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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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63.子猫伯爵と下準備

カレン夫人がもたらしたものは一家の危機に留まらなかった。

案の定ではあるが、公開判決を終えると貴族たちの噂はミオン家の事で持ち切りになったのだ。

最初こそ火消しのために飛ばしていた小鳥が奮闘していたようだが、それも時間の問題だ。

徐々に噂は広まり、今では嫌と言うほど好奇の目を向けられる。

「シャルル様って庶子(しょし)だったそうよ」

「そもそも伯爵とは血が繋がってないんじゃないの?」

「カレン夫人の男遊びって相当酷いものだったらしいわ」

「マルキーノ子爵も第三夫人に捨てられたそうだ。まあ、当然だよな」

真実などその内の一握りで、あとは根も葉もない作り話がほとんどだ。

さらにそこに尾ひれと背びれが付いて、オレの元へ帰ってくる頃にはまるで違う中身と化している。

(庶子じゃねーし、血だって繋がってるっつーの)

庶子というのは婚外子(こんがいし)、つまりは婚姻関係にない相手との子供の事だ。

(おおやけ)にしていなかったとはいえ、オレの母シャルロットは正統で正式なミオン夫人である。

カレン夫人に関しても男遊びをしていたわけではない。

恋多き女性だったのかもはしれないが、話を聞くに誰彼構わず誘惑する様な人ではなかったはずだ。

一つ真実があるとすれば、サルバトール・マルキーノ子爵の話だろうか。

公式の場で罪を(とが)められただけに、彼を非難する者は相当数いたらしい。

罰金と言う名の寄付に終わらず、マルキーノ子爵の評判は地に落ち、年若い妻にも捨てられたそうだ。

とはいえ子爵がそれを許すわけもなく、現在あの夫婦は権利問題やら何やらで揉めているのだとか。

何ともスキャンダルに事欠かない貴族らしい結末である。

だがそれも当然の報いと言えるだろう。

(子爵が浮気しなきゃ、夫人がおかしくなる事もなかっただろうしな)

オレが夫人の生涯をちゃんと知ったのは、夫人をマクスウェル家に送った後の事だ。

彼女の歩みを考えると、マルキーノ子爵への制裁は妥当なものだろう。

その反面、夫人の事を思うとやり切れない気持ちになってしまう。

(ほんと、複雑だよなぁ……)

カレン夫人については本当に複雑だ。

子爵が云々とは言えども、そもそも父と歩み寄れてさえいればこんな事にはならなかったのである。

けれどそれはオレが生まれない道でもあって、世の中上手くいかないものだと五体を投げ出したくなるのであった。

(……父さんはそれでも母さんを選んだのかな)

もし夫人が家を飛び出さなかったとしても、父は母に出会えたのだろうか。

母は愛する人を見つけられたのだろうか。

ハンスには平気だと笑いつつ、考えてしまうとドツボに(はま)っていく自分がいた。

(なんでこんなに複雑かなぁ……)

普通に生きているだけでも人間関係というのは簡単なものではない。

それが貴族と言うだけで2倍にも3倍にも厄介になっていくのはどうしてなのか。

答えの出ない問いを押し込め、オレはひっそりと息を吐いた。

非常にありがたい事に、オレの頭を悩ませるのはカレン夫人だけではなかった。

オレや家族へのやっかみが突き刺さる一方、再びオレを祭り上げる運動が激化しているのである。

「分け隔てのない優しさはその生い立ち(ゆえ)という事ですね!」

「シャルル様の崇高さに血筋など関係がない!」

「聞いた話ではシャルル様のおかげで夫人の罪状がは軽くなったそうよ」

「ミオン様こそ次代の聖人にふさわしい…!」

こちらはこちらで虚言(きょげん)を振り()く迷惑な集団だ。

特に新興派の間でその動きが見られるあたり、オレをダシに貴族派を潰そうという魂胆が丸見えである。

あまりに熱を帯び、中にはカイトにオレをぶつけようと考えている奴もいるようだった。

元来、王族と神殿は協力関係にありながらも、互いに監視する役割を持っている。

オレを聖人と謳うだけあって、王族に最も近いカイトとの間にその関係を再現させたいのだろう。

カイトが貴族派の象徴なら、オレが反貴族派の象徴――だなんて、つくづく笑えない話だ。

(……思い出したら腹立ってきた)

