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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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70.子猫伯爵と幕開け

「ねえ、あそこ――」

「素敵な殿方ね。あんな方、学院にいたかしら」

「しかもご覧になって。あの花束、フェザント領でしか採れないブルーローズじゃないかしら」

「ほんとだわ…!あんな素敵な方にあの花束を貰えるご令嬢が羨ましいわ……」

黒衣(こくい)の男がマントをたなびかせ歩いていく。

その堂々とした姿を女生徒たちは恍惚(こうこつ)の目で見つめていた。

一目で分かる背の高さも、筋肉質な体を引き締める黒い服も、少し味気ないながらも整った顔も彼女たちの注目を集めるには十二分過ぎるものがある。

何より、その男が手に抱く花束の存在感は計り知れない。

フェザント領でのみ栽培が行われるブルーローズの大輪を中心に、ブルースターやスターチス、ブルーレースフラワーが華を添える青一色の花束は誰の目にも鮮やかに写り込んだ。

(まと)う衣服と同じ黒い紙に包まれた青が揺れる度に、女生徒たちはほぅ…と息を呑む。

あれは誰か、あの花束を貰うのは誰かと話に花を咲かせ、その頬を薔薇色(ばらいろ)に染めていった。

男性陣でさえその姿に釘付けだ。

その眼差しは手強(てごわ)いライバルに向けられるものだったが、校庭に降り立った男が注目をかっさらっていったのはたしかな事だろう。

そして、男が不愛想な顔に笑みを浮かべる。

優しく微笑み、唯一人、目的の相手の待つ場所へとまっすぐに進んでいった。



(おわあああぁぁああぁっ!!!!)

迷う事なく歩いて来るハンスにオレは叫び声を上げた。

心の中でだけだったが大声を上げ、思わず及び腰になってしまう。

「シャルル!」

「お、おわ…わ、ハンス……」

「待たせてしまってすまない。寒くはなかったか?」

「おわ……ん、や…だ、だいじょぶ」

オレの傍へと小走りに駆け寄ってきたハンスがキラキラと輝いて見える。

あまりの煌めきにオレは目が(くら)んでしまいそうだった。

服だけを着た誕生日の時とは違い、今のハンスは靴から小物まで全てをきっちりと身に着けている。

自分で用意したのか、服にぴったりと合う漆黒のマントを(ひるがえ)す姿は本物の騎士のようだった。

何より――

(それは反則だろぉ…!!!!)

