65.子猫伯爵とオーダーメイド
「好きに選べとは言いましたけどね、まるでなってません」
オレを備え付けのソファに座らせ、ナサニエルは予定通り三人に駄目だしを開始した。
店員が持ってきてくれた紅茶をすすりながらその話に耳を傾ける。
「良いですか?服を買って貰えてラッキーじゃないんですよ?パーティーってのはいわば戦場です。好みの衣服を選ぶのが悪いとは言いませんが、いかに自分を引き立てるかが重要です。授業でやったと思うんですけどねぇ?」
ユージーンの一推し、礼節を教えるアマレット・ニール教授もそんな事を言っていた気がする。
服一つをとっても策略になる社交界では殊更の事、用途に限らず、まずは自分に似合うものを知る事が大事なのだそうだ。
三人もニール教授の教えを思い出したのか、真剣な面持ちでナサニエルに頷いていた。
厳しく突っかかったように見えて、瞬時に理解と熱意ある家庭教師の立ち位置をとれるのだから、ナサニエルの役者っぷりには舌を巻くばかりである。
「まずはロナルド君」
「は、はい!!」
ナサニエルが顎をしゃくる。
呼ばれたロナルドは一歩前に出て、緊張のまま唇を真一文字に結んだ。
「君の武器はその背の高さです。自信を持って背筋を伸ばすように」
「はい!」
ロナルドがピシリと背を伸ばす。
ハンスに負けず劣らず背の高い彼は、猫背気味の背中を伸ばすと2m近くあるのではないだろうか。
直立立ちしたロナルドに、ナサニエルが手に取った服を当てる。
「背も高いですし、線が細いのを考えると、ロングタイプのシルエットが合ってますかね。重くなり過ぎないようにブラウンやベージュの明るい色合いを選ぶのは悪くありませんが、場面を考えるとゴールドを選ぶくらいの気概を見せても良いでしょう」
選んだのは参考に提示したものよりも一段明るい色のジャケットだ。
色味もより黄緑に近く、最初にあったぼんやりとした印象が薄れたようにも見えた。
中に合わせるのは落ち着いたゴールドのベストで、リボンも同じ色合いのものだ。
そこに薄っすらとベージュの乗ったシャツとソックス、ジャケットに比べて深い色のモンクストラップの革靴を揃えていく。
「本当はタイが良いんですけどねぇ。パーティーなんでリボンにしておきましょう。あ、髪はそのままで良いですよ」
本人の好みかは知らないが、ロナルドが選んだものともそう遠くないコーディネートである。
着てみない事には分からないとはいえ、パッとの見立ては悪くなさそうだ。
ロナルド自身もそう感じているのか、その顔には期待に満ちた表情が浮かんでいた。
「じゃあ一回それで試着を。この子、お願いします」
「かしこまりました。ご案内致します」
サンプルを手渡されたロナルドは、店員と共に試着室へと詰め込まれた。
その間にもナサニエルはジョンに狙いを定める。
「次、ジョエル君」
「はい…!」
今更だがジョンの本名はジョエルだ。
初めて会った時からジョンと名乗り、そう呼ばれる事を望んでいたわけだが、女顔を気にするあまりジョエルという女性的な響きがあまり好きではなかったのかもしれない。
そんなジョンに手渡されたのは、白を前面に推し出した何ともスイートな一式だ。
「これ……ですか?」
「文句が?」
「いえ、その…出来ればもう少し男っぽい……」
「そう思ってる時点で女々しいんですよ。自分の良さ武器に出来たなら、理想なんてのは自ずとついてくるもんです。背伸びだけして笑われるよか、相手を取り込んでやるって気持ちでいかないと駄目ですよ。何て言ったって戦場なんですからねぇ」
半分納得、半分不満の様子でジョンは甘い色合いの服に視線を落とす。
当てがわれたのは、ほんのりと緑がかった白の二つ揃えだ。
「裾も短いんですね」
「君には体型を誤魔化すようなロングタイプは向いてません。華奢だろうが何だろうが、男と女には明確な違いがあるんですから体のラインを見せた方が良いでしょう」
まさにスーツといったデザインの、気持ちタイトなジャケットがジョンの体に当てられる。
そこに淡いピンクのベストを合わせ、首元にもベストと同じピンク色のリボンが添えられていった。
シャツは固さのある男性的なデザインだったが、全体を見ればかなり柔らかで甘めな仕上がりだ。
綺麗な顔立ちのジョンだからこそ着こなせるコーディネートだろう。
(おぉ!やっぱ印象変わるなぁ!)