神殿で思い出したが、この運動を激化させるに至った原因の一つが神殿にある。

何を隠そう大司祭エルデルバルトだ。

彼があの場に登場した事も、オレを聖人と持てはやす連中が息巻く理由になってしまったのである。

「やはりシャルル様こそ聖人様なんですよ!」

「エルデルバルト様が来られたのも必然でしょう」

「大司祭様が自ら判決に訪れるなんて、それ以外に理由がありましょうか」

心の底から思うが頼むからやめてくれ。

エルデルバルトの事は良い人だと思っているし、裏なんてないと思いたい。

だがタイミングが最悪過ぎる。

エルデルバルトに会えた事自体は単純に嬉しかったが、その喜びがひっくり返る程度に、事が大きくなり過ぎていた。

(修行のためみたいな(てい)だったけどさ。何で来たんだよ……)

物陰に身を隠したオレはついに頭を抱えた。

悪役令息を脱却(だっきゃく)したかっただけなのに、どうしてまだ聖人ルートが残存しているのだろうか。

むしろここは下賤(げせん)な血だなんだと言って聖人ルートが消えるところではないのか。

嫌な飛躍を遂げてしまったオレは、自称信者に見つからないように息を潜め続けた。

(つーか何でオレが逃げなきゃいけないんだよ)

