34.子猫伯爵とエンカウント
オレとハンスは四六時中つるんでいるわけではない。
トイレに行く時にまで一緒に連れ立つなんて事はないし、互いに用事があれば別行動だってとる。
家の手伝いや教授の雑用でハンスがさっさといなくなるなんてのも当たり前で、こうしてオレが一人で出歩くのもけして珍しい事などではない。
事ではないのだが――
「「ミオン様じゃ~ん!」」
一人でいる時に限って、何故こんな事になるのだろう。
放課後になり、少し図書室に本を借りに行くだけのつもりがこれである。
気づけばオレは獲物を狙う獣たちに取り囲まれていた。
「え~!ミオン様かわいい~!」
「ねえねえ、ロシェルたちと一緒に遊ぼうよ~!」
オレが身構えた事など見えていないのだろう。
にこにこと楽しげな笑顔で迫ってきたのはよく似た顔の二人組だ。
お揃いのおかっぱ髪に瓜二つの顔のまま、この二人は双子である。
ズボンを履いているのがラケル。
スカートを履いているのがロシェル。
キャメロン伯爵家名物のそっくり兄妹だ。
来ている服でしか判断の出来ない二人は、左右両方からオレの腕をガッチリ抑え込んだ。
「……離して欲しいんだけど」
「うんうん、何をお話しよっか?」
「それともお茶にする?ミオン様、お菓子大好きなんでしょ~?」
オレより少し小さな二人に取りつかれ、もだもだと体をよじる。
片方が女の子だけに思い切り腕を振り払うのも気が引ける――なんて思っている内に、身動きが取れなくなっているのだから世話もない。
「失礼のないようにな、キャメロン」
べったりとオレにくっつく双子を見つめるのは二人の少年だ。
一人はハンスやカイトに並ぶくらい大柄なオズウェル・ガーネット。
ガーネット侯爵家の一人息子で、クラスの中でも抜きんでて横に広い彼は、前世で言うところの相撲取りのようだ。
たっぷりと肉を蓄えたオズウェルは、にたにたと意地悪い顔でオレの事を見下ろしている。
「ボクたちずっとミオン様にご挨拶したいと思ってたんですよ」
最後に声をかけてきたのはジェラルド・オストリッチ。
オストリッチ子爵家の三男で、いかにもナルシストそうな少年である。
割れた顎が最もたる特徴の彼は、サラサラの髪と長く伸びた下睫毛も相まって薔薇が似合いそうだった。
(クソ……!!油断してた……!!)
級友にさして興味のないオレが、この場にいる全員の名前を覚えている理由は一つ。
ここに集まった四人全員がカイトの取り巻きだからである。
流石のオレとて、カイトの側にいる奴の顔と名前くらいは覚えているものだ。
『ラブデス』ではほとんど描写されていなかったが、揃いも揃って濃いキャラクターをしているため簡単に覚えられたのは秘密である。
「折角こっちから挨拶してやってるのに、随分な態度じゃないか」
「そうですよミオン様。ボクたちと仲良くしましょうよ」
双子の拘束を抜け出す事に集中するオレに、オズウェルとジェラルドが詰め寄ってくる。
肉体の圧と顔の圧が一気に距離を詰め、オレはたじろぐしかなかった。
男の身で言うのも難だが、どうせ迫られるならイケメンの方が良い。
やはり絵面というものは大事である。
「図書室に行きたいんですけど……」
「そんなの良いからラケルたちと遊ぼう?」
「それに本が好きならロシェルたちの家に招待するわ!可愛い絵本がいっぱいあるの!」
双子を振りほどこうとするが二人の頭にはオレと遊ぶ以外の事はないらしい。
何を言っても聞く耳を持たず、ぐいぐいとオレの腕を引っ張った。
(ぐぬぬぬ……!)
このままではキャメロン家の馬車に放り込まれかねない。
危機感を覚えたオレは足を踏ん張って進もうとする。
しかしオレの体には二人分の体重を押しのけて歩けるような逞しさはなかった。
(ち、ちくしょう……!!)
