77.子猫伯爵と春告げる鳥
「好きな子が出来たら大事にしてやんなさい」
「またそれかよ。んなこと言われなくたって分かってるっつーの」
「生半可な気持ちで好きになったり、付き合ったりなんて考えちゃ駄目だからね。母さん、あんたにまで刺されるような男にはなって欲しくないのよ」
物騒な事を織り交ぜ、テレビを見ていた母が不愛想に呟いた。
オレたちを捨てた父の事を根に持っているのは分かるが、それではまるで顔も名も知らぬ父が刺されたかのようだ。
本当に刺されている可能性もなきにしもあらず。
オレは曖昧に笑って流しておく。
「良い子がいたらちゃんと紹介するのよ?」
テレビに目を向けたまま母が言う。
しかし母には悪いがそう簡単に紹介出来そうな相手はいない。
モテない事を正当化しているわけではなく、何度となく言われたこの言葉のせいで、恋人を作る事に抵抗があったからだ。
そこにスマホの着信音が鳴り響いた。
オレに電話をかけてくるのはあの人くらいのものだろう。
「――もしもし?」
「仕事が終わった。今から向かうが大丈夫だろうか?」
「了解です。じゃ、いつものとこで待ってますね」
用件だけを話し電話を切る。
「彼女?」
「違ーよ。友達っても年上だけど」
電話の相手は日頃お世話になっている先生だ。
メールやチャットの類が苦手なのか先生とのやり取りはいつでも電話だった。
「そういう事だからいってきまーす」
「そう。気を付けて」
気のない返事に見送られ、オレは先生との待ち合わせ場所へと急ぐ。
今日は新しく出来た猫カフェに行く約束をしているのだ。
オレははやる気持ちを抑え、駅近くの本屋へと入っていった。
『ラブデス』を刊行するSN文庫のキャンペーンがない事を確認し、話題の漫画が平積みにされる新作ブースを適当に眺めていく。
「遅くなってすまない」
ぬっとオレの横に現れたのは先生だ。
私服のセンスがあまりない先生と合流し、オレたちは男二人、意気揚々と猫カフェを目指すのだった。
・
・
・
「んあ………」
目が覚めたオレはキョロキョロと辺りを見渡した。
新しく出来た猫カフェに来たと思ったが、どうやら夢だったらしい。
(夢っつーか…昔の記憶か……)
オレの両脇にはスミレたちがぴったりとくっついている。
腹の上にはモモが乗り、彼女たちの柔らかさと重たさに猫カフェの夢を見たのだろう。
(美人だったな)
夢の中のオレはアメリカンショートヘアの美猫を吸っていた。
銀に輝く美しい毛並みからはちょっと香ばしくて芳しい匂いがしていた気がする。
オレの前に座るのはたしか――先生だ。
腕が良いと評判の獣医で、猫仲間の彼の事をいつも先生と呼んでいた。
母や妹と同じで顔はよく思い出せないが、背が高く逞しい人だった覚えがある。
(ひ…ひわ……何だっけ。名前似てるって話になった事あったよな)
先生の名前が分かればオレの名前も思い出せそうなものだが、やはり記憶は繋がらない。
オレは腹の上に乗ったモモを抱き寄せ、思い切りその匂いを吸った。
毎日手入れされている体は何ともフローラルで良い香りだ。
肉球の感触を楽しみながら、モモの全てを堪能する。
そんなスミレたちとの戯れを続けてもう2週間が過ぎようとしていた。
(……学院行きたくねぇ)
年度末のパーティーを終えてからのオレはまさに自堕落だ。
まだ1週間の休みがあるが、休みに入ってからのほとんどを家の中で過ごし今日に至っているのである。
泣いたところで解決するものはなく、だからといって外に出る活力もないオレはスミレたちだけを拠り所に食っちゃ寝生活に興じていた。
それが許される立場にも、許してくれる家族にも感謝しかないが、はたしてこれで良いのだろうか。
オレはベッド脇に置かれたサイドテーブルに目をやった。
そこには漆黒の封筒が乱雑に置かれている。
覚悟しろ――その言葉の通り、カイトからは何通もの招待状が届いていた。
しかしその全てを気分が優れないの一言で欠席したのである。
