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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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▼.キース・ヴァン・トラスティーナ

「離せ!離せっ、まだっ…!僕はまだ戦える!!」

(うな)り声をあげ金髪の男は地べたを()った。

短い髪を振り乱し、血に濡れた腕を引きずってなお、戦場に戻ろうとする。

(ひど)く混乱しているようです!」

「いいから早く連れ戻せ!これ以上は傷が開く!」

「司祭はどこだ!?司祭を呼んでこい!!」

暴れる男を取り押さえ、誰も彼もが大声を上げた。

「やめろ…っ!!僕の戦場はここだ、まだ僕は……!!」

青い瞳は巨大な影だけを追いかける。

「僕はまだ――」

その巨大な影は立ったまま絶命していた。

無数の矢を受け、異常なまでに肥大化(ひだいか)した瞳も白く(にご)っている。

だというのに――薄れていく意識の中で、その黒い影が不気味に笑ったように見えてならなかった。



「――容態(ようだい)は?」

一命(いちめい)は取り留めました。ですが、右腕は……」

「いや、良くやってくれた」

白いローブを(まと)った司祭が申し訳なさそうに頭を下げる。

力不足を嘆く司祭を止めたのは壮齢(そうれい)の男だ。

司祭のローブに似た意匠(いしょう)の白い鎧を身に着けた彼は、それ以上言うなと首を振る。

「……何かあればお呼びください」

「ありがとう。君も無理をせず休むように」

「お心遣い感謝致します」

司祭は胸の前で指を三角形に(かたど)った。

女神の祈りを意味するその仕草(しぐさ)を終えると同時、男を残し部屋を去っていく。

「はぁ……」

残された男はため息を一つ。

ベッドに横たわる青年を見つめ、すぐ脇の椅子にドッカリと腰を下ろした。

「嫌な仕事だ」

一人ぼやくが逃げる事は叶わない。

手に持った紙の束に目を走らせ、死んだように眠る青年が起きるのを待つ事にする。

ベッドに横たわるのは男というには若く、少年というには荒みすぎてしまった青年だ。

王国騎士団の騎士団長を務める男は、部下である青年の目覚めをじっと待つ。

一命を取り留めたとは言っていたが、蒼白な顔を見ていると、このまま一生眠り続けるのではないかと不安になった。

その心配を塗りつぶすように、青年はゆっくりと瞳を持ち上げる。

「………ここ、は…」

「目が覚めたか、キース」

ボサボサに乱れた金髪をそのままに、名前を呼ばれた青年は目をしばたいた。

血の気の抜けた青白い顔が椅子に座った人物を(うつ)ろに見上げている。

「何故…放って、おい…くれなか…のです、か?」

「…………キース」

「何故、連れ、帰った…ですか?」

「……キース」

「私は…まだ、戦えた、のに、どうして――」

「キース!!いい加減にしろ!!」

うわ言のように戦えたと繰り返す青年――キースに向けて男は声を(あら)げた。

椅子から立ち上がり、怒りの(にじ)んだ瞳でキースを見据えている。

ガタンッ――と、椅子が倒れる音が部屋の中に反響し、その後には静寂が訪れた。

「キース、お前はよく戦った。お前はもう戦わなくて良いんだ」

(わず)かな静寂にさえ耐えきれないと言うように、立ち上がった男は首を振る。

慟哭(どうこく)を押し込んだ声は震えていた。

怒りと悲しみがないまぜになってしまっているのだろう。

深く息を吸っては吐いてを繰り返し、そうしてから男はようやくキースに視線を戻した。

「キース・ヴァン・トラスティーナ」

椅子を直し、騎士団長はキースに告げる。

「お前の名前だ。これまでの功績を踏まえ、騎士(ヴァン)の名とトラスティーナの性が与えられる事になった」


――やめろ


褒章(ほうしょう)として住まいも用意してくれるそうだ。これからはトラスティーナ騎士爵として何不自由なく生きていける事だろう」


――そんなものはいらない


加護術(かごじゅつ)の教師としてだが神学院(アーク・マナリア)への推薦状も貰っている。お前は加護(アーク)の扱い方も上手いからな。きっと良い先生になれるだろう」


――勝手に僕の価値を決めるな


「腕は…すまない。治す事は出来ないそうだ。だが心配する事はない。お前にはまだまだやれる事がたくさんある。やりたいように生きると良い」


――勝手に僕の生きる場所を決めないでくれ!!


