17.子猫伯爵とランチタイム
てくてくと歩くこと数分。
5分もしないで辿り着いた食堂は、既にたくさんの生徒で賑わっていた。
数百人が一堂に会しても大丈夫なように、テーブルも料理も十二分以上に用意されているようだ。
2階に設けられた食堂には眺めの良いバルコニーまであり、レストランと言われた方が正しいようにさえ感じられる。
寄付で作られたとはいえ、相当な金額が注ぎ込まれているのだろう。
椅子一つとっても高級感溢れる光景に少しだけ呆れてしまう。
昔のオレならば高級ホテルだなんだと大喜びしただろうが、シャルルとして生きてきたオレにはもはや見慣れた風景だ。
学院の食堂にここまでする事はないだろ――そんな感想が頭の中を横切っていった。
「料理はあっちだよ。ビュッフェって言って分かる?トレーに好きなものをとってテーブルに持って行くだけだから迷う事はないと思うけど」
「大丈夫だ。それくらい知っている」
「ハンスは物知りだもんな」
ユージーンが説明したように食事はビュッフェ形式だ。
こちらも寄付でまかなわれており、この場でお金を払う必要のない名実共の食べ放題である。
しかし庶民組の姿はほとんど見当たらない。
どこかの輪に入り込めたならいざしらず、よほど図太い人間でなければこの空間に居座るのはかなりの勇気がいるという事だろう。
料理だけ持って行き、別の場所で食べるというのもよくある話らしい。
級友の顔をろくに覚えてないだけだが、たしかにそれらしい人物は隅の席にちらほらと見受けられる程度だ。
そんな食堂の様子を尻目に、オレはビュッフェの前へ躍り出る。
「シャルル、トレーを」
「あんがと」
「え?僕には?ハンス?」
ハンスとユージーンはさっそくふざけ合っているようだ。
オレはというと手渡されたトレーを受け取り、色とりどりの料理を一望した。
他の生徒たちもビュッフェの前を右往左往してはテーブルへと向かっている。
貴族がほとんどを占めにも関わらずビュッフェ形式が採用されているのは、セッティングや取り分けといった能力を磨くためなのだそうだ。
これもまた授業の一環で、礼節や使用人としての仕事を学ぶための場となっているとかなんとか――入学式の時にそんな事を言っていたような気がする。
庶民であれ貴族であれ、より上位の貴族の元へ使用人として働きに行く事も多いのだし、その考えはあながち間違ってはいないのだろう。
食堂のシステムにぶつくさと文句をこぼす者も多そうだが、オレには配膳程度何の苦にもなりはしない。
美味しそうな料理にうきうきと胸を弾ませるだけだった。
「どれにしようかな~♪」
料理の種類はメインディッシュからデザートまで様々だ。
無数にいる貴族の舌を満足させるためにはこれだけのものが必要なのだろう。
ガーリックの乗った肉汁溢れるステーキ、バジルソースのかかったチキン、丸々太ったウィンナー、とろとろの玉子がかかったベネディクト、プレーンからチョコまで色とりどりのクロワッサン――目についた料理をどんどん追加していった。
「それ全部食べるの?」
「ん。全部ってかこれだとまだ全然」
限界まで料理皿が載ったオレのトレーに、ユージーンは茶色の瞳をまん丸にする。
信じられないという顔で、オレと大量に並んだ料理とを交互に見つめていた。
それも束の間、笑顔を浮かべポークソテーの皿を自らのトレーへと運び入れる。
「すごいね。いくらでも食べられるなんて羨ましいな」
驚きつつも受け流すスタイルらしい。
オレとしてもとやかく言われるのは面倒なので、ユージーンの距離感は楽なものだった。
「僕はこれで良いや。席とっておくね」
小ぶりのバゲッドを2つとパスタサラダ、ミルクを続け様に載せ、ユージーンは空いていたテーブルの一つに腰を下ろした。
料理を選び終わったハンスと共にその席に向かい、オレもメインディッシュの詰まったトレーをテーブルに下ろす。
「先食べてて」
本当なら冷める前に食べるべきなのだろうが何度も立つのも億劫だ。
ついて来ようとするハンスを座らせ、オレはもう一度料理が並ぶエリアへ足を運ぶ。
二つ目のトレーを手に取り、マカロニサラダ、玉子サラダ、ポテトサラダ、フライドポテトと、アントレになりそうな野菜をぼんぼんと盛り付けていった。
生野菜を食べる習慣がほとんどないため、あるのは調理済みのサラダだけだ。
なまじ記憶があるせいで生野菜が恋しくなるが、駄々をこねたところで生野菜は出てこないので気持ちを切り替える。
あまり重くないサラダのトレーを脇に寄せ、もう一枚トレーを手にとった。
3枚目のトレーには見た目にも綺麗なデザートを盛り付けていく。
一つ一つが小さいスポンジケーキはクリーム、オレンジ、グレープ、チョコ、ピスタチオの5種類だ。
5種類全部を載せ、その後もクッキーやカップケーキ、砂糖漬けになった果物をとり、子供が憧れてやまない夢のお菓子プレートを完成させた。
(どれも美味そうだな~!)
