86.子猫伯爵と戦闘訓練
あれから1週間、ジュリアナが何かを仕掛けてくる気配はない。
何かにつけオレに話しかけてくるものの、あの日のように花粉攻撃をする様子は見せなかった。
その問答こそが厄介ではあるのだが――
「ミオン様、今お帰りなの?」
「この前の授業の事なんだけど、相談に乗ってくださらない?」
「本当にカイト様と仲が良いのね!」
「いつも一緒にいるけど、ハンス様とはどういったご関係なの?」
「私、ミオン様ともっとお話がしたいわ!」
――気が付くとジュリアナはオレの視界の中にいるのである。
隙を見てはオレの傍に近づき、にこにこと声をかけてくるのだ。
『メリーさん』顔負けの所業にオレは恐怖すら覚え始めていた。
ちなみに『メリーさん』とは前世で有名だった怪談噺の一つだ。
『私メリーさん。今あなたの家の近くにいるの』――などと電話をかけてきては少しずつ距離を詰め、最後には真後ろに居るという都市伝説である。
怖いものが苦手なオレは当然ホラーもからきしで、名の知れた『メリーさん』でさえ知っているのはその程度の概要だけだ。
それだけ知っていれば十二分かもしれないが、発祥がどうとか、遭遇したらどうなるとか、検索すればすぐに分かるだろう事を調べる気は起きなかったのである。
この世界には伝承のでの字すら存在しない『メリーさん』はさておき、オレがジュリアナに覚える恐怖感は幽霊に対するそれに近かった。
「ミオン様!ご一緒しても良いかしら?」
噂をすればこれだ。
今は移動教室――加護術の授業のために修練場に向かっている真っ最中である。
手伝いに駆り出されたハンスは一足先に教室を離れていて、オレはユージーンたちと一緒に教室を出るところだった。
そんなオレを掴まえ、ジュリアナは無邪気に微笑むのだった。
「…………ドウゾ」
ユージーンもアンナもレフも揃って気まずそうな顔をしているが是以外に答えようはない。
理由もなしに王女の誘いを断れるわけもなく、引きつりそうになるのを堪えて口の端を持ち上げた。
「ありがとうミオン様!今日は魔具を使った実習なんですって?楽しみね!」
「ソーデスネ」
「私にも上手く使えるかしら?」
「王女様ナラキット大丈夫デスヨ」
ユージーンたちには目もくれずに、ジュリアナはオレの隣を陣取った。
するりと腕を絡め、僅かに高いオレの顔を見上げてくる。
(顔だけは可愛い!花粉王女だけど!花粉王女だけど…!!)
大事な事なので強調しつつ、当たり障りのない相槌だけを打っておく。
ジュリアナが悪女だと知らなければ、今頃とっくに勘違いしていた事だろう。
(こんなんされたら落ちるじゃん。む……むむむ…むね……当たってるし)
腕に触れる柔らかな感触に思わずどもりそうになる。
それはフェロモンなど関係なしに、女性経験に乏しい男ならころっと落ちてしまう凶器だった。
(でもカイトの方が柔らか――いや…!!何考えてんだオレは…!!)
