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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-2章.シャルル・ミオンの学院生活②
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85.子猫伯爵とファイブクラウン

翌日、教室に着いた途端カイトに捕まった。

正確には席に着いた途端と言うべきだが、オレはカイトの膝の上に乗せられたのである。

ひょいと抱き上げられたかと思えば、一回りは大きいカイトにすっぽりと覆われていたのだった。

「カ、カイト…!!?」

「メイナードに聞いた。大事がなくて良かった」

短く告げ、カイトの手がオレの髪を撫でる。

横から突き刺さるハンスの眼力は心身共に痛いが、この状態では無理に引き()がす事も出来ないらしい。

椅子には座らずオレを奪い返す機会を伺っている。

じりじりと詰め寄るハンスを鼻で笑うように、カイトはオレの頭に鼻をすりつけるのだった。

「ちゃんと受け取ってくれたんだな」

「え……、あ」

ここでオレはナサニエルがつけてくれた香油(こうゆ)の存在を思い出した。

一晩も経てば薄くなったかと思いきや、アダマントローズの香りが残っていたらしい。

カイトはより一層満足気にオレの体を抱き寄せる。

比例して横からの視線は鋭くなっていくが、そんな事にはお構いなしだ。

「良い香りだ。思った通り、お前によく似合う」

カイトの吐息が耳を(かす)め、ゾワリとしたものが背中を駆け抜ける。

オレは思わず変な声が出そうになるのを(こら)えるのだった。

(近い!いちいち近いんだよ!)

シャツを押し上げる胸は厚く、男の胸とは思えない柔らかな感触が背中に当たる。

尻にしいた足も太く、オレの足など小枝も同然だった。

オレを抱き留める腕も立派で、ともすれば巨人のようでもある。

世界と見るべきか、人種として見るべきかはさておき、13歳なのが信じがたい逞しさだった。

(ちょっと落ち着くとか思ってる自分が一番恨めしい…!)

オレの発育が悪いのは一旦置いて、程よい固さと柔らかさ、そして温かさは正直に心地が良い。

いつでもどこでも睡魔に襲われていた昨年のオレだったら、すぐに眠りこけていた事だろう。

しかし呑気に抱き着かれている場合ではない。

挑発するカイトも悪いのだが、オレの事となるとハンスは想像以上に短気なのだ。

原作よろしく拳を飛ばしかねない形相(ぎょうそう)に、オレの精神は朝から擦り切れそうだった。

それでもカイトはジタバタと暴れるオレを手放そうとはしない。

「不思議な感覚だ。こうしてお前に触れる事が当然のように思えてくる」

「それは……」

どこか憔悴(しょうすい)したカイトの顔に手が止まる。

(――当然、か)