いっそ見放してくれれば良いのに、事もあろうにカイトはオレの家まで見舞いに来る始末だった。
ハンスに対抗しているのか、真紅の薔薇の花束を持ってくるのだから呆れたものだ。
具合が悪いと顔を出しはしなかったのだが、宣言通りの変わりように恐怖すら感じる程である。
こんな境遇じゃなければ、カイトの好意を喜べたのかもしれない。
けれどその全てが女神やシステム、物語の強制力なんてものによって仕組まれたものだと思うと、素直に受け止める事は出来なかった。
だがカイトも転んでもただでは起きない男だ。
最初からオレが会いたがらない事を念頭に置いていたのか、花束と共に手紙を残していく周到ぶりだ。
その手紙だけは渋々受け取り、今はテーブルの上に放り捨ててある。
(………読むか)
部屋に持ってくるだけ持ってきて放置していた手紙に手を伸ばす。
決意を固めて漆黒の封を切り、その中身へと目を通した。
――愛するシャルル
先日は突然の事で驚かせてしまって悪かった。
だがお前に対する想いに嘘偽りがない事だけは知って欲しい。
その証拠にアダマントローズを贈らせてくれ。
少しでも俺の謝罪と恋慕が伝わればと思う。
お前には赤色が一番よく似合う――
一息に読み切り、メッセージの書かれたカードを封へと戻す。
顔に似合わない甘い言葉の羅列に目覚めた傍から胸やけがしそうだった。
しかもアダマントローズだ。
(こわ……)
見た目にはよくある赤い薔薇だが、その価値はハンスがくれたブルーローズを遥かに凌ぐ一品だ。
王室庭園でのみ栽培される王族御用達の品種で、その名を知らぬ貴族はいないだろう。
侯爵家の輿入れでかろうじて用意できるか出来ないかといった次元の希少性であり、普通に生きていてアダマントローズを手にする機会は一生ないと言われる程だ。
それを糸も簡単に花束で送り付けてくるのだから公爵家の恐ろしさがよく分かる。
(そこまでしちゃう……?)
本気を出すところが違うと委縮半分、オレはげんなりとする。
ちなみに最後の一文はハンスへの当てつけだ。
オレに青い花束を贈るなんてセンスがないとでも言いたいのだろう。
余計なお世話だと思いつつ、部屋に飾られた薔薇へと視線を向ける。
人間、あまりに不相応なものを与えられると困惑するものだ。
嬉しいもありがたいも通り越し、オレは恐怖と不安を宿した眼差しを向ける事しか出来なかった。
だからといって無視をするわけにもいくまい。
貴族社会の面倒臭さに心を折られつつ、しかたなしに手紙を認める。
手短に礼を述べ、謝罪は受けるが交際は受けないとハッキリ書いておいた。
ついでにあんな高価なものはいらないですと添えて完成だ。
オレの気持ちが伝わる気はしないが、何もしないよりはマシだろう。
着拒できるものなら着拒したいが、この世界にそんな概念はない。
オレは進まない気持ちのまま呼び鈴を鳴らした。
程なくして手紙を持ったナサニエルがやってくる。
「シャルル様、お手紙ですよ」
「ん。あんがと。あとこれ――デルホーク様にお願い」
「あー…流石に返事しないとまずいですよねぇ。いつの間にお知り合いに?」
「………一応学友だから」
オレが顔を曇らせると、ナサニエルも存在感を放つ赤薔薇に目をやり困ったように眉を顰めた。
昨日カイトがミオン邸を訪れた時には、兄スコールも執事クリスティアンも酷く狼狽えたものだ。
カイトが帰った後も質問責めにされ、父からもえらく心配されてしまった。
しかも今知ったとはいえアダマントローズだ。
どんなものよりも熱烈な贈り物を引っ提げてきたとなれば、あらぬ関係性を疑われるのも止む無しといったところだろう。
「俺はシャルル様が決めた事なら口出しはしませんよ」
「変な方向に話もってくのやめろよ」
「でもアダマントローズですよね、これ。そうじゃなくても赤薔薇の花束は愛の印じゃないですか」
見ただけで分かるナサニエルの審美眼を褒めるべきなのか。
オレはぶんぶんと左右に首を振って否定する。
「うちの髪色に合わせただけだろ」
「そうですかねぇ。まあ、俺はシャルル様に従うまでですよ」
