしているようだった。

「手前の席から座っていってください」

教師に案内されたホールは学院一大きいと言われている場所だ。

円形のホールの広さもさる事ながら、縦にも長く伸びたそこはオペラハウスを思わせる。

観覧席の代わりとなるのは、いくつも並んだ10人は掛けられるだろうラウンドテーブルだ。

中央のダンスホールを囲うように配置された正円のテーブルへと、オレたちは教師の指示のもと腰かけていった。

人気(にんき)がないのか、一番隅の席をいつものグループワークメンバーで占拠する。

同じように他の生徒も、思い思いの面々と共に豪勢な食事が用意されたテーブルに着いていった。

オレたち1年が終わると、少し遅れてやってきた2年生たちもそれぞれ椅子へと腰を下ろす。

仰ぎ見た馬蹄形(ばていけい)のバルコニーにはオーケストラの姿が見え、唐突に場違いな所に来てしまったような錯覚を覚えてしまう。

(行事でやるパーティーってレベルじゃないだろ……)

ハンスに貰ったブルーローズの花束を膝に抱えたまま、どうにも落ち着かない気持ちで皆の顔を見渡してみる。

一人平然とするハンスの心臓の強さはともかく、皆の顔にも興奮と緊張が浮かんでいるようだった。

やがてホールの明かりが消され、両開きの扉が閉じられる。

1学年、2学年と生徒が詰め込まれた薄暗い空間を照らすのは、一筋の光だった。

「生徒の皆さん、本日はお集まり頂き感謝します」

ホールは1階部分がメインとなっており、広間の最奥に一段高い高座となる場所が設けられている。

光が降り注ぐのは、両脇からゆるやかなウェーブの階段が広がるその手前部分だ。

魔具によるスポットライトを浴びる男に、自ずと会場の視線が集まっていく。

「まずは進級おめでとう。この1年、我が学院の理念に(のっと)り勉学に励まれた事、志を同じとする仲間と共に歩まれた事を誇りに思います」

高らかに宣言される言葉に生徒たちは耳を傾けた。

彼の名はリンドバーン・グランツェ。

入学式に一度見たきりになっていた、この神学院(アーク・マナリア)の学院長である。

(そういやこんな人いたな)

あまりに話題に出ないためオレの頭からは消え去っていたが、肩書きだけで言えば学院で一番偉い人だ。

グランツェという大地を冠する名前の通り、『大地の国アズロ』において歴史の古い有力な侯爵家の一人だった。

そのグランツェ学院長が眠くなる挨拶を繰り広げて数分。

学院長に当てられていたライトが、オレたちが入ってきた扉の方へと向けられた。

「ご注目ください。これより第219期生が入場します」

学院長が声高らかに宣言する。

それを合図に扉が開け放たれ、卒業を迎える生徒たちがホールへと姿を見せた。

オーケストラの演奏に迎えられながら、奥に用意されたテーブルへと歩いていく。

何カ月も前から準備を進めただろう晴れ着に身を包んだ彼らの表情は皆、自信に満ち溢れたものだった。

一人一人が主役のようにスポットライトを浴びる様はまるでファッションショーである。

(はぁー、すげぇ……)

ほとんど面識はないが、誇らしげな彼らを見ているとオレも嬉しい気持ちになってくる。

しかしオレたち在学生はその入場をじっと見守るだけで、拍手喝采を送るなんて事はしない。

お上品に微笑んで静かに出迎えるのがお貴族流なのだ。

静かに、けれど熱の籠った会場の中を、パートナーを伴った卒業生たちが埋めていく。

基本的には学年問わず生徒同士でパートーナーを組む事になっているのだが、男女比が偏っている事もあり、卒業生には婚約者や家族、知人などを招待する事が許されている。

40組ほどのペアを見届けたところで入場が終わったらしい。

演奏が終わると同時にホール全体に明かりが灯り、全員の視線が高座の下に立つ学院長へと向けられた。

「改めて卒業ならびに進級おめでとう。今日はぜひ記憶に残る思い出を作っていって欲しい。では開宴に先駆け、王太子殿下よりご挨拶を頂きましょう。本日は政務に忙しい中、皆さんの健闘を祈りレーデンベルグ殿下がいらしてくださいました。心してその尊きお言葉に耳を傾けるように」

