64.子猫伯爵と宝探し
翌週末――善は急げという事で、オレはアンナたちを呼び出した。
事前調べによると、ユージーンはこの休日に実家に帰っているとの事だ。
アンナを筆頭に、レフ、ロナルド、ジョンと大所帯であるがユージーンにバレる事はないだろう。
他の誰かから話がいっても、4人で勉強をしていたと言えば違和感だってないはずだ。
オレは学院へと馬車を走らせ、まずは4人を馬車の中へと詰め込んだ。
「――本当に良いんですか?」
王都への移動中、敬った態度がとれないロナルドが口を開く。
気にした素振りを見せてはいるが、その表情は随分と興奮しているようだった。
馬車の天井に届きそうな上背を曲げ、頬が緩むのを堪えるように唇に力を入れている。
「ついでみたいなもんだし気にすんなよ。それにマトモなのが1着あれば色々便利だろ?」
「~~っ!ありがとうございます…!」
「ありがとうございますシャルル様。でもそんなだから聖人って呼ばれるんじゃ……」
我慢しきれず顔を綻ばせたロナルドの隣でジョンが眉尻を下げた。
苦笑を浮かべるその顔はなかなかに整っているものがある。
ほとんど白に近いプラチナブロンドの髪は肩に触れるくらい長く、手櫛でとかしただけの髪を乱雑に結ったスタイルも様になるものがあった。
赤みを帯びた瞳と、全体的な線の細さもあって乙女ゲームの攻略キャラに抜擢されそうな雰囲気だ。
ただのモブなのが勿体ない美麗な容姿は、今回のイメージチェンジでもさぞ楽しみ甲斐がある事だろう。
「ジョンってモテそうだよな」
「やめてくださいよ。これでも結構気にしてるんですよ…?」
ふと尋ねるとジョンは気まずそうに視線を落とした。
謙遜とも違う態度に目を瞬かせると、ロナルドが苦い笑みを溢して間に入ってくれる。
「はは…、ジョンはその、女顔なので女性からはあまり……」
「あ、あー…悪い」
言われてみればたしかにジョンの顔は中性的だ。
『ラブデス』の中で中性的と評される人物といえば大司祭エルデルバルトだが、実際には案外と男性的な顔立ちをしているのである。
170を超える人並み以上の背があり、その顔も柔和なだけで女性のような細やかさは薄い。
それに比べて、さして高くない背も相まって、ジョンはかなり女っぽい顔立ちだった。
薄口なロナルドと並ぶと余計にだ。
「他人事みたいに言ってるけど、あなたも大概だと思うわよ」
「えっ!?オレ!?」
「そんな鏡を見た事がないみたいな反応しないでくれる?」
うんうんと頷くオレに、アンナが容赦なく言い放つ。
その言葉に、あちゃー…とロナルドが苦笑する顔に深い皺を刻んだ。
ジョンも目を逸らすあたり、二人揃ってアンナと同じ事を思っていたという事だろう。
「……女顔じゃねーし」
「ぼくだって女顔じゃないですよ」
「現実を認めなさい。二人とも良い勝負よ」
「それを言ったらレフだって可愛い系だろ!女っぽいのと可愛いは違う区分だって!」
手厳しいアンナの返しにオレとジョンはぐっと声を詰まらせた。
だがこのまま引き下がるわけにはいかない。
勢いのままレフに矛先を向け――しかし、レフは理解できないという風に首を傾げた。
「オレは可愛くないぞ?みんなも強くて逞しくてかっこいいって言ってくれてたからな。ベレジュナーヤもオレのこと――」
「その辺にして。悪いけど今のテウルゲネフはあんまりかっこ良くないわ」
「そっか、そうだよな…。オレ、ベレジュナーヤに頼ってばっかだもんな……」
オレの隣に座ったレフががっくしと項垂れる。
体を丸くしてしょげる姿は可哀そうだが、レフがかっこいいかと問われると悩むものがある。
オレたちはなあなあに話を濁し、年度末のパーティーの事で盛り上がった。
(………女顔か?)
