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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-2章.シャルル・ミオンの学院生活②
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▽.忠犬と射手

ガンガンと神力(しんりょく)(まと)った剣がぶつかり合う。

片や大地の赤に、片や天空の金に染まる刃は、互いに引く気配も譲る素振りも見せはしない。

「正直侮っていた。まさかここまで食らいついて来るとはな」

「……まだ自分が上だとでも?」

「さてな。だが貴様に譲ってやるつもりはない。勝利も――」

シャルルも――と唇だけで呟き、カイトは剣を持つ手を突き出した。

ハンスは左手に構えた盾で刺突を防ぐ。

「くっ…!!」

しかし、重い。

片手で持ち(こた)えるにはあまりに重い一撃に、ハンスは足を踏みしめる。

床と(かかと)がこすれ合い、少しずつ後ろに追いやられながらも、右手を振り抜いた。

刃は鎌の形を作り、本来なら足りえないリーチを補完する。

「甘い!!」

「クソッ…!!」

鎌が届く直前、カイトがさらに体重を乗せる。

()ぐ事も耐える事も出来ず、ハンスの体は後方へと弾き飛ばされるのだった。

後ろ跳びをする形で体勢を保つが、左腕にはじんじんとした痺れが残っている。

震えそうになる手を忌々しげに見つめ、ハンスは次の衝撃へと身構えた。

ぎゅっと(つか)を握りしめ――

「そこまで」

ハンスの耳に届いたのはキースの声だった。

カイトを背に抱き、制するように左腕を上げている。

「俺の負け……ですか?」

「勝敗も何もこれ以上は授業で行われる範囲ではありません。あくまでこれは訓練であり、正式な試合ではない事をお忘れなく」

視線を落とすハンスへと淡々と告げる。

落ち込んだ様子のハンスを立たせると、カイトと挨拶をするように背中を押した。

「………手合わせありがとうございました」

「………こちらこそ」

揃って不服そうに握手を交わし、目と目で語り合う。

(この決着はいずれ着ける。その日をせいぜい楽しみにしておけ)

(…………ほざいてろ)

睨み合いだけは止めず、二人は距離を置いた。

とはいえ、手に汗握る熱戦を見せられた生徒たちは、興奮冷めやらぬ状態だ。

第二ラウンドが始まるのではないかと、期待に満ちた眼差しをハンスたちへと向けている。

熱気に(あふ)れた空気に、キースも訓練はままならないと判断を(くだ)したのだった。

やぶさかではなさそうなカイトに視線を送ると、構えるよう促した。

「デルホーク公子(こうし)。宜しければ一戦いかがですか?」

「もちろん。騎士爵(きししゃく)にお相手頂けるとは光栄です」

「ウィルフレッド、君もです。二人同時にかかってきなさい」

「……はい。分かりました」

ハンスにも声をかけ、キースは左手に魔具(まぐ)を持つ。

盾は持たず、赤く光る刃を静かに構えた。

オーソドックスなショートソードと言ったところだろうか。

騎士や戦士が好んで用いる、長すぎず短すぎずの刃がハンスとカイト両名に向けられる。

「少しくらいハンデを設けましょう。どちらか一方でも私に当てられたら君達の勝ちとします。説明はそれで充分ですね?」

それを合図にキースが踏み出した。

生徒たちの目にはフッ…とキースが消えたように見え、次の瞬間にはカイトの後ろへと現れる。

「っ!!」

振り向くより先に盾を出すが、そこにはもうキースはいない。

「油断のし過ぎです。私はもう前線を退(しりぞ)いた身ですが、こうして皆さんの教師を務めるくらいには現役なわけです。老いさらばえた騎士と思う事なかれ――とでも言っておきましょう」

トン――と柄が触れる。

後ろを振り返ったカイトの脇腹に、キースの手に握られた魔具が押し付けられていた。

文句のつけようもない敗北に、カイトは(いさぎよ)く頭を下げた。

「肝に銘じておきます」

「それと……公子は目に見える情報に頼りすぎです。加護(アーク)の影響もあるかと思いますが、あらゆる感覚を研ぎ澄ませるべきでしょう。補うための訓練も忘れずに」

柄でトントンと腹を小突きながら弱点を指摘する。

その背後に差し迫るのはハンスだ。

生徒たちが息を呑む中、剣を振り上げキースの背中目掛けて振り下ろす。

「奇襲をするのであれば殺気は隠しなさい。そして最短で武器を振り抜くように」

しかしながら、その手を下げる事は叶わなかった。

高く上げられた爪先が、剣を持つハンスの手を的確に抑えつけている。

振り下ろせなかった手はそのまま外側へと蹴り飛ばされ、武器を失ったハンスは舌打ちをした。

「すぐ舌打ちをする(くせ)も直しなさい」

「………気を付けます」

首元に足先を突きつけられ、ハンスは口をへの字に曲げる。

呆気なくやり込められた二人に、生徒たちは唖然(あぜん)とするのだった。

そして――

「皆さん訓練に戻りなさい。気持ちが先行する事もあるでしょうが、神力のコントロールをより正確にしていく事が先決です。デルホーク公子、ウィルフレッドのように戦うにも、まずは基礎を整える事が大切になります」

