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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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15.子猫伯爵と巨大なもの

――鈍い鐘の音が鳴り響く。


授業の始まりの合図にオレとハンスは談笑を切り上げた。

教室の中はかすかな話し声が聞こえるだけで静かなものだ。

程なくして担当の教師がやって来た。

昨日も顔を合わせた(ひげ)の教授グレイトフル・フォン・ケンネルだ。

「皆さんおはようございます。今日はヨナについて紐解(ひもと)いてゆきましょう」

教卓に立ったケンネル教授が教本を開くと、生徒たちも倣って教本を開いた。

オレとハンスも同じように指定されたページに目を通す。

奇怪な姿のヨナの絵がいくつか並んでいるが、小説の挿絵に比べればどれも可愛いものだった。

きっとこの絵を描いた人物は本物のヨナを見た事がないのだろう。

(リアルに描かれても困るけどさ)

折角なのでほとんどがシルエットで描かれたヨナの絵に(キバ)を付け足しておく。

これで少しは本物のヨナに近づいた事だろう。

満足気に教本を見ているとハンスに落描きを見られてしまったらしい。

「…………見た事があるのか?」

「や、ないけど。こっちのがそれっぽくね?」

小声で尋ねられたオレはもう一匹、いや一体だろうか。

別のシルエットにも牙を描き足しながら同じく小さな声で返事をした。

けして嘘はついていない。

オレが知っているのは『ラブデス』の挿絵や描写だけで、この目で直接ヨナを見たわけではないのだから今の答えに間違いはないはずだ。

普通に暮らしていればヨナに遭遇(そうぐう)する機会などないのだし、むしろ知っていると答える方がおかしいくらいだろう。

「ハンスのにも描いてやろうか?」

「え?それは………」

思い付きがてらにっと笑ってハンスの顔を見る。

冗談のつもりだったが、ハンスは綺麗な教本とオレの顔とを視線だけで数往復させ、最後には教本をオレの方へと滑らせた。

ススス…と教本を差し出してきたハンスは期待の眼差しでオレを見つめている。

思いのほか牙つきヨナもどきがうけてしまったようだ。

オレが描いたのは雑な牙だけだが、気に入ってしまったのならしかたがない。

人の教本に手を加えるのは少し気が引けるが、ハンスの教本に描かれたヨナにも牙を足しておいた。

ギザギザとたくさんの牙を描けば牙つきヨナもどきの完成だ。

「ほい」

「ありがとう、シャルル」

よほど牙つきヨナもどきがお気に召したのだろう。

オレの落描きを手に入れたハンスは嬉しそうに微笑んでいる。

真面目(まじめ)なだけかと思いきや、12歳らしい遊び心も持っているようだ。

表情が変わらないと思ったのも最初だけで、付き合ってみるとたった1日でも色々な顔を見る事ができた。

嬉しそうなハンスにオレも嬉しくなって、最終的に牙つきヨナもどきが大量生産されていた事は伏せておこう。

オレの教本は落描きでいっぱいになっていた。

その間にも授業は進み、ケンネル教授は黒板にヨナの起源についてを書き留めていた。

昨日の振り返りでしかない話のため聞き流していたが、どうやら復習は終わったらしい。

教授は手を止めると、生徒の方へと体を向けた。

「――ここまでは昨日も話しましたね。伝承の通り、(いや)しき獣は海が浄化された後も海の底から姿を現しました。それは今なお続き、海に面した南方の国々は日常的にその脅威(きょうい)(さら)されています」

教室をぐるりと見渡した後、ケンネル教授はハンスに杖を向けた。

大振りの宝石がはまった杖はその宝石だけでも価値のあるものだと分かる。

彼にとっては苦楽を共にした武器でもあるそれが、獲物でも狙うようにハンスを捉えていた。

「ではウィルフレッド。大地の(はし)より現れた獣の名は知っていますね?」

「はい。ヨナと呼ばれています」

「よろしい。では何故ヨナと名付けられたかは知っていますか?」

ハンスはその場に立ち上がると、つつがなく質問に答えた。

ケンネル教授の方はというと不服だったようだ。

人を小馬鹿(こばか)にしたような質問からいきなり上級編の問題に変わるあたり、意地でもハンスの鼻を明かしたいらしい。

学者としての権威だけでなく、男爵としての地位を持つ教授もその他大勢と同じ貴族主義という事だろう。

(……何がそんなに楽しいんだか)

