37.子猫伯爵と悪の華道
あれから数日が経ち、オレはハンスの生まれ育った街へやって来た。
オレが暮らす王都の南東メルゲル領から西進すること5時間。
かねてから行ってみたいと思っていたハンスの故郷が馬車の外に見えてきた。
このあたりはフェザント領と呼ばれるアーランド家の管轄だ。
妹女神アースにあやかった名前らしく、アーランド家から派生した家門も石や岩といった大地に関係する名前を賜っている。
ろくに話した記憶はないが、級友アルベル・ロックウェルとロイド・ストーンウィルの生家もこの近くにあるようだ。
「ストーンウィル家はもともとロックウェル家の一つだったんですよ」
フェザント領に入ると、一緒に付いて来てくれたナサニエルがうんちくを披露してくれる。
「そのうちの一部が商いを成功させ、その資金を元に新興派としてストーンウィルを名乗ったというわけですね。そのため同じ血筋ながら両家は昔から仲が悪いわけです。シャルル様も無用な諍いに巻き込まれないように気を付けてくださいね」
「りょーかい」
「ははは、俺に了解だなんて言っちゃダメですよ。シャルル様はふんぞり返るくらいが丁度良いんですから」
オレよりもオレのクラス事情に詳しそうなナサニエルがへらへらと笑う。
ここにクリスティアンがいたら拳骨が飛んでそうなものだが、オレとしてはナサニエルのこのゆるさは肩肘を張らずに済んでありがたいくらいだ。
もう一人の兄とも言えるナサニエルの話に適当に相槌を打って馬車に揺られ続ける。
「もうちょっとかな?」
「もうちょいですねぇ」
馬車が進むにつれ、窓の外の景色は牧歌的な様相へと様変わりしていく。
一定の区画で分けられた畑が広がり、それぞれに畑仕事に励む人が見受けられた。
高低差を生かした棚田のような畑が多く、農具を持った人たちが上へ下へと忙しなく往来を繰り返している。
前世でも都会生まれ都会育ちだったオレには、こういう景色を眺めるのはひどく新鮮なものだった。
まじまじと外を見ていると馬車が速度を落とし始めた。
「――シャルル!!」
窓の外に手を振るハンスが見える。
どうやら目的の場所へと到着したようだ。
「ん。お待たせ」
「ここまで大変だっただろう。出迎えに行ければ良かったんだが……」
馬車を飛び降りたオレはてとてととハンスの傍へと歩いていった。
律儀なハンスは眉を下げているが、むしろハンスの出迎えは有難迷惑である。
放っておけばその身一つで来かねないのだから、大人しく待っていてくれる方が助かるというものだ。
そのために馬車があるのだし、無駄な気苦労は負わないで欲しいと思う。
「カルバだっけ?」
「ああ、そうだ。見ての通りあるのは畑くらいだから、シャルルには少し退屈かもしれないな」
ぐっと体を伸ばし、草木の匂いごと空気を肺に入れる。
青い匂いが鼻に広がり、いつもとは違う場所にいるんだと実感した。
(ここがハンスの生まれ育った街かぁ)
農耕が盛んなこの街は、季節によって色を変える畑にちなみ色変わりを意味する名がついたのだそうだ。
今は緑色の若葉が大量に茂っているが、秋には見事なまでの紅葉が見られるのだろう。
とはいえ広大なフェザント領の中では極小さな区画になるこの街も、小説の中ではほとんど触れられる事はない。
ハンスが育った場所くらいの簡単な説明で、ハンスの過去編としてさらりと流される部分だ。
(……ま、それもしかたないか)
小説の中のハンスには思い出したくない記憶の一つだったはずだ。
街の人には避けられ、あまつさえ実の家族にさえ縁を切られたとなっては、良い思い出だって霞んでしまうだろう。
もしオレが同じ境遇なら、やはり積極的に思い出そうとは思わない。
どこか複雑で感慨深い思いを抱きながら、オレはハンスの横をついて行った。
「家はこっちだ。向こうに行けば店も何軒かあるが……」
「じゃあ後で見て回ろうぜ」
面白いものはないと言いたいのかもしれないが、オレにとっては何もかもが目新しいものだ。
どことなく気まずそうなハンスの背を叩き、早く行こうとせっついてやる。
そんなオレたちの数歩後ろをナサニエルが気だるそうについて来ていた。
やたらとハンスを警戒しているが、反りが合わない以前に職業病というやつだろう。