紅茶と共に出されたクッキーをつまみながらジョンを見つめる。
パーティー以外では使いどころがなさそうではあるが、身に着ける前から似合っているだろう事は分かった。
しかしこれではまだナサニエルのお眼鏡に適わないらしい。
「うーん、もう少し足した方が良いですかね」
服を落とさないように直立不動になるジョンを置いて、ナサニエルはアクセサリーを物色する。
その中から花を象ったコサージュを掴み、ジャケットの左胸へと置いた。
装飾の少ないスーツはジョンの整った顔立ちに負けていたのだろう。
淡いながらも色数の多いコサージュが乗る事で、ぐっと華やかさが増したように思える。
「まあ、こんなもんでしょう。髪はリボンでまとめるか、いっそ切っちゃっても良いかもしれませんね」
これでジョンが身に着ける服も決まったらしい。
店員に案内され、ロナルドが入ったのとは違うフィッティングルームへと連れて行かれた。
残ったレフを見下ろし――そこでナサニエルは頭を捻らせる。
「テウルゲネフ君はそうですねぇ……」
群を抜いて小柄で幼いレフが相手となると、流石のナサニエルもお手上げだったようだ。
レフはキラキラと目を輝かせているが、一向に服選びが始まらない。
「無難に燕尾服……。でも着られてる感が出るんじゃ……」
ブツブツと呟きながらナサニエルは店内に並ぶサンプルを片っ端から漁っていく。
その果てに一度一階へと姿を消した。
「行っちゃったぞー?」
「すぐ戻ってくるだろ」
言葉通りナサニエルは数分も掛からずに二階へと戻ってきた。
そしてレフの期待に応えるように、数ある服の中から一着のロングコートを手に取った。
「テウルゲネフ君の希望も込みで、このあたりどうですかね?」
ナサニエルが選んだのは、ロナルドやジョンに見繕ったものとはまったく違うデザインのものだ。
胸部を飾る革とベルトの他には装飾のない、華やかながらもシンプルなコートである。
深い紺色の生地には金色の柄が描かれ、どこか民族的な装いだ。
小柄なレフにロングシルエットはどうかとも思ったが、そのコートは不思議とレフに似合っていた。
「当日もそのピアスは着けるおつもりで?」
「はずした方がいいかー?」
「いえ。このデザインならピアスにもしっくりくると思うのでむしろ着けてもらった方が良いかと。暗めの色合いなので中に着るシャツは白が良いですね。靴もシンプルなものにして……うーん、指輪足しておきましょうか」
レフの耳で大振りのピアスが光る。
アンナとお揃いの金の輪っかは常日頃、彼らの異国情緒を感じさせていた。
その空気感がコートにもよく馴染んでいるのかもしれない。
「ベレジュナーヤの瞳の色と一緒だなー!」
にこにこと笑うレフの指でアメジストの指輪が存在感を放つ。
最後に足されたのは、ピアスにも負けない大きな宝石の嵌った指輪だった。
値段に糸目をつける気はないが、店が店だけに紛う事なき本物だろう。
「それじゃ行ってくるぞ!」
一式を手渡されたレフもまた控えていた店員と共に試着室へと入っていった。
入れ違いに最初に着替えに行ったロナルドが帰ってくる。
「シャルル様!どうでしょうか?」
いの一番にオレの所にやってきたロナルドは照れ臭そうにしつつも背筋を伸ばした。
少々派手過ぎやしないかとも思ったゴールドのベストとリボンも、周りの色と調和して落ち着いたものを感じさせた。
リボンをタイに変えれば外行き用としても使い続けられるだろう。
「良いんじゃね?似合ってると思うぜ」
「良かったぁ。でも本当に良いんですか?こんな高そうなもの……」
「先行投資みたいなもんだし気にすんなよ。だからって毎年買ってやるわけじゃないからな」
「もちろんです。何から何までありがとうございます、シャルル様」
ロナルドがくしゃりと笑って頭を下げた。
神学のグループワークメンバーの中ではハンス同様に大人っぽい印象だが、こうして破顔すればまだまだ子供らしい可愛さがある。
その顔を見ただけで連れてきて良かったと思うのだから、オレも相当に甘ちゃんなのだろう。