ナサニエルがゆるく笑ってオレの寝ぐせを撫でつける。
愛の印というように、この世界においても赤い薔薇にはそういった意味合いが込められる事があった。
特に『大地の国アズロ』では別格の扱いだ。
初代国王ともなった強き翼持つ獣の象徴が赤色で、家名にせよ何にせよ赤が特別視されているのである。
プロポーズや結婚式でも男性から女性に真紅の花束を贈るのが通例だ。
だからといって、カイトからの花束がそういう意味だと家族に伝える事はしたくない。
想いに応えられない以上、大事にだけはしたくなかった。
(それに言ったところで心配されるだけだしな……)
ナサニエルはへらへらと流してくれるが、公に同性との婚姻が認められているわけではない。
ただし流石は貴族社会というべきか。
同性との恋愛関係や肉体関係自体は暗黙の了解という形で容認されていた。
世間体には愛人や情夫といった扱いしか受けられないだろうが、同性の側室や妾を持つ者もけして少なくはないのである。
要するにオレにアピールをしたところで、カイトには失う名声がないという事だ。
痛くも痒くもない相手にオレを諦めさせる方法など思い浮かぶはずもなく、オレはぐったりと脱力した。
「お手紙はしっかり届けておきますよ。それと――」
絶不調なオレの前でナサニエルが持っていた手紙を扇のように広げてみせる。
大量の封筒の中から数枚を抜き出し、ベッドの上へと置いていった。
「ベレジュナーヤ嬢からです。こちらはアーチボルト卿、こっちはウィルフレッド君からです」
「残りは?」
「招待状と釣書です。パーティーに参加されるのであれば良さそうなものを見繕いますが……」
「大丈夫。そっち片付けて良いよ」
目の前に置かれたアンナたちからの手紙だけを受け取り、他のものは下げてもらう。
オレを聖人と崇める連中からの誘いも多く、ナサニエルの手に握られた封はそれなりの数だ。
お茶会に夜会に誕生日会に懇親会にと種類は様々だが、そのどれにも行くつもりはない。
嫌な事を思い出してしまうのもあって、当分パーティーには参加する気はなかった。
そんなオレの心情を察してくれているのか、ナサニエルも口煩く外出を進めてくる事はしない。
そのナサニエルが、忘れていたと開封済みの手紙を差し出してきた。
「――ピエール・マクスウェル様からです。念のため確認しましたが差し障りない謝罪文でした。ご確認されるのであればどうぞ」
「……あんがと」
嵐のように去っていったカレン夫人の息子ピエール。
血筋だけで言えばオレには無縁の相手だし、あの騒動の中でも特に会話する事はなかったが、近況が気になる一人であるのは確かだ。
オレは手紙を受け取り、呼ぶまで来なくて良いとナサニエルを追い払う。
そうしてから4つの封筒と睨み合った。
うんうんと唸り、まずは一番無難そうなピエールの手紙に手を付ける。
――敬愛なるミオン様
あの節は母が大変ご迷惑をお掛け致しました。
私は何も知らぬ身でしたが、母がした事が許されない事である事は理解しております。
遅ればせながら、改めて母に代わり深く謝罪致します。
マクスウェルの皆様に家庭教師をつけて頂き、ようやく自分の言葉でお詫びするに至りました。
今はまだミオン様の下にお伺い出来る身ではありませんが、いつか直接謝罪の座を設けたく存じます。
どうぞ、寛大な御心で見守って頂ければ幸いです――
家族全員に宛てた手紙なのだろう。
真面目な人なんだろうなと、サルバトール・マルキーノ子爵に似た少年を思い出す。
オレより少し年上の彼は、少し浅黒い肌に砂色の髪の見るからに優男といった父親そっくりの風貌をしていた。
マクスウェル家との仲は良いようだし、いつか会う事になるのだろうか。
ぼんやりそんな事を思いながら、成り行きが気になっていたアンナの手紙へと手を伸ばした。
大きく膨らんだ封筒には、アンナだけでなくレフ、ロナルド、ジョンからの手紙も入っている。
――親愛なるシャルル様
いかがお過ごしかしら?