色めき立つ暇もなく、オ-ケストラがラッパを吹き鳴らす。

その音色に乗るように、生徒たちが一心不乱に視線を注ぐ高座へと一組の男女が姿を見せた。

現れたのは『大地の国アズロ』の第一王子レーデンベルグ・ラ・アズロと、レディ・ゴールドこと王子の婚約者レイア・アウラスタだ。

カイトに似た雰囲気の王子がホール全体を見渡し、口を開く。

「レーデンベルグ・ラ・アズロ――皆の良き旅路を祝うため、父ゲオルギウスに代わり馳せ参じた。我が国が誇る神学院(アーク・マナリア)の門を叩くに始まり、日々たゆまぬ研鑽(けんさん)を積み、この晴れの日を迎えた事、心の底より賞賛しよう。ここにいる者の中にはこの先、私と共に国を担っていく者もいるだろう。君たちと共に未来を歩める日を心待ちにしている」

凛々しく、そして良く通る声が広間を駆け抜ける。

公爵家を始め名のある家門は王族から枝分かれしたというだけあって、その顔も立ち居振る舞いもカイトに似たものがあった。

色こそ違えど赤色を宿した瞳は力強い輝きを放ち、彼の勇猛さを語っているようでもある。

ちなみにだがレーデンベルグ王子を見るのも入学式以来2回目の事だ。

本来なら顔を拝むのも難しい相手ではあるのだが、三公(さんこう)との結びつきが強い事もあって、カイトなりレイアなり公爵家が関わる行事には頻繁(ひんぱん)に顔を出しているらしい。

今日も二人―とりわけ婚約者であるレディ・ゴールド―の進級を祝うべく駆けつけたという事だろう。

僭越(せんえつ)ながら私からもお祝いを申し上げます。私はこの2年、ご卒業を迎えられる皆様の背中をすぐ間近に見つめて参りました。誇るべき皆様方がより一層の躍進を遂げられます事をお祈り致しましょう。どうか尊く、そして(たけ)き血となりて、国王陛下並びにここにおります殿下をお支え下さいませ」

王子に次いで、髪の毛から瞳からドレスまで金一色に身を包んだ少女がふわりと微笑んだ。

その姿からレディ・ゴールドの名で知られる、この国唯一の公女だ。

空の(ころも)の名を頂くアウラスタ公爵家の一人娘である彼女は、強力な空の加護の持ち主としても有名だろう。

ひとつ上の学年の生徒のため遠目に見る事は多々あったが、こうして正面からその姿を拝むのは初めての事だ。

可愛らしい中にも、気の強そうな瞳が光るあたり公爵家の人間らしさを垣間見せている。

そうして長ったらしい挨拶諸々が終わり、ようやく一回目のダンスタイムが始まった。

この時間は卒業生が優先されるため、誘われない限りオレたちの出る幕はない。

オレは誘われたくない思いもあって、開始早々にテーブルに用意された食事へと手を伸ばした。

「シャルルは相変わらず食い気なんだね」

「良いだろ別に。どうせ誘われるわけないんだし」

右隣に座ったユージーンが呆れたようにグラスを煽る。

オレはその言葉を聞き流し、自分用の皿にお肉を取り分けていく。

テーブルに置くには少し邪魔な花束は、用意してもらった小さめの椅子に置く事で解決した。

すぐ横に置いておけば変な事をされる心配もないだろう。

一人食べ物に夢中になるオレをよそに、皆の注目はダンスホールへと向いている。

「レイア様、なんてお綺麗なのかしら」

「レーデンベルグ殿下も素敵だわ。本当にお似合いのお二人ね」

卒業生を食っているのはさておき、ダンスホールの中央で華々しく踊るのは未来の国王夫妻だ。

イチャイチャするなら別の場所でやれという感じだが、口が裂けてもそんな事は言えない。

生徒たちが尊敬や畏怖(いふ)憧憬(しょうけい)の念を送る中、オレはまったく違う事を考える。

(ジュリアナが狙ってたのって、レディ・ゴールドの事だよな)

『ラブデス』の中では〝王子の婚約者を気取る女〟としか描写されないが、ジュリアナが消そうと企んでいた相手は恐らくレディ・ゴールドの事だろう。

(んー…、一応気を付けとく程度で良いか)

