24.子猫伯爵と女神の関門
馬車に揺られて3時間近く経った頃、外の景色が一変した。
目に映るのは一面の銀世界。
白い皮の木々が茂り、その枝の先につけるのもまた白い葉っぱだった。
地面から伸びる花も白く小さな花弁を風に揺らしている。
緑の茎も白い毛に覆われてしまえば遠目には白としか思えなかった。
石灰を思わせる白磁の道を駆け、馬車は白い世界を走り抜ける。
まるで雲の上にやって来たかのような気分だった。
「すげぇ……」
騒がしい声で目が覚めたオレの視界に飛び込んできた光景に、思わず感嘆の声を漏らす。
眠気は一気に吹き飛び、子供の様に窓に張り付いた。
「窓は開けない方が良い」
「そうなの?ってか、おはよ。少しはスッキリした?」
「ああ。その…重くなかったか?」
「重いに決まってんだろ」
外を見たままハンスと軽口を叩き合う。
ガラスに映った申し訳なさそうなハンスの顔に、
右肩は少し痺れているかな程度でそこまで酷くはない。
途中からオレの方がハンスの肩を借りていたくらいなのではないだろうか。
「オレも寝てたしおあいこって事で。で、何で窓開けちゃ駄目なの?」
「綿毛を吸うと危険なんだって」
外を眺めたままのオレにユージーンが答える。
ふとした違和感に馬車の中を見ると、いつの間にかアンナとレフの座る場所が入れ替わっていたようだ。
オレの正面には同じように窓に張り付いたレフがいた。
「こんなにキレイなのになー」
「ほんと、綺麗だな」
レフの視線を追って、もう一度窓の外を見る。
たしかに窓の外には雪が舞うように綿毛がふわふわと飛んでいる。
幻想的な風景にオレもレフも飽きずに流れゆく景色を眺め続けた。
やがて綿毛の道を切り抜けると大神殿が見えてくる。
真っ白の建造物が見え、レフの夕焼けを思わせるオレンジの瞳がキラキラと輝いた。
「あれが大神殿かー!!」
「テウルゲネフ!はしたない真似はやめて!」
馬車の窓から身を乗り出そうとするレフをアンナが引きずり戻す。
こうなってくるとアンナは幼馴染というよりも奥さんだ。
長年連れ添った夫婦みたいだ――そう言おうかとも思ったが、冷たい目で見られそうなのでやめておく。
程なくして馬車は停まり、はしゃいでいたレフは馬車の中で転びそうになっていた。
「皆様、長旅お疲れ様でございます」
ガチャリと馬車の扉が開く。
出発の時と同じように執事クリスティアンが乱れのない燕尾服姿で現れた。
息子も一緒だったとはいえ、休まず馬車を引いていたはずのその顔に疲労の色は見られない。
オレが言うのも難だが、長年ミオンの暴れ馬たちを御してきた猛者は格が違うという事なのだろう。
「アンナ、手を」
「ユージーン?私はお嬢様じゃないわよ?」
「レディファーストというやつだよ。僕を立てると思って付き合ってくれないかな?」
先に降りたユージーンがアンナへと手を差し出す。
アンナが負担に感じないよう軽口をたたきながらウィンクする姿は物語の中の王子様のようだ。
恥ずかし気もなくあれが出来るのだから大したものである。
同じく先に飛び出していたレフは〝なるほどー〟と呟きながら、まじまじとその様子を観察していた。
「シャルル」
馬車から降りる際、先に降りたハンスが手を差し出してくる。
「ユージーンの真似?」
「そんなところだ」
前にもこんな事があったなと思いつつ、ハンスの手をとった。
(アイリスに会う前の予行練習――ってか)
こうしてエスコートの仕方を学べば、5年後アイリスに会う時に役に立つ事だろう。
初めからハンスはこなれたものだったが、前とは違い今日は随分と肩の力が抜けている。
思えば、あの時は互いにまだ緊張の方が強かった。
まだ一月も経っていないのに、すごく懐かしい事のように感じられるのは何故だろうか。
あんなに関わらないと思っていたのに、いざ関わってしまえば随分と慣れてしまったものだ。
「ありがとな、ハンス」
「どういたしまして」
にっと笑ってお礼を言えば、ハンスも芝居ぶって頭を下げる。
「それもユージーンの真似かよ」
「少しくらい良いだろう?」
オレが笑うとハンスも微笑んだ。
レフはそんなオレたちのやり取りも〝なるほどー〟と観察している。
見られていると思ったら急に気恥ずかしさが込み上げて、オレはバッとハンスの手を振りほどいた。
(オレは悪くないし!悪いのはレフだし!)
言い訳がましく口を窄め、オレはハンスに握られていた右手を見つめる。
微かに残った温もりが少しだけ名残惜しかった。
(……いや別に!?残念がってとかないし!?)