早速本題に入るけれど、あの後ユージーンに気持ちを伝える事が出来たわ。
結果はシャルルの期待したものではないとだけ言っておくわね。
だからといってあなたが責任を感じる事も、悲しむ必要はないのよ?
本当の事を言うと、私は最初からこの結果を望んでいたの。
詳しい事は会ってから話すけど、私もテウルゲネフも元気に過ごしているとだけ言っておくわ。
あなたのおかげで勇気を持つ事が出来たわ、ありがとう――
アンナからの手紙を読み終え、オレは良くも悪くもほっとした気持ちになった。
想いは実らなかったようだが、文面からは清々しいものが感じられ、アンナにとって悔いの残る結果にならなかった事だけは伝わってくる。
次いでレフからの手紙に目を通すが、アンナと似たような事が綴られていた。
「もしかして……?」
二人揃って話があると言う事はもしかしてだ。
少し気掛かりだったレフの件もあり、オレは良い報告が聞けそうだと表情を綻ばせる。
ロナルドとジョンも変わりなく過ごしているらしい。
ロナルドに至ってはミラ・クロッシュとの交際が始まったようで、この休暇中にもミラの家に遊びに行った旨が記されていた。
「まじか…!めちゃくちゃ青春してんじゃん!」
他に娯楽がない事も手伝って、恋愛話はオレの大好物だ。
自分のドロドロした恋愛模様を隅に蹴り飛ばし、青春真っただ中の皆の様子を楽しんだ。
うきうきとした気分のままユージーンからの手紙にも手をつける。
――僕の友人シャルルへ
僕たちの仲という事で挨拶は省略するよ。
最後元気がなさそうだったけど、少しは調子が戻ったかな?
もしまだ悩んでいるのなら遠慮なく伝えて欲しい。
いつも無茶をしてしまう君だから、人のためにばかり頑張る君だから、少しくらい頼って欲しい。
なんて、僕が言っても困るかな?――
近況を伝えるアンナたちとは一転、オレを気に掛けるユージーンの手紙に心が痛む。
「ほんと、よく見てるよなぁ」
上手くやり切ったつもりで、ユージーンにはバレバレだったようだ。
いつまでも心配をかけさせるわけにはいかないと思うのに、心はなかなかついて来てくれない。
やるせなく苦笑を溢し、読み終えた手紙の上にユージーンからの手紙も乗せた。
その手をスミレがぺろぺろと舐めてくれる。
ざらついた舌の感触がこそばゆく、慰めようとしてくれるスミレの頭を撫でた。
「………あんがとな、スミレ」
時間が経った事で少しは落ち着いたが、まだ気持ちに整理をつける事は出来ていない。
逃げる事ばかり考えてしまうオレが顔を出し、部屋の中で腐ってばかりだった。
いつまでもこうしていられない事は分かっている。
休暇も残り1週間で、授業が再開すれば学院に行かないわけにもいかない。
父は辞めても良いと言ってくれていたが、悪役令息としての道をなぞらないためにも退学だけはしたくなかった。
それだけがオレに出来るささやかな抵抗なのだと、憂鬱になってしまった心で最後に残していたハンスからの手紙に手を伸ばす。
茶色の封を切り、飾り気のない便箋に目を通した。
――シャルルへ
まずは謝らせて欲しい。
自分のしてしまった事をずっと悔いている、本当にすまなかった。
あの日の事がお前を苦しめているのなら、何もなかった事にしよう。
お前を傷つけるくらいなら俺はそれで良い。
だからどうかお前の傍にいさせてくれ――