完全に足止めを食らったオレはせめてもの抵抗に、左右から飛んでくる誘いに首を振り続ける。
サマルにやっかみを付けられる分には慣れたものだと、油断していたのが悪かったのだろう。
新たな敵の出現にオレは成す術なくまごついてしまっている。
「でも良いんですか?カイト様は――」
「いーの!ロシェルがミオン様と遊びたいんだもん!」
「そうだよ!ラケルだってミオン様と遊びたいんだよ!」
オレを蚊帳の外に、顎の割れたジェラルドがおろおろとオズウェルと双子を見比べる。
口ぶりからいくとカイトの差し金ではないという事だろう。
「僕たちはミオンを遊びに招待しているだけだ。カイト様にだってそれを止める権利はないだろ?」
「それは…そうかもしれませんが……」
四人の中で一番爵位の高い候爵令息のオズウェルが、目を泳がせるジェラルドを鼻で笑い飛ばした。
爵位の低いジェラルドは案の定立場も低いらしい。
鼻で笑うオズウェルの顔色を伺いながらも、この場に居ないカイトの事を何度となく気にかけている。
余談だがカイト・デルホークを筆頭に、この大陸では鳥にちなんだ家門が多い。
翼ある獣になぞらえた名前らしく、鳥の名を掲げる家門は古くから大陸に存在する由緒正しき血統なのだそうだ。
血統の正しさはともかく、バロッドやオストリッチも鳥を冠する家門に属している。
オズウェル・ガーネットのように赤色にちなんだ家門も、古い血統の証なのだそうだ。
そんな彼らだけに頭の中はガチガチの貴族主義だ。
自分たちこそが強き翼持つ初代国王の子孫であると信じ、それ以外の者を排する事に何の罪悪感も持たないような連中なのである。
カイトの取り巻きはだいたいこの思考なので、オレと相容れる事はないだろう。
(つーか、何でこいつらオレに絡んでくんだよ)
派閥も違えば性格も合わない相手に嬉々としてつっかかる心情が理解できない。
いきなり暴言を吐かれないあたり、攻撃対象になっているわけではなさそうだが、だとすれば猶更理解に苦しむ状況だ。
出来るなら一生そっとしておいてくれ。
左右両方から引っ張られ続けたオレはもうくたくたになっていた。
(諦めてくんねーかな………)
〝はい〟か〝YES〟しか選択肢がないものを遊びに誘っているとは言えないし、いい加減解放してくれないものだろうか。
せめてもう少し断る余地があれば良いのだが、離してくれと頼もうが、時間がないと言おうが、四人の耳に届く気配はなかった。
唯一の救いは一人カイトを気に掛けるジェラルドだ。
いざ行動に移したら怖くなったのだろう。
立場が低いながら一人尻込みをするジェラルドによって、四人は立ち往生を続けている。
「そもそも話が違うじゃないですか。挨拶をするだけじゃなかったんですか?」
「でもでも!それじゃいつまで経ってもミオン様と遊べないじゃん!」
「そうだよ!遊ぶくらいなら平気だってば!」
問答を続ける四人にこのまま引き下がってくれと強く祈る。
何はともあれ、双子が腕を離してくれない限り、身動きがとれそうになかった。
そこへバタバタと騒がしい足音が鳴り響く。
「見っけー!!!!」
何の騒ぎだと目をしばたくオレたち目掛け、テウルゲネフことレフが滑り込んできた。
廊下全体に響き渡る大声にそっくり双子も相当驚いたらしい。
目をまん丸にし、オレを掴んでいた手も宙を彷徨っている。
「先生が呼んでるからミオン様借りてくなー!!!!」
その隙を見逃さず、レフがオレの手を掴んで走り出した。
「えっ、ちょっと!待ってよ~!!」
「ミオン様~!まだロシェルたちと遊んでないのに~!!」
突然の事に動けなかったのか、双子はその場で喚き散らす。
オズウェルとジェラルドもぽかんとその場に立ち尽くしていたが、廊下の角を曲がるとそんな彼らの姿も見えなくなった。
「ぜぇ…ぜぇ……!んげほ……!」
「あ、大丈夫かー?」
「ん、だい、じょぶ……」