キースが手を鳴らすと、生徒たちはそそくさと訓練へと戻っていった。

恐怖と羨望(せんぼう)の混じった表情で、打ち合いへと取り組んでいく。

「……ダシにしましたね?」

「あのままでは集中出来ないと判断しただけです。騎士団でも同じような事はよくありましたから」

ハンスはむっとした顔でキースを見る。

キースは涼しく言い返し、持っていた魔具を箱の中へとしまった。

対になる盾と並べ、小箱の(ふた)を閉める。

(念のため点検をしておくか)

キースの視線の先には暴走を起こした魔具が置いてあった。

寄せておいたそれを見つめ、僅かに表情を曇らせる。

魔具の暴走は取り立てて珍しい事ではないが、だからといって頻繁(ひんぱん)に起こる事でもない。

再発を防ぐためにも、キースは小さく亀裂(きれつ)の入った魔具を手に取って見つめた。

(この(ひび)は暴走時に出来たようだが……)

暴走が起きるパターンは大きく二つ。

想定以上の神力が注がれるか、魔具自体が破損しているかのいずれかだ。

(……前者の可能性は考えにくいか)

全ての魔具は、刻まれた加護回路(アークコード)によって必要以上の神力が注がれる事がないよう制御されている。

核となる魔石(ませき)と極めて相性が良い場合には異例が起きかねないが、それだって数十年、数百年にあるかないかの話だった。

(学院で保管する魔具は定期的に検査を行っている。見た目に異常が確認出来ないという事は、回路が直接やられている可能性もあるな。だが……)

異変があれば今のようにすぐ回収される。

不良品が紛れ込んでいたと考えるのも無理があるだろう。

キースはさらに深く考え込んでいく。

(この魔具を使っていたのはサンダスだったか。問題を起こすような性格でも家柄でもないな)

最後に魔具を使ったのはオーガスト・サンダス。

子爵家の令息で至って普通の貴族派の一人だ。

所謂(いわゆる)過激派には当たらず、交友関係や日頃の行いも特別非難するようなものはない。

(考えすぎか…?)

知識がなければ回路だけを破壊するなんて芸当は出来ない。

いかに神学院(アーク・マナリア)が歴史ある教育機関だとしても、そこまでの技量を持つ生徒はいないだろう。

意図的に手が加えられている可能性を考え――しかし、それを裏付けるには情報が足りなかった。

諜報(ちょうほう)は専門外だとキースは頭を悩ませる。

(上に報告するとして、何かが引っ掛かる)

愉快犯というには危険性が高く、暗殺というにはあまりにお粗末だ。

キースを邪険に思っているだけなら、普段の態度が悪いでも何でも文句のつけようはあるだろう。

気に掛かる何かが分からないまま、キースは破損した魔具をポケットへと突っ込んだ。

「教授?」

「今日の放課後は空いているか?暇なら片付けを手伝え」

「分かりました」

共有だけはしておくべきかと、キースは不安そうに覗き込むハンスの肩を叩く。

そこにハンス同様休憩に入ったカイトが割って入ってきた。

「先程はご指導ありがとうございました。叶うなら騎士爵に稽古(けいこ)をつけて貰いたいくらいです」

「勿体ないお言葉ですが、公子様であれば騎士団の者に掛け合ってみてはどうでしょう。ナディン団長――今は顧問でしたか。私の師に当たる人です。彼の方が指南役には適任かと思います」

「ナディン卿ですね。聞いた事があります」

キースに話しかけるカイトを見て、ハンスは顔を歪ませる。

シャルルに留まらずキースまで懐柔する気かと、苛立ちを露わに睨み続けた。

(シャルルは大丈夫だろうか…?)

