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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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▽.異国より来たりし者

少女の名はベレジュナーヤ。

その名は彼らの言葉で地を意味している。


少年の名はテウルゲネフ。

その名は彼らの言葉で風を意味している。


深い森と霧に覆われた氷の大地で育った二人は、外の世界に強い憧れを抱いていた。

いつかこの死の大地を出て、広い世界を見るのだと二人は誓い合った。

けれど遠い異国の言葉を学ぼうとする彼らを、他の者たちは認めようとしなかった。

隠れて知識を身に着ける二人だったが、それも今日までの事。

とうとう族長に事の次第が筒抜けになってしまい、二人は族長の前に連れ出された。

「テウルゲネフ。それにベレジュナーヤ。何をしているのか分かっているのか?」

鼻息も荒く、族長が爛々(らんらん)と目をギラつかせる。

一睨(ひとにら)みだけであらゆる者を黙らせる眼力に、テウルゲネフもベレジュナーヤも身を(すく)ませた。

「…………」

「…………」

黙りこくる二人に族長はため息を一つ。

首を伸ばしベレジュナーヤの顔を覗き込んだ。

「ベレジュナーヤ、どうせお前がテウルゲネフを(そそのか)したのだろう?」

ギラギラと光る眼を前にベレジュナーヤは息を呑み――テウルゲネフが頭を振って叫んだ。

「違う!!ベレジュナーヤは悪くない!!」

「やめて、テウルゲネフ」

オレンジ色の瞳を見開き、テウルゲネフは族長に噛みつこうとする。

それを制し、ベレジュナーヤは静かに口を開いた。

(おっしゃ)る通り、私がテウルゲネフを唆しました。罰するのなら私を罰してください」

「オレは唆されてなどいない!自分でやると決めたんだ!」

「見ての――いいえ、知っての通りテウルゲネフは純粋です。私はテウルゲネフの純粋さに付け込み、彼を巻き込もうとしました。どうぞ、罰するのなら私一人を――」

「ベレジュナーヤ!!!!」

深々と頭を下げるベレジュナーヤにテウルゲネフは咆哮(ほうこう)を上げる。

その咆哮虚しく懲罰を与えられたのはベレジュナーヤ一人だけだった。


狡賢(ずるがしこ)い女だ。テウルゲネフを巻き込めば上手く逃げられると思ったんだろうさ」

「外の世界は危険がいっぱいなのよ?」

「あんな(けが)れた場所に行こうなんて頭がおかしい証拠だ」

「可哀そうなテウルゲネフ」


懲罰を食らったベレジュナーヤは見せしめに吊るされた。

そんな彼女へと誰もが揃って悪口(あっこう)を言い放つ。

ベレジュナーヤは何を言われようと表情を崩さず、時に石を投げられようと眉一つ動かさなかった。

だというのに、テウルゲネフには彫像のように黙し続ける彼女を遠くから見つめる事しか許されない。

「……ベレジュナーヤ」

事実上の謹慎処分(きんしんしょぶん)となったテウルゲネフは、小高い丘に作られた住処(すみか)からベレジュナーヤを見つめた。

それすら許さないというように、族長の用意した大人がテウルゲネフを取り囲む。

「さあ、勉強の時間だ」

外の世界が汚いと決めたのは誰なのだろうか。

「それはね、テウルゲネフ。女神様がそうお決めになったからだよ」

だったらどうして女神は大地を作ったのだろうか。

「女神様がそう決めたからだよ」

一体誰がその声を聞いたというのだろうか。

「昔々のご先祖様だよ」

本当の本当に、女神の声を聞いたのか。

「…………」

テウルゲネフの問いに、誰も彼もが口を閉ざした。

歴史とは常に〝そういうもの〟でしかなかったからだ。

盲目的に信じられる女神の歴史に辟易(へきえき)とし、テウルゲネフはベレジュナーヤを見つめた。

「正しいのはいつだってベレジュナーヤだ」

その言葉に大人たちは顔を(ゆが)ませる。

「どうしてしまったんだ、テウルゲネフ」

「お前は族長の孫息子なんだ。お前がそんなんでどうする気だ?」

「やはりあの女はろくでもない」

「ならば一から教え直さなければ」

「さあ、テウルゲネフ。女神様の声に耳を傾けなさい」

大人たちが不気味に笑う。

「オレは――」


望んで族長の孫に生まれたわけではない。

それなのに強くある事を求められ、賢くある事を望まれ、凛々しくある事を強要され、息が詰まりそうだった。

