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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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16.子猫伯爵と知りたがり男爵

――何度目かになる鈍い鐘の音が鳴り響く。


本日の午前のスケジュールは神学(しんがく)、基礎言語、算術の3科目だった。

神学はいわば大陸史のようなもので、女神の伝承やその教えについてを学ぶ事になる。

基礎言語はそのまま文字の読み書きや文法を習う授業だ。

学院に試験ではこの言語能力が必須となり、授業は基本的に応用の内容となっていく。

難解な単語の習得に始まり他国の言語を学ぶ事にもなるそうだ。

礼儀作法の側面も含まれており、おちおち寝てはいられない授業の筆頭だろう。

算術はと言えばまだ小学生レベルの内容だ。

領地の経営や事業への進出に必要となる計算や知識を学ぶ場と言った方が正しく、幾何学(きかがく)や天文学を専攻しない限りそこまでの知識は必要にならないだろう。

数学があまり得意じゃなかったオレには朗報である。

2日目ではどの授業も基礎中の基礎といったところだろうか。

眠りながらでもこなせる内容に、オレは外を見たり教本に落描きしたり、時にハンスと喋ったりしながら時間を潰す事にした。

幸いにも昨晩ぐっすり眠ったのもあって、途中で眠くなる事はなかった。


そして今は待ちに待ったランチタイムだ。


家族も絶賛する美味しい食事を目前にオレの腹の虫は元気に暴れている真っ最中だった。

休憩時間についばんだお菓子では空腹を抑える事はできなかったらしい。

今にも鳴ってしまいそうな腹を気合で抑え込みつつ、机に広がった荷物を革製の鞄に放り込んだ。

後はハンスに声をかけるだけ――

「君名前は?どこ出身?好きな食べ物は?」

と思ったのだが、ハンスは右隣に座ったアーチボルトの口撃(こうげき)に合っていた。

午前の授業中ずっと静かにしていたと思えばこれである。

矢継(やつ)(ばや)に繰り出される言葉の猛攻にハンスもたじろいでいるようだった。

「服からいくと平民かな?家は何をやってるの?試験はどうだった?」

ハンスの答えを待たずに飛び出していく質問の数々。

にこやかな顔を見るに悪い奴ではないのだろう。

平民だからと嫌うわけでもなく、興味津々という(ふう)に疑問を投げかけている。

「そうだ、今日の神学!僕がくるまで何の話をしてたの?教えてくれないかな?」

「…………昨日の復習だ」

「昨日の復習ね。じゃあ大丈夫かな。それで君は?どこに住んでるの?」

質問がループしたあたりで流石にハンスが可哀そうになってきた。

このままではお昼どころではないし、助け船を出す事にする。

「アーチボルトだっけ?」

「うん?君は……ミオン様で良いのかな?覚えて頂け光栄です」

「あれだけ目立ってりゃな」

「急いでいましたので。お気に(さわ)ったなら謝罪します」

ハンスの前に乗り出すとアーチボルトはオレに頭を下げた。

男爵令息だけあって小さい頃からの教育が染みついているのだろう。

ハンスとは違い礼節を守れるタイプのようである。

雄弁な彼は柔和な笑顔で名乗りを上げた。

「改めてアーチボルト男爵家のユージーンです。ユージーンで構いません。ほら、アーチボルトって長いでしょう?」

だがユージーンでもアーチボルトでもそこまで差はない気がする。

気がするが、本人が言うのだし突っ込むのも野暮(ヤボ)というものだろう。

にこりと笑って冗談めかすユージーンの人懐っこさに、オレは自然と手を差し出していた。

「オレはシャルル。こっちはハンス」

「……ハンス・ウィルフレッド。性はありますが商家の出です。どうぞよしなに」

「よろしくお願いしますミオン様。それにウィルフレッドも」

オレとハンスの手をとってユージーンは笑みを深めた。

茶色の瞳が()を描いたその顔に、どことなく懐かしさを覚えるのは何故だろうか。

同時にこういう時にはちゃんと礼儀正しいハンスにアンニュイな気持ちになる。

それだけカイトが嫌いなのだろうが、それにしたってもう少し何とかならないものか。

カイトに食って掛かってオレの心労を増やすのは出来る限りやめて欲しい。

「ウィルフレッドって長いし僕もハンスで良い?」

「好きに呼んでください」

「ありがとう。あと楽に接してくれて大丈夫…というか、そっちの方が嬉しいな」

「それは俺としても助かる」

気さくなユージーンはすでにハンスと打ち解けたようだった。

貴重なハンスの敬語を聞く機会が減ったのは残念だが、ハンスに友達が増えるのは良い事だ。

これでオレに何かあったとしても、孤独のまま3年間を過ごす事はなくなるだろう。

オレにとっても話せる相手が増えるのは喜ばしい事だった。

「ユージーンも普通に(しゃべ)ってくれて良いよ。オレもそっちのが楽だし」

「そういう事なら遠慮(えんりょ)なく。改めてよろしくシャルル、ハンス!ユージーンが長ければジーンで良いし、それでも長いならジンって呼んでくれれば良いからね」

「よろしくな、ユージーン」

「よろしく頼む、ジン」

一気に口調が崩れるが悪い気はしない。

むしろユージーンには固い言葉が似合わないとさえ思ったくらいだ。

あっけらかんと笑うユージーンがいるだけでその場の空気が和らぎ、ハンスもそんなユージーンとの出会いに気分が良さそうに見えた。

「二人も食堂?一緒に行っても良いかな?」

挨拶(あいさつ)が終わるや否や、ユージーンが首をかしげる。

そうだったと思い出し、オレはまだ片付けの終わってないハンスを突っついた。


こうして、ひょんな縁から友好を深めたオレたちは3人で昼をとる事にしたのである。

ユージーンは昨日も食堂を利用したらしい。

教室を出てからは一歩前に出て食堂までの案内を買って出てくれている。

「基本的に自由な感じだったよ。先輩たちには気を(つか)った方が良いと思うけど、騒ぎすぎなければ大丈夫なんじゃないかな」

窓から差し込んだ光が白の混じった浅葱(あさぎ)色に反射する。

歩く度、水色に程近い青髪が光に透けてはキラキラと輝きを放っていた。

いかにも好青年なサッパリとした顔つきのユージーンは、これまたサッパリとした性格も相まって、ハンスの親友枠として登場していてもおかしくないくらいの人材だ。

(あいつが知ったら騒ぎそうだな)

思えばユージーンに懐かしさを感じたのは妹のせいだったのかもしれない。

オレに『ラブデス』を押し付けてきた張本人の好みがたしかこんな感じだったはずだ。

小説に書かれなかっただけで自分好みのキャラがいると知ったらギャーギャー騒ぎたてた事だろう。

(かす)かに(よみがえ)った妹の記憶に思わず笑みがこぼれ出た。

「ハンスの家はどこ?将来の夢は?学院へは何のために?」

「全部答えないといけないのか……?」

食堂への移動中も変わらず騒がしい背中に感じるのは、やはりどこか懐かしい温かさだ。

強面(こわもて)()があるハンスを相手に一歩も引かない(たくま)しさも好感ものだろう。

けしてギャグなどではなく、ユージーンとは良い友人になれる予感がした。

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