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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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33.子猫伯爵と魔法の木版

魔具(まぐ)を持った手に力を込め、もう一度強く心に思う。

(光れ!!)

ぎゅっと目を(つむ)って呼吸を止める。

祈るように薄く目を開けて木版を見るが、やはり木版に(はま)った石は黙ったままだ。

(…………)

すぐに扱えると言っていたのは噓だったのか。

教室のあちこちで歓喜の声が上がる中、オレは何度も何度も板に向かって光れと念じ続けた。

しかし石が光る気配は一向にない。

チラリとハンスを見ると、不器用そうに見えてあっさり成功していたらしい。

(まばゆ)い光を放つ魔具が目の(はし)に移り込んだ。

(いや!まだユージーンが――)

ハンスの奥にも目をやるが、ユージーンの持つ魔具も淡い光を放っている。

その更に向こうのアンナとレフの木版も光っているようである。

(…………マジか)

レフくらいはと期待したが、どうやら成功出来ていないのはオレくらいのようだった。

オレと同じ要領の悪い生徒がまだ何人も残っているが、それもいつまで続くのやら。

最後にはなりたくないと必死に木版に力を入れる。

「ぐぬぬぬぬ…!!」

力んだところで魔具は何の反応も示さない。

望んでそうなったわけでもないが、取り込む事は得意なのに外に出す事は苦手らしい。

順調にお腹も空くし眠くなるという事は神力が取り込めているという証拠だが、どうにもこうにも魔具への注ぎ方が分からない。

非常に残念な事だが、掃除機にはなれてもポンプにはなれないようである。

「そんなに(りき)む必要はない」

木版を手に頬を膨らませていると、ハンスの手がオレの手を包み込んだ。

困惑するオレに、ハンスは魔具に集中するように視線を前へ促す。

「まずは呼吸を整えて――」

「あ、うん」

このまま一人で悩むより良いのかもしれない。

ゆっくり浅く息を吸うハンスに合わせ、オレも少しずつ息を吸い込んだ。

肺がいっぱいになった頃、同じように時間をかけて息を吐き出せば、意識は自ずと魔具へと向いていく。

「熱を感じるんだ。血の流れを意識して、指先に熱が集まるのを感じとれば良い」

優しく包まれた手が熱を帯びる。

トラスティーナ教授が言っていた体温を分けるようなイメージとはこういう事なのだろうか。

血が集まっているからなのか、それともハンスに触れられているからなのか、指の先がじんわりと熱くなり、しまいには火傷(やけど)してしまいそうだった。


瞬間――ぐんと引き抜かれるような感触が全身を襲う。


まずいと思った時にはハンスの腕に支えられていた。

「シャルルっ、大丈夫か…?」

焦った様子のハンスがオレの顔を覗く。

あれだけ冷静なくせに、こういう時にはちゃんと心配してくれるんだと思うと、不謹慎ながら少しだけ良い気分になった。

「ん…、平気」

立ち上がろうとするハンスを止め、浅く呼吸を繰り返す。

知啓(ちけい)の祝福』の時のような痛みはなかったが、ずっしりとした気だるさが全身を(おお)っていた。

だがそんな疲労も何のその。

一際(ひときわ)強烈な光が魔石を染め上げているのを見て、オレは疲れも忘れ舞い上がった。

「ハンス…!見ろよ!!光ったぞ!!」

握りしめたままの魔具をずいっとハンスに押し付け、にこにこと顔を(ほころ)ばせる。

「よくやったな、シャルル。だが……本当に大丈夫か?」

「ちょっとびっくりしただけだから大丈夫」

眉を下げるハンスに笑いかける。

平然としたオレの様子に納得したのか、ハンスも焦燥に駆られていた表情を緩めた。

(よし!今の感じを忘れないようにしないとな!)