オレが介入しようがしまいが、ハンスがジュリアナの最後の命令を遂行する事はない。

公女ともなればオレが手を回さずとも上手く立ち回ってくれるはずだ。

オレが考えるのは原作通りに編入が決まってしまったジュリアナの対処だけで十分だろう。

それに今はパーティーの方が大事だ。

脂のりの良い見るからに柔らかそうな肉を口いっぱいに頬張った。

「んま~!」

もごもごとソースと肉汁(にくじゅう)堪能(たんのう)するオレを見てジョンとロナルドが笑みを(こぼ)す。

空気を読まず食事を味わうオレの姿に緊張がほぐれたのだろう。

「ぼくも食べようかな」

「そうだね、楽しまないと損だよね」

固かった表情を緩め、ジョンも中央に盛られた大皿へと手を伸ばす。

ぴったりと体に合う衣服に、椅子に座った二人の背筋は自然と伸びているようだ。

試着の時以上に(さま)になった今の姿は、どこに出しても恥ずかしくない出来栄えだ。

つい兄目線で物事を見つつ、そんじょそこらの令息に引けをとらない仕上がりの二人にオレの気分は良くなるばかりだった。

「短いのも似合ってるな」

「ありがとうございます。まだ慣れないですけどね」

ジョンはナサニエルに言われた通り、あの試着の日以降バッサリと髪の毛を切った。

本人はいまだ女顔を気にしているようだが、気の持ちようと言うのだろうか。

甘やかなジャケットが緩和してくれる事もあって、しっかりと男らしい凛々しさが伺える。

「ロナルドも決まってるぞ」

「照れるので止してくださいよ。そういうシャルル様もよくお似合いです」

癖なくまとまったロナルドの仕上がりも良いものだ。

私生活でも立ち居振る舞いを気にするようになったらしく、その成果が出ているという事だろう。

官僚のような雰囲気すら感じさせている。

「レフも良い感じだな。そういう国の偉い人みたいだ」

「そうかー?シャルルに言われると悪くないな!」

民族風の衣服に合わせ目の周りに(べに)を差しているのか、レフの顔もいつもよりぐっと大人びて見える。

あの時ナサニエルがアンナたちの様子を見に行ったのは色を調べるためだったのだろう。

濃紺のコートは、アンナの海色のドレスともバランスが良く、二人が踊る事になってもよく映えそうだ。

初めてのパーティーに顔を(ほころ)ばせるレフに、オレもにこにこと笑顔を返した。

(にしても……)

肝心のアンナの顔はロボットのようだ。

先程までの余裕はどこへやら、今更になって緊張がぶり返しているのか唇を真一文字に結んでいる。

その間にも1曲目の演奏が終盤に差し掛かり、学年を問わない自由なダンスタイムの時間が着々と近づいてきていた。

(ほんとに大丈夫か?つーかアンナでもあんなに緊張する事あるんだな)

先に行っておくが断じてギャグではない。

どうにもこうにもそういう名前のメンツが揃っているというだけで、オレとてギャグが言いたいわけではないのである。

話が逸れたが、オレの心配をよそにファーストダンスは終わりを迎えたようだった。

主に王子と公女への拍手喝采の音がホール全体に響き渡り、ダンスに興じていた生徒たちがテーブルへと戻っていく。

当然その場に残る者もいるが、半数近くは休憩に向かったようだった。

あちこちでダンスの準備と誘いが行われる中、遂にアンナが立ち上がる。

「ユージーン」

名前を呼ばれたユージーンが座ったままアンナの顔を仰ぎ見る。

そして、静かに首を振った。

(は…?え、まさか…ここで断るのか…?)