バッと顔を逸らした瞬間、カイトと視線が絡み合う。
考えていた事が考えていた事だけに、オレの顔は赤く染まってしまったようだった。
少し先を歩いていたカイトが優しく、けれど意地悪そうに微笑んだのが見える。
それも束の間、近付いてきたかと思えばオレとジュリアナの間へと割って入った。
「王女殿下。シャルルには少々刺激が強いようです」
「あら、ごめんなさい。見た目以上に可愛らしいのね」
「イエ……」
カイトはオレにウィンクをし、そのままジュリアナを連れて行く。
(絶対分かってんじゃん……)
胸とまでは思ってもないだろうが、オレの顔が赤くなった理由が自分にあると理解しているのだろう。
ジュリアナを引き離してくれたカイトは余裕の笑みでオレたちの数歩先を歩いていく。
「シャルルも大変だね」
「そう思うなら見てないで助けろよ」
「それはちょっと。僕には荷が重いかな」
頬をぽりぽりとかきながらユージーンが眉を八の字にする。
オレとそういった勘に秀でるアンナとレフが警戒しているのが気に掛かるのだろう。
誰にでも分け隔てないユージーンでさえ、ジュリアナには積極的に触れようとしなかった。
(ジュリアナの好みでもないみたいだしな)
『ラブデス』で書かれる描写ももちろん、実際の様子を見てもジュリアナの好みは筋骨隆々な美男子だ。
どちらかと言えば並の体格で優男に分類されるユージーンは彼女の歯牙にかからないらしい。
オレとしては非常に幸いな事に、いつもの顔ぶれでジュリアナのストライクゾーンに入るのはハンスくらいのものだった。
もちろんハンスさえ守れば大丈夫というわけではない。
オレに色目を使うように、ハンスを手に入れるためにユージーンたちに目をつける可能性もあるだろう。
同調圧力に屈するハンスではないだろうが、方々に気を配る必要はありそうだった。
「シャルル!こっちだ!」
ぽてぽてと廊下を歩くこと数分。
オレたちは西棟にある修練場へと辿り着いた。
準備のために誰よりも早く飛び出していったハンスがトラスティーナ教授の横で手を振っている。
「ん。お疲れ」
ハンスに近寄る、授業で使う魔具を手渡される。
魔具の使用に苦手意識のあるオレは早速肩を落とした。
「こういうの苦手なんだよなぁ…」
「気を張らなくても大丈夫だ。この魔具は――」
「そう甘やかすんじゃない。苦手だからこそ本人が自分で考えコツを掴むべきだ」
オレたちの前では無礼講な教授が口を挟む。
もっともな言い分にオレもハンスも口を噤み、魔具を手に広場へと整列するのだった。
「私に上手く出来るかしら…?」
「王女様ならすぐに扱えるようになりますよ」
「そうです!サポートは俺たちに任せてください!」
ジュリアナは相変わらずだ。
か弱そうにため息をつく彼女を、サマルとディランが中心となって、やんややんやと盛り上げている。
そのくだらない茶番も始業の鐘が鳴ると共になりを潜めるのだった。
授業さえ始まってしまえば、あとはもうキース・ヴァン・トラスティーナ教授の独壇場だ。
「皆さんこんにちは。手元に渡った魔具を見れば分かる通り、今日はこの魔具を使って訓練を行います。まずこの魔具ですが――」
トラスティーナ教授が手に持った棒と版画で使うバレンのようなものを生徒へと翳してみせる。
たちまちの内に光が通い、目の前には剣と盾が展開された。
「神力を込めるとこちらは剣に、こちらは盾を形成するようになっています。このように神力同士がぶつかると反応しますが、肉体に触れる分には何の影響もありません。この二つを使って実技特訓をしていきます」
右手に持った剣で左手に持った盾を叩くと、光の粒子にも見える刃と盾がぶつかりあった。
しかし刃が肌に触れても斬れるなんて事はなく、光は体を素通りをしていくだけだ。
実演を終えると、教授は二本しか指がない右手で器用に剣を腰に履く。
「実践とは言いますが、これは神力をコントロールするための訓練です。長時間、安定した神力の操作が出来るよう心掛けてください。また女生徒並びに医師の判断を仰がねばならない者は、神力のコントロールにのみ集中してください」
教授の言葉に女生徒たちは壁際へと寄っていく。
アンナだけはその場に残っているが、貴族がほとんどのため剣を振り回そうなんて女性はいないようだった。
「ペアは体格が近い者同士こちらで決めておきました。それでは怪我がないよう始めてください」
教授が左手で右腕を叩く。
その音を合図に生徒たちは修練場へと散り散りに広がっていった。
