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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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22.子猫伯爵と頼みの綱

頬を撫でる風が異様なほど冷たく感じられた。

その冷気とは逆に、押さえつけた胸は熱を発している。

「僕は、僕たちは君を恨んでなんかいない」

鼻にかかった声が耳に届く。

風にかき消えてしまいそうな微かな声を聞き逃すまいと耳を澄ました。

「だから、許してやってくれ。君を…あの子が認めた君自身を、もう許してやってくれ」

「…………善処します」

「君はそればかりだね。あの子にも怒られていたくせに」

ぽたぽたと(こぼ)れる涙は温もりを帯びていた。

生温い(しずく)が手に触れて、言いようのない切なさが込み上げてくる。

黙りこくってしまったのに気を遣ってか、目の前の男が口角を上げた。

眉は下がりきり、瞳からは大粒の涙を(あふ)れさせていたが、それでも微笑もうと口の端を持ち上げる。

「あの子を頼む」

その言葉の意味を悟り――息が詰まる。

「強がってるだけであの子は寂しがりなんだ。あの子が一人で泣いてしまわないよう、傍にいて欲しい。守ってあげて欲しい」

言葉が進むにつれ彼の慟哭(どうこく)は激しくなっていく。

最後の方はもう、まともな音になっていなかった。

「君になら託せる…。だから、どうか……」

「必ず…。必ず、守ります」

涙に濡れる手をとって、(なら)うように笑みを浮かべた。

その笑みに安堵(あんど)したのか、男は静かに瞳を閉じる。

暮れ()く空が綺麗だった。

恋焦がれたあの赤色のように燃える空が、何よりも綺麗だった。


「――――ス」


「―――ンス」


「ハンス!!」


何度そう呼んだだろうか。

一際(ひときわ)大きな声で名前を呼ぶと、座り尽くしたままのハンスは遂に目を見開いた。

小さくなった青い瞳でオレの顔を凝視している。

「………シャルル」

「大丈夫か?ぼーっとしてたぞ?」

顔を覗き込んでみるが、ハンスはまだ(ほう)けているようだ。

オレを見つめる瞳はどこか胡乱(うろん)で、心ここに在らずといった様子だった。

授業が終わった後とはいえ、放心しすぎではなかろうか。

「おーい?ハンスー?」

目の前で手を振っても反応は変わらない。

オレを見ているようでずっと遠くを見つめる青に、どうしてか気が気じゃなかった。

「シャルル」

やっと反応したと思ったら、ハンスの顔がすぐ目の前に迫っていた。

ぎょっとする間もなしにハンスの手が伸びる。

「おい、待て!?どこ触ってんだよ!!?」

制止も虚しく、ハンスがぺたぺたとオレの体を触り始めた。

くすぐったいやら恥ずかしいやらで暴れるが、それも無意味な抵抗に過ぎないらしい。

跳ね除けようと胸を押しても、足をバタつかせても、ハンスの力強い手はオレを逃がしてくれそうになかった。

「待てってば!!いつまで寝ぼけてんだよ!!」

指や腕を触られる内はまだ良かったが、その手は次第に胸や腰に及んでいく。

寝ぼけているにしてもスキンシップにしてもこれ以上はやめて欲しい。

オレは必死にない爪を立て、ハンスに抵抗を示した。

祈りが通じたのか、オレの頬を挟みんでようやくハンスはその手を止める。

まじまじとオレの顔を見つめ、一度だけ浅く息を吐いた。

「ハ、ハンス……?」

「…………夢じゃない」

ぼそりと呟くと、ハンスは安堵の息と共に椅子へ沈んでいった。

あまりにらしからぬ言動に、オレは怒る気も失せてしまう。

頬に張り付いたままの大きな手をはがし、脱力するハンスへと向かい合う。

「怖い夢でも見たのかよ?」

「……そんなところだ」

ぶっきらぼうに言い放って、ハンスはオレにもハッキリ聞こえるくらい長く大きなため息を吐いた。

(オレに嫌われる夢――でここまではいかないか)

街の連中に避けられるようになった時の夢でも見たのだろうか。

原因は分からないが見るからに重症だ。

「お菓子食べる…?」

こういう時にどう声をかければ良いのか分からず、オレはハンスの口元にクッキーを差し出した。

執事のクリスティアンが持たせてくれた紅茶のクッキーを、ハンスは無言のまま食べていく。

(食欲があるだけ大丈夫か?)