その後もレフはオレの手を引いて走り続けた。
どれくらい走ったのか、息を切らすオレを見たレフが足を止める。
けろっと平気そうにオレの顔を覗くあたり、かなりの体育会系のようだ。
(そういや…騎士になりたいって…言って、たっけか……)
最初に挨拶をした時、騎士になるのが目標だと言っていた事を思い出す。
小さいとばかり思っていたが、オレよりもずっと鍛えているのだろう。
一方オレは肩を揺らしながら、呼吸を整える。
人並みの体力はあるつもりだったが、食っちゃ寝生活を送ってきたオレにそんなものはなかったのかもしれない。
座り込みそうになるのだけは我慢して、ぜーぜーと荒い息を吐き出した。
「教授が…呼んでたって言ってたけど……」
「あー、それはウソ。困ってたみたいだから何とかしようと思ってさ!」
「そか、サンキュな……」
「いーって!シャルルには恩返ししないといけないもんな!」
にっと笑うレフにつられてオレも口角を持ち上げる。
見た目も中身も濃い連中に囲まれていたせいか、純粋なレフを見ていると心が洗われるようだった。
「はは、そんなん気にしなくて良いのに」
「でもベレジュナーヤが煩いし、オレも恩はちゃんと返さないといけないって思ってるぞ」
言いながらレフは腕を組んで唸る。
何やら考え込み、うんうんと喉の奥から声を出した末、バッと両腕を突き上げた。
「そーだ!魔法の言葉を教えてやるぞ!」
「魔法の言葉?」
鸚鵡返しに聞くオレにレフは頷く。
「〝トゥルーゲン・ハ=バン・ガネフ〟――困った事があったら、そう言うんだ。そしたらきっと凄い事が起きるからな!」
「トゥ…トゥルーゲン?ハバン、ガネフ?」
「頼って良いのは本当の本当に困った時だけだぞ。心の底から助けてくれって時にだけ唱えるんだ」
「分かった。覚えとくよ」
子供だましのおまじないだろうか。
まるっきり覚えられる気がしないが、笑ってレフの言葉に頷いてやる。
「良いか?他の人には教えちゃダメだからな!特にベレジュナーヤには秘密だぞ!絶対に言っちゃダメだからな!?」
言ってくれと振られているように感じるのは気のせいだろうか。
だがレフは本気で口止めしたいのだろう。
鼻息を荒くするレフにすっと小指を差し出した。
「何だそれー?」
「約束の印。こうして小指と小指を絡ませて――はい、指切った」
レフの小指を握り、ぱっと離す。
「これでオレとレフの秘密な」
「よく分かんないけど、約束なー!」
小さい頃だけとはいえ前世ではよくやったものだ。
レフには伝わってないようだが、指切りを交わしたオレはにかっと笑うレフに笑顔を返す。
(トゥルーゲン・ハバン・ガネフ……だっけ?)
レフは不安に思っているようだが、正直言って数日もすれば忘れる自信しかない。
どこかにメモをするか――などと悩むオレにレフが小首を傾げてきた。
「そういや、シャルルは何であそこにいたんだ?」
「本借りようと思って。でも今日は良いや。何かもう疲れたし……」
「そっかー。大変だなー」
気楽そうなレフを見ていたら、何もかもがどうでも良く思えてきた。
本は今日じゃなくても借りられるのだし、こんな日は帰って寝るに限るというものだ。
「レフは何やってんの?」
「オレは掃除だぞ。ベレジュナーヤはいっつも文句言ってるけど、オレは勉強するよりずっと楽しいから掃除好きだけどな!」
「そっか。頑張れよ」
「おー!また明日なー!」
どうやらレフは寮生活の義務に励んでいたらしい。
悪い事をしてしまったと思ったが、話を聞く限り掃除は嫌いではないそうだ。
手伝いたいのは山々、これ以上学院に残ってカイトたちに捕まっては元も子もない。
オレはレフと別れ早々に帰る事にする。
「スミレの顔見てこ」
馬車置き場へ向かう前に庭園へ足を運ぶ。
思い立ったが吉日と言わんばかりに、スミレたちと戯れてから帰宅した。




