31.子猫伯爵と一家団欒
「おかえりなさい、シャルル!」
「おかえり、シャルル」
「今日は大変だったろう。さあ、父さんの所においで」
家に着くや否や家族総出で出迎えられる。
いつからここにいたのか、父たちはエントランスホールでオレの帰りを待っていたようだった。
彼らと共にオレたちを待っていたナサニエル・エインワーズ――執事クリスティアンの孫でオレの従者でもある青年は、静かに首を横に振った。
「どうしてもここで待つと言われまして……」
様子から察するに父たちを止める事が出来なかったらしい。
普段なら談話室なり、それぞれの部屋に居るはずの人たちが、事もあろうにエントランス――言い換えれば玄関で待っているのだから貴族の面目丸つぶれだ。
それを気にするオレでも、父たちでもないのだが、使用人にとっては由々しき事態だろう。
当のナサニエルはオレの半歩後ろに控えるクリスティアンを仰ぎ見て、すぐさま目を逸らしていた。
いつもは柔和なクリスティアンも孫が相手となれば話は別だ。
虎視眈々と獲物を狙う捕食者の目でナサニエルをきつく睨んでいた。
「今日だけだから許してやってよ」
まあまあと二人の間に割って入るとクリスティアンは柄にもなくため息をつく。
そうでなくても不出来な孫に腹が立っているのだろうが、あの父たちを諫める事が出来るのはクリスティアンくらいなのだから、大目に見て欲しいものだ。
飄々とオレの影に隠れるナサニエルに尚も険しい視線を飛ばしながらも、クリスティアンはきびきびと場を仕切り出した。
「旦那様、シャルル様への示しになりませんよ」
オレに飛びつこうとする父たちを食堂の方へと追いやり、使用人たちにも的確に指示を飛ばしていく。
父たちの奇行にたじろいでいた彼らも、ようやく本来の姿を取り戻せたようだ。
ミオン家を一手に引き受けるランド・スチュワートの一声で、次々にやるべき事へと着手していった。
「ナサニエル、厨房の手伝いに行きなさい」
「はいはーい」
「返事が多い。無駄口を叩かずに働くように」
クリスティアンの血を引くとは思えないくらいナサニエルはゆるい性格だ。
前世風に言えばパリピでウェイなダウナー男子といったところだろうか。
ダウナーな癖に上手く立ち回るナサニエルは、学校に居たら間違いなく友達になりたくないタイプである。
もちろん小さい頃から面倒を見てもらっているだけに、オレにとっては気の好い兄貴分ではあるのだが、立場や出会い方が違えば関わる事のなかった人種だろう。
「シャルル様、失礼な事考えてるでしょ」
「んー、どうだろ」
「自分わりかしマジメですよぉ。あ、ベスト預かりますねぇ」
祖父譲りの白と黒が半々になった髪をかきむしり、ナサニエルはオレのベストを受け取った。
そのまま鼻歌混じりに厨房へと消えていく。
注意も威嚇もしれっと受け流すナサニエルにクリスティアンは再びため息を溢す。
流石のクリスティアンも孫には手を焼かされてばかりらしい。
苦笑するオレに咳ばらいを一つ。
「ゴホン、すぐに食事の用意をさせます。シャルル様も食堂へどうぞ」
見送りのためにクリスティアンが頭を下げるや否や、廊下で待っていた父たちが飛びついて来た。
待っていたと言わんばかりに瞬く間の内にオレを取り囲む。
「話は食べながらにしようね」
「今日はご馳走よ!お腹いっぱい食べて頂戴ね!」
「さあ、行こうか」
分かりきっていた事だが勝者は父ラドフォードだ。
兄と姉はオレと父を挟むように付き従い、四人並んで食堂へと向かう。
貴族の食堂というとあの長いテーブルを想像すると思うが、この家にあるのは主に丸テーブルだ。
元々は無駄に長いテーブルを使っていたらしいが、それもオレが生まれるまでの事。
オレが生まれてからは家族用の小規模な食堂が作られ、円形のテーブルに着くようになったらしい。
客人が来た際には大食堂が解放されるが、オレがあの長いテーブルに腰を下ろす事はまずなかった。
「――どうぞ」
数歩後ろからついて来ていたクリスティアンが椅子を引く。
まずは父が席につき、今日はオレが主役という事でオレが2番、次いで兄、姉の順に腰を下ろした。
上座にあたる暖炉と肖像画を背負った席に父が座り、その左右にオレと兄、父の正面に姉が座るのが定石だ。
「ごゆっくりお寛ぎください」
一礼し、クリスティアンが食堂を離れる。
テーブルには既に軽食やお菓子、飲み物といった簡単につまめるものが用意されていた。
メインディッシュはこれからのようだが、これだけあれば話に花は咲くだろう。
「まずはシャルルが無事加護を授かった事に乾杯!」
大人しく座っていると、父ラドフォードがグラスを持ち上げた。
