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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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59.子猫伯爵と春見ぬ花

屋敷の中は依然としてざわついていたが、それも夫人の追放と共に静まっていった。

慌てふためていた使用人たちも、領主である父ラドフォードとキッドマンの指示のもと、(えり)を正し元の仕事に戻っていく。

物的被害(ぶってきひがい)もほとんどなく、駄目になったのは客間のテーブルくらいだ。

予想通りと言うべきか、カレン夫人の加護(アーク)は一時的に腕力を強化するものだったらしい。

今回の件でおそらく加護(アーク)剥奪(はくだつ)がされるだろうが、彼女が兄スコールを人質にした際、テーブルにヒビが入ってしまったようだ。

ちなみにその時に兄の首回りに出来た擦り傷はオレが治しておいた。

オレが唯一役に立ったのはそれくらいのものである。

「――マクスウェル家なら公正な判断を下してくれるだろう」

食堂に着いた後も父は(せわ)しなくキッドマンたちと話を進めていた。

取り急いで(ふみ)をしたため、夫人の失言の数々が記録されているという魔具(まぐ)をナサニエルへと手渡した。

(くだん)のマクスウェル伯爵家はカレン夫人の生家だ。

オレたちが暮らすミオンの領地よりもずっと南下した場所にあるグラース領を収めている貴族である。

南西へと繋がる国境を守る家門でもあり、防壁のラインを強化する意味合いもあって、王都で暮らす力あるミオンとの婚姻関係が持ち上がったらしい。

その意図を踏みつけ駆け落ちを(はか)ったのがカレン夫人というわけだ。

当時マクスウェル家の人たちはそれはもう怒り心頭だったそうで、夫人がまた問題を起こしたとなればただでは済まないだろう。

続報を待つだけではあるが、事が無事に済みそうでオレは胸を撫でおろす。

それは兄も同じだったようで、強張っていた表情もいつもの柔らかなものに戻っていた。

口では大丈夫と言いつつ、兄もずっと恐怖を感じていたのだろう。

オレよりずっと年上で、20歳を超えた大人とは言っても、兄だってまだまだ若いのだ。

夫人との邂逅(かいこう)にだって苦悩する事が山程あったはずだ。

息をつく間もなしに指揮を()る父たちを邪魔しないように椅子を引きずり、父と兄の間に移動する。

その間にも手紙への蝋引きが終わったらしい。

父の髪に似た暗い赤色の封蝋が押され、ミオンを象徴する三本線が封を飾っていた。

「これをクリスティアンに。夫人の護送はクリスティアンに一任する。それと連れて行く使用人は任せるとも伝えてくれ」

「かしこまりました」

食堂を出る直前、手紙と魔具を持ったナサニエルがへらへらと笑ってオレに手を振る。

こくりと頷いてその背中を見送り、オレたちはメイドが運んできた前菜にありついた。

これからマクスウェル家に向かうクリスティアンを思うと複雑ではあるが、ここで主人らしく構えないのも示しがつかない。

いつもに比べれば食欲が湧かないまま、オレたちは次々に運び込まれてくる夕食に手を伸ばす。

「さて、約束通り母さんの話をしよう」

前菜が終わり、いくらか気分が落ち着いてきた頃、父はゆっくりと母の事を語り出した。

オレの産みの母シャルロットがどんな人だったのか。

母とどこで出会ったのか。

どんな会話をしたのか。

ありふれた、けれど幸福に満ちていただろう思い出が(つづ)られていく。

「――続きはまた別の機会にしようか」

照れ臭そうにしながらも楽しげな父の話に耳を傾け続け、気が付けばどっぷりと夜も更け込んでいた。

何度目かのデザートとお茶の末、母の思い出話は一旦の終わりを迎えたのである。

「ただいま~」

ようやく自室へと戻ってきたオレは、ベッドの上に丸まっているスミレたちの頭を撫でた。

たっぷりご飯をもらっているのか、前にも増して大きくなった4匹のおかげでベッドは温かい。

しかし残念ではあるが今日ここで寝る予定はない。

「待っててくれたのにごめんな。今日は父さんと寝ることになったんだ」

抗議の声をあげるモモの腹を撫で、オレはいそいそとパジャマに着替えた。

予期せぬ来訪のせいか、それとも母の話をして恋しくなったのか、父はオレと一緒に寝ると言ってきかなくなってしまったのだ。

あんな事があった後でNOと言えるわけもなく、オレは父の部屋へ行く準備を整えた。

オレがいないのを良い事にスミレたちはそのままベッドの上で寝るつもりらしい。

もう一度全員の頭を撫で、部屋を後にする。

普段ならナサニエルがついて来るところだが、今日はまだやる事があるそうだ。

使用人の(おさ)たるクリスティアンが不在となれば、キッドマンもナサニエルも休む暇一つないのだろう。

他の使用人も含め忙しそうに駆け回っている。

(……酷い顔してたけど大丈夫かな)

平然を装っているようだが、父以上に疲れた顔をしていたのが気がかりだ。

どんな時でも飄々(ひょうひょう)としているナサニエルの、あんなにも疲れ切った顔は初めて見るのではないだろうか。

あとで労わってやろうと思い、オレは顔を(しか)める。

(ってもナサニエルって何が好きなんだろ?え?本気でハグとか…?)

