41.子猫伯爵と発表会
月末――それはグループワークの提出日だ。
課題はというと、アンナたちがほとんどの資料をまとめてくれていた。
「これくらい何て事ないわ」
アンナは事もなげに言うが、12歳かそこらの学生が調べた内容には見えない。
本の出典も細かく書かれ、さもすれば論文だ。
前世を顧みてもしがない男子高生だったオレには、論文の何たるかは分からないが、そういう次元のものと言って差し支えはないだろう。
毎月提出の課題にこのクオリティを提示できる彼女に頭が上がらなかった。
聞いた話、入学試験の最高得点者はアンナなのだそうだ。
入学式の新入生挨拶がカイトだったため知らなかったが、とんだ才女が潜んでいたものである。
「ここの計数なんだけど――」
「そこは公式を使えば簡単に割り出せるはずよ」
「だとすればこっちズレてない?ここの軌道を合わせてこっちに結ぶと――」
授業を前にアンナはユージーンと別の課題の話で盛り上がっている。
2年次から受講出来るようになる天文学の問題らしいが、オレには何の事やらさっぱりだ。
教師に過去問をもらったとか何とか、最近はよく二人で問題に取り組んでいる。
「何言ってるのかさっぱりだぞ」
「ほんとな」
ハンスの隣に座ったレフがつまらなそうに机に体を預けた。
課題に取り組む関係で、ユージーンとレフが席を交換するのももう見慣れた光景である。
「……緊張してきた」
「発表はミオン様たちがやるのに、何でロンが緊張してるんだよ」
以前は前の方に座っていたロナルドとジョンも、今はアンナたちの右隣に座っている。
座席は三人、四人、三人の計十人が横一列に座れるようになっていて、四人掛けの真ん中の机にアンナ、レフ―今はユージーンだが―、ロナルド、ジョンの順に腰かけている。
庶民の傍に座りたがる貴族はなく、課題でグループを組んでからアンナたちの隣はロナルドとジョンの指定席になっていた。
「準備は良いか?」
「ん。ってもオレは挨拶するだけだし」
ハンスが気にかけてくれるが、言葉通りオレのやる事は皆無に等しい。
グループから2、3人程が発表の場に出るのだが、課題について話すのはユージーンとアンナの仕事だ。
オレはお飾りの代表として一緒に行くだけである。
「二人に任せておけば大丈夫だろ」
「それもそうか」
ゆるく笑って始業を待つ。
アンナもそうだが、ユージーンもただの知りたがりではなく聡明な男だ。
プライドの高い貴族に配慮しているのか、試験の結果が張り出される事はないが、ユージーンもまた上から数えた方が早い位置にいるらしい。
アンナとユージーンが揃えばまさに鬼に金棒だろう。
ちなみにだがオレは並程度だ。
地味にハンスの頭が良いのはこの際置いておいて、オレは元々勉強が好きな方ではない。
それは前世の時分にも変わらず、赤点こそとった事はないが、声を大にして褒めてとねだるような点数をとった事もなかった。
アンナたちのように真面目に勉強していないからと言われればそれまでではあるのだが。
というところで、ゴーン、ゴーンと鈍い鐘の音が響き渡った。
始業の鐘が鳴って間もなく、グレイトフル・フォン・ケンネル教授が教室へとやって来る。
ふかふかの髭と下がった目だけを見ていると絵に描いたような優しそうなおじいちゃんだが、残念な事に中身はゴテゴテの貴族主義だ。
庶民を率いるオレは余計なケチを付けられるのではないかと、今から戦々恐々とするばかりである。
「それでは発表といきましょう」
二三確認をすると、ケンネル教授が空いていた席へと腰を下ろす。
入れ替えにカイトが教卓へと立った。
その横には相撲部さながらのオズウェル・ガーネットと、見た目だけなら真面目そうでカイトに付き従うのが不思議なルーカス・キングスレイが並び立つ。
「我々のグループは加護と神具及び魔具の関係について調べました」
カイトの堂々とした物言いを皮切りに発表が始まっていく。
発表とは言っても、各班の持ち時間は5分程度で大々的な発表会という装いではない。
基本的には提出したレポートが評価点となり、この発表自体は他の班にどういったテーマや主観で課題に取り組んだかを共有する意味を持っている。
カイトの班は神具と魔具について調べたようだ。
一般にはまだ普及していないものだが、名のある家にならばいくらか転がっているだろう。
魔具の実演も交えた、貴族だからこそ可能なテーマといった様子だった。
「大変素晴らしいテーマと発表でしたね!皆さんもデルホーク様方を参考に発表に取り組んでください。では次にグループB、準備をしてください」
発表が終わると同時、ケンネル教授は立ち上がってカイトへと拍手喝采を送った。
べた褒めしたいのを押さえ込むように、けれど手だけは惜しみのない賞賛を送り続けている。
カイトが席に付くのを見計らって教授も腰を下ろし、今度はサマルが教卓の前に立った。
「私たちは加護によってもたらされた偉業について調査しました」
嫌味な笑顔を携えたサマルが凛然と言い放つ。
両隣にはキツネを彷彿とさせる含み笑いを浮かべたメイナード・セストッドと、高慢な笑みが鼻につくソフィア・スカーレットが並び立った。
類は友を呼ぶではないが、性格の悪さが顔に出たようなメンツである。
課題の内容も加護がどうこうではなく、単に権力が凄いという話に聞こえたのは、オレの心が捻くれているからだろう。
発表が終わるとサマルはこちらを見て鼻で笑ったようだった。
(何だあいつ)
(好きにやらせておけ。どうせただの僻みだ)
ハンス同様いちいち相手をする気はないが、何かにつけ突っかかってこられるのは正直面倒くさい。
