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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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▽.知りたがり男爵の休日

シャルルがハンスの生まれ故郷カルバに赴いたその頃――


コンコンとドアを叩く音にユージーンは頭を向ける。

学院寮で暮らすユージーンにとって、休日に約束もなくノックをされる事は珍しい出来事だった。

「やあ、アンナ。何かあった?」

「図書室に行くんだけどユージーンもどう?」

ドアの隙間から顔だけを出すと、そこにはベレジュナーヤことアンナが立っていた。

いつもと変わらず長い亜麻色の髪が二本の三つ編みになっている。

いささか大きすぎる眼鏡から覗く瞳もいつも通り無感情――否、不機嫌そうにユージーンを見つめていた。

「今からグループワークをするの。私は四人で良いって言ったんだけど――」

「みんなでやった方が楽しいぞー!」

後ろから聞こえてきた気の抜けた声にアンナが顔を(しか)める。

見るとアンナの後ろにはレフだけでなく、先日知り合ったロナルドとジョンも立っていた。

不機嫌そうな理由はこれだろう。

真面目というより少し融通の利かないアンナは、四人だけで課題に取り組むつもりだったはずだ。

それを男性陣の提案を断り切れず、ここに来たといったところか。

「今行く――って言いたいところだけど、先行ってもらえる?人前に出れるような恰好じゃなくてさ」

二つ返事でOKを出そうとしてユージーンは思い止まった。

休日なのを良い事に、昨晩は遅くまで本を読み(ふけ)ったため、つい先程起きたばかりなのである。

アンナがいなければ気にしないが、流石に年頃の女の子の前に半裸で出るわけにはいかない。

ドアで体を隠しながらユージーンは薄く笑った。

「――じゃあ待ってるわ。急がなくても大丈夫だから」

ユージーンの心境を知ってか知らずか、アンナは事もなげに言うと、レフたちと共に去っていった。

ドアを閉じたユージーンは念のために鍵をかけてから部屋の中へと戻る。

「だらしないって思われたかな」

よくよく見れば髪もボサボサで、今起きましたというような間の抜けた顔になっていた。

レフは気にしないだろうがアンナはなかなかに手厳しい人だ。

いくら部屋で(くつろ)いでいたとはいえ、身だしなみも確認せずにドアを開けた男を快くは思わないだろう。

別段かっこつけているわけではないのだが、気を抜き過ぎていたと反省する。

「さてと、準備準備」

頬を叩いて気合を入れると、急ぎ気味に髪を整え、備え付けのクローゼットからシャツを引っ張り出した。

週に一度は家に帰り洗濯をしてもらっているが、それもいつまで持つ事やら。

「授業が忙しくなってきたら帰る暇もなくなりそうだよね……」

次帰った時は洗濯の仕方を覚えようと心に決める。

家事の経験はほとんどないが、これも一つの試練というものだろう。

着替え終わった後は濡れたタオルで顔をふき、勉学に必要なものを肩掛け鞄へと詰め込んだ。

鞄は父が入学祝いに買ってくれた質の良いものだ。

「お、ユージーンじゃん」

「この前は勉強教えてくれてありがとう!」

すれ違った人たちに挨拶(あいさつ)をしながらユージーンは食堂を目指した。

寮にはキッチンも完備されているが、キッチンを使う場合には自分で食材を用意しなければならない。

お抱えのシェフを連れてきている貴族や、料理が好きな人が利用しているらしいが、ユージーンは一度もキッチンを利用した事はなかった。

朝から夜まで開いている食堂を利用する方がずっと手軽でお金もかからないのだから、それも仕方のない事だろう。

簡単に食べられるパンとミルクを胃の中に放り込むと、一息つく間もなく図書室を目指す。

ゆっくりで良いと言われても、急ぎたくなるのが人情というものだ。

「お待たせ…!」

「随分と早かったのね」

「そうだぞ、ジン。もっとゆっくりで大丈夫だったのに」

他の人にも気を遣って小さな声で呼びかけると、表情を変えずにアンナが呟く。

その視線は分厚い本に注がれたままだ。

レフは重そうな本をテーブルに持ってきたり戻したりと忙しそうである。

アンナ同様に本に(かじ)りついていたロナルドとジョンは、本を寄せてユージーンの場所を確保してくれた。

「アーチボルト様、ここにどうぞ」

「今は偉人の加護(アーク)を調べているところで……」

「ユージーンで良いよ。同じ学院の仲間なんだし気兼ねなく接してくれると嬉しいな」

ユージーンは荷物を下ろしながら二人に笑いかけた。

だが二人は遠慮がちに笑うばかりで、はいそうですかというわけにはいかないらしい。

シャルルの気持ちが分かった気がしてユージーンは笑ったまま眉を下げた。