キースにあしらわれるカイトをほくそ笑むように一瞥(いちべつ)し、戻ってこないシャルルへと思いを馳せる。

相手がユージーンだけに問題はないはずだが、明らかに様子のおかしい姿がどうにも気に掛かる。

「では後で伺います」

「ああ、アーチボルトにもよろしく」

結局、授業が終わるまで二人は戻ってこなかった。

思ったよりも状態が酷いのかもしれないと、ハンスは終業と同時に医務室へと走っていく。

駆け足気味に中央棟の1階を目指し、挨拶もそぞろに中へと入っていった。

「シャルル!ジン!」

「あー!ハンス!先生は!?キース先生は来てないの!?」

「おわ!暴れんなよ!?安静にしろって言われたばっかだろ!?」

ハンスが顔を見せると、ベッドに座っていたユージーンが飛び降りようとする。

それをシャルルが押さえつけているが、ユージーンは人が変わったように落ち着きがない。

「とりあえず寝てろ…!!」

暴れるユージーンをベッドに押し返し、シャルルはハンスへと体を向ける。

そこにはだいぶげんなりとした顔があった。

「怪我はないから大丈夫。ただかなり興奮状態みたいで……見ての通りだけど」

「たしかにこれは酷いな」

ユージーンの様子もだが、シャルルの顔も酷い。

居た(たま)れない思いになって、ハンスはそっとシャルルの頬に触れた。

ただでさえ華奢な体が余計に(しぼ)んだように感じられる。

やはり一緒に行くべきだったと、ハンスは色の白い頬を(いた)わる様になぞった。

「僕が居るの忘れないんで欲しいんだけど?」

その手をやっかむようにユージーンが唇を尖らせる。

ハンスはびくりと手を止め、いささか不機嫌な目でユージーンを見下ろすのだった。

その圧に(ひる)む事なく、ユージーンは目を輝かせる。

「それよりハンスって先生と仲良いよね?どうやって仲良くなったの?僕も授業の手伝いに行って良いかな?」

キラキラと目を輝かせるユージーンに、ハンスは思わず顔を(しか)めた。

シャルルはもはや諦めているのだろう。

呆れたように首を振っている。

「やはり頭を打ったんじゃないのか?」

「オレもそう思う」

コソコソと掛け合うシャルルとハンスにユージーンは再び唇を尖らせるのだった。

「当たり冷たくない?」

「つい昨日までニール教授追っかけてたんだから当然だろ。それが急にトラスティーナ教授に惚れたって言われてもさぁ…………男同士だし」

「シャルルがそこ言っちゃうんだ」

「うっ、うるせー!オレはノーマルですー!」

「それを言ったら僕もノーマルだよ。キース先生は惚れちゃったんだからしかたないよね」

この流れに口出しは出来ず、ハンスは子供じみた二人のやり取りを見守った。

幸いにも今日はもう授業がない。

既に生徒たちは解散となっているため、ハンスはゆったりとした気分でシャルルの隣を陣取った。

進級してからはカイトとジュリアナの邪魔ばかり入り、こうしてシャルルの温もりを味わう事すら難しくなっていたのだ。

久方ぶりの穏やかな空気に、ハンスは気を緩ませた。

「少しくらい先生のこと教えてよ」

「俺の口から言える事はない。そんなに気になるなら直接聞きに行け」

かえって煩い気もするが、不安要素が減った事もあり心は穏やかだ。

そこにアンナとレフとジョン、そして訓練のペアを組んでいたダニエルも合流する。

「ジンが壊れたんだぞー」

「恋は盲目とは言ったものね……」

後からやって来た面々も、芽生えた恋に突き進もうとするユージーンを見て眉を(ひそ)める。

アンナは複雑そうにしていたが、寮生活同士、アンタたちに任せておけば問題はないだろう。

取り留めもない――実際にはユージーンの不毛な叫びの数々を聞き流し、ハンスはシャルルを馬車まで見送った。



「アーチボルトはどうだった?」

「……怪我はないそうです」

含みのある言い方にキースは眉を寄せる。

あれから1時間程――所要を終えたハンスはキースが待つ修練場へと戻ってきていた。

「別の問題があったのか?」

こう見えて生徒思いのキースだ。

ハンスはいくらか悩み、医務室での事を正直に打ち明けた。

あの様子ではユージーンは明日にもキースに突撃をするだろう。

多少なりとも心構えが出来ていた方がマシだろうと、ユージーンの事を伝えたのだった。

「…………そうか」

突拍子もない話かと思いきや、キースは怒りしなければ驚きもしない。

代わりにその顔は一気に疲弊(ひへい)したように見えた。

「教師をやっていると、こういう事も多いんですか?」

「そういう話題に事欠かない教師がいるのもたしかだな。僕も何年か前まではそれなりに…といったところか」