名残惜しいとは何だ――恥ずかしさのあまり混乱してしまったようだ。
挙動不審になり始めたオレに、クリスティアンが助け船を出してくれる。
オレの肩を押さえ、足元を見るよう注意を促した。
「シャルル様、足元にお気を付けください。昨晩の雨に少しぬかるんでいるようです」
ここでも雨が降った後なのか、たしかに足元の状態はあまり思わしくない。
クリスティアンのおかげで冷静さを取り戻したオレは、靴が汚れないようにゆっくり歩き出した。
ユージーンたちは特に気にする事なくずかずかと先を行く。
唯一足並みを揃えてくれるのはハンスだけだ。
クリスティアンに先導されながら、オレはハンスと共に皆の後を追いかけていった。
「――シャルル様、少々お待ちください。手続きをして参ります」
神殿の入口は、馬車を置いた場所から少し離れた所にあった。
クリスティアンに案内されたオレたちは、既に集まっている生徒たちの後ろへと身を寄せる。
中に入るのには手続きがいるため、皆その手続き待ちなのだろう。
オレたちの分の手続き――もとい点呼のためにクリスティアンはその場を離れた。
「特別やる事はないって言われても緊張するよね」
高く聳え立つ神殿を見上げながらユージーンが真面目くさった顔をする。
アンナとレフも同じように緊張した面持ちだった。
「ユージーンは希望とかあんの?この加護が良いみたいなさ」
ざわつく周囲の空気が移ったのか、オレの心も落ち着かない。
気を紛らわすためにもユージーンに尋ねてみた。
「うーん、希望っていう希望はないかな。僕の家系は空の加護が多いけど、血筋で決まるってわけでもないらしいからね」
「へぇ、空が多いんだ。うちは揃って地だから羨ましいな」
「言って半々だけどね。一般的に言われてる割合から見たら十二分に多いってだけだよ」
「十二分過ぎるくらいだろ。アンナとレフは?」
思い切って聞いてみると、二人は顔を見合わせた。
(こいつらいっつも顔見合わせるよな)
二人だけで意思疎通でも図っているのだろうか。
首を傾げるオレを見て、アンナの方がゆっくりと口を開く。
「家族の加護の事は分かりません。ですが、出来るなら空の加護を授かりたいと思っています」
「ベレジュナーヤは昔っから絵本に出てくる妖精に憧れてるもんな。妖精みたいに魔法が使いたーいって何度聞かされたこと――イッタ!!」
「その話は良いでしょ!?」
「だからって叩かなくても!イタッ!痛いって!!」
薄々どころかとっくに気が付いていたが、レフの昔馴染みだけあってアンナもなかなかにやんちゃだ。
バシバシとレフを叩く手には一朝一夕ではないキレがあった。
「シャルルはどうなんだ?」
「んー?まあ、たしかにかっこいいよな、空の加護。オレも空だと嬉しいかな」
「……そうか。望みが叶うよう祈っておく」
「そういうウィルフレッドさんはどうなんですか?」
ハンスと話しているとレフを叩き終えたアンナが会話へと戻ってきた。
叩かれたレフはユージーンに背中をさすってもらっている。
「俺は……何でも良い」
アンナの問いかけにハンスはどこか気まずそうに返事をする。
微妙な空気を察知したのか、間髪入れずにユージーンが口を挟んだ。
「僕の予想ではハンスは地の加護だね!」
「分かる分かる!たくましいし地の加護って感じするよなー!」
レフも頷き、アンナも二人の意見に同意するように頷いた。
「案外違かったりしてな。まあ、どんな加護でもハンスなら上手く使えるだろ」
オレは適当に話をはぐらかした。
だがユージーンたちが言うように、地の加護と言いたい気持ちもよく分かる。
オレだって『ラブデス』という前知識がなければ皆の意見に首を縦に振った事だろう。
だが順当にいけばハンスが授かるのは氷を操る空の加護だ。
氷で武器を作り出し、ヨナを次々に屠っていく姿は主人公だけあって大迫力の勇ましさである。
――現実で拝むにはヨナの気色悪さと、バッシャバッシャ飛び散る血液のせいで何一つ楽しめないだろうが。
そもそも、そんな場面に出くわしたら最悪意識が飛んでしまうだろう。
文章だけで我慢する事にして、オレはにへらっと笑っておいた。
「ミオン様も空の加護だと良いですね」
「ん、お互いにな」
希望が同じだったからかアンナが声をかけてくれる。
馬車旅を共にしただけあって、アンナたちとも打ち解け合ってきたのではないだろうか。
和気あいあいまでいかずとも、素っ気なさの少なくなってきたアンナに、オレは心の中で拳を振り上げる。
オレとていきなり多くは望まない。
この調子で顔を合わせれば挨拶をするくらいの仲にはなりたいものだ。
「――いつまで騒いでるつもりだい?」
そこに嫌な影が降りかかる。
じっとりとした空気を運んできた声に、オレは心の底から辟易とした。