道中、窓ガラスに映り込んだ自分の顔を見て眉を寄せる。
悪役らしいキツい造形だとは思っていたが、女っぽいと感じた事は一度もなかっただけに不思議な話だ。
たしかに母に似ているとは言われるが――
(だからって女っぽいってわけじゃないだろ)
可愛いと女顔は同列にないはずだしと、腑に落ちずに唇をへの字に曲げる。
ちなみにだが、この世界での売れ筋はカイトのような男らしく逞しい男性だ。
体格が優れている事も人気に拍車をかける要因で、華奢な男性はどちらかと言えば下火傾向だった。
ついにで王族やデルホーク家がそういった顔立ちなのもあって、涼やかな顔立ちよりも濃い顔つきの方が女性の心を掴むようである。
(ハンスが思ったよりモテないのもそこだもんな)
オレはハンスをイケメンだと思っているが、平民という点を差し引いてもハンスの人気はやや薄い。
カイトという大きく立ちはだかる壁があるとはいえ、ストレートに整った顔立ちはいささかそつが無さすぎるという事らしい。
観賞用には良いが、恋愛対象には向かない――というのが世の女性たちの言だった。
(別に良いけどさ。おかげで無駄に悩まなくて済んでるし)
今から女性に集られてはアイリスに引き合わせるのが困難になってしまう。
ハンスには悪いが今しばらくは埋もれていてくれと思う。
そうこうしている内に王都に着いたようだ。
馬車は少しずつスピードを緩め、やがて馬車置き場となっている通路の脇へと停車した。
「シャルル様、足元にお気を付けください」
御者を務めていたナサニエルが馬車の扉を開く。
ただでさえ大人数のため、今日は従者であるナサニエルにのみ同行を頼んだのだ。
ハンスがいないせいなのか、使用人らしいまじめな働きぶりを見せている。
「では、ご案内致します。皆様はぐれずについて来てください」
全員が降りたのを確認するとナサニエルが先陣を切った。
「ここがハイタウン…!」
「ロータウンとは全然違うんですね」
「初めて見るものばっかだぞー!」
今日やって来たのは庶民御用達のロータウンではなく、貴族向けのハイタウンだ。
初めて訪れるハイタウンの景色に男三人は感嘆の息を漏らしている。
アンナだけはそれを痛々しく見つめていたが、内心では皆と同じように楽しんでいるのだろう。
眼鏡の奥に潜むアメジストはキラキラと輝きを放っていた。
壁となるように先頭を行くナサニエルの後を追い、オレたちは馬車を降りてすぐの場所で足を止める。
ブティック『セゾン・ド・ラヴィエ』。
3階建ての店構えを仰ぎ、オレは緊張した面持ちのアンナたちに頷いた。
ここが今日の目的の場所だ。
「――ようこそおいでくださいました、ミオン様」
中へ入ると、初老の男性が恭しく迎え入れてくれた。
店を任されている主任か仕立人なのだろう。
「御用がありましたら店の者にお申し付けください」
事前に話を通しているためか、嫌な顔をせずにアンナたちの事も案内してくれる。
にこやかな顔を見ていると、ここがバロッド家の所有物である事を忘れてしまいそうだった。
(まあ、権利を持ってるってだけだしな)
ここはバロッド侯爵家がオーナーを務めるブティックだ。
サマルの迷惑料で会員証を貰った店で、値段から生地一つに至るまで優待を受けられるのである。
スタートダッシュで出遅れているのもあり、この特別待遇を使わない手はないだろう。
オレからのサマルへのちょっとした嫌がらせでもある。
「シャルル!やっと来たのね!」
店員たちが一歩引いたと同時、店で待っていた姉シルビアがオレの傍へと駆け寄ってきた。
先に王都に来ていた姉は十二分なくらいショッピングを楽しんだようだ。
姉と共にやって来たメイドたちの手には大量の手荷物が握られている。
「姉さん、オレの友達」
「あら、こんにちは。でもね可愛いお坊ちゃんたち?こういう時は先に名乗るものよ。よーく覚えておくのね」
皆を紹介すると、姉は全員をじっくり見てからクスクスと悪戯に笑う。
その声にハッとしてまずアンナが頭を下げた。
つられるようにレフたちも頭を下げる。