キースが苦々しく口を開く。

「こんな騎士崩れでも騎士(ヴァン)の名誉欲しさに言い寄ってくる令嬢はたくさんいたという事だ」

「それはまた……」

「学院に来たのが18の時だったからな。あの頃はまだ若かった。年齢が近いのもあって既成事実を作られそうになった事もある」

さめざめと語るキースにハンスは強い同情を抱く。

それとは別にハンスは首を傾げた。

「………18で教師になったんですか?」

「言わなかったか?厳密には19になる年だが、上からの要請もあって騎士をやめてすぐ学院に来たんだ」

「そういえば今年で勤続9年目でしたね」

深く考えていなかったが、逆算すると学院に来たのは18歳の時にまで(さかのぼ)る。

自分が思っている以上に凄い人なのではないかと、ハンスは改めてキースに畏怖(いふ)の念を抱いた。

「教授の事を聞いても…?」

「それくらいは構わないが、面白くはないぞ」

キースは少し考えた素振りをして口を開く。

「学院に来たのは騎士を辞めてからだ。18の時に騎士(ヴァン)の名と爵位を頂いて――騎士団からも除名された。皆騎士(ヴァン)の名を羨ましがるが、僕に与えられたのは同情からみたいなものだ」

「随分と早い除隊ですね」

「だろうな。騎士団に入ったのは15の時だった。分かりやすく言えばたった3年――3年ぽっちで僕は体を使い潰したって事だ」

嘆くようにキースは語る。

虚しい言葉にハンスはただ相槌を打つしか出来なかった。

「僕はずっと南の方で生まれたんだ。もう地図にはない場所だ。僕の故郷はヨナに襲われなくなってしまった」

「それは……」

『大地の国アズロ』ではヨナを見る事はほとんどない。

しかし南に行けば行く程ヨナの出現は顕著(けんちょ)となり、最南部までいくと毎日のようにヨナの脅威に(さら)されるのである。

高低差の激しい大陸そのものの形が要因ではあるのだが、海に面した南西は、到底人が穏やかに暮らせるような場所ではなかった。

中にはヨナの襲撃に消え去った街や村も多く、キースの故郷もその一つだったのだと言う。

言い知れぬ無力さにハンスは拳を握りしめる。

唇を噛み締めるハンスを(なだ)めるように、キースは薄く笑んだ。

「レグルス・ヴァン・ナディン団長。師と言ったように、彼が身寄りのない僕を拾って騎士として育ててくれたんだ。僕にとっては師匠であり――(かたく)なに認めなられなかったけど、立派な父親だった」

懐かしむような声は優しく、ハンスは(りき)んでいた手を緩める。

「トラスティーナの名も彼が考えてくれたんだ。〝確固たる信頼〟という意味が込められているそうだ」

そこまで話し、キースは口を閉じた。

その目はどこか悲しげで、ハンスは何も言えないまま色褪(いろあ)せたような青色を見つめる。

「――昔話はこれくらいにしておこう」

しんみりとした空気を掻き消すように、キースはしまいこんでいた魔具を取り出した。

破損した魔具をハンスへと投げ渡す。

「今日暴走した魔具だ」

「これが何か?」

「魔具の暴走は滅多な事じゃ起こらない。僕の考えすぎかもはしれないが、何者かが意図的に細工したんじゃないかとも思っている」

生徒に話す事ではなくとも、弟子に伝える分には許されるだろう。

ルールの抜け目を利用するように、キースは自身の考えを口にする。

「原因の究明に努めるが、お前も気を張っておけ。ただでさえ王女が留学中なんだ。問題の一つや二つ起きるくらいのつもりでいた方が良い」

「それには同意します」

頭が痛いと言わんばかりにハンスが嘆息する。

キースも同じく息を吐き、(ひび)割れた魔具をハンスの手から回収した。

「アーチボルトの事は放っておけ。どうせすぐに飽きるだろうからな」

「………だと良いんですが」

その後はいつものように鍛錬と手合わせをし、暗くなりきる前の解散となった。

疲れた体に鞭を打ち、ハンスは家までの道を走っていく。

体作りに余念のないハンスを見送って、キースは行きたくもない教員室へと(おもむ)くのだった。

真面目腐った空気が苦手なのもあるが、今日に限っては問題を提起しなければいけないのだ。

傍目(はため)には分からないだろうが、キースはどんよりと重い空気を背負って自分の戦場へと向かっていく。

(せめて痺れさえなければ……)

ヨナのひしめく戦地が恋しいと思えるのはキースだからこそだろう。

とぼとぼとした足取りで、キースは教員室へと足を踏み入れた。


この時のキースはまだ知らない。

ユージーン・アーチボルトという男がいかに執念深い男かを―――

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