「ん。よろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします!」
オレの相手は見知った顔のジョンだ。
ユージーンは仲の良いダニエル・ソーサー、アンナはレフ、ロナルドはランスロット・ティガロ――そしてハンスはカイトとペアとなったようだ。
ハンスが気がかりだが今は自分の事だ。
互いに距離を置いたオレとジョンは、まずは魔具に力を込め剣と盾を発現させる。
加護の影響なのだろう。
青い光を放つオレの魔具に対し、ジョンの持つ剣は赤い光を纏っている。
「それじゃ、行きます!」
準備が整ったのを確認しジョンが剣を突き出した。
レイピアでも扱うかのように、こなれた動きでオレの肩を狙う。
「ん…!!」
来る事は分かっているのに体はまるで追い付かない。
剣を出すべきか盾を出すべきかも分からず、もだもだしている内に、ジョンの振るった光剣がオレの体を素通りしていった。
ゲームであればボタン一つを押せば良い事でも、現実では全てを自分で考え行動に移さなければならない。
ろくに体を鍛えず、まして前世でさえ運動部でも何でもなかったオレは、基本の動作すらままならないまま一本取られたのだった。
「もっ、もう一回…!!」
「はい!何度でもお相手します!」
思い返せば中学生の時は陸上部だった気もするが、もはや遠い遠い昔の話だ。
オレは覚束ない足取りのまま、めげずにジョンへと立ち向かう。
普段は気の合う友達のジョンも、この時ばかりはボスを想起させる強大な壁に見えてならなかった。
「シャルル様は少し力みすぎなんだと思います」
「そんなこと言われても…!」
「防御は考えず、攻撃する事だけ考えてみてください」
ジョンにアドバイスされ、オレは右手に持った剣だけを振るう。
その結果、相打ちという形ではあったが、苦節十数回目にしてようやくオレの刃はジョンに届いたのだった。
「良い感じです!この調子で、防御を捨ててでも当てる事を覚えてください」
「ん、それなら出来そうかも」
何とか形になってきた事もあり、オレにも多少余裕が生まれてくる。
談笑を交えながらジョンと剣を打ち合った。
「随分手慣れてるけど、誰かに教わったのか?」
「叔父さんに教えてもらったんです。冒険者なのでたまにしか会いに来てくれないんですけど、家に来てくれた時には両親に内緒で色々教えてくれました」
「そっか。良い人だったんだな」
「ぼくにとってはそうですね。両親はこういう荒っぽい事はさせたくなさそうだった…ので!」
言いながらジョンが剣を振り抜く。
「んっ!!」
かろうじてガードが成功し――けれど立て直す暇もなくオレの体はジョンの剣に切り裂かれたのだった。
当然、刃が素通りするだけで怪我はないのだが。
「惜しかったですね!」
「くそー…今のは良い線いったと思ったのに……」
集中力が切れたオレは大きく息を吐き出した。
神力を注ぎ続けるだけでも大変なのに、それを安定して保ち、なおかつ攻防まで繰り広げなければいけないのだ。
額には汗が浮かび、吐き出す息も荒いものだった。
オレよりはいくらか涼しげだが、ジョンの額にも汗が滲んでいる。
護身の範囲でこれなのだから、騎士や冒険者を志すのは相当に過酷な道程なのだろう。
呼吸を整えるついでにジョンに聞いてみる。
「ジョンは将来やりたい事とか決まってんの?」
「それが全然。学院も叔父さんの薦めで入っただけですし、まだ明確な目標は決まってません」
「なんだ、オレと一緒じゃん」
ハンスは目下、商会を継ぐために勉強中だ。
レフは騎士に憧れを抱き、ロナルドも魔具職人を目指して邁進中だった。
ユージーンが家の再建を考えるように、跡取りや商業貴族であれば家業や代々の習わしに従う場合がほとんどだろう。
成人とも言える15歳を目前に、オレのように特別目標も何もない人間の方が珍しいくらいなのである。
「あまり呑気な事も言ってられませんけどね。選択授業の希望も出さないといけませんし…」
「それなぁ。オレはとりあえず経営と研究で出すつもり」
「貴族の方だとだいたいそこですよね」
オレの言葉にジョンはまだ決めかねていると唸り声を上げた。
選択授業と言うように、2学年からは選択式の授業が増えるのである。
まだは体験の段階だが、今月中に希望を出して来月からは本格的に授業が始まる流れだった。
オレの希望は領地運営などに関わる経営基礎と、魔具や加護への理解を深める魔道研究の二つだ。
