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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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▽.射手、醜き鳥に囀りて候

「……外傷はなし。脈も安定しているな」

ハンスを見送った後、キースは指定された庭園へと足を運んだ。

言われた通りの奥まった場所に、全身を弛緩(しかん)させたサマル・バロッドが転がっている。

加護(アーク)を使ったせいか服は破け、上から下まで血塗(ちまみ)れの見るも無残(むざん)な状態だった。

幸いにもシャルルが治した事で外傷だけは見当たらない。

「はぁ…誰か呼べば良かったな」

羽織っていたマントをサマルにかける。

まだ勝手が効く左手で自分よりもいくらか大きい長身を抱え上げると、キースは息を吐き出した。

ずしりと左側に体重がかかり、転ばないよう足に力を入れる。

12歳はまだまだ子供だが、体の大きさだけで言えば大人と遜色(そんしょく)ない者がちらほらといるのが現実だ。

騎士を名乗るには小柄だったキースは、重い足取りで医務室を目指した。


「――私が誰か分かりますか?」


目を開いたサマルを覗き込み、キースが無表情に問う。

この場に眠るのがシャルルだったなら、素っ頓狂(すっとんきょう)な声をあげ飛び上がった事だろう。

状況を理解しきれずにいるサマルは視線だけをあちこちに動かした。

「……騎士爵(きししゃく)

「今は教授ないし先生です。ですが記憶はしっかりしているようですね」

椅子に腰を下ろしたままキースは水を差し出した。

貴族が通う学院の、しかも医務室ともなれば希少な水も常備されている。

「どうぞ」

「…………」

疲労とショックで気を失っていたサマルは、奪うようにグラスを受け取り一息に水を(あお)る。

シャルルによって治癒された体は健常そのもので、痛む場所はなかった。

養護教諭はというと、ただ眠っているだけのサマルを診て〝大丈夫〟の一言。

キースにその場を任せ、足早に帰っていった。

医師らしからぬ派手なドレスを身に纏った彼女には、この後大事なデートが待っているらしい。

職務怠慢と注意すべきだったのか、それとも本人のプライベートを尊重すべきなのか、キースはいまだ考えている。

暇つぶしにも似たその思考を切り離し、キースは一息ついたサマルを見つめた。

「ウィルフレッドに話は聞きました」

ピクリとサマルの眉が動く。

「ミオン様次第ですが、ウィルフレッドは事を大きくする気はないそうです。わざわざ治療をしたあたり、ミオン様にもバロッド様の行いを(おおやけ)にする意思はないと考えられます」

「何が…言いたい……」

「教師にその態度は関心しませんが、まあ良いでしょう。単刀直入に私はウィルフレッドから聞いた話を信じます。もしバロッド様がこの件で騒ぎ立てるようであれば、その時には神学院(がくいん)の教師として、トラスティーナ騎士爵として、ミオン、ウィルフレッド両名を支持するつもりです」

淡々と、けれどハッキリとした声が告げる。

単純な爵位で言えば騎士爵は子爵と同等程度だが、国から認められただけにその影響力は侯爵に勝るとも劣らない。

キースの言わんとする事を理解したサマルは唇を噛んだ。

「……随分とあの平民に目をかけているようですね?」

「否定もしませんが肯定もしません。学院の理念に(のっと)っているまでの事です」

毅然(きぜん)とした態度にサマルは唇を噛む力を強める。

理由はどうあれ、鬱陶(うっとう)しい平民が優遇されているという現実が許せなかった。

しかしミオン伯爵家だけでなく騎士爵まで肩を持つとなれば、怒りに任せて動くのは得策ではない。

どうケリを着けるにしても熟考する必要があるだろう。

サマルはそこまで考え、沈黙に(きっ)した。

シーツをぎゅっと握りしめて黙るサマルを一瞥(いちべつ)し、キースは淡々と続ける。

「バロッド様がどうされるかは存じ上げませんが、無体を働くのはバロッド様にとっても悪手になるかと。何にせよ、私とウィルフレッドの意思は伝えました」

無言を貫くサマルを見つめたままキースは一度言葉を区切った。

俯いたままのサマルを無感情な青が捉える。

「それともう一つ――聞き齧っただけですが今日のような加護(アーク)の使い方は推奨できません。無茶を続ければ、いずれ()()()()なります。人として生きたいのであれば加護(アーク)に頼るのをやめ、最低でもしっかりと授業で学んだ後に使うようにしてください」

その言葉に無反応だったサマルの体が固まった。

冷や汗がぽたりと零れ、シーツを濡らす。

「――今日はもう帰りなさい」

告げるべき事を告げ終えたキースが立ち上がった。

サマルはのそのそとベッドを降り、馬車まで送るというキースを断って一人馬車へと向かう。

少し小さな着慣れない衣服はキースのものなのだろう。

そのキースの言葉が頭から離れず、自らの手に視線を落とす。

「戻れなくなる……?」

人の境地を越える加護(アーク)が誇らしかった。

圧倒的なまでの力に鼻が高かった。

この力さえあれば誰にも負けないと思っていた。


だがもし、もしあの(みにく)い怪物が真実だったなら――


サマルはごくりと唾を呑む。

(いいや、そんな話聞いた事がない。もっともらしい事を言って私を(おど)す気だな…?)

騎士(ヴァン)の名を頂くキースでさえこの力を恐れているのだと、サマルは(かぶり)を振る。

そしてほくそ笑んだ。

(覚えていろ、ウィルフレッド。必ず貴様を跪かせてやる――!!)

サマルは復讐の炎を燃やす。

灰が積みあがるまでずっと、その炎が消える事はないのだろう。

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