一番近くに居る割に彼の好みはよく分からない。

誰にでも良い顔をするナサニエルは、相手によって好みも口調も変わってしまうのである。

オレにはすぐ抱擁(ハグ)だの何だの言いながら、人によっては絶対に触らせない事もあった。

かと思えば歯の浮くようなセリフを投げかけ、キザな振る舞いをする事もある。

家族であるクリスティアンやキッドマンの前では口も態度も悪いしと、見ているこっちが混乱しかけない変わりようだった。

オレやクリスティアンたちに対するものが素なんだろうとは思うが、つくづく不思議な男である。

そうこう考えている内に父の部屋の前へと着いた。

数回ノックをすると、優しく微笑んだ父が出迎えてくれる。

「寒かったろう?早く入りなさい」

「ん」

しっかりとパジャマを着こんだオレとは違い、父は前開きのローブ姿だ。

(さま)になっているようで、優しく穏やかな父には少しかっこつけが過ぎるようにも見える。

「今日は大変な目に遭わせてしまったね」

「全然。ちょっとびっくりしただけだから大丈夫」

「ありがとう、シャル。お前が居てくれるだけで心強いよ」

少しぶりの再会だけに、挨拶も短く、父と一緒にダブルサイズのベッドに入る。

ふんわりと柔らかい羽毛に覆われ、オレは父にあやされるような形でそこに収まった。

「母さんのこと聞かせて」

「もちろんだとも。彼女は――」

薄暗くなった部屋の中に父の声が静かに響く。

肖像画のままの少女らしい活発さもある人だったようで、オレは初めて聞く母のあれこれをどこか夢心地に聞いていた。

オレの母は元々ミオンが管理するメルゲル領に暮らす領民だったらしい。

幼い頃に母を亡くしたらしく、父が出会った頃には父と娘の二人暮らしだったそうだ。

結婚に際し母の父――つまりオレの祖父も一緒にミオン邸に引っ越してきており、今は使われていない東棟の一室に暮らしていたのだと言う。

「二人はあまり似ていなかったかな。義父(とう)さんもシャルロットは母親に似たとよく言っていたからね。私もどんな人かは知らないが、シャルも義母(かあ)さん似という事になるね」

少し残念だが、自分の顔が残るのを嫌がる人で肖像画はないらしい。

部屋だけはそのまま残っているため、オレは顔も知らない祖父の痕跡を探ってみようと心に決める。

余談だがオレには祖父母と言える存在はいない。

父方の祖父はオレが生まれる前に亡くなり、祖母はそれを機に他の貴族の元に嫁ぎ直したそうだ。

最初の頃は顔を見せてくれていたようだが、カレン夫人が家を飛び出して以降は関係も途絶えてしまったと告げられた。

(……もっと父さんたちに優しくしよ)

母に出会えたから幸せだと笑っているが、そこに至るまでの道程(みちのり)は到底笑い飛ばせるものではない。

オレはもぞもぞと身じろぎし、少しだけ父との距離を詰める。

嬉しそうに微笑む父を見ていると、この人の息子で良かったと思う反面、何も返せていない事に胸が苦しくなった。

「母さんが生まれた場所ってどんな所だったの?」

「小さな町だよ。自然に囲まれた長閑(のどか)な場所でね。今はもう違う人が住んでいるけれど、外からなら彼女が生まれ育った家も見られるはずだ」

メルゲル領にあるのは比較的小規模で穏やかな街並みだ。

王都のような賑やかさはないが、母の生まれ育った町もきっと住み心地の良い場所だったのだろう。

「こんな事なら、あの家はそのまま残しておくべきだったね」

父が苦笑気味に呟く。

オレとしても母の生家に入れないのは残念だが、それはそれで話に聞いた優しい母らしくて良いのではないだろうか。

困っている人を放っておけない母は、生家に帰れなくなるとしても、誰かに家を使って欲しかったに違いない。

それに外からは見れるだろうという事で、近く母の生まれ育った町へ連れて行ってもらう事になった。

父と母が出会った川辺も当時のままらしい。

視察も兼ねてピクニックも良いかもしれないとオレと父は笑い合う。

兄と姉のシルビアも連れて、ゆっくり出掛けようとあれが良いこれが良いと外出の計画を立て始めた。

その後も母の話を交えつつ、睡魔がやって来るまでの時間を過ごす。

「そろそろ休もうか。おやすみ、シャル」

「んー…おやすみ……」

うとうとと(まぶた)を下げるオレの(ひたい)にキスが落とされる。

溶けるように優しい父の声にオレはもう眠気の限界を迎えていた。

温かな腕に抱かれながら、オレは何とも騒がしくなってしまった一日に幕を下ろすのだった。

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