叫ぶ事も出来ずにキースはその話を聞いていた。

無理やりに笑う騎士団長の声もひどく遠いものに感じられる。

何故、人の生涯を勝手に決めようとするのだろうか。

戦えると言っているのに、どうして戦えないと決めつけるのだろうか。

腕を食われようと、足が引き千切られようと、最後まで戦場で――そう思う気持ちとは裏腹に、体はどうしようもないくらい悲鳴を上げていた。

「う、で……」

治らないという言葉が頭を(よぎ)り、(しび)れの残る右腕を持ち上げる。

見れば、ジクジクと傷む手の半分は欠け、薬指と小指だけが寂しげに佇んでいた。

「まだ、僕…は……」

口も思うように動かない。

ヨナに腕を食われた後、口で弓を引き続けたせいだろう。

唇は()け、酷使(こくし)した(あご)にも鈍い痛みが伴っていた。

無理がたたったのか左腕も小刻みに震えている。

「違、う…僕は……」

腕だけでなく目も酷く霞んでいた。

加護(アーク)を使い過ぎた反動か、視界に映るもの全てが揺らいで見える。

「僕、は、まだ戦え――」

「誰もお前が死ぬ事を望んでなんかいない」

なお諦めようとしないキースに騎士団長は口を開く。

持っていた推薦状をベッド脇のテーブルに置き、真っ直ぐにキースの瞳を見つめた。

「良いか、キース。俺たちの仕事は死ぬ事じゃない。国を、この大地を守り、後世に繋げていく事こそが俺たちの役目なんだ」

何度も聞いた言葉だった。

絵空事のようなその言葉に憧れる者も多かったのだろう。

キースはうわの空にそんな事を思う。

「お前が死んでその後はどうなる?誰がヨナの恐ろしさを人々に伝えるんだ?誰がヨナとの戦い方を子供たちに教えるんだ?頼むから、戦って死ぬ事を誇りになんてしないでくれ」

生憎(あいにく)、ですが、僕は…一度、だって……んな大義(たいぎ)を掲げ、て、戦った事は…りません」

キースの言葉に、騎士団長は項垂(うなだ)れた。

「お前は死にたがってばかりだが、残される者の事を考えてくれ」

「死に、たがって…ま、せん」

「俺たちにはそう見えていた。今だってそうだ。どうしてそう死を目指す?」

「ヨナを、殺して、いつか僕も…死ぬ。それだけ、です」

項垂れる騎士団長をキースの冷ややかな目が一瞥(いちべつ)する。

一気に老け込んだように見える騎士団長の姿が滑稽(こっけい)に思えた。

「……今はまだ混乱してるだけだ」

考えを曲げる気のないキースに(ごう)を煮やしたのだろう。

騎士団長は重々しく立ち上がる。

「推薦状の事は考えておいてくれ。叙任と……除名に関しては決まり次第連絡する。まずはしっかり休んで動けるくらいには回復しろ」

それだけ言うと、騎士団長はキースの返事を待たずに去っていった。

一人取り残されたキースはテーブルに置かれた推薦状に視線を落とす。

(どうせ他にやる事もない。それに――)

わざわざ推薦状を送るという事は教師を務めろと、戦えないのなら後進を育てろという命令に他ならない。

人に何かを教える事など到底向いているとは思えないが、やらざるを得ないだろう。

(除名はもう決まっているようだしな)

ぼんやりと天井を仰ぎながらキースは目を閉じた。

傷が癒えていないせいか、すぐに意識が散り散りになっていく。

(僕はまだ――)

キースはそのまま眠りに落ちた。

頭の中で巨大な影が薄気味悪く笑い続けていたが、それを止める(すべ)はもうどこにも見当たらない。

(かたき)をとってくれ、キース』

走馬灯(そうまとう)でもないのに、(かす)む意識の中で弟の声が聞こえた気がした。

本当は分かっていたのかもしれない。

どれだけのヨナを殺そうとこの虚しさが癒える日は来ない事に。

それでも弓を落とした今、思う――生きる意味を失ってしまったのだと。



こうしてキースの人生は幕を閉じ、キース・ヴァン・トラスティーナの人生が始まった。

その胸に深い傷を残したまま――。

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