近頃は大人しいのだし、このまま引き下がってくれるとありがたいのだが――
(期待するだけ無駄か)
こうしてドヤ顔を晒すあたり簡単に諦めてはくれないだろう。
オレはげんなりとした気分で続く発表を聞き続けた。
そして――満を持してではないが、オレたちの番がやって来た。
オレはユージーンとアンナを伴って教卓へと降りていく。
代表が伯爵家のオレとはいえ、圧倒的に庶民の多いこのグループは序列も下という事だろう。
あまり興味のなさそうなケンネル教授の顔が見えた。
(……何かむかつく)
(まあまあ、先生にそういうこと言うのは良くないよ)
(そうよ。結果で見返してやれば良いだけよ)
(アンナも口には気を付けようね……)
眼鏡の奥で紫の瞳がギラリと光る。
苦笑するユージーンとは違い、アンナはやる気のようだ。
闘志に燃えるアンナを後押しするように、オレも出来る限り毅然とした態度で教卓の前に立つ。
「オレたちの班は加護の分布について調べました」
緊張で胃がきゅっとするが、噛まずに言い切る事が出来た。
オレが一歩下がると、ユージーンが大きな用紙を黒板に広げ、アンナがその前に立つ。
「出身場所を元に加護の分布をまとめた結果、この大地の国アズロを中心に地の加護を持つ者が存在し、南西に行くほど空の加護との平均化が行われる事が分かりました。空の加護は南東近辺に多く見られ、この事から見ても血統や環境による加護の出現を如実に表しているという結果に至りました」
アンナが詰まる事なく調べた内容を言葉にする。
「また今回の調査で海の加護を持つ人は各地に点在している事が分かりました。一説に加護は翼持つ獣から派生したとも伝えられています。礎となる清き翼の獣のいない海の加護は、特定地域での発生をしづらいものと考えられます」
彼女が言い終わるや否やユージーンが一歩前に出る。
オレはユージーンから受け取った用紙をくるくると丸め紐で縛った。
「三公として知られるクロウリア公爵家が、海の加護を持つ者を積極的に家門に招き入れている事は皆様もご存じでしょう。ですがそのクロウリア公爵家でさえ、海の加護の排出は稀なものとなっています。更なる調査が必要ですが、現時点での結果では海の加護は分布図に組み込めないものと判断しました」
ここでバトンタッチをしたのは、公爵家の話をアンナにさせるわけにはいかないというユージーンの提案によるものだ。
言うべき事を言い終えた二人の顔を見ると小さく頷いた。
「――以上が調査結果です」
班を代表してぺこりと一礼をする。
最初と最後の挨拶しかしていないが、オレたちの発表はこれで終わりだ。
だが教室は静まりかえり、先の発表たちとは違い拍手が飛び交う事はない。
やはり庶民ばかりのグループでは正当に評価されないのだろうか。
――そう思っているとパチパチと乾いた音が耳に届いた。
「面白い内容だった」
カイトがそう言って手を叩く。
それを見た他の貴族たちが困惑しながらも手を叩き、教室はすぐに拍手の音で満たされた。
ケンネル教授も手を打ち、カイトの言葉に賛同するようにオレたちを誉めそやしだす。
「実に興味深い話でした。特に着眼点が素晴らしいですね!流石はミオン様、しっかりと彼らをまとめあげてくれました」
こんな時にも貴族主義丸出しの教授に、何となくナサニエルの顔が思い浮かんだ。
自称〝仕事が出来る男〟の彼は、けして成果を偽ったりはしない。
「えっと、この案を出したのはアン――ベレジュナーヤ嬢です。率先してグループをまとめてくれたのも彼女とアーチボルト卿で、自分は褒められれるような事は何も。賞賛を頂けるのであればぜひ彼らに」
しどろもどろになりながらもケンネル教授に頭を下げる。
教授は何か言いたげだったが、素晴らしかったとだけ言い足して席に戻るオレたちを見送った。
「良い発表だった」
「それはオレじゃなくてユージーンたちに言ってやれよ」
席に戻るとハンスが労ってくれる。
それに軽く笑って応え、どっかりと椅子に尻をついた。
カイトに助けられた形になったのは少々不服だが、無事に課題を乗り越えられた事で息を吐く。
あの様子なら不当に評価される事もないだろう。
だがやはり理解は出来ない。
(……よく分かんねぇ)
チラリと教室の真ん中に居座るカイトに目を向ける。
あの場でオレたちを助ける義理も必要もカイトにはないはずだ。
目的があるにしては向こうから何かしてくる気配もなく、オレは戸惑うばかりだった。
『ラブデス』とは道筋が変わりつつある以上、カイトをただの悪人と決めつけるのもいかなものなのか。
(けどなぁ…)
しかし頭に過るのはサマルを筆頭にするカイトの取り巻きたちだ。
オレの隙を見てはちょっかいをかけてくる彼らを見ていると、やはり手放しにカイトを信頼する事は出来そうになかった。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いではないが、逃げ腰なオレとは違いカイトならサマルたちを何とでも出来るはずなのだ。
それをしない時点で、カイトとオレは見ている方向が違うという事だ。
逸らすように視線を移すと、課題を受け取ったケンネル教授が教卓へと立つのが見えた。
「来月のテーマはヨナにします。次の授業で内容を決めてもらうので、各々テーマについて考えてきてください。それでは皆さん今日は初めてのグループワーク提出並びに発表お疲れ様でした」
にこやかに笑って教授は去っていく。
終業の鐘が鳴り、生徒たちも凝り固まっていた体を伸ばし始めた。
その中からオレへと冷ややかな視線が向けられる。
無事に課題を終えた疲れか安堵か、オレがその視線に気が付く事はなかった。




