35.子猫伯爵と学生名簿
名前の部分は読み飛ばしても大丈夫です
「皆さんが入学して一月が経ちましたね」
グレイトフル・フォン・ケンネル教授がにこやかに語り掛ける。
早いもので夏の第二月――前世で言うところの5月を迎えていた。
先月末の『知啓の祝福』から見ても7日が過ぎ、今月初めての神学の授業が始まったところである。
「同じ学舎で一月を共にし、皆さんの間にも多くの絆が生まれた事と思います。そこで先月少しお話したように今月からグループワークを行っていこうと思います」
ケンネル教授が黒板にでかでかと〝グループワーク〟と書き記す。
板書を一切しないトラスティーナ教授もどうかとは思っていたが、特に意味のない内容を書きたがるケンネル教授もどっこいかもしれない。
「毎月一つテーマを用意するので、グループの人と協力して課題に取り組んでください。提出と発表は月の終わりに行います。授業中にもグループ課題の時間を設けますが、調べが足りない際には授業以外の時間も活用して課題の提出をするようお願いします」
事細かく板書を行いながら教授はグループワークの概要を話す。
簡単な図解を描き終えると、生徒たちの方へと体を向けた。
「では今日はグループ分けを行うとしましょう。1グループ5~10人程度になるように集まってください。グループは1年を通して変更しませんので、よく考えて組むように」
ケンネル教授が教卓に用意されていた椅子に腰かける。
それを合図にチラホラと明るい声が零れ始めた。
服でも何でも自主性に任せる学院だけに、こういうところも生徒任せのようである。
(5人か……)
無難に考えると『知啓の祝福』に行った時と同じメンバーだろうか。
オレとハンスとユージンとレフとアンナ――ぴったり5人で人数も申し分ない。
まだ座ったままのユージーンに声をかけると、人の好い彼は笑顔で応じてくれた。
「ちょっと待ってて。ダニーにもシャルルたちと組むって伝えてくるから」
ダニーとは男爵令息ダニエル・ソーサーの愛称である。
ソーサーの名の通り、磁器や食器の交易で名を上げた貴族なのだそうだ。
友達の友達は友達の域には達せていないが、ユージーンの友達という事である程度の事は覚えている。
ユージーンは立ち上がると、昔馴染みであるダニエルの元へと向かっていった。
「あの二人誘うけど良いよな?」
「ああ、大丈夫だ」
ユージーンが席をはずした間にアンナとレフにも声をかける事にする。
見知った相手だけにハンスも二つ返事で頷いてくれた。
「アンナ!レフ!一緒に組もうぜ」
「こちらこそお願いします」
「わーい!シャルルとハンスと一緒だー!」
こちらの話を聞いていたのか、二人はすんなりと首を縦に振ってくれた。
深々と頭を下げるアンナの横でレフはにこにこと笑顔を咲かしている。
この二人は相変わらずこんな感じらしい。
「改めてよろしくな!」
「よろしくお願いします、ミオン様」
アンナはまだ固い口調だが、一緒に課題に取り組めば普通に接してくれるようになるだろうか。
行く行くは気さくに話し合える友人になれたらと思う。
「あの………」
あとはユージーンを待つだけ――というところで、オレたちの元へ二人の少年が近づいてきた。
着古したシャツに、少し丈の足りていないズボンという分かりやすい庶民ルックだ。
「ロナルドと申します」
「ぼくはジョンです。ご迷惑でなければご一緒させて頂けませんか…?」
サマルよりも更にひょろ長い茶髪の少年がロナルドと名乗り、それに続いて中肉中背の少年がジョンと名乗る。
総人口の多そうな名前の二人は、オレの顔色を伺ってぺこぺこと頭を下げた。
想像に易いが、ざっと見る限りでも他に入れそうなグループがなかったのだろう。
(オレに言われてもなぁ)
だがオレのグループもといオレの中で実質的な権利を握っているのはハンスである。
ハンスのお節介焼きであるオレがまずする事と言えばハンスの意見を仰ぐ事だった。
(――こう言ってるけど?)