『ラブデス』ではそうだったのかもしれない。

家族に可愛がられたシャルル(オレ)は、いまだに父や兄の膝に乗せられているのである。

カイトと仲が良かったと推測できる原作のシャルル(オレ)なら、カイトの膝の上に座っていても何らおかしい事はないだろう。

オレの方まで不思議な感覚に陥り、離してくれと暴れる事が躊躇(ためら)われてしまった。

「……あげる」

抵抗する気力を失ったついで、抱きしめていた鞄から小箱を取り出した。

後で渡そうと思っていたが、こうなったら面倒事は一気に終わらせてしまった方が良いだろう。

ごそごそと鞄を漁り、白い箱をカイトの目の前に出す。

ハンスのオーラがただならぬものになっているが、それこそ気にしたら負けだ。

「シャルル…!それはどういう――」

「俺()くれるのか?」

突っかかろうとするハンスを遮って、小箱を受け取ったカイトは嬉しそうに表情を緩ませる。

〝に〟の部分を強調し、チラリとハンスを見やる姿は年相応にも見えた。

しかしだ。

喜びを隠し切れてないその顔に告げるのは(こく)だが、オレは誤解がないよう先に告げておく。

「ハンスとお揃いだから」

言って、素知らぬ顔でハンスにもまったく同じ小箱を差し出す。

手のひらサイズの箱から目を離し、二人は数秒ほど怪訝(けげん)な顔で見つめ合うのだった。

「…………」

「…………」

けれどオレからの贈物を無下(むげ)にする気はないらしい。

カイトは貴族の礼儀に漏れず、その場で箱の中身を取り出した。

「あの日身に着けていたピアスのようだな」

「お守りだから身に付けといて。ハンスもだからな」

「……分かった」

同じく中身を確認したハンスがいそいそとネックレスを身に着ける。

棒状に伸びた黄色い石はすぐにシャツの中へと隠れ見えなくなった。

カイトはお揃いの場所に身に着けるのが嫌なのか、マントの留め具へと(くく)り付ける。

「フィブランの魔石(ませき)で出来てんの。神力(しんりょく)を込めれば風が出るから護身用にでも持っておいて」

二人に渡したのは年度末のパーティーで着けていたイヤーカフだ。

進級祝いにナサニエルがくれたものを、ネックレスとして改造したものである。

突然の贈物に二人は舞い上がっているようだが、ただのプレゼントというわけではない。

これこそがジュリアナへの対抗策なのである。


――(さかのぼ)る事、昨晩。

「手っ取り早い解決法があるじゃないですか」

にこりと微笑み、ナサニエルは箱に閉まっていたイヤーカフを取り出した。

それは進級祝いにと貰ったもので、フィブランの魔石が金の光を放っている。

「この魔石の効果、もちろん覚えてますよね?」

「風を起こすんだろ」

スミレから顔を離したオレは寝転がったままナサニエルへと答えた。

オレの答えに満足したナサニエルは二度ほど頷き、オレの前へと魔石を(かざ)す。

「そうです、風です。吹き飛ばしてしまえば良いんですよ」

「あ!そっか!さっきもそう言ってたもんな」

起き上がり、ベッドの(ふち)へと座る。

フェロモンだろうと匂いだろうと、体に入る前に吹き飛ばしてしまえば悪さはしない。

もどきではあるそうだが、既に魔具として完成されているこのイヤーカフならば、ジュリアナへの対策にはぴったりだろう。

目の前で揺れる魔石を見つめ――けれどオレはすぐには乗り気になれなかった。

「けどさ、これナサニエルがくれたやつじゃん」

このイヤーカフはナサニエルがオレのために手ずから作ってくれたものだ。

ハンスのためとはいえ、手放してしまって良いものかと葛藤(かっとう)する。

その悩みを吹き飛ばすかのように、ナサニエルは笑うのだった。

「シャルル様の好きに使って頂ければそれで。どうせウィルフレッド君に渡したいって言うんでしょうし~?それはそれでウィルフレッド君の嫌がる顔が見れそうなので良いかな~とか?」

「うっ…仰る通りで。というか何でそんなにハンスのこと毛嫌いすんだよ」

「個人としては好きでも嫌いでもないですし興味もないですよ。シャルル様のお友達として信用出来ないっていうだけです」

つーんと顔を背け、ナサニエルはイヤーカフを箱に戻す。

ムカつく態度ではあるが、わざとやっているのが分かるだけに怒るに怒れない。

オレは受け取った箱に視線を落とし小さくお礼を呟いた。

「ありがと」

「いえいえ。シャルル様のお役に立てたならそれ以上の喜びはありません」

何だか湿っぽくなってしまったが、進むと決めたからには止まっている暇はない。

オレは(かつ)を入れるように頷き、ナサニエルへと顔を向ける。

「これってネックレスとか別の形に出来る?」

「それくらいであればすぐにでも」

「じゃあお願い。ハンスと……カイトにもあげるつもりだから」

「……公子(こうし)様もですか。本当にあなたは何でもかんでも拾いますねぇ」

最後の方はよく聞こえなかったが、ナニサエルなら上手くやってくれるだろう。

イヤーカフとフェロモン付きの服を持って出ていったナサニエルを見送り、オレはベッドへと倒れ込んだ。

「これで少しはマシになるかな」

新たに魔具を用意するのは大変だが、手元にあるものを使えばそこまでの手間はかからない。

これを見越していたのではないかというナサニエルのセンスに感謝しつつ、オレは顔のすぐ横にあったスミレの尻を撫で回した。

「スミレはフィブランって知ってる?」

「んなー?」

オレの問いにスミレも子猫たちも首を傾げる。

王都近辺で生まれただろうスミレたちには、ヨナは無縁の存在なのだろう。

気分が乗ったオレは棚から図鑑を取り出し、スミレたちの前へと広げてみせた。

「これがフィブランな」

フィブランは(いや)しき獣ヨナの一種だ。

ナメクジのような姿で広く知られる小型のヨナである。

小型と言っても豚や牛といった家畜ほどの大きさがあるのだが、巨大なものと(うた)われるヨナとしては小さい部類にあたるらしい。

3から5匹程度の群れで行動しているのも、ヨナとしては珍しいフィブランの特徴だ。

「んみー!」

「みゃうん?」

理解できているかはさておき、オレは読み聞かせるように内容を口に出していく。

海を嫌煙するこの世界では知られていないが、図鑑に描かれた絵を見る限り、その姿はウミウシといった方が正しいだろう。

白黒のため分かりにくいが、その体もオレンジをベースに鮮やかな模様が広がっていると記されていた。

「模様のついた5本の突起が冠に見える事からファイブクラウン――縮めてフィブランと呼称されている、だって。そんな王冠みたいか?」

「んななー」

興味深そうに図鑑を見つめるスミレたちの頭を撫で、オレは続きを読んでいった。

フィブランは内臓のほとんどが肺なのだそうだ。

海の中ではその肺活量を生かし、貝よろしく後ろ向きの移動をしているらしい。

地上に出てきた際には突風を巻き起こし、ベテランの冒険者でも近付くのは容易ではないとされている。

群れを成して行動をするのも厄介な点として挙げられていた。

「フィブラン自身は芋虫のような腹脚(ふくきゃく)を持ち、その先についた爪で地面にしがみついているために風で吹き飛ぶ事はない。大地を操る加護(アーク)を持つ者がいれば、フィブランの陣形を崩す事は容易(たやす)いだろう――だってさ」

