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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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19.子猫伯爵とあずかり知らぬもの

ふとチラついた赤色。

腹立たしいその色が気になって、男は赤色が見えた場所に視線を移す。

「あれは……」

目にかかる前髪を払いのけ、サマル・バロッドは我が目を疑った。

(何て汚らしい…っ!!)

そばかすの乗った顔が反射的に(しか)められる。

灰色の瞳にも、信じられないものを見たという風に怪訝(けげん)な色が宿っていた。

視線の先には猫を引き連れたシャルル・ミオンの姿。

首輪もついていないボサボサの猫と(たわむ)れ、見ればその衣服も土と泥によって汚れているではないか。

あれではどんな病原菌がついているか分かったものではない。

人一倍潔癖(けっぺき)のサマルには、シャルルの行動がこの上なく(おぞ)ましいものに思えてならなかった。

(平民とばかり顔をあわせるからああなるんだ)

優雅さの欠片もないシャルルの行いに眩暈(めまい)すら感じる程だ。

あんなのが貴族令息というのだから同じ貴族として嘆かわしいものである。

自由を通り越し野蛮に足を突っ込むシャルルの存在は、何かにつけてサマルの苛立ちを掻き立てた。

(カイトの奴も何故あんな野蛮人にこだわるのだか)

カイト・デルホーク――傲岸不遜(ごうがんふそん)な公爵令息との付き合いはもう数年にもなるが、今回ばかりはサマルにもカイトの考えが分からなかった。

何もかもが理解出来ないわけではない。

この十数年で勢力を増しつつある新興派を抑えるために、力のある家門を貴族派に迎える必要があるのは百も承知だ。

中立派の(かなめ)とも言えるミオン伯爵家を取り込むために、シャルルに狙いを定めるのも別段おかしな話ではないだろう。

当主であるラドフォードが何を投げ打ってでも守ろうとする息子なのだ。

シャルルを手籠(てご)めにさえすれば、派閥を変える事は叶わくとも、新興派の牽制(けんせい)に役立ってくれるはず――そこまでは良い。

(――あまりにも温すぎる)

サマルはギリ…と歯を軋ませた。

いつだって他人を使えるか使えないかの二択でしか判断してこなかったカイトが、何を思いシャルルを野放しにしているというのだろうか。

たかだか伯爵の、しかも甘えるしか出来ない無能に、あそこまでの温情を与える必要などないはずだ。

シャルルだけではない。

シャルルにおべっかを使うあの平民まで好きにさせておく意味は果たしてあるのかどうか――サマルには理解の及ばない事ばかりだった。

(ああ、むしゃくしゃする…!)

遠目に見ても鮮やかな赤色。

あの赤が視界に入るだけで不快な気分が込み上げてくる。

苦労も何も知らず甘やかされて育っただけのシャルルに抱くのは激しい妬心だった。

地位も頭脳も何もかも自分の方がずっと優れているのに、能天気な顔を見ていると馬鹿にされているようで腹が立つ。

(せめてあのいけ好かない平民だけでも……)

シャルルの騎士を気取るハンスもまた苛立ちを募らせる原因だ。

氷の冷たさを宿した瞳が、全てを見透かすように見下してくるあの瞳が、心の底から気に食わなかった。

自身の顔に泥を塗らんとするハンスの顔を思い出し、サマルは一層強く歯を噛む。

(カイトさえいなければ――)

すぐにでもハンス・ウィルフレッドに手を出せるのに。

立場も弁えずに生意気な口を聞いた事を後悔させてやれるのに。

家ごと潰して全部奪い取ってやれるのに。

カイトさえいなければ――考えれば考える程カイトの存在が(わずら)わしくなっていく。

カイトにしても、シャルルにしても、ハンスにしても皆、サマルにとっては劣等感を煽る(ねた)ましい相手でしかなかった。

「バロッド、こんな所で何をしている?」

噂をすれば何とやら――サマルは自らを呼ぶ声に振り返る。

視線の先、数歩離れた場所には、いつもと変わらぬ不遜(ふそん)な笑みを携えたカイトが立っていた。

「……何か御用ですか?」

「随分とつれないんだな。俺とお前の仲だろう?」

「お言葉ですが礼節を弁えているだけです。私はあの礼儀知らずたちとは違いますので」

「そうだな。お前の聡明(そうめい)さにはいつも助けられている」

サマルの肩を叩き、カイトは微笑んだ。

(よく言う。私のことなど道具としか思っていないくせに)

本音を飲み込んで、サマルも同じように笑みを浮かべる。

一片たりとも笑顔を見せない瞳を見れば、カイトが今この瞬間も自分を値踏みしている事は容易に理解できた。

(隠しもしないのが余計に腹立たしい…!私はその程度の存在ではないというのに…!)

煮えたぎる思いを抑え(こうべ)を垂れる。

そうでもしなければ、引きつった顔を見られかねなかった。

「カイト様のお役に立てているなら光栄です」

絞り出されたその答えに頷き、カイトは窓の外へと視線を送る。

いつまで庭園をうろついているのか、遠くからでもシャルルの赤い髪の毛はハッキリと見る事ができた。

緑に覆われた庭園の中に、深紅の花が一輪咲いているようにも見える。

「……ミオンか」

通用口へ向かうシャルルの背中を一瞥(いちべつ)し、カイトはサマルを見下ろした。

笑みの消えた深緑(しんりょく)に、引きつったサマルの顔が映り込む。

「俺の言った事を忘れたわけじゃないな?」

「…………もちろんです」

「分かっているなら結構。今日はもう帰ると良い」

言うだけ言ってカイトは(きびす)を返した。

帰ると良いという事はすなわち帰れという事である。

用済みと言われたような気がして、サマルはまた奥歯を(きし)ませる。

(良い気になっていられるのも今の内だ。私を軽く見た事、すぐに後悔させてやるからな)

一つ、また一つと積み上がっていく

カイトの背中を一睨(ひとにら)みし、サマルもまた(きびす)を返す。

(――ああ、そうだ。良い事を思いついた)

間際、サマルはシャルルの去った庭に視線を戻した。

誰もいないそこは暗い影を落とし、どこかひんやりと重い空気を滲ませている。

その闇に誘われるようにサマルは唇を吊り上げ、笑った。


――――あとはもう準備を整えるだけだ。

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