いつも前髪を下ろしているハンスがその髪を上げているのだ。

アイスブルーに光る瞳と凛々しい眉毛が白日(はくじつ)の下に(さら)され、オレの口からは声にならない声が漏れ出した。

正直に言って完全に油断していた。

一度見ているし大丈夫だと悠長に構えていた。

想像の5倍は上をいくイケメンが出てくるなんて誰が想像出来ただろうか。

恋愛小説の主人公は伊達ではないのだと、その本領を発揮してきた男前をマトモに見れそうにない。

「とても綺麗だ。やはりお前には赤が似合うな」

「お、おう…サンキュ……」

「ああ、だが良かった。ここに青が入っているんだな。これならこれも合いそうだ」

入学当初の不器用さはどこへいったのやら。

開口一番に綺麗だと告げるハンスにオレは戸惑いを隠せない。

そのハンスがオレの白いズボンの後ろでチラつく濃紺に目をやり、一層優しく微笑んだ。

そして躊躇(ためら)いもなく手に持っていた花束をオレへと差し出してくる。

「少し早いが誕生日おめでとう。男のお前に花束というのも変かもしれないが、受け取って貰えると嬉しい」

「んえ?は?え、これオレに?」

「父に頼んでブルーローズを仕入れて貰ったんだ。これならお前にもふさわしいと思ったんだが……」

頬を赤らめるハンスにオレの頬まで赤くなってしまう。

今日のパーティーのために用意したのかと思えば、この花束はオレのために持ってきてくれたようだ。

他の男性陣が持つどの花束よりも大きく華やかなそれは、男のオレから見ても綺麗で豪華なものだった。

中央を飾るブルーローズに至っては、ハンスの暮らすフェザント領でのみ栽培される貴重な品種だ。

前世程の珍しさもないし、宝石に比べれば金銭的価値も下がるが、冬から春にかけてしか花を咲かせない希少性もあって、贈り物としては無類の人気を誇っている代物である。

予約必至(ひっし)で、運良く市場に下りたものも即日中にはけてしまうのだそうだ。

かくいうオレもねだった事がないだけとも言えるが、現物を(おが)むのは初めての事である。

感激やら感動やら、思わず叫びそうになってしまうのを(こら)え、オレの手には大きすぎるくらいの花束を受け取った。

「ありがとな、ハンス。すっげえ嬉しい」

「喜んでもらえたなら良かった」

花束を優しく抱きしめハンスへと微笑む。

嬉しさと気恥ずかしさのあまり顔が引きつっていないか心配だったが、ハンスの表情を見るに大丈夫なのだろう。

くしゃりと笑うハンスを見ていると、外にいるのを忘れるくらい体が熱くなってくる。

「花もらうのって嬉しいもんなんだな」

気の利いた言葉ひとつ出てこないオレの語彙力(ごいりょく)はさておき、嬉しいのは本当だ。

何らかのお祝いで男性が花束を受け取る光景は今世でも前世でも何度も見たものだったが、いざ自分が受け取る側に回るとその喜びがよく分かる。

もらった花束を落とさないように、けれど花を潰さないように、しっかりと両手に抱え込んだ。

鼻先に触れる花弁(はなびら)からは柔らかな香りが漂ってくる。

「ん、匂いも良いんだな」

「ブルーローズは香料としても人気が高いからな。花が終わる前にエキスを(しぼ)って香水にしたり、乾燥させてポプリにするのがオススメだ。お前の家の使用人なら何とかしてくれるだろう」

「へぇ~、じゃあお願いしてみよ。あ、そうだ」

使用人という単語にナサニエルから受け取った手紙の事を思い出す。

花束を落とさないようにくねくねと踊りながらも裏ポケットからシンプルな封筒を取り出した。

「ナサニエルから。着こなしがどうとか言ってたけど……」

「あの男が……?」

お互い反りが合わないようで、ナサニエルの名前を出しただけでハンスの目に険しさが宿る。

手紙を見つめる顔も何とも(いぶか)しげなものだ。

渋い表情のまま蝋のされていない封筒を開けると、1枚だけ入れられた便箋(びんせん)へと視線を落とした。


『シャルル様に何かあったらただじゃおかない』


中身を確認したハンスは僅かに顔を(しか)めたようだった。

しかし花束どころか身長もあってオレの位置からでは内容は分からない。

「何て?」

「……ただのアドバイスだ」

便箋を封に戻し、ハンスは裏ポケットへと手紙をしまいこんだ。

オレに見せる気はないらしい。

中身が気にならないと言えば嘘になるが、ハンスはこれで頑固(がんこ)なところがある。

この様子では内容について教えてくれないだろう。

オレは早々に諦め、抱え込んだ花束の香りを満喫(まんきつ)し直すのだった。

花特有の生臭さはなく、清涼感の(あふ)れる香りが胸いっぱいに広がっていく。

ミントの香りに近い気もするが、それよりはもう少し甘く落ち着いたような印象だ。

「こっち何て言うの?」

「ブルースターだ。花弁が星のように広がっている事からその名がついたそうだ。こっちはスターチス。これはブルーレースフラワーだ」

三輪のブルーローズを、それよりも淡い青色の華たちが囲んでいる。

オレは花に詳しくないためよく分からないが、商会の息子だけあってハンスはきっちりとどれが何かを把握しているようだ。

(ブルーレースフラワーだっけ。これヴェルヴェーヌに似てるな)