兄スコールと姉シルビアもグラスを持ち、オレの方へと軽くグラスを振る。
「……ありがと」
オレもグラスを持って家族に礼を述べた。
改めてとなると少し恥ずかしいが、感謝の言葉と共にグラスを軽く傾ける。
その後に注がれたジュースを喉に流し込んだ。
空になったグラスを元の位置に戻し、父がオレに話しかける。
「『知啓の祝福』はどうだった?」
「あー…うん、それなんだけど」
今日の本題はこれ以外にない。
だが後ろめたい事があるわけでもないのに、どうしても尻込みしてしまう自分がいた。
気持ちを固め直し、オレは口を開く。
「――海の加護、だって」
ぽそりと呟けば三人はいくらか小さくなった目で互いの顔を見つめ合った。
それも束の間、姉がどこか悪戯な顔で微笑んだ。
「地の加護だとばかり思ってたから驚いちゃったわ!でも良いじゃない、海の加護。うちから海の加護が出るなんてとっても素敵な事だわ!流石は私のシャルルね!」
細くしなやかな指を伸ばしオレの髪を弄び始める。
兄はそれを視線だけで牽制し、
「僕たちのシャルルだろう?でもおめでとう!女神様にはシャルルがどれだけ優しくて良い子かが伝わっていたみたいだね。僕もこれ以上ないくらい嬉しいよ」
言葉に偽りなしの穏やかな顔でにっこりと微笑んだ。
比率が少ない事もそうだが、この世界では女神に仕える事は最上ともとれる誉だ。
家門から海の加護が排出されたとなれば、万歳三唱して喜ぶ家も多い事だろう。
海じゃなかろうが何だろうが手放しで喜ぶのがオレの家族だが、一般論としてはそういう側面もあるのがこの海の加護なのである。
(オレとしてはハズレだけど……)
故にこんな世迷言を抜かせばやれ贅沢だ恩知らずだと後ろ指を指されるのは必至だ。
口を滑らせないよう今の思いはそっと胸にしまい込み、オレは優しい眼差しを向ける父へと向き合った。
「おめでとう、シャルル」
言いながら父の手がオレの頭を撫でる。
そして、どこかしんみりとした表情を浮かべ、背後に飾られた肖像画に目を向けた。
「……もしかしたら、母さんも海の加護だったのかもしれないね」
オレもその視線を追って壁一面を埋める巨大な肖像画に目をやった。
父と母が二人の子供を囲んで幸せそうに微笑む一枚だ。
その中にオレはいない。
(……オレを生んですぐ体を崩したんだっけか)
薄っすら記憶に残るのは、肖像画に描かれた通りのまだ若く美しい母の姿くらいだ。
2歳かそこらの事ではハッキリと思い出せる事はほとんどなかった。
「母さんってどんな人だったの?」
興味本位に聞くと父は微笑んだ。
「とても素敵で――そう、一目惚れだった。今となっては少し恥ずかしい話だがね」
意外と言おうとして口を閉じる。
ここまでオレを溺愛する人なら、むしろ一目惚れという方がしっくりくるだろう。
肖像画の中の母は少し気の強そうな、オレに似た顔立ちの女性なのだから猶更だ。
ピンクに近いストロベリーブロンドの髪も、月のように煌めく金色の猫目も全部、オレは母から譲り受けたのである。
頬を染める父に続きをねだると、父は照れ臭そうに言葉を濁した。
代わりに――
「そうなんだよ、シャルル!会った瞬間にプロポーズをされたって、母さんも笑ってたよ!」
「絵本の中ならロマンティックかもしれないけど、現実でやられたら怖いわよねぇ!」
兄と姉が声を転がして父と母の馴れ初めを暴露する。
いつもの仕返しと言わんばかりに、その声音は活き活きとしていた。
「お前たち……」
二人の子供に揶揄われた父はバツが悪そうに眉を下げる。
とはいえ本当の出来事だけに怒る事は出来なかったようだ。
顔を赤くして、お茶を濁すようにゴホゴホと咳ばらいを繰り返している。
そんな父が可哀そうになってきたのか、兄と姉も過去を懐かしむように優しく微笑んだ。
「――僕から見ても素敵な人だったよ。短い間だったけど、いっぱい優しくしてもらって、いっぱい愛してもらったんだ」
「そうね。とても可愛い人だったわ。でも怒ると怖いのよ」
「あれはシルビアが悪い。母さんが一生懸命描いた絵を馬鹿にしたんだから」
「しかたないでしょ!あれは……今考えたって子供の落書き以下だもの」
唇を尖らせる姉に父の顔も和らいだ。
(オレ、母さんのこと何も知らないんだな)
思えば自分の母親の事なのに何も知らないのだと気づかされる。
知ろうと思えば知れた事かもしれないが、物心ついた時にはいなかった母を思い起こす機会はそうなかったのだ。
そこに前世の記憶を取り戻し、それはより顕著になった。
ぼーっと肖像画を見上げるオレに、父は優しく語り掛けてくれる。