様子を見守るオレの方がドギマギだ。

ユージーンが断るわけがないと踏んでいただけにオレは口に運びかけていた豆をぽろりと落とした。

床に落ちそうになる豆をハンスが華麗に皿でキャッチしてくれたが、今はそれどころではない。

愕然(がくぜん)とするオレの前でユージーンは立ち上がり、表情を凍らせるアンナへと膝をつく。

「ベレジュナーヤ嬢。僕と一曲踊ってくださいますか?」

「あ、よ、喜んで……」

(ひざまず)いたユージーンがアンナの手を取りその指先へと口付ける。

優しく微笑むユージーンにアンナの顔は見る見る間に赤くなり――ユージーンにエスコートされて、カクカクとした動きのままホールへと歩いていった。

「……ユージーン様、やりますね」

「今の…、誘うなら自分からって事ですもんね。ユージーン様が好かれるのがよく分かります」

「ほんとそれな。オレ、断るのかと思ってびびったもん」

出来る男は違うとジョンとロナルドと共に頷き合う。

「…………」

その横でレフが寂しげな表情を浮かべていた事にオレは気が付かなかった。

レフの目は遠ざかっていくアンナの背中を追い――

「なあ!シャルルたちは踊らないのかー?」

明るい声で笑うレフに、オレは視線をテーブルへと戻した。

ユージーンとアンナがホールで位置取りをする中、ここにいる男5人は立ち上がる気配すらない。

「オレは別に。食べるのに忙しいし」

「俺も踊るつもりはない」

「ぼくも特には……。アンナさえ良ければ1回くらいとは思うけど」

「あはは、自分も同じく」

最初から踊る気のないオレが言うのも難だが、全員がこれなのだからどうしようもない。

レフもそうかーと頷くばかりで、立ち上がるどころか料理に手を伸ばす始末だった。

「――ロナルドさん、少しお時間頂けるかしら」

そこに子爵令嬢のシニョン・ブックマークがやって来た。

キャンディスと仲が良いのか、いつぞやにアンナに詰め寄っていた内の一人だ。

ユージーンの事で文句を言いに来たのかと思わず身構えるが、彼女はロナルドに耳打ちをしてすぐに去っていった。

当のロナルドの顔には汗が浮かび、随分と朱が差している。

「大丈夫か?何言われたんだよ?」

「それが…その、クロッシュ様と踊って欲しいと……」

語尾に進むにつれ小さくなっていく声に、オレたちは顔を見合わせる。

クロッシュと言えば、ダンスの練習でハンスの相手も務めていた高身長の令嬢だ。

学生間では気にしない人も多いが、社交界においてはダンスの誘いは男性からというのが一般的なため、シニョンを通じアプローチをかけてきたという事だろう。

「行って来いよ!またとないチャンスだぞ!」

「そうだよロン。踊るだけで良いんだから大丈夫だってば!」

次のダンスが始まるまではまだ時間がある。

オレとジョンは勇み込むようにロナルドを立たせ、ミラが待つ隣のテーブルへと向かわせた。

「い、行ってきます…!」

緊張のあまり挙動不審になりながらも、ロナルドはミラの前で足を止める。

ユージーンを参考にしたのかその場に膝を付き、長い髪をひとまとめにしたミラへと手を差し出した。

「ク、クロッシュ様。一曲、自分と踊っては頂けないでしょうか…?」

「可愛らしいお誘いありがとうございます。是非お願いするわ」

背の高いミラが(まと)うのは足元にかけて布がたまっていくタイプのマーメイドドレスだ。

大きく開いた胸元には銀のストーンが輝きを添え、大人びた美しさを演出している。

今期流行りだというグリーンのドレスも、落ち着いた茶色でまとまったロナルドとは相性抜群だ。

オレたちはパーティーとは別の興奮を浮かべながら、ホールへと向かう二人を見送るのだった。

「見たかハンス!ロナルドの奴、ダンスに誘われたぞ!」

「お前は人の事なのに自分の事のように喜ぶんだな」

「だって友達だろ?自分の好きな人たちが笑ってくれたら嬉しくなるもんだって」

「その中には俺も入っているのか?」

興味なさそうにしながらも、目だけはロナルドやユージーンを追うハンスに笑いかける。

「あたりまえのこと聞いてどうすんだよ」

「あたりまえ…か。本当にお前には適わないな」

目を細めるハンスに笑おうとして、ふともどかしさに息を呑んだ。

そのもどかしさの正体を知らぬまま、オレはハンスたちと共にダンスホールへと視線を向ける。

間もなく演奏が始まり、アンナたちにとってのファーストダンスが始まった。

(――上手くいくと良いな)

ぎこちないながらも、ユージーンのエスコートによってアンナの足は軽やかだ。

オレは食事の手を止め、海を思わせるドレスを揺らすアンナを一心に見つめるのだった。

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