いつぞやにカイトに招待された時に覚えたヴェルヴェーヌ。

ほんの少しあの花に似た雰囲気があるように思え、ちょんちょんと小さな花を(つつ)いてみた。

「それが気に入ったのか?」

「んー、全部?今更返せとか言うなよ?」

「当然だ。そこまで気に入って貰えたなら、ブルーローズにして正解だった」

一度もらった以上ハンスにも渡さんという気分で花束を抱きしめる。

その手は手袋に覆われているとはいえ、外気で堅くなり始めていた。

終始幸せそうなハンスの顔を仰ぎ、オレは校庭の中心へと視線を向ける。

「そろそろ受付行かね?ここ(さみ)ぃし中で待ってようぜ」

「そうだな。花は……ふふ、何でもない。しっかり抱えていてくれ」

子供扱いされた気もするが許してやろう。

オレは腕いっぱいに青い花を抱え、ハンスと共に受付へと向かって行った。

入学式の時もそうだったが、校庭の中央に並べられた受付ブースで出席の確認をとる。

「1学年ミオン様、ウィルフレッド様、ご確認致しました。お時間までに待機用サロンへとお入り下さい」

学院側で雇った人材なのか、どこかの家の使用人なのか、受付に立つ女性が(うやうや)しく頭を下げる。

そのまま指示に従い、オレたちは指定されたサロンへと入って行った。

会場となるホールへの入場は順番が決まっているため、それまでの間はここで過ごす事になる。

パーティーが始まった後も休みたい時にはここに戻ってくれば良いだろう。

控室でもあるサロンにはテーブルやお茶菓子が用意されており、加えて今日に限っては使用人が配備されているため至れり尽くせりといった様子だ。

オレとハンスは人目を避けるように隅の席へと腰かけ、アンナたちが来るのを待つ。

「シャルル!ここにいたんだね」

「お、ユージーン」

テーブルの一つを陣取ったオレたちの下へユージーンがやって来る。

本人の爽やかながら甘さのある顔立ちにも、明るい髪色にもよく映える白地のコーディネートだ。

優しく人の好いユージーンにはぴったりの装いだろう。

「良い感じじゃん」

「シャルルも決まってるね。ハンスは――」

ユージーンはそこで言葉を止める。

オレの隣に座るハンスを凝視し、笑顔のまま首を(かし)げた。

「え?ハンス、だよね?」

「それ以外に誰がいる。一日かそこらで視力が下がったのか?」

「え、ええ!?普段のイメージと全然違うんだけど!?うわぁ…、人ってこんなに変わるものなんだね

……」

目を丸くしたユージーンが信じられないという風に何度もハンスへと視線を飛ばす。

そして合点がいったように、花束を抱えたままのオレへと茶色の瞳を向けた。

「なるほど。校庭で話題になってたのってハンスだったんだね」

「……俺が?」

「ハンスが?何でまた?」

揃って〝(ハテナ)〟を浮かべるオレたちにユージーンは眉を下げる。

空いている椅子に座り、呆れたように頬杖をついた。

「気づいてないの君達だけだと思うよ。ブルーローズを抱えた黒衣の騎士様がいたって口を揃えて話してたからね。どこの令嬢があの花束を受け取るんだって注目の的みたいだよ」

「………まじか」

「中にはシャルルが受け取ったのを見た人もいるそうだけど、その人たちはシャルルが用意させたものだと思ってるみたいだからね。どのみち誰が受け取るのかって話題で持ち切りなんじゃないかな。でも……それシャルルのなんでしょ?」