見当違いな事をしてる気もするが、食欲がある内はまだ元気な証拠だ。

いくらかほっとしたオレは浮いていた尻を椅子へと落ち着けた。

「シャルル~!」

そこへユージーンが突っ込んでくる。

新興派の貴族たちと話していたと思ったが、今度はオレたちに話があるようだ。

人の好いユージーンはおそらくこのクラスで1番顔が広い。

カイトを筆頭にするガチガチの貴族派とまでは合わないようだが、新興派を中心に中立派や比較的温厚な貴族派の面々、さらには庶民組とも顔が利くようである。

そのおかげかユージーンがこうしてオレたちの所に来ても、とやかく言う人たちはほとんどいない。

誰とでも打ち解けられるユージーンの凄さを痛感する瞬間だ。

「えっ、ハンスはどうしたの?」

オレとハンスの間にやってきたユージーンは眉を寄せた。

いつも背筋を伸ばすハンスがぐったりとしていれば、ユージーンでなくても驚くだろう。

「夢見が悪かったっぽいから、そっとしといてやって」

「そっか。それでなんだけど、もうすぐ『知啓の祝福』でしょ?シャルルは自分の家の馬車で行くで良いんだよね?」

「ん、そのつもり」

トラスティーナ教授との恐怖の授業から一夜明けた今日。

明日に控えた『知啓の祝福』を前に、朝から放課後までずっと教室は『知啓(ちけい)の祝福』の話題で持ち切りになっていた。

『知啓の祝福』は『聖なる大地クーラ・アース』の最北端にある大神殿で行われる事になる。

神殿までは馬車で行くわけだが、基本的に現地集合だ。

もちろん学院からも馬車は出してもらえるが、当然のごとく有料である。

普通に馬車を頼むよりは安いが、個人の馬車を出す人と差が出過ぎないように無料ではないらしい。

「あのさ、シャルル」

「いーよ」

ユージーンの言いたい事を察したオレは先に(うなづ)いた。

このタイミングで馬車の話題となれば、自分も一緒に乗せてくれという事だろう。

「さすがシャルル、話が分かるね!」

「一人も二人も変わらないしな」

項垂(うなだ)れていたはずのハンスが不服そうにユージーンを見ているが、オレの家の馬車である以上、主導権を持つのはオレである。

先に約束していたハンスの事だ。

ユージーンがいると(うるさ)いと思っているのだろうが文句を言わせるつもりはない。

勝ち誇った気でいると、ユージーンがもじもじと切り出した。

「それで、厚かましいとは思ってるんだけど……」

「何?馬車に乗ると(ケツ)痛くなる派?」

「そこは大丈夫。じゃなくてね、無理なら良いんだけど、あの二人も一緒に乗せてもらえないかな?」

オレの無駄な気遣いをバッサリと切り捨て、ユージーンは隣の席に視線を送った。

そこには見るからに庶民な二人組が仲良く席に座っている。

「仲良いんだ?」

「寮の義務で一緒になった時にね。僕だけならどうとでもなるんだけど、あの二人もってなると難しくてさ」

「それでさっきから声かけて回ってたのか」

「うん。本当なら僕が馬車を出せれば良いんだけど…。頼みの(つな)はシャルルだけなんだ」

「んー……」

チラリとハンスの顔を見る。

目が合ったと思えば、ハンスはゆっくり頷いた。

(オレに任せるって事だよな)

何となくハンスを見てしまったが、結局はそうだ。

余程よほどの事がない限り、この男はオレの意見に従うと言うのだろう。

ハンスは良いとして、ユージーンの言う二人を盗み見る。

(あの二人って……)