天文学や大陸史、騎士道など選択肢は多岐に渡るが、とりあえずオレが苦じゃなくこなせそうなものを選ぶ事にした。
生徒の総数問題か貴族への配慮か、定員割れはないため来月からはこの二つの授業とも向き合っていく事が決まっている。
「そろそろ休憩は終わりにしましょうか」
「うへぇ…。やる気じゃん」
「体を動かすのは好きなんです。座学ばっかだと疲れ――うわっ!!?」
「んみっ!!」
ジョンの言葉を掻き消して、一際激しく打ち合う音が響き渡った。
グワアァ…ンとドラを鳴らすような低く重い轟きに、オレたちは体を跳ね上げる。
音の出所を探ると、ガンガンと魔具がぶつかり合う様が目に入った。
打ち合いが加熱してきたのだろう。
轟音だけでなく、火の粉を散らす剣戟はとてもではないが追いきれない。
「すげぇ……」
「ウィルフレッドの奴、カイト様と互角にやりあってるよ」
注目を掻っ攫った中心はハンスとカイトのペアだった。
対峙する事になった二人は呼吸を乱す素振りも見せず、絶えず剣と剣をぶつけ合っている。
「何だ、ただの商人かと思えばなかなかやるじゃないか」
「お前に褒められても嬉しくはない」
鼻で笑うカイト目掛け、ハンスが腕を高く振り上げ重い一撃を叩き込んだ。
それをしっかりと盾で受け、カイトも負けじと強烈な突きを放つ。
「フンッ!!」
突きが放たれると同時、棒状だった刃が鋭く尖った。
レイピアとなった切っ先が迫るがハンスは動じない。
小さく広げた盾を斜めに構え、左側へと全ての勢いを凪ぐのだった。
息もつかせぬ熾烈な攻防に、生徒たちは訓練の手を止めていく。
オレとジョンも二人の応酬に魅入り、武器を展開する事さえ忘れるのだった。
「すご……」
「騎士の戦いを見てるみたいですね」
二人の戦いはもはや別次元だ。
オレを始め皆が警棒のような剣を作る中、二人が作る刃は変幻自在に姿を変えていくのである。
カイトは概ね剣を好んでいるが、ハンスは『ラブデス』で見知ったように斧や鎌といった大振りの刃を振り回していた。
盾も大きくなったり小さくなったりと忙しなく、素人のオレには何が起きているのかさっぱりだ。
(こんな感じのシーン、『ラブデス』にもあったよな)
この授業については原作にも書かれていたはずだ。
ハンス目線でカイトに一方的にのされるだけだったと思うが、対等に渡り合う二人を見ていると、ハンスの成長が具に感じられる。
オレは人知れず、微笑ましい気持ちになるのだった。
完全にギャラリーと化したオレたちなど気にも留めず、二人は互いの出方を窺い続けている。
僅かな静寂の後、ガキンッと鈍い音を立てて刃がぶつかり合った。
鍔迫り合いとなり、徐々にだがハンスがカイトを押し込めていく。
「がら空きになっているな」
しかし全身に体重をかけるハンスの脇腹に、カイトの突き出した盾がぶつけられた。
直接体を殴られた形になったハンスは一歩二歩と後退する。
「ああ、すまない。今のは俺が悪かった。うっかり魔具本体をぶつけてしまったな」
「………チッ。往生際の悪い奴だ」
睨み合う二人の間には火花どころか雷光が散っている。
教授が止めに入る間もなく、ハンスの作った槍がカイトの頭めがけて突き出された。
カイトはそれを盾で弾き口角を上げる。
「フン、性急な男は嫌われるぞ」
「自分の事を棚に上げるつもりか」
休む暇もなしに打ち合いを繰り広げる二人を、誰も彼もが固唾を呑んで見守るのだった。
真剣勝負に野次を飛ばせる者はなく、教授も黙って戦いを見届けている。
剣術の面ではカイトに分があるだろう。
しかし単純なパワーと速度ならハンスの方が秀でて見える。
オレもどちらを応援するでもなく、ただじっと激闘を目で追っていった。
――その時だ。
誰かが変に力みでもしたのだろう。
二人の試合を切り裂くように、ギャラリーのただ中から魔具が一直線に跳ね上がった。
「えっ――」
「ユージーン!!?」
いくら刃が通らないといっても、持ち手の部分まで通り抜けるわけではない。
勢いよく飛び上がった柄がユージーン目掛けて跳弾する。
「――っ!!」
ハンスが剣を振るが間に合わない。
飛び上がった魔具は神力を帯びているわけではなく、ハンスの作り出した刃をすり抜けていった。
どよめきの中に叫び声が交じって聞こえ――オレはその場に立ち尽くす。
咄嗟に動く事など出来ず、いやにゆっくりに感じる時間を馬鹿みたいに眺めるのだった。
「――皆さん静粛に」
しかし嫌な音が続く事はなく、場違いに落ち着いた声が響き渡る。