頭が回るユージーンだけにもう答えは出ているらしい。

オレは誇らしい気持ちで頷いた。

「ん!誕生日プレゼントに貰ったんだ、キレイだろ?」

「噂通り見事な花束だね。けど僕は友達じゃなかったのかな?シャルルの誕生日にが今日だなんて聞いてないんだよね……」

「あ゛っ!?そういう話なった事なかったから!あと明後日な!」

「明後日か。今日で今年の授業も最後だし、お祝いは遅くなっても良いかな?」

「別に気にすんなって。オレもユージーンに何もあげれてないし……。ちなみにハンスの誕生日は冬の第二月、二の七の日な」

「ははは、後出しばっかされると自信なくすなぁ」

うんうんと頷くハンスの向かいで、ユージーンが乾いた笑い声をあげる。

パーティーに熱心な貴族でもない限りこの辺の感覚は割と緩かったりするわけだが、ユージーンはしっかり気にするタイプのようだ。

来年こそはユージーンの誕生日もちゃんと祝ってやろうと心に決めておく。

そうして談笑している内に、サロンの中は賑やかになっていった。

華やかなドレスに身を包んだ女生徒たちは文字通りサロンを飾る花で、彼女らの身に着ける宝石が光に反射してキラキラと輝いている。

色とりどりの花束を持った男性陣も同じく華を添え、全員が全員いつにも増して高揚しているようだった。

その中でもオレたちは一際目立っているらしい。

ブルーローズを抱えるオレと、皆から見れば別人のようなハンスが並ぶせいか、周囲の目線が突き刺さってくる。

だがそれもあと少しの我慢だ。

パーティーが始まりさえすれば、この嫌な感覚も散り散りになってくれる事だろう。

驚愕だったり疑問だったり真意は様々だが、送られてくる視線を無視し、オレは壁に掛けられた時計へと目をやった。

間もなく会場入りが始まり出す頃合いだ。

オレたち1年が最初の入場となり、主役となる卒業生が最後に会場へと入る事になっている。

「……アンナたち遅いな」

「そうだな。気になるなら様子を見てくるか?」

「んー…大丈夫。うちのメイド寄越してるし何とかなるだろ」

念のため小声でやり取りするが、ユージーンはそれどころではないのだろう。

周りに集まってきたキャンディス・シュガーを始めとする男爵家の面々との会話に忙しそうだ。

ユージーンは腕に絡みついて来るキャンディスに苦笑しながらも振り払う事はしない。

どこまでいってもお人好しなユージーンにオレまで苦い笑いを浮かべてしまう。

「そろそろね、ジン。ダンスの相手は決めてるの?」

「はは、どうだろうね。アマレット先生に申し込んでみようとは思ってるけど……」

「もう!ジンはそればっかり!」

キャンディスが言うように時間は刻一刻と迫ってきている。

サロンへやって来る生徒の波もだんだん緩やかになり、残すはアンナたちくらいのものだろう。

(人数がいるとはいえ時間掛かり過ぎじゃ……)

何かトラブルがあったのかと不安になり始めたその時――サロンの扉が開かれた。

開け放たれた扉の向こうから海を纏った少女が歩いて来る。

「ご機嫌よう、皆様」

海を思わせる深く落ち着いたドレスに身を包んだアンナが頭を下げた。

甘く白い衣服に身を包んだジョンにエスコートされる姿は美しく、オレでさえその変貌(へんぼう)ぶりに目を疑うほどだ。

チラリとユージーンに視線をやると、ユージーンも相当驚いているらしい。

茶色の瞳をまん丸にしてアンナの事を一心に見つめている。

「いかがかしら?アーチボルト卿」

アンナが悪戯(イタズラ)に微笑んだ。

妖艶(ようえん)に微笑むアンナには魔女という言葉がしっくりくるくらい強い魅力に満ちている。

ある者は茫然(ぼうぜん)とその姿を見つめ、ある者は驚愕に目を見開き、ある者はその頬に朱を差し込む程だ。

そこにパーティーの始まりを告げる鐘が鳴る。

戦いの幕開けとも言えるその報せに、生徒たちは顔つきを変え、身なりを整えていった。

その様子をどこか遠巻きに眺めつつ、オレもゆっくりと立ち上がる。

見違えた出で立ちのアンナたちへと頷き、戦場たるホールへと足を踏み入れるのだった。

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