級友を把握していない問題は一度置いておこう。

名前は知らないが、あの二人組は少しだけ『ラブデス』に出てきていたような覚えがある。

アイリスに学院の事を聞かれた時に、たしか二人の話をしていたはずだ。

庶民出身の女子がその子一人なのもあって、ハンスの記憶にも強く残っていたのかもしれない。

どのみちハンスにとって害のある相手ではなさそうだ。

ユージーンの頼みでもあるし、どうせもうカイトには目を付けられているのと同義だ。

馬車に乗せるくらいならさして問題にもならないだろう。

とはいえ、どうぞどうぞと乗り気な返事はしない。

最終的な判断は任せるという形でユージーンの頼みを聞く事にする。

「向こうが大丈夫ならいいよ」

「ありがとうシャルル!二人にも聞いてみるね!」

オレが答えるや否や、ユージーンはぱたぱたと隣の席へ駆けて行った。

その姿を追った先には、亜麻色の髪の少女と、若葉色の髪の少年の二人組が座っている。

少女の方は質素なワンピースにおさげ頭という町娘らしいスタイルだ。

体に合っていない大きな丸眼鏡の奥から紫の瞳がユージーンを見つめている。

少年の方は明るい草色の髪が特徴的だった。

頬や足には生傷が絶えず、顔つきからいってもやんちゃそうな雰囲気だ。

時折、少女に(たしな)められながらユージーンの話に耳を傾けていた。

「――という事なんだけど、どうかな?」

ユージーンに顛末(てんまつ)を聞き終えた二人は顔を見合わせ、その後にこちらを見た。

警戒の抜けない(いぶか)しげな様子だったが、とりあえずにへらっと笑って手を振っておく。

ハンスはいつも通り仏頂面(ぶっちょうづら)のままだ。

「お前、こういう時くらい笑えないのかよ」

「………必要がない」

何とか背筋が伸びてきたハンスを小突くが、この態度もどうにかならないものか。

あの笑顔を見れるのはオレだけ――という特別感が嫌なわけではないが、友達が出来ないのはその態度のせいだぞとぼやいてやりたくもなるのである。

得も言えぬ気持ちでハンスをじとっと睨んでいると、ユージーンが二人を連れて戻ってくる。

「お待たせ、シャルル」

どうやら交渉―というとおかしい気もするが―は成立したようだ。

「軽く紹介するね。女の子がアンナ、男の子がレフだよ」

三人(そろ)ってオレたちの前に並ぶと、ユージーンが二人の紹介をしてくれる。

名前を呼ばれた二人は順に頭を下げた。

「この人はシャルル・ミオン伯爵令息様。こっちはハンス・ウィルフレッド。ハンスは顔は怖いけど良い人だから、仲良くしてあげてね」

余計な気がする一言を(つむ)ぎながら、ユージーンはオレたちの事も二人に紹介する。

皆と同じように下げようとした頭は、ハンスに首根っこを掴まれる事で阻まれた。

むやみやたらに頭を下げるなという事だろうが、猫に捕まった(ネズミ)の気分だ。

またもじとーっとハンスを見つめるオレをよそに、少女の方が一歩前へ出た。

「ご紹介にあずかりました、ベレジュナーヤです。どうぞアンナとお呼びください」

亜麻色のおさげを揺らし、ベレジュナーヤことアンナが口を開く。

おどおどとしながらも凛とした声で名乗り、深々と頭を下げた。

「ほら、テウルゲネフも!」

「わ、分かってるって。えーと…テウルゲネフ、です。レフって呼んでください。騎士になるのが目標です。よろしく、じゃなくてよろしくお願いします」

アンナにせっつかれテウルゲネフことレフも頭を下げる。

こちらは見た目の印象通り敬語は苦手そうだ。

それにしても本人たちが言うだけあって聞きなれない名前である。

不思議に思っているとハンスが口を開いた。

「南東では珍しくない名前だ」

「そうらしいね。アンナとレフって呼び方は僕がつけてあげたんだよ」

「へぇ~。二人ともよろしく」

二人とも詳しいなと思いつつ、オレとしても呼びやすい方が良い。

一時の付き合いになる可能性も高いが、アンナとレフに手を差し出した。

「よろしくお願いします。ミオン様」

「よろしく、お願いします」

ぎこちない二人と握手を交わそうと思ったが、二人は頭を下げるばかりで手を握り返す素振りはない。

しゅんとした気分で手を戻し、何事もなかったように笑っておいた。

こういう時だけは貴族制度というものが憎く思える。

「そんな固くならなくて良いから。ユージーンに聞いてるかもしれないけど、オレそういうのあんま好きじゃないし」

「そういうわけにはいきません。明日はテウルゲネフ共々お願いいたします…!」

「ええ、本人がいいっていうなら別に……イタッ!分かったって――自分からもお願いします。邪魔になるような事はしないのでご一緒させてください」

二人揃って頭を下げ続ける姿にほんのり切ない気持ちが込み上げた。

垣間見えた二人の力関係も含め二人が楽に話しかけてくれる日は遠そうだ。

見た目だけとはいえオレは庶民を(あご)で使う伯爵令息様になってしまうのだろう。

ハンスもやれやれといった顔でオレの事を見つめている。

どうやら元気は戻ったらしい。

背筋の伸びたハンスの姿にオレは胸を撫でおろした。


「――じゃ、明日はオレの馬車で行くって事で」

「助かったよシャルル。僕たちは教師のとこに行くから今日はこれで。また明日ね!」

二三(にさん)確認を終えると、ユージーンたちは教室を去っていった。

馬車の件で教師に申請やら何やらがあるらしい。

「オレたちも帰るか」

「ああ、そうだな」

すっかり元気を取り戻したハンスと共にオレも帰る事にする。

明日の事を考えると眠れない気がした。

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