「オレの友達なんだし、そこまでさせなくても……」
「お友達だからこそよ。礼儀を知っているだけで避けられる事はたくさんあるわ。分かっているとは思うけど、私たちの方が例外なのよ?」
姉の言う事はもっともだ。
誰一人として返す言葉はなく、順に姉へと名乗りを上げていった。
一通りの挨拶が終わると姉はすぐさまアンナの手を掴む。
「それじゃあアンナ嬢は借りるわね♪困ったらそうね、ナサニエルに聞けば良いんじゃないかしら?」
そのまま姉はアンナの手を取って流行のドレスが並ぶ場所へと向かっていった。
フェイスと呼ばれるその一帯には、王妃が好んで着ているのだという、腰に大量の布がこれでもかと縫い付けられた重そうなドレスが飾られている。
バッスルというらしいが、とてもではないが踊るのには向いてなさそうだ。
アンナも微妙そうな顔をしているが、果たしてどんなドレスが見繕われる事やら――。
「俺たちも行きましょう。レディを待たせると後が怖いですからね」
けれどアンナの様子ばかり見ているわけにはいかない。
ナサニエルに急かされるように、オレたちは男性物が置かれた2階へと上がっていく。
木製の階段を上った先には、ちょっとした余所行き用からお茶会用、ダンスパーティー用から式典用まで、どこがどう違うんだとツッコミを入れたくなる種類の衣服が飾られていた。
「見てるだけで頭がクラクラしてくるぞ……」
「何がどう違うのかさっぱり……」
圧倒的な物量と情報量にレフたちは早速目を回し始めているようだ。
理解は出来ずとも見慣れているオレは、そんなレフたちをダンスパーティー用のエリアへと連れていった。
そこにはシックなものから華やかなものまで、幅広い衣服を纏ったトルソーが数体ほど並べられている。
レフたちには馴染みがないだろうが、店舗に置かれている商品はほとんどがサンプルで、気に入ったものをオーダーメイドで仕立ててもらうのが通例だ。
ハンガーにかけられたコートやズボン、セットアップを手に取り、レフたちにも好きなものを選ぶよう声をかけた。
「ここまで多いと選ぶだけで骨が折れそうですね。ロンはどう?」
「宝探しって思えば何とかなるかも…?とりあえず見てみようか」
「宝探しかー。それなら頑張れそうだぞ」
三人はまだ戸惑っている様子だが、オレを真似て物色を始めた。
まずは好きに選ばせてみても良いだろう。
オレは三人を見守りながらもハンガーにかけられた衣服に目を通していく。
その間にもナサニエルがハンガーにかけられた中から何点かを持ち出した。
仕事人らしく助言をしてくれるようだ。
「初めてとの事なのでセットアップが無難かと。用途を考えますとセミフォーマルでしょうが、将来性を考えるとフルフォーマルでも良いかもしれませんね。タイなどの小物でカジュアルさやエレガントさを出すだけでも雰囲気は変わるものです」
手に取った中からブラウン系の優しい色合いの三つ揃えをかざす。
ロナルドの髪によく合った色味で、薄っすらと見えるヘアラインストライプの柄がオシャレなスーツだ。
三つ揃えの名の通り、ジャケット、ベスト、ズボンが同じ生地で作られた、シンプルながらもまとまりのある一式だろう。
ジャケットは長さがあり、厚めの襟が華やかさを添えている。
大振りのボタンが目立つ緩やかな造りのセットで、着心地も悪くなさそうだ。
「ちょっと野暮ったいですかね」
その服ごしにロナルドを見つめるが、ナニサエルは気に入らなかったようだ。
元の位置へと戻し、薄い笑みを浮かべた。
「まあ、まずは好みのものを選んでみてください。駄目だしはその後にしましょう」
(駄目だしする気満々かよ)
ナサニエルも一旦置いておく事にしたらしい。
しかし参考を得たからか、服を選ぶ三人の動きには変化があったようだ。
ただ迷っていた第一歩を終え、明確な選択をし始めているようだった。
そうして皆が服選びに悪戦苦闘する中、オレはナサニエルの玩具にされていた。