学院は平等だなんだ言っても結局はこれだ。

教師でさえこれなのだからハンスを筆頭に平民たちは居づらい事この上ないだろう。

チラリとハンスを(あお)げば、青い瞳は(ひる)む事も惑う事もなくケンネル教授を見据(みす)えていた。

そして一息に言い切った。

「初代国王となった強き獣が呼んだのが始まりです。発見されたヨナは全て人よりも大きく、初代国王もその姿を見て神の言葉で『巨大な者』を意味するヨナの名を与えたと伝えられています。時の大司祭ゲルマニアによる〝赤子の夜泣きそっくりの鳴き声を発している〟という主張もありますが、その説はほとんど支持されていません」

詰まることないその答えは、(よど)みのない模範のような回答だった事だろう。

ここまでくると頭が良すぎて引くレベルだ。

前知識まであるオレでさえ知らない情報を差し込まれるとは思ってもいなかった。

(夜泣き説ってなんだよ)

今から200年程前に大司祭を(つと)めたゲルマニアの名は知っていたが、夜泣き説に関しては初耳である。

支持されていない時点でお察しではあるが。

「よろしい。座りなさい」

ケンネル教授はさぞ面白くなかった事だろう。

事務的にハンスを座らせると、無駄口をたたく事もせず黒板へと向き直った。

ハンスの反撃にスッキリしたオレはその脇腹を小突いてやる。

「やるじゃん」

「うちは商家だから専門的な本を取り扱う事も多い。少し…読み(かじ)っただけだ」

「だとしても、ちゃんと覚えてるんだからすごいだろ」

照れ隠しだろうか。

眉間に(しわ)を寄せているが怒っているわけではなさそうだ。

ちょっぴり大人なオレは、褒められ慣れてないだろうハンスを微笑ましく見守る事にする。

その後も静かに授業が進んでいった。

ケンネル教授の熱弁こそあれど、誰かが指名されるでもなく平和な時間が過ぎていく。

昨日1日しか学院に通ってないが、こんなに静かなものだっただろうか。


――疑問に思い小首をかしげた時だ。

静寂を破って、青い髪の少年が扉を開け放った。


「授業中申し訳ありません!!!遅れました!!!」

バカでかい声を引っ()げ、その少年はケンネル教授の元へと転がっていく。

勢いよく頭を下げる姿は土下座(どげざ)にしか見えない。

「君は……」

「アーチボルトです」

()いてる場所に座りなさい。それと入室の際は静かにするように」

「はい……」

にこやかながら呆れ顔の教授に(うなが)され、アーチボルトはとぼとぼと階段を上がってくる。

鮮やかな青色の髪が揺れオレは昨日の事を思い出した。

(あー!どうりで!)

アーチボルトと言えばどの授業にも積極的に参加していた優等生だ。

(うるさ)いくらいに質問を繰り出す生徒がいなかった事で、静かに授業が進んでいたようだ。

しかし2日目にして遅刻をするとは、さてはこいつ優等生ではないな――失礼ながらそう直感する。

アーチボルトはというと目当ての席が埋まっていたらしい。

オレの中で優等生から優等生(仮)(かっこかり)になった彼は、さらにとぼとぼとした足取りで1番上までやってきた。

そしてハンスの隣に腰を落ち着ける。

「隣失礼するよ」

「ああ」

ハンスは目も合わせずに返事だけをした。

それを気にするでもなくアーチボルトは授業の準備を終わらせ、ケンネル教授の話に耳を傾ける。

さすがに今日は質問に乗り出す気はないようだ。

残り半分を切った神学の授業は、そのまま静かに終わりへと向かっていった。

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