「シャルル様に何かあったら殺されるの俺なんですからね」
ぶつくさ小言を溢しているが、いくら何でもオレが殺される事もナサニエルが命で責任をとる事もないだろうし放っておく。
念願の聖地巡礼の一つが叶ったオレは、うきうきとした気分で砂利道を歩いていった。
「ねえ、あれ」
「また変な人を連れてきたのかしらね?」
ハンスと一緒に歩いていると、街の人たちが訝しそうな目を向けてきた。
こそこそと耳を打ち合う姿は見ているだけで良い気分がしない。
学院に入る前にはもう街の人たちから避けられるようになっているとは知っていたが、直接目にすると胃がムカムカしてくるものである。
ハンスは気にしていない素振りだがそれも建前なのだろう。
僅かにとはいえ歩く速度が速くなり、オレを置いてずんずんと先へ進んでいく。
いつになく余裕のないハンスの背中をオレは早足に追いかけた。
(……閉鎖的なとこなんだろうな)
家が商会だけあってハンスは外の人との関わりが深いようだが、それ以外の人たちは一生をこの街で暮らし続けるのだろう。
彼らのように外部の人に会う事のない人たちは、往々にして変化というものをとことん嫌う傾向にある。
だからこそ一人突出してしまったハンスを認める事が出来なかったのだ。
ほんの少し人より成長が早かっただけで、こんな冷たい視線を浴びせる程に――。
「そいつと一緒にいるとロクな目にあわないぞ!!」
ハンスを追いかけるオレに冷ややかな声が飛んでくる。
思わず足を止めると、オレと同じくらいの背丈の少年たちが遠巻きにオレを――ハンスを見つめていた。
「そいつは化物なんだ!」
「一緒にいても嫌な思いをするだけよ!」
少年たちは口々にハンスに酷い言葉を投げつける。
石を投げかねない迫力に――それ以上にハンスに対する辛辣な言葉にオレはたじろいでしまう。
「……行こう。構うだけ無駄だ」
少し先で足を止めたハンスが顔を曇らせた。
踵を返した背を追いかけようとすると、くん――と後ろに引っ張られる。
「化物だって言ってるだろ!!」
「そうだよ!あんな奴と一緒にいたって楽しくないよ!」
振り返ったオレに彼らは尚も言い続ける。
背が高い奴でもオレより少し高いくらいで、170を超える筋肉質なハンスに比べると皆小柄で華奢な印象だ。
そんな彼らが憎悪も何も関係なく、そう言う事が当たり前のようにハンスを化物と罵り続けた。
周りの大人たちも止める気はないらしい。
ある者はまたかと流し、ある者は気にも留めず作業に没頭し、ある者は子供たちに便乗するようにハンスに暴言を浴びせかけた。
(なんで……)
オレに言われているわけでもないのに心が痛い。
こんなにも簡単に他人を化物と呼べてしまう彼らが恐ろしかった。
息苦しくなって、泣いてしまいたくなって――――それ以上に頭に来た。
「――気安く触んな」
パシンとオレの手を引こうとする手を払いのける。
乾いた音が鳴り、彼らは微かに小さくなった目でオレを見る。
自分が正義だと疑わないその瞳が余計に腹立たしい。
「オレが貴族だって分かって話しかけてんの?」
「え、貴族…?でもハンスと一緒にいるのに……」
貴族と言った瞬間、少年たちは目に見えて狼狽えた。
出来るなら避けたかった道だが、こんな時にまで避ける必要はない。
心底むしゃくしゃしたオレは、使えるものは何でも使えの精神で貴族のカードを取り出した。
その意図を察したのか、困惑を浮かべる彼らへとナサニエルが意地の悪い笑顔を向ける。
「ご挨拶が遅れました。こちらは我が主人シャルル・ミオン様。国王陛下よりメルゲル領を賜ったミオン伯爵家の御息男にございます――まあ、以後お見知りおきする事はないと思いますが」
すすすっとオレの横に立ち、ナサニエルが嫌味たっぷりに目を細める。
流石は悪役令息の従者だけあって手慣れたものである。
その合いの手に血相を変えたのは傍観を決め込んでいた大人たちだった。
「もっ、申し訳ございません…!!」
「うちの愚息がすみませんでした!!お前も早く謝るんだ!!」
作業の手を止めた彼らはオレの前へと走り寄ると、少年たちの頭を押さえ、その場に頭を垂れた。