(シャルルが嫌じゃなければ良い。邪魔なら追い払うから言ってくれ)
(だろうと思ったけどさぁ)
たまには違う事を言えないのだろうか。
お決まりのパターンを貰ったオレはぽりぽりと頭をかいた。
チラリとアンナたちへ視線を向けると、アンナとレフもオレに任せるといった風に一度だけ首肯する。
何故オレにと思っても爵位を考えるとこうなるのもしかたがない事だろう。
まだ戻ってきていないが人の良いユージーンだ。
庶民二人が増えたところで文句を言うとは思えないし、オレは口を曲げつつ挙動不審なロナルドとジョンを見つめた。
(どうしたもんか……)
同じグループになるのは別段大きな問題ではない。
これ以上庶民の友達を増やして、弱者を顎で使う悪役令息の図を展開する事になるのが嫌なのである。
たとえ真実じゃないとしても変なイメージが先行するのは、とてもではないが嬉しい事ではない。
やはり適度な距離感を保つためにも最初が肝心と言えよう。
快く引き受けたのではなく、しかたなく、渋々、どうしようもなく許諾したという感じを演出したいところである。
オレは心底面倒くさそうに椅子にもたれかかった。
「……まあ、良いけど」
「あ、ありがとうございます!!」
「ミオン様ならきっとそう言ってくれると思っていました!!」
耳をほじりながら気の抜けた返事をしたつもりだったのに、ロナルドとジョンはパッと顔を輝かせた。
「自分の事はロンと呼んでください!」
「これからよろしくお願いします!」
それどころかずいっとオレの傍へと近づき、忠誠でも誓うように何度も頭を下げた。
オレのやらんとする事を察していたハンスは、どうしようもないといったように首を振っている。
(今からでも追い払うか?)
(いや、いいよ別に……)
小声で問われたが今度はオレが首を左右に振る。
レフだけは楽しそうにロナルドたちと挨拶を交わしていたが、アンナもオレの考えを読み取っていたのだろう。
眼鏡の奥にはどこか憐れむような眼が潜んでいた。
「ん。よろしく」
興奮冷めやらぬといった様子の二人に素っ気なく返事をし、そういえばと残りの庶民二人を探す。
この教室にいる生徒は全部で73人。
爵位を持たない庶民や平民と呼ばれる一般枠はその内の7人である。
ハンスを始め、レフにアンナ、そしてロナルドとジョンを合わせると、残りの庶民は二人だけだ。
(お、いたいた)
貴族派が集まるグループの中に目的の二人の姿を発見する。
一代限りとはいえ親が爵位を持つだけあって、ちゃっかり貴族派と縁を作っていたようだ。
ついでにと教室を見渡すオレの目にユージーンが飛び込んできた。
ダニエルとの話が終わったという事だろう。
「お待たせ!ダニーたちも問題なくグループを組めたってさ」
「そっか。今更だけど、ダニエルと組まなくて良かったのか?」
「え?何で?ダニーとはいつでも話せるし、一緒の班じゃなきゃ駄目って事はないと思うけど」
「なら良いんだけどさ」
顔が広い男は言う事が違う。
特別かっこいい容姿ではないが、優しそうな顔立ちと出来た性格から確実にモテるタイプだろう。
朧気な前世の記憶から生み出されたイマジナリーシスターもそうだそうだと声を上げている。
イマジナリーマザーはというとカイトのようなちょっとあくどい男が好きなようである。
オレの頭の中の雑念はともかく、ユージーンがロナルドたちに目を留める。
それに気が付いたアンナがユージーンに近づいた。
「私たちとこの二人も一緒に組む事になったの。問題ないわよね?」
「ああ、そういう事ね。僕はユージーン・アーチボルト。よろしく!えっと、ロナルドとジョンで合ってる?」
「はい!よろしくお願いします!アーチボルト様!」
何度でも言うが顔が広い男は違う。
おそらくオレとは違い73人全員をきっちり把握しているのだろう。
名前を呼ばれた二人はオレにした時と同じようにユージーンに頭を下げた。
「そういえば紹介がまだだったわね。私はベレジュナーヤ。言い難いだろうからアンナで良いわ」
「オレはテウルゲネフ。オレもレフでいいぞー」
アンナとレフもロナルドたちに名前を名乗る。
オレもいまだにベレジュナーヤやテウルゲネフという名前には慣れないが、それはロナルドたちも同じらしい。
何とか発音しようと頑張った末、ユージーン考案の愛称に落ち着いたようだった。
「――それでは代表の人は前に来てください」
一通りの挨拶が終わると、ケンネル教授が立ち上がった。
見ればどこも班分けが済んだようで、教室の中には5人から10人程度の集まりがたくさん出来ている。
「誰行く?」
オレの問いに全員が全員オレを見た。
ハンスの視線だけは種類が違ったが、皆オレ以外にないという顔をしていた。
「え?オレ?」
「普通に考えてそうだと思いますけど?」
「まー、そうなるよなー」
頷く皆を代表してアンナが手厳しく言い放つ。
リーダーなんて柄ではないのに、満場一致でオレが代表という事らしい。
数の暴力とは末恐ろしいものである。
「ハンス……」
「……悪いが俺には向いてない」
往生際悪くじっとハンスを見つめるとハンスは目を逸らした。
(こいつ…!!)