「お話し中すみませんが、ロナルド君こっち来てもらえます?」
「はい、ただいま!」
ナニサエルに呼ばれ、ロナルドは小走りに去っていった。
店員を交え、裏地のカラーや襟の大きさや装飾、バックルのデザインなど、細かな打ち合わせを始めていく。
「服を買うのって思ったより大変なんですね」
「お、ジョン。やっぱ似合ってんじゃん」
「そ、そうですか?こういうの初めて着るので自信はないんですけど……」
自信はないと言いながら、戻ってきたジョンは見違えるように凛々しくなっていた。
上等な服を身に纏う事で、気持ちにも変化が芽生えたのかもしれない。
「良い顔になったじゃん」
「そうだと良いんですけどね。でもたしかに、ナサニエルさんに言われて考え方を変えなきゃなって気づきました。今までどう隠すかばっか考えてたんですけど、せめてこの服に見合うようになれればって思ってます」
「ジョンの気持ちよく分かるけどな。ま、応援してるよ」
オレもそうだったとは言わず、ジョンへと微笑んでやる。
きっと長い髪も顔を隠すための手段だったのだろう。
これを機にどう変わっていくかは分からないが、あとはもう前を向こうとするジョンの背中を押してやるだけだ。
そんなジョンもナサニエルに呼ばれ、細部の取り決めに目を回し始めた。
ロナルドはというと採寸中だ。
職人が手ずからメジャーを持ち出し、上から下までを寸分の狂いなく測っている。
一瞬顔が真っ赤になったのは息子のポジションを聞かれたからだろう。
衣服を作る上では非常に大事な事ではあるが、いざ質問されると困惑するものである。
(当然のように聞かれるから余計にな……)
経験済みのオレはどことなく遠い目でロナルドたちを見守り続けた。
そうこうしている間にレフも戻って来て、二人同様に最終調整中が始まったようだ。
苦悩していた割にナサニエルの選択に間違いはなく、三者三様に上出来な仕上がりになっている。
しっかりと体に合った商品が届けば、その完成度はさらに増す事だろう。
「――お待たせしました」
一人お茶とお菓子を楽しみ続けるオレの前にナサニエルが立つ。
ようやく全てのオーダーが終わり、ロナルドたちは再び着替えに入っている最中だ。
「お疲れ。任せっきりにして悪かったな」
「それが何であれシャルル様の期待に応えるのが仕事ですから。むしろ俺の方こそシャルル様を退屈させてしまい申し訳ありませんでした」
「お菓子も美味しかったし結構楽しんでたけど?」
「シャルル様のそういうとこ好きですよ――って、油を売っている場合じゃありませんね。シルビア様の様子を見て参ります。あの子たちにレディの着替えを覗かせるわけにはいきませんからねぇ」
呑気に笑ってナサニエルが一階へと降りる。
(姉さんに任せとけば心配はないだろうけど……)
姉と一対一で対面させる事になってしまったが、アンナの方はどうなっているだろうか。
上の空気味に最後の一滴を飲み干すと、着替えを終えたロナルドたちが帰ってきた。
皆嬉しそうに、何よりやり切った顔だ。
オレにとってブティックは疲れるだけの場所だが、初めての経験だけあって三人には良い思い出になったようだ。
「ありがとな、シャルル!今後お礼するからなー!」
「良いってば。二人も気にすんなよ?」
「そうとばかりは言えませんよ。ぼくに出来る事なんてたかが知れてますけど、何かあれば相談してくださいね」
「そうですよシャルル様。自分もいつでも力になりますから!」
ハンスもそうだが、良い友人に恵まれたものだと笑みを浮かべる。
見返りが欲しくて提案したわけではないが、皆との友情が深まった気がして嬉しくなった。
「あとはアンナさん待ちですか?」
「ん。今ナニサエルが見に行ってるから、もうちょっとだけ待ってな」
キョロキョロと辺りを見回すロナルドへと答える。
こちらが三人に対して向こうは一人だ。
いかに女の買い物は時間が掛かると言っても、そろそろ片が付いている頃合いだろう。
オレたちはクッキーを囲みながら、ナサニエルの帰還を待つのだった。