服が汚れるのも構わずに、地面に膝をつく彼らをナサニエルは憐れむように見下ろしている。
「さて、どうしますかねぇ……」
一芝居打ったナサニエルが困ったという風にオレを見る。
ナサニエルもそうだが、オレとて彼らを脅したいわけでも、悪役じみた事がしたいわけでもない。
だが納得いかないという顔で頭を下げる子供たちが視界に移り、このまま引いてはいけないと思った。
子供たちの中で一番大きな少年につま先を向ける。
「シャルル――!」
先へ行っていたハンスが鬼気迫る顔で戻ってくる。
殴られそうだなと思ったが、それを覚悟でオレは前を見る。
オレにだって譲れないものはあるのだ。
街に人達に視線を向け、きっぱりと言い放つ。
「オレに謝るくらいならハンスに謝れ」
ハンスがピタリと足を止める。
街の人たちはビクリと体を震わせ、その視線をすぐそこへ迫ったハンスへと移した。
思い当たる節があるのか皆顔を青く染める。
「ハンスがお前たちに何かしたか?悪く言ったりしたのか?殴ったりなんかしたのか?」
言いながら一人一人の顔を見る。
彼らは顔を見合わせこそするが、誰一人として首を縦に振る事はなかった。
子供たちの何人かは言い訳がましく〝でも〟や〝だって〟を繰り返していたが、それが何の意味も持たない事に気づいたのか声をすぼめていく。
「お前たちにハンスを悪く言う資格なんてない」
罪の意識がそうさせるのか、地面に膝をついたまま黙りこくる彼らにオレはぶちまける。
ハンスは茫然とオレを見つめていた。
「お前たちが遊んでる時だって、ハンスは死に物狂いで勉強して体を鍛えてるんだ。ハンスの努力も知らないくせに、化物なんて安臭い言葉で片付けるんじゃねーよ!」
たしかにハンスには才能があるのだろう。
だが才能があるというだけで主人公になったわけではない。
どんな苦境にも負けず立ち向かい続けるからこそ、ハンスは主人公足りえただけだ。
人一倍悩み、傷つき、それでも前に進もうとする強さをオレは知っている。
だからこそハンスを化物などと呼ばせはしない。
「一度でも学院に入ろうと思った事はあるか?騎士を目指そうと思った事はあるのか?夢でも何でも、成し遂げたい事のために寝る間も惜しんで努力した事はあるのか?」
子供たちはぎこちなく首を振った。
皆がみな唇を固く結び、泣くのを堪えるように体を震わせている。
「スタートラインにすら立ってないくせに、よくハンスを悪く言えたな。お前らみんな卑怯者だ!勉強も取っ組み合いも勝てないからって、ハンスを悪者に仕立て上げて納得してんだよ!そりゃそうだよな、相手が化物なら勝てなくて当然だ。そのたった一言で全部解決出来るんだから楽な話だよな!けど恥ずかしくないのか?何の努力もしないでただハンスを馬鹿にして、それで勝った気になってんのかよ!?」
一気に捲し立てると、遂に子供たちは泣き出した。
それでもオレは言いたい事を全部口にしなければ気が済まなかった。
「あんたらだって同じだ!子供なら何を言っても許されるわけじゃないだろ!あんたら教えなくてどうすんだよ!?ハンス一人を犠牲に自分たちは平和に生きようってのか!?ふざけんなよ!!ハンスに手伝ってもらったことあんだろ!都合の良い時だけ良い大人ぶるんじゃねーよ!!」
子供の問題にして目を向けなかった大人たちにも声を張り上げる。
一度頭に来てしまったら、ハンス一人に全てを背負わせようとする彼らが許せなかった。
だがこれ以上はオレまで泣いてしまいそうだ。
ここで泣くのは嫌だと、歯を噛み締め荒く息を吐き出す。
「……それしか出来ないなら、悪く言うしか出来ないなら一生ハンスに近づくな」
改心させたいわけでも何でもない。
ただ悪戯にハンスを傷つけるだけなら二度と関わらないで欲しいだけだ。
自分勝手な事しか言えないオレは言い捨てる。
「お前たちがいらないならオレが貰う。文句は言わせない」
言い捨てて、オレはハンスの腕を掴んだ。
「――行こうぜ」
地面に座ったままの彼らをそのままに、ハンスを連れ立って踵を返す。
(殴られんのかな…?)
歩きながら、何も言わないハンスを仰ぎ見る。
これでハンスに殴られるのならそれまでだ。
言いたい事を言ったからなのか、不思議と覚悟は決まっていた。