そんなフィブランから採れる魔石には、風を起こす力がある。

一般的には大型の送風機に用いられ、染色などの工場で重宝しているらしい。

そのうちエアコンなんかも作られていくのだろう。

「み!みみ~!」

「何だよ、他のページもみたいって?」

フィブランの概要を見終わったところで、モモが鼻先をこすり付けてくる。

どうやらヨナに興味が湧いたらしい。

それはクロとサビも同じで、オレは図鑑の始まりから音読を始めていった。

「アンダラネダとは人のような上半身に蛇のような下半身を持つヨナである。その姿からアンダースネーク――変じてアンダラネダと呼ばれるようになった」

お風呂上りで体温が上がっていたのもあるだろう。

オレはスミレたちと本を読むうちに、夕食も食べずにぐっすりと眠ってしまったのだった。


そして現在――。

朝になったら完成していたフィブランのネックレスを持って、オレは学院へと来たのである。

(ネックレスにして正解だったな)

二人に渡すのにイヤーカフやピアスはあんまりだっただろう。

目につく場所に片方だけのものを、それもお揃いとなればきっと身に着けてはくれなかったはずだ。

そもそもカイトは普段からピアスを着けている。

それを外してまでというのは難しかったに違いない。

極論、身に着けてくれさえすればどこだって良いのだと、オレは授業前からやり切った気分になった。

(ナニサエルに感謝しないとな)

何とこのネックレス、持っているだけでも効果があるのである。

身に着けている本人を中心に、空間など数mの範囲の神力に反応して作動するのだそうだ。

つまりハンスやカイトがうっかりジュリアナに遭遇しても、自動的にこの魔具が微量の風を出してフェロモンを蹴散らしてくれるのである。

おかげでオレはジュリアナの本当の加護(アーク)について説明する事なく、ハンスとついでにカイトの身を守る事が出来るわけだ。

(知ってるは知ってるで面倒になりそうだし、王女が嘘ついてるなんて言っても信じて貰えなさそうだもんな)

一晩でここまでの改造をしてしまうナサニエルをおかしいと言うべきか、凄いと言うべきか。

兎にも角にも、このネックレスさえあればジュリアナの花粉攻撃を防げるに違いはなかった。

「お守りだからな!忘れず身に付けろよ!」

念を押し、カイトの腕が緩んだ隙に自分の席へと腰を落ち着ける。

温かな体に包まれていたせいで少しばかり寒いが、抱きしめられ続けるよりはずっとマシだろう。

オレは鼻息も荒く、授業の準備を始めるのだった。

「…………」

「…………」

ハンスとカイトはなおも睨み合い、やがて観念したように机へと向かう。

かと思いきや、カイトはすぐにオレへと詰め寄ってきた。

真っ赤な髪を掬い上げ、どこか悪ぶった笑顔を浮かべている。

「そこまで念を押すという事は毎日確認してくれるのか?」

「ばっ…!?何でそうなんだよ…!?」

「そうか。なら着け忘れてしまうかもしれないな」

「それなら俺も置いて来てしまいそうだ。シャルルが確認してくれないと気付かないかもしれない」

「お前ら……!!!!」

こういう時だけ話を合わせるなと、オレは体をわなわなと震わせる。

しかし背に腹は代えられない。

「………分かったよ!確認すりゃ良いんだろ!確認すればさぁ!!」

根負けしたオレが叫ぶように了承する。

ジュリアナの件が解決するまでの辛抱だと、致し方なく二人の要望を受け入れるのだった。

そんなオレたちを見つめるのは中央の席に座ったサマルだ。

汚らわしいものを見るように目を細め、ジュリアナの登場を待ち侘びている。

「おはよう、サマル」

「おはようございます王女様。さあ、どうぞこちらへ」

「ありがとう。カイト様たちは今日も賑やかなのね」

ジュリアナの朝は基本的にゆっくりだ。

始業ギリギリに教室を訪れ、サマルが温めていた席へと座るのである。

微笑むだけで注目を集めるジュリアナを見つめ、オレは広げた教本へと視線を落とした。

(……何もないのが一番なんだけどな)

昨晩はあんなに息巻いていたというのに、いざジュリアナと対面するとこれである。

言い知れぬ不安が押し寄せ、ハンスとカイトに囲まれているにも関わらず嫌な予感に潰されそうだった。

「大丈夫だ。俺が傍にいる」

表情を(かげ)らせるオレの手をハンスが掴む。

カイトのせいで随分と積極的になってしまったハンスが、オレを見つめ小さく頷いた。

「……あんがと」

にへらっと笑いオレは始業の鐘が鳴るのを待つ。

懸念(けねん)が消え去ったわけでないが、ハンスのおかげで気持ちはずっと楽になったのだった。

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