トレー2枚をほくほく顔で運び、ハンスたちに遅れてようやくオレは席についた。
マナーも何もない大盛りフルコースが視線を集めているが気にしたら負けだ。
礼儀やら何やらばかり気にしていても腹は膨れないのである。
「いただきま~す」
手を合わせ最初に持ってきたメインディッシュから片付けていく。
ハンスとユージーンも料理に手をつけ、オレたちはのんびりと昼の時間を楽しんだ。
「でも良かったよ。一人で食べるのに慣れてなくてさ」
「はえ?ふぃふぃあいふぁ?」
もごもごと口を動かすオレにユージーンは困り顔だ。
二人が食べ終わった後もオレは一人デザートと格闘を続けているのだが、ユージーンにオレの言いたいことは伝わらなかったようだ。
「知り合いはいないのか、だそうだ」
急ぎ口の中を空けようとするオレの意を汲んでくれたのはハンスだ。
ハンスの通訳の後、ユージーンは納得したように喋り出した。
「ああ、知り合いね。うちは爵位も高くないし、招待をもらうような家じゃないから知り合いは全然だよ。シャルルは知ってるだろうけど大抵の貴族は入学前からの顔見知りだからね。派閥問題もあって輪に入るのはなかなか……」
「という事は、ジンは貴族派ではないんだな」
「はは、詳しいね。うちは新興派だよ。まあ…その商売に失敗して爵位だけの貴族になっちゃってるわけだけどさ。自分の事は自分でやるし、庶民とそんなに変わらないんじゃない?なんならハンスの家の方がお金あると思うよ」
ユージーンは他人事気味に言い放つ。
「没落に片足突っ込んでるようなものだからね。同じ新興派でも僕と仲良くしたい人はそんなにいないってわけ」
「それは…大変だな」
「楽は楽だけどね。周りの顔色伺わなくて良いし、こうして二人に出会えたんだから儲けものじゃない?」
そう言って微笑むユージーンの顔は晴れやかだ。
身分に囚われない彼の考え方は好ましいが、その境遇にはいくらか同情を覚えてしまう。
実際、爵位だけの貴族というようにユージーンの身なりはけして豪勢なものではない。
オレのシンプルながら質の良いシャツやおろしたてのブーツと違い、ユージーンが身に着けるものは随分と着古した印象があった。
半袖のシャツから覗く腕にもかすり傷が多く、苦労の跡が伺える。
「なんつーか、新興派も大変なんだな」
派閥だけの問題ではないが、貴族社会の面倒くささに肩を落とす。
このまま嫌な話を聞いているとデザートが不味くなってしまいそうなので、話題を変える事にした。
「そういや何で遅刻したの?」
単調直入に尋ねると、ユージーンは目を泳がせた。
「あー…うん、ちょっと寝坊しちゃって……。さっきも言ったようにお金がないから使用人もいないわけでさ。寮に入ってるんだけど、遅くまで勉強したら起きれなかったよね」
たははと笑って頭をかく姿は何とも間が抜けている。
授業中こそ優等生に見えるが、こうしているとユージーンは愉快なムードメーカーだった。
最初こそ警戒していたハンスも、その気さくさにすっかり絆されたらしい。
その後も柔らかな顔つきで話に花を咲かせていた。
長いようで短い昼休憩が終わった後も、オレたちは3人並んで午後の授業に取り組んだ。
午後からはユージーンも気持ちの切り替えが済んだらしい。
初日と同じ質問の嵐が巻き起こっていた。