ただ自由に世界中を駆け回りたかった。

その願いを聞き入れてくれたのはベレジュナーヤだけだった。


ベレジュナーヤの懲罰が終わり、彼女は外れにある反省小屋への謹慎が言いつけられた。

外の世界を忘れるまで出てくるな――それが族長の言伝(ことづて)だ。

「ベレジュナーヤ」

「何?私に用なんかないでしょ?」

素っ気ないベレジュナーヤの態度に、テウルゲネフは地団太を踏む。

「勉強、やめたのか?」

広いようで小さい彼女の背は振り向かない。

「そんな簡単に諦めるのか?」

何度言葉を浴びせても、アメジストの瞳を見る事が叶わない。

『一緒、行く、ない?』

まだ覚束ない異国の言葉で話しかける。

それでもベレジュナーヤは振り向かず、テウルゲネフはその場に項垂れた。

わざとらしく足音を鳴らし、一歩ずつ出口へと歩いてみた。

早く声をかけろと願いながら、一歩、また一歩と進んでいく。

出口に足が触れ、テウルゲネフは先程よりもずっと深く背を曲げた。

こんなあっさり終わってしまうのかと虚しさが込み上げる。

『下手くそ』

その背に少女の声が届いた。

『どうせテウルゲネフ一人で続ける気なんでしょ?』

『あた、あたり――』

『何?当たり?それとも当たり前?』

『あたりまえ、だ。オレ、簡単、やめる、ない』

たどたどしく喋るテウルゲネフが余程可笑しかったのだろう。

ベレジュナーヤはころころと笑い声を上げる。

『ほんと、下手くそね』

その笑顔を見たら全部が吹き飛んで、テウルゲネフも顔を(ほころ)ばせた。


それから数年の月日が過ぎ、二人は身支度を整えた。

『ここから出たらどうする?』

『王都に神学院ってものがあるそうよ。私たちに打ってつけの場所だと思わない?』

『勉強嫌いなんだけど……』

思わずぼやくテウルゲネフにベレジュナーヤは顔を(しか)める。

『そんなんでよく、外の世界を知ろうって思ったわね?』

もっともな言葉にテウルゲネフは目を逸らした。

今更勉強が嫌いというのも変な話なのかもしれないが、嫌いなものは嫌いなのだから仕方ないだろう。

それでも耐えられたのはベレジュナーヤがいたからだ。

(お前がいたから――とは言えないな)

そんな事を言っても彼女はもっと顔を顰めるだけだろう。

長い付き合いだけに、ベレジュナーヤがどんな顔をするかは容易に想像がつく。

『それで、どうするの?』

『ベレジュナーヤがやるならオレもやるよ』

冷静なようですぐに浮足立つベレジュナーヤへと首肯(しゅこう)する。

その答えにベレジュナーヤはふっと口角を上げ、大きく両腕を広げた。

『行くわよ!』

『うん!行こう!』

この日テウルゲネフとベレジュナーヤは凍りついた大地を飛び出した。

きっかけはただ一人の男。

遠い昔、死の大地を捨てた男のように、二人もまた外の世界へと降り立っていった。



「なあ、聞いた?」

「この近くで変な生き物を見たってやつだろ?」

教室の片隅で何人かの生徒が盛り上がる。

偶然通りかかったアンナは、何があったのかと耳を澄ました。

「馬よりも大きかったらしいぞ!」

「私は羽が生えてたって聞いたわ!羽もこーんな大きかったんだって!」

「え?トカゲみたいな顔をしてたって話じゃなかった?」

「何それ、おとぎ話に出てくる怪物?」

手振り身振りを加え、彼らは奇妙な生き物の話で盛り上がる。

その話を聞いたアンナは口を曲げた。

「…………馬鹿みたい」

空想上の生き物でもいたかのような彼らの言いぶりに頭が痛くなった。

「何の話?」

頭を抱えるアンナにユージーンが声をかける。

だがアンナの返事を聞く前に、大声で繰り広げられる話が耳に入ったらしい。

ユージーンはその顔に苦笑を浮かべた。

「キマイラってやつかな?」

「キマイラ?」

「知らない?〝偉大な騎士のなり方〟に出てくる怪物だよ」

アンナは静かに首を振る。

〝偉大な騎士のなり方〟はあの後レフが読んでいたが、まだ半分も進んでいなかった。

「鳥の頭に獅子の体、蝙蝠(こうもり)の羽に蛇の尻尾が生えた継ぎ接ぎの怪物なんだ」

「そんな変な怪物、ヨナだけで十分よ」

「そうだけど夢はあるよね。妖精とか聖獣とか、実在するなら見てみたいな」

「…………同意はしておくわ」

妖精に憧れていると知られた手前、否定するわけにはいかない。

アンナはどこか照れ臭い気持ちを隠しながら、ユージーンの言葉に頷いたのだった。

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