基本的に遠慮のないアンナとレフが揃って首を振っているあたり、道は険しいという事だろう。

気を取り直して、テーブルに積まれた本の中から一冊をその手に取る。

「じゃあ僕は〝大司祭名鑑〟でも読んでみようかな」

〝大司祭名鑑〟の名の通り、歴代の大司祭の偉業がまとめられた一冊だ。

大司祭は海の加護を持つ者から選ばれるが、その出身についてはあまり聞いた事がない。

名鑑ならば出身についてくらい触れている事だろうと、分厚い本をテーブルに置き、ペラペラとページを(めく)っていく。

「オレは〝偉大な騎士のなり方〟を読――イタッ!何すんだよベレジュナーヤ!」

「それはただの自伝よ。著者の出身くらいは書いてるとは思うけど、ちゃんと読むのは後にして」

アンナに拳骨(げんこつ)を貰ったレフはちぇーっと唇を尖らせる。

〝偉大な騎士のなり方〟はしっかりと机にキープしたまま、本棚へと次の本を探しに行った。

(あの本ってたしか……)

レフの置いていった本にユージーンは笑みを(こぼ)す。

何年か前に少年たちの間で流行った一冊で、自伝でも何でもない冒険譚(ぼうけんたん)だったはずだ。

アンナにも知らない事があるんだと思うとつい笑みがこぼれ、その後に本を読んでガッカリするレフの顔が頭に思い浮かんだ。

(ああ、でもレフは面白かったって言いそうだな)

少し意地悪かもしれないが、あえて口を挟む事はせず、ユージーンは名鑑に視線を戻した。

「やっぱり出自についての情報はあまりないですね」

「こっちも似たようなもん…ものです」

ロナルドとジョンは手分けをして加護(アーク)についてまとめられた本に目を通している。

元々二人一緒にいる事が多かったのか、今も隣同士に腰かけた二人は一緒になって本から得た情報をまとめ合っていた。

そうして本を読み漁り、加護(アーク)と出身の関係を一枚の紙にまとめていく。

「――こんなものかな」

「そうね。ここにミオン様とウィルフレッドさんの話をまとめれば十二分だと思うわ」

数時間ほど本と睨み合った結果、集中力のないレフだけでなく、ロナルドとジョンもテーブルに突っ伏した。

それを見たアンナは〝だらしない〟とぼやいていたが、本を読む習慣がなければきっとこんなものなのだろう。

ユージーンは疲れきった三人に苦笑を(こぼ)した。

だがこれでグループワークの準備は整ったと言っても良いだろう。

次の授業でシャルルたちの情報を追加すれば、今月のグループワークは完了となるはずだ。

「皆お疲れ様!締め出される前に帰ろうか」

「うー…当分本は読みたくないぞー……」

三人を立たせ、図書室を後にする。

レフはあんな事を言いながらも〝偉大な騎士のなり方〟を胸に抱え込んでいた。

アンナも〝大司祭名鑑〟や加護(アーク)について書かれた本を何冊も抱えている。

「――そういえば、まだミオン様呼びなんだね」

寮へ向かう最中(さなか)、ユージーンはアンナに声をかける。

本を持つという提案が断られ、手持無沙汰(てもちぶさた)だったのもあるだろう。

「問題でも?」

「ハンスは分からないけど、シャルルは悲しむと思うよ」

ユージーンはもう何日も前になる『知啓(ちけい)の祝福』の事を思い返す。

どこか警戒したようなアンナの言動が頭から離れない。

頭の回転の速いアンナはそれを察したのか、ユージーンを不愛想に見つめた。

「本能のようなものよ。この人には絶対逆らえないみたいなあの感じ、ユージーンにも分かるでしょ?」

「うーん…?つまりシャルルが怖いってこと?」

「違うわ。でもごめんなさい。上手く言えないの」

アンナが僅かに右上を見つめる。

「私たちの言葉ではこういう時にストラ・アバジーニャって言うんだけど、こっちの言葉で何て言えば良いか私には分からないわ」

「ストラ・アバジーニャか…。僕にもちょっと分からないな」

南東から来たというだけあって、こちらの言葉では表現しきれないものがあるのだろう。

シャルルが嫌われてないという事が分かっただけ一安心といった所か。

胸を撫でおろしたユージーンはぱっと笑顔を作る。

「そうだ。アンナの生まれ育った国の話を聞かせてよ」

「つまらないわよ」

「退屈かどうかは僕が決めるよ。もちろん嫌じゃなければだけど」

そう言ってユージーンは優しく微笑む。

眼鏡の奥でアメジストの瞳が微かに揺れるが、誰もその事には気が付かなかった。

「そうね。気が向いたら話してあげるわ」

「うん、楽しみにしてるよ」

いつか話してくれたら良いなとユージーンは隣を歩くアンナになお優しく笑いかけた。

茜色に照らされた青い髪が緑にも黒にも見え、アンナは不思議な感覚のそれを目に焼き付ける。

暮れ()く空に包まれて、ユージーンたちの休日は過ぎていった。

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