いつもはあんなにオレ優先のくせに、こういう時だけはオレを見捨てるというのか。
「ユージーン………」
「僕もそういうのはちょっと……」
ユージーンの方が適任だろうと狙いをユージーンに切り替える。
だがユージーンも苦笑いと共に目を逸らした。
「…………行けば良いんだろ、行けば」
これ以上粘っても埒が明かないだろう。
根負けしたオレは頬を膨らませ、のそのそと教卓へと向かっていった。
体よく面倒事を押し付けられている気がして大変不服である。
「シャルル・ミオンです。班員はユージーン・アーチボルト、ハンス・ウィルフレッド………」
確認を終えたオレはそそくさと席へ戻る。
教授はグループでまとまったまま着席するよう呼びかけ、出来立てほやほやのメモに目を通した。
「では確認をとります。グループAは――」
ケンネル教授が声を張り上げる。
グループAの代表は公爵令息カイト・デルホーク。
班員はオレに絡んできた侯爵令息オズウェル・ガーネットとラケル&ロシェルのキャメロン伯爵兄妹の三人に、侯爵令息ルーカス・キングスレイ、ブロッサム・バーネット、伯爵令嬢ミルドレッド・ビルズを加えた貴族派の集いだ。
グループBの代表は侯爵令息サマル・バロッド。
班員は伯爵令息メイナード・セストッド、コンラッド・ムール、ディラン・フェリックス、伯爵令嬢ナタリア・ムール、子爵令息アルベル・ロックウェル、子爵令嬢ソフィア・スカーレット、そしてケツアゴこと子爵令息ジェラルド・オストリッチのやはり貴族派揃いの8人である。
グループCの代表は侯爵令息ケント・ランドルフ。
班員は侯爵令息ヘンドリック・リロイ、侯爵令嬢アデライト・ルベン、伯爵令嬢ビアンカ・メルクリート、エイダ・ラムズデン、子爵令嬢カサンドラ・クラック、ナナリー・レムスの女所帯だ。貴族派ではあるが、カイトの息の掛かっていない穏健派と言えるだろう。
グループDの代表は子爵令息オーガスト・サンダス。
班員は子爵令息イーサン・トールポッド、シグルド・キマリエ、子爵令嬢オデット・サンボーン、サーシャ・カースティ、男爵令息ソーン・キリアン、エドワード・エバンス、男爵令嬢セレステ・ノーバート、クレア・ハウスキーの8人に、庶民のアイクとジャックを加えた合計11人の大所帯だ。余った貴族派の集まりといった感じである。
グループEの代表は伯爵令息ヌース・ペルギル。
班員は伯爵令息セドリック・ゴードン、アーリック・ドイル、子爵令息マグナス・ダンカン、ノックス・ハワード、スチュワート・ロッド、ミゲル・マクスウェル、男爵令息ネヴィル・カトラリーの完全男所帯だ。このグループは単純に仲が良いのだろう。貴族派から新興派までが入り混じっている。
グループFの代表は侯爵令息ホープ・トルーマン。
班員は侯爵令息シャレド・サフィール、侯爵令嬢ジーナ・ヴェルヘルミナ、伯爵令嬢ステラ・クラレンス、子爵令息ニコ・クインの中立派が集まったグループだ。ホープやシャレドとは何度か顔を合わせた事があるが、彼らは彼らでなかなかに頭が堅そうなタイプである。
グループGの代表は子爵令息モーリス・ダナ。
班員は子爵令息ダグラス・ニューマン、ロイド・ストーンウィル、男爵令息ジョナサン・ベルドット、男爵令嬢ニーナ・ジルコンの中立派と新興派が混じった集まりだ。
グループHの代表は伯爵令息トラヴィス・シーバリィ。
班員は男爵令息ダニエル・ソーサー、男爵令嬢キャンディス・シュガー、パメラ・マケロン、ジョセフィーヌ・コロンの新興派揃いの顔ぶれだ。オレたちと組む事がなければ、ユージーンもこのグループに属していただろう。
グループIの代表は侯爵令息パスカル・マリポーサ。
班員は伯爵令嬢リリアンヌ・フラン、子爵令息イヴァン・ルース、ハンドレッド・ルース、男爵令息ランスロット・ティガロの新興派が揃っている。こちらは俗に新興過激派と呼ばれる派閥で、貴族派とは特に中の悪い面々だ。
グループJの代表は子爵令息ピエール・カレナン。
班員は子爵令嬢シニョン・ブックマーク、男爵令息エドモンド・ブース、ディラン・ロウ、男爵令嬢ミラ・クロッシュのもう一つの新興過激派の集まりだ。同じディランではあるが、グループBのフェリックスとロウは派閥が違う事もあってかなり仲が悪いらしい。
――そして最後のグループKがオレたち7人の班だ。
歳のいった教授には73人の名前を読み上げるだけでも大変だった事だろう。