バッと灰色の影が広がったかと思えば、飛んでいった魔具は教授のマントに包み込まれていた。
「怪我はありませんね」
「は、はい……」
ユージーンの前に立っているのはトラスティーナ教授だった。
ハンスよりも遠くにいたと思ったのに、誰よりも早く駆け付けたのは教授だったのである。
あの状態で衝撃を殺したのか、無傷のマントから黙りこくった魔具がぽろりと転がり落ちていく。
「神力のコントロールを誤ると今のように暴走する危険があります。人の戦いから学ぶ事も大切ですが、冷静さを失わずに観賞してください。制御する自信のない者は、訓練に打ち込む時以外には魔具から手を離すのが良いでしょう」
暴走した魔具を回収し教授は淡々と言葉を並べ立てる。
生徒たちは静まり返り、責任逃れすべく誰がやったんだと顔を見合わせた。
キョロキョロと目を泳がせる生徒を見やり、教授は腹から声を出す。
「本件は監督不届きである私に責任があります。以後同じような問題がないよう努めますが、皆さんも魔具の危険性を重々理解した上で授業に臨んでください――では授業を再開します」
教授は訓練に戻るようにと手を鳴らす。
中には犯人を探したがる者もいるが、騒ぎのせいで魔具の多くは皆の手を離れ床に散らばっていた。
これでは誰が暴走を起こした犯人かを特定する事は難しいだろう。
糾弾やなすりつけが起きるよりは良いかと、オレはジョンと共にユージーンの下へと駆け寄った。
「大丈夫か!?」
声をかけるがユージーンはその場にへたり込んだままだ。
よほどショックが強かったのか、半開きになった唇は震えている。
「か……」
「か?」
「かっこいい……」
ユージーンがぽそりと呟いた。
その瞳はトラスティーナ教授を熱っぽく見つめている。
「え…、まさか…、ユージーンお前……」
「どうしようシャルル…!先生が輝いて見える…!」
言いながら、見る見る間にユージーンの顔が真っ赤になっていく。
赤く染まった顔で悶絶する姿は恋する乙女さながらだ。
しかしオレは突然の事に反応のしようがない。
ジョンも、ユージーンのペアを務めていたダニエルも同じように口を開け、パチクリと目を瞬かせるだけだった。
「シャルルって先生と仲良いよね!?先生って結婚してる?どの辺りに住んでるの?好きな食べ物は?自分より背が高い人は好きかな?やっぱり灰色が好きなの?」
「ユージーン……」
初めて会った時のユージーンを思い出す。
ハンスを質問攻めする姿が思い起こされ、オレは生温かい視線をユージーンへと向けた。
(もしかしてこいつ未亡人が好きなだけなんじゃ……)
詳しくは聞いていないが、トラスティーナ教授は独り身だ。
小さい頃に家族を失って以来、ずっと喪に服すように生きてきたらしい。
そしてユージーンが今まで熱を上げてきたアマレット・ニール教授は夫に先立たれた紛う事なき寡夫だ。
知りたくもなかったユージーンの性癖に、安堵の心はどこかへ行ってしまったようである。
教授も嫌な予感がしたのだろう。
「念のため医務室で診て貰った方が良いでしょう。付いて行ってあげてください」
コホンと咳払いを一つ。
オレに何とかしろと目で訴えかけてくる。
しかしユージーンにはそれすらポジティブに解釈されてしまうらしい。
教授の気など知らず、嬉々としてオレに声をかけてくる。
「今僕のこと心配してくれた?心配してくれたよね?」
「あーうん、いいから行こうな」
たしかにこれは頭を打ったのかもしれない。
手遅れ―既に末期な気がしないでもないが―になる前に、早々に頭を診て貰うべきだ。
オレは引きずるようにユージーンを修練場の外へと放り出す。
当然な気もするが、ついて来ようとしたハンスはカイトに捕まったようだった。
真剣勝負の熱に浮かれた生徒たちもハンスを逃がすつもりはなく、二人はお手本という名の体の良い見世物にされるのだろう。
二人の戦いが見れないのはいささか残念だが、お花畑になってしまったユージーンを思えば諦めざるを得ない。
「運命みたいじゃない?」
「……何が?」
「だってキース先生は主任なんだよ!あとでお礼しにいかないと…!何だったら喜んでくれるかな?」
「オレに聞かれても……」
ユージーンにも良い相手が――とは思っていたが、斜め上の展開に戸惑う以外の道がない。
たしかに焦った様子もなく冷静に事を収めた教授はかっこ良かったと思う。
だからといってここまで骨抜きにされるものなのか。
ユージーンの好みがいまいち分からないと、オレは医務室へとユージーンをぶち込むのだった。