あの引っ張られるような感覚が、体の中にある神力が消費された証なのだろう。

どっと疲れが押し寄せてきていたが、足に力を入れて姿勢を保つ。

この程度で根を上げていては、到底エルデルバルトの言う普通の生活には至れないはずだ。

遊んでいる時にまで眠いのは困るし、早くこの感覚をものにしなければ――。

「あれ?」

ふとあんなにも熱かった指先がひんやりと心地良い事に気づく。

薄っすらとだが指先に青白い光が絡んで見えるのは、意識的に神力を使った後のせいだろうか。

その青がハンスの加護(アーク)である事は考えずとも分かった。

「あんがとな、ハンス」

へへっと笑うとハンスは照れ臭そうに唇を曲げる。

「辛いかもしれないが繰り返し練習あるのみ。次は一人でやってみるんだ」

そして魔具ごとオレを前に向き直させ、トラスティーナ教授よりも教授らしい口ぶりでオレに語り掛けた。

恐らくハンスは加護(アーク)の扱いが上手なのだろう。

すぐ拳で解決したがるのが玉に瑕だが、『ラブデス』の中でもハンスが作り出すのはいつも精巧な剣や斧だった。

氷の塊でぶん殴らないあたり、加護(アーク)の扱いに心得があったとみるべきか。

隣で見守ってくれる優秀な先生に従って、オレは再び魔具へと意識を向ける。

「んぐぐ……」

ハンスに言われた通りに集中するがなかなか上手くいかない。

チリチリと光を散らしはするが、先程のように強い反応は返ってこなかった。

「手や足を動かす時と同じだ。意識しすぎない方が良いかもしれない」

横からアドバイスされまずは呼吸を整える。

ゆっくりと息を吐き出し、指先に意識を傾けた。

「あ……っ」

急に視界が明るくなり、反射的に木版から手を離す。

カタン…と机に落ちた魔具は強い光を放ち――すぐにその光を消した。

「上手くいった?」

「ああ、この調子ならすぐにコツを掴めるはずだ」

目をパチクリさせるオレにハンスが微笑む。

オレは〝よし!〟と拳を握り、もう一度魔具へと向き合った。

「んー…!」

熱の灯る指先に意識を集中する。

三回目ともなるとそう苦でもなく光を灯す事が出来た。

単に疲れているだけかもしれないが、引っ張られる感覚も随分と減っている。

手応えを感じるオレにハンスも嬉しそうに目を細めた。

「やったー!光ったー!」

魔具に手を焼いていた生徒が感極まった声をあげる。

オレのように他の生徒に教わったり、中にはトラスティーナ教授に直に監視されながらも、全員が魔具に光を灯す事が出来たようだ。

「――そこまで!魔具から手を離してください」

その様子を見つめ、トラスティーナ教授が声を張り上げた。

(大声出せるんだ……)

魔具を机に置きながら教授を二度見する。

騎士なら大声を出せて当前だろうが、あまりに静かなイメージが強いせいでいささかたまげてしまった。

「先に言っておきますが、今日上手く出来たからと加護(アーク)の扱いが優れているというわけではありません。逆もまた然りです。今日の結果に惑わされずこれからの授業に(のぞ)むように」

驚愕はともかく、教授の一言に胸を撫でおろす。

出だしは見事に(つまず)いてしまったが、まだ挽回のチャンスはあるようだ。

難なく加護(アーク)が使えるのはもちろん、空腹と睡魔をコントロールするためにも、努力を積み重ねていこうと思う。

勉強が好きなわけじゃないが、快適な生活のためならそれくらいの労力を惜しむつもりはない。

「ちなみに一般に出回っているもののほとんどは魔具ですが、この二つに能力や効果の差はありません。神石(しんせき)が使われたものを神具(しんぐ)魔石(ませき)が使われたものを魔具(まぐ)と呼び分けているだけです。皆さんの家にも魔具があるかもしれませんが、使用の際には必ず加護(アーク)を扱える誰かの元で使用してください」

教授が神具と魔具についての説明を付け加える。

オレの家にも魔具はあるのだろうか。

帰ったらクリスティアンなりナサニエルに聞いてみよう。

しかし意気込むオレの心を折るのが得意なのがこの教授である。

「今一度確認しますが、軽い気持ちで加護(アーク)を使う事がないようお願いします。皆さんの内の誰かが死ねばそれは私の責任でもあります。私を犯罪者にしたくなければ、しっかりと言いつけを守るように。では――今日の授業はここまでにしましょう」

罪悪感に訴えるはずのセリフさえ、トラスティーナ教授が言うとただの脅迫(きょうはく)だ。

〝私の恨みを買いたくなければ言う事を聞け〟としか聞こえなかった。

「少し行ってくる」

縮こまったオレを置いてハンスが生徒に配られた魔具を回収していく。

カイトたちからは半ば分捕(ぶんど)るように、そのまま教授と共に教室の外へと出ていった。

「あいつ早速小間使いにされてるみたいですね」

「いい気味~!」

「ああして泥仕事だけしてれば良いのに~!」

トラスティーナ教授にこき使われるハンスを、カイトの周りに群がった連中が次々に馬鹿(バカ)にする。

横に広い男がカイトの顔色を伺うように(あざけ)り、おかっぱの二人がさぞ愉快そうに高い声を出し――サマルは黙って教本を眺めている。

これまで主体となっていたサマルが沈黙を(きっ)しているのがかえって気持ち悪い。

(気にすることないよ)

(分かってるって)

ユージーンが気遣うように声をかけてくれたが、内心はムカついて仕方がない。

だがオレには面と向かって文句を言えるような度胸はなかった。

ついでに言えば悪口のボキャブラリーも0(ゼロ)だ。

バーカ!ターコ!ゲス野郎!くらいしか思いつかない罵倒(ばとう)センス皆無(かいむ)のオレに、カイトたちに喧嘩(ケンカ)を売るのは到底無理な話なのだろう。

(しかも海の加護だもんな……)

回復しか出来ないオレが殴りかかりにいった所でサンドバッグになりにいくようなものだ。

せめてユージーンくらい口が回れば良いのにと、ため息をつく。

「はあぁ~……」

ハンスを守ると意気込んだ割にはこれだ。

頭も体も口も足りてない自分に辟易(へきえき)するばかりである。

オレは成す術もなくズルズルと机に突っ伏した。


「――(うるさ)くて(かな)わないな」


黙って見過ごすしか出来ずにいるオレの耳にカイトの声が届く。

冷徹なその声音に微かに空気が震えた。

「あっ…申し訳ありません、カイト様」

「カイト様に怒られるなんて最悪。オズ様のせいだし~」

カイトに叱られたと感じたのか、カイトを取り巻く貴族たちは一様(いちよう)に声を(ひそ)めた。

すっかり静かになった彼らを見て、ふとこれまでカイトにされた事を思い出す。

(そういや嫌な事された覚えないよな)

思えばオレが一方的に避けているだけで、カイトにされた事と言えば挨拶(あいさつ)だけだ。

偶然出くわした時にだって軽く声をかけられる程度で、(いじ)められたような記憶は一切ない。

サマルに関してもカイトの指示で動いているかと言うと、必ずしもそういうわけではないのだろう。

他の連中に関しては分からないが、カイトが主だって悪事を働いている姿は見た覚えがなかった。

今だってハンスが嘲笑(ちょうしょう)されるのを防いでくれたのではないか――。

(………虫が良すぎるか)

カイトがただの善人じゃない事は『ラブデス』の知識でとはいえ知っている。

オレは都合の良すぎる考えを頭の中から追い出した。

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