「シャルル様は何を着ても似合いますからねぇ。これとかどうです?ステッキと合わせて、シューズは……うーん、これならケラーノのウィングチップの方が……」
次から次へとサンプルを持ち出してはオレに当て、あーでもないこーでもないと唸るナサニエル。
オレの事は良いから三人を見てくれと思うが、その手は止まりそうにない。
「言っとくけどオレは買わないぞ」
「えー、1セットだけでも良いから新調しましょうよぉ」
「オレの服を選びに来たわけじゃないからな?」
「じゃあ俺からのプレゼントって事で――オーダーしておきますね」
「話聞いてた?」
物色を続けるオレをよそに、ナサニエルはポケットマネーを取り出すと店員と話し始めた。
止めようにもオレのサイズは割れているため注文だけで済んでしまうのだ。
それを逆手にとって、ナサニエルはあっという間に頭から足までの一式を頼んでしまったようだった。
「いや待て、オレが払――」
「どのみちミオン家の支払いですよ。シャルル様のお小遣いも俺の給料も元を正せばミオンの資産なんですから」
「そうだけどさぁ……」
「俺からの進級祝いって事でぇ。この先社交界に顔を出す機会も増えるでしょうし、持っておいて損はありませんからね」
ナサニエルがへらへらと笑う。
彼が選んでくれたのは訪問だけでなく、裁判などの厳かな場面でも使えそうな一式だった。
真っ黒なシャツは、首元だけがレースで飾られたシンプルな装いだ。
代わりに金の刺繍があしらわれたジャボにはボリュームがあり、目を引くデザインになっている。
ベストもまた黒く、タイトなシルエットが身を引き締める。
上だけを留めるタイプの黒のジャケットも、生地こそ固く厚いが、重さはそうないようだ。
そこはかとなくナサニエルの趣味を感じるが、場所を問わず使えそうなデザインである。
届くのはまだ先だが、届いた際には何度か袖を通す事にしよう。
「それで、シャルル様は決まったんですか?」
「んー、全然」
「俺はこういう派手な色合いのがオススメですね。顔が暗いんで服くらいは明るくしてやるのが良いんじゃないですか?」
オレの目的を知るナサニエルが皮肉に笑って、原色そのままの目に痛いコートを手に取る。
絶対にないと睨むが、なおも奇抜な服を選び抜いていた。
誰が選ぶんだと思うそれらをかき集めるナサニエルに頭痛を感じつつ、オレは作業を再開する。
(やっぱ黒……だよなぁ。でも青っぽいのも捨てがたいか?)
オレが選んでいるのはハンスに贈るためのものだ。
ハンスの誕生日が近い事もあって、プレゼントを送ろうと思ったのだ。
本人をここへ連れてきても良かったのだが、サプライズで贈りたいと思い、ユージーンだけでなくハンスにも今日の事を秘密にしてもらっているのである。
今まで人任せにしていたせいでセンスに自信はないが、ハンスの似合いそうなものを探していく。
真剣に選別するオレの熱意に負けたのか、ナサニエルもふざけるのをやめたようだった。
「……そのタイプならこっちの方が合ってますよ。学院のパーティーならコード指定はないですし、リボンの心配もいりませんからね」
「んー…でもちょっとシンプル過ぎない?」
「これくらいの方が良いんです。派手に着飾れば良いってものじゃないですからね」
数点まで絞り込んだところでナサニエルが助言をくれる。
オレはその言葉に従って、僅かに青みがかった黒のジャケットを選んだ。
少しばかりシンプル過ぎる気もするが、ハンスにはよく似合うはずだ。
チラリとレフたちを見ると、彼らも気に入るものが見つかったらしい。
ロナルドの手にはナサニエルが提示したものによく似たスーツが握られていた。
プロかはさておき、経験者の意見に乗ったようである。
ジョンが持っているのは燕尾服にも似たカッチリとした黒の一式だ。
ジャケットの裾が長めのデザインで、重い印象を受けるセットである。
レフはというと前閉じのロングコートタイプのジャケットをかざしていた。
三人を見たナサニエルがにっこりと笑う。
「――全員却下で」
無情にも、彼らの要望は取り下げられたのだった。