そんな名前の奴いたんだと思いながら教授の話を聞いていたように、人数が多いのもあって顔と名前が一致する級友はまだ半分程である。
(そんな一気に覚えろって言われても無理があるしな)
話さない相手は話さないまま終わるだろうし、覚えなければいけないという義務があるわけでもない。
前世での一クラス分は覚えたのだから及第点だろう。
一人納得し、課題の説明を始めた教授へと意識を向けた。
「今月のテーマは〝加護〟です。加護について自由なテーマで調査・研究を行ってください。過去のレポートや他のグループと内容が被っても問題はありません。自分たちの頭で考え、検証し、まとめる事にこそ意味があるからです。今日はテーマを決め意見を出し合う時間にするので、自由に話し合ってください」
説明は以上らしい。
教授は再び腰かけ、分厚い本を読み始めた。
丸投げの授業に呆れつつ、晴れて同じグループになったオレたちは輪になって顔を見合わせる。
「調べたい事ある人」
代表にされた以上、何も言わないわけにはいかない。
とりあえずと思って聞いてみるが、皆互いの様子を伺うだけで建設的な意見は出てこなかった。
「ハンスは?」
「……俺か。強いて言えば加護を使った実戦についてだろうか」
――脳筋か。
よく鍛錬の話をするとは思っていたが、こんな時にまで鍛錬を考えているとは思わなかった。
ハンスに意見を仰いでみたものの、レフを除いて皆いまいちそうな顔をしている。
「ユージーンは?」
「そうだね。魂の性質が加護にもたらす影響…とかどうかな?他人が持つイメージと実際に授かる加護の齟齬と言えば良いのか…。ハンスはその筆頭だけど、何が影響して加護が決まるかっていう事には興味があるかな」
「わー、なんか難しそう」
「難しそうだなー」
今度はユージーンに話を振ってみたが、オレとレフは揃ってぽかんと口を開けた。
題材として面白そうではあるが、少しばかり専門的過ぎるのではないだろうか。
調べ方も分からないし、誰に聞けば良いのかもさっぱりである。
ロナルドとジョンも理解が追い付かないという風に目をぱちくりとさせていた。
「なら加護の比率と分布について調べるのはどう?」
話のまとまらない状況を見かねたのか、アンナが口を開く。
「課題としても丁度良い内容だと思うわ。まず家族や知人の出身と加護を分かる範囲で出して、足りない分は学院ででも城下町ででも聞き込みをするの」
「たしかに分布に関してはあまり知られてないね。単純な比率とは別に分布や家柄で見ていくのも…うん、面白そう!良いと思うよ、アンナ!」
アンナの提案にユージーンが食いついた。
実際ユージーンの案と比べても分かりやすく、調べやすそうな内容でもある。
「他に候補がないならアンナの案でいこうぜ」
オレが賛同の意思を示すとハンスが深く頷いた。
ロナルドとジョンも異論はないらしく、うんうんと首を縦に振ってくれる。
「ベレジュナーヤが言う事に間違いはないからな!」
アンナに全幅の信頼を寄せるレフもにこにこと賛成した。
「それじゃあ、今分かる範囲をまとめるわよ」
アンナに先導され、加護の分布がテーマに決まったオレたちは情報を出し合った。
(アンナがリーダーになった方が良かったんじゃ……)
きびきびとグループを取りまとめるアンナを見ていると何とも言えない気持ちになる。
最初から分かっていたがお飾りの代表となったオレは、アンナに言われるまま情報をまとめていった。
そうこうしている内に授業の終わりが近づいてきたようだ。
ケンネル教授が手を叩いて注目を集める。
「――今日はここまでにしましょう。今後は授業の一部をグループワークの時間にしますが、先に言ったように必要に応じて授業外にも調査を進めてください。過去のレポートは図書室にまとめられているので、興味のある方は見て見ると良いでしょう」
言い終わるのとほぼ同時に終業の鐘が鳴る。
教授はふさふさの髭を弄りながら退出し、生徒たちも元の席へと戻り始めた。
「じゃあ続きは次回って事で。オレは家で聞き込みしてみるよ」
「俺も家族や出入りしている人たちに聞いてみよう」
「なら僕は学院の人たちに聞いてみるね」
「私たちは偉人を中心に図書室で調べられそうなことを探してみるわ。ロナルドとジョンも手伝って頂戴」
オレたちも各自調べてくるという形で今日は解散する事にする。
ロナルドとジョンは早速アンナの尻に敷かれたようだが、それもまた友好の印のようなものだろう。
こうして新たな出会いを交えつつ、この日の神学の授業は幕を閉じた。