オレは用を足しに行っただけのはずだ。

それが過激派とも呼ばれる貴族派を極端に嫌悪する新興派の集団に捕まり、かろうじて逃げおおせてきたのである。

()いていた教室の隅に丸まったオレは苛立ちと不満に眉を吊り上げた。

「――シャルル?」

そこに落ち着き払った静かな声が響く。

そっと棚の影から顔を出すと、薄暗い中でもキラキラと輝くアメジストと目が合った。

「ここにいたのね」

「アンナ……それにレフも。何かあった?」

「あなたの()()()が煩いから様子を見に来たのよ。ユージーンたちと手分けしてね」

トイレに行ったきり戻らないオレを心配して来てくれたらしい。

随分と見慣れたアンナとレフの顔が見え、オレは安心して身を乗り出した。

「悪ぃ。これからはハンス連れてくわ」

「オレでも良いんだぞー!」

オレもいると言わんばかりにレフがえっへんと胸を張る。

笑って応えたものの、レフには悪いがどこからどう見てもハンスの方が頼もしい。

弟といった雰囲気のレフを連れ歩くのも気が引けるし、出来る限りハンスに同行をお願いする事にしよう。

気の抜けた表情でのそのそと二人の元へ向かうと、アンナが顔を歪めた。

「あなたも噂に事欠かなくて大変ね」

「じゃあ何とかしてくれよ」

「私にそんな発言力あるわけないでしょ?そういうのはユージーンに頼んだらどう?」

アンナがバッサリと切り捨てる。

その横でレフがオレンジ色の目を輝かせた。

「でも聖人だぞ!やっぱりシャルルはすごいよな!」

「あんま嬉しくねーし。レフだって急に聖人とか言われても困るだろ」

「うん?うーん……たしかにそれはイヤだな。オレもその気持ちよく分かるぞー」

「何?レフにもそういう事あんの?」

意外だと思って聞き返すと、レフは開きかけた口を(つぐ)み目を泳がせた。

アンナが睨みを利かせているあたり、表立って知られたくない事なのだろう。

レフはともかくアンナの口を割るのは一筋縄ではいかない。

オレは深く突っ込むのをやめ、すぐそこにあった机に尻をつけた。

「そういやさ、二人はどうすんの?」

「何がだ?」

「年度末まで半年切ったじゃん。パーティーの準備どうすんのかなって思って」

あと数か月もすれば年度末だ。

正月とも言える『女神の月』の9日間が冬休みといったところだろうか。

その後、前世で言う1月と2月を学院に通い、3月いっぱいは春休みといった行程になっている。

前世の学校と大きく異なるのは年度末に行われるパーティーだ。

オレは経験も馴染みもないがプロムと言えば良いのだろうか。

2月の終わりには、終業と進級祝いのパーティーが学院の中で開かれる事になっていた。

みっちり教えられたマナーを発揮する授業の延長でもあり、生徒の中には婚活の場と捉えている人も多いそうだ。

そんな1年の締めくくりだけに、今から準備を始めるのも遅いくらいに皆すでに気合を入れている。

どこのドレスにするだの、帽子は隣国から取り寄せるだの、オレの噂に並行して男女問わずパーティーの計画に熱を上げているのだった。

しかしアンナにとってそれは雑音に過ぎないのだろう。

彼女はさもつまらなげに答えた。

「別にいつも通りよ。ドレスじゃなきゃ駄目なんて言われてないじゃない」

一般人への配慮(はいりょ)服装規定(ドレスコード)の指定はない。

だが貴族たちは揃って一等良い衣類を身に纏ってくるのだ。

その中を普通の恰好で歩こうものなら悪目立ちしかしないのは明白である。

オレはというと、家族が用意したものを着飾る予定のため、準備に奔走(ほんそう)するつもりはない。

(いらないって言っても絶対用意するだろうしな)

本音を言えばあるもので十分だが、オレの家族がそれで満足するとは思えない。

美味い料理にありつければ良いやと考えるのをやめかけ――ふと(ひらめ)いた。

「あのさ、オレに任せてみない?」

「え?」

「おおー?」

良い事を思いついたとオレは笑顔を浮かべる。

二人は困惑気味だったが、オレの心はもう決まっていた。

「オレが二人の服を用意する!二人はそれを着てパーティーに出る!良い考えだろ?」

「え、えぇ……?」

「おー!何だか楽しそうだな!」

アンナは大口を開けて怪訝(けげん)な表情を浮かべた。

よほど驚いているのか、尖った八重歯が見えている。

対するレフはいつも通りのにこやかな顔で首を縦に振ってくれた。

「折角だし楽しんだ方が良いって。アンナなんて()けると思うぞ?」

「……そんなわけないでしょ」

謙遜(けんそん)すんなよ。レフだってアンナが着飾ったとこ見たいよな?」

「見たい!オレもドレスを着たベレジュナーヤが見たいぞー!」

「ああもう……」

アンナは顔を(しか)めるが、着飾ったらきっと皆の視線を集めるに違いない。

食い気味なレフと結託(けったく)して、オレは何とかアンナの了承をとる事に成功した。

ロナルドたちの分も用意してやるかと、まずは日取りを決める。

最後にユージーンを驚かせてやろうとアンナたちに口止めをしておいた。

「ユージーンと、あとハンスにも秘密な!」

「……分かったわ」

「オレたちだけの秘密だな!」

レフが小指を立てて笑う。

前に指切りをした時の事を覚えてくれていたらしい。

オレは不思議がるアンナの前でレフと指切りを交わし、揃って空き教室を後にした。

(うんと綺麗にしてユージーンを驚かせてやんないとな)

心の中でほくそ笑む。

年度末のパーティーは、ユージーンにアンナを意識させるまたとない機会になるだろう。

(そうと決まれば姉さんに相談すっか)

女性の事は女性に任せるのが一番だ。

ろくにドレスの知識がないオレが下手に見立てるより、姉のセンスに委ねる方が正解のはずだ。

オレは(はや)る気持ちを抑えきれず頬を緩めた。

余談だが『ラブデス』本編――ハンスの目線ではパーティーの事はほとんど書かれていない。

アイリスに聞かれ、そういう行事があったという概要だけを語ったような形だった。

その時点で察する事は出来るが、作中のハンスにとってはさぞ楽しくないイベントだった事だろう。

(踊る相手どころか話す相手もいなかっただろうしな)

サマルとの一件が終わった先となれば、ハンスは完全に孤立した後だ。

ただでさえ庶民には荷が重い行事だろうに、授業の一環だからと強制参加させられるのだから、たまったものじゃなかったはずだ。

(――今は大丈夫だよな)

全てが落ち着いたわけではないが、今はもう原作とは違う道を歩んでいる。

ハンスにとっても有意義な1年の締めくくりになる事だろう。

そのためにも急がなければ――。

奔走する気はないという言葉を撤回(てっかい)し、オレはパーティーの準備に着手し始めるのだった。

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