「月並みだけれどね――運命だと思ったんだ。彼女に会うために生きてきたのだと、本気でそう思ったんだ」
母を懐かしむ父の顔はひどく穏やかで、何より優しいものだった。
その顔を見ていると、オレにとってある種当たり前だった皆の愛情が、どこからくるものかが分かった気がした。
「オレ、愛されてたんだね」
無意識に呟いた言葉に父はゆっくりと頷いた。
「最後の最後までシャルルの事を気にかけていたよ。お前が幸せになれるようにと、そればかり願っていた」
慈愛に満ちた父の瞳にオレも首を縦に振る。
その後は遅れてやって来たディナーに舌鼓を打ち、母の事を始め『知啓の祝福』や加護、ハンスたちの事をゆっくりと語らった。
数時間後――。
団欒を終え、自室に戻ったオレはぽいぽいと服を脱ぎ捨てた。
「散らかさないでくださいよぉ」
文句を言うのはナサニエルだ。
厨房での仕事を終えた彼の仕事は、こうしてオレの身の回りの世話を焼く事である。
「まったく、もうちょっと危機感もってくださいって。シャルル様の周りはこわーい狼ばっかりなんですから」
ナサニエルが小言を言いながらもその服を拾い集めてくれる。
その間に寝巻に着替え、オレはベッドにダイブした。
ぼふっと空気の抜ける音がすぐ横を通り抜けていく。
「明日の準備は大丈夫ですか?」
「ん。大丈夫。忘れても何とかなるし」
「ほんと適当ですね」
適当さ加減で行ったらナサニエルも負けていない――いや、ナサニエルに勝つのは容易ではないだろう。
手触り抜群のタオルケットとシーツに包まれたオレを見て、ナサニエルはそそくさと部屋を出る。
「邪魔者はさっさと退散しますよ…っと。それじゃ、おやすみなさい」
オレが寝付くまで一緒にいるだとか、ホットミルクを持ってくるだとか、そんな事は一切ない。
この気楽さが好きではあるが、ナサニエルはあっさりとオレを放置していなくなった。
部屋が静かになると色々な考えが頭に浮かんでは沈んでいく。
(海の加護かぁ……)
ハンスたちには羨ましくないと言ってしまったが、やはり空の加護が羨ましい。
こんな所で1割を引かなくて良いのにと心の中で不満を垂れる。
ゲームでだって回復職なんか使った事がないオレに、どう人を癒せと言うのだろうか。
(回復でチートとか無理だろ)
強い力を持っているなんて言われたところで、失われた肉体を戻せるなり、死者蘇生なり出来ない限り無双の一つできなさそうだ。
見放されてないだけで、この世界の女神はオレを見て楽しんでいるに違いない。
(海の加護って言ってもなぁ)
オレが血を見るのも駄目で回復に向いてないのはさておき、海の加護の良い所は神殿に従事できる事だ。
司祭として大司祭と共に女神に仕える事は、先述の通りこの世界ではまたとない栄誉なのである。
神殿から衣食住を補償されるため、一生涯食いはぐれるような事もない。
基本的な業務も日々の祈りや神殿の清掃、有事の治療など特別きついものもないのだとか。
結婚も普通にできるらしく、海の加護持ちでなくても、神殿に従事したがる人は多いらしい。
儲けと言う儲けは出なさそうだが、女神信仰の厚いこの地では、そんな事は気にならないのだろう。
――もちろん、オレはそんなのは御免だ。
衣食住に困っていないし、仕事だって事業でも何でもやってみたい事に挑戦できるだけの下地がある。
何より前世の記憶と引き換えに女神への信仰を失ったオレに、女神に仕えろというのが無理な話だった。
もう少し女神の好感度が高ければ――というのは完全にもしもの話である。
ついでにだが、これだけボロクソに言って姿を見せないあたり、8割がた女神はいないものと思っている。
行き場のない文句の捌け口に使っているだけのようなものだった。
(文句があるなら出てこいよな!!)
宙へ向かって拳を振り上げるが何の事はない。
空を切っただけの腕を下ろすと、ぼふっというクッションの心地よさが肌に触れた。
大量の枕とクッションに囲まれたオレはゆっくり目を閉じる。
(きっとって言われてもな……)
エルデルバルトの勧誘を思い出したが、今のところ将来の職にも困ってないし特別神殿で働きたいとは思わない。
エルデルバルトへの憧れこそあるが、それはあくまで『ラブデス』ファンとしてのものだ。
上司にしたいかと言われれば断然〝NO〟だろう。
(良い人っぽかったけどさ)
読者の間で囁かれるような腹黒さや胡散臭さはなかったように思う。
いまはそれで充分だと、オレは目を閉じた。
思っていた形とは違ったが念願の加護を手に入れたのだ。
明日からの異世界ファンタジーライフに期待を寄せ、オレは夢の世界へと落ちていった。