覚悟はしていたが――重い。
常々思ってはいたのだが、やはり重い。
原作とは違いハンスの心は折れていないはずだが、オレが嫌いなんて言った日には身投げしてしまいそうな勢いだった。
(やっぱ距離置くのは無理だよな)
この状態でハンスを切り捨てれば、それこそオレは悪人だ。
待っているのも、裏切られたと憤るハンスに殴られるか、深く傷ついたハンスがジュリアナの手に落ちるかの二択だけだろう。
(どっちも嫌に決まってんだろ)
ハンスに殴られたらそれこそ強制退場だ。
心身共にトラウマを負って一生泣いて怯えて引き籠る人生は送りたくない。
かといってジュリアナに弄ばれ落ちぶれていくハンスを見るのもオレには耐えられないだろう。
けれど――今のオレにハンスと向き合う事が出来るのだろうか。
ハンスらしい真四角にはまった文字をなぞる。
(なかった事に……か)
先に何もなかった事にしようとしたのはオレだ。
ハンスの言葉に甘え、何もなかった事にしてしまうのは簡単だ。
それなのに、いざハンスから言われると胸が苦しかった。
ぐちゃぐちゃになる感情を繋ぎ止めるように、スミレたちをぎゅっと抱きしめる。
そのまま返事を書く事もなくぼーっと過ごすオレの下にクリスティアンがやって来た。
何事かと顔を仰ぐと、その顔はこの上なく晴れやかで喜びが溢れ出している。
「どうしたんだよ?」
「朗報でございます!さあ、早くこちらへ!」
浮足立ったクリスティアンに急かされ、オレはまだ眠そうなスミレたちを置いて談話室へと向かう。
そこには1カ月ぶりのミレーヌの姿があった。
今では姉の世話がもっぱらでオレが面倒を見てもらう事は少ないのだが、それでも母代わりだった彼女が屋敷に居ると居ないとでは大きく違う。
オレは自分が大きくなった事も忘れミレーヌに飛びついた。
「ミレーヌ!」
「お久しぶりです、シャルル様」
飛びつこうとして、ハッとする。
椅子に座ったままのミレーヌの腹は僅かにだが膨らんでいた。
「え…?まさか……?」
「ふふ、そうなんです。子供が出来たんですよ」
にこにこと花を飛ばして微笑むミレーヌに、オレはあんぐりと口を開けて間抜け面を晒した。
談話室にいた家族とエインワーズ一家の顔を眺め、最後にナサニエルを見上げる。
そうしてから震える指でミレーヌの腹を指し示した。
「ナサニエルの弟か妹……?」
「そうなりますね」
「だ、大丈夫なのか……???」
ミレーヌもけして若いわけではない。
そしてナサニエルも18歳という、この世界では立派な成人だ。
いきなり家族が増えるなんて言われても困るのではないだろうか。
しかし口をパクパクとさせるオレの頭を撫で、ナサニエルは微笑んだ。
「俺が唆したような部分もありますからね。シャルル様だって弟分か妹分が出来たら嬉しいでしょ?」
「ん、それはそうだけどさ……」
前世では兄だった事もあり、血が繋がっていなくても下の子が増えるのは嬉しいものだ。
オレはドキドキした気持ちでミレーヌの腹を撫でた。
そっと触れてみるが、まだ小さ過ぎるのか胎動は感じられない。
「シャルル様。この子に祝福を与えては頂けませんか?」
「オレ?オレで良いの…?」
「はい。ぜひシャルル様にお願いしたいんです」
祝福を与える――つまりオレに名づけの親になって欲しいという事だ。
前世ほど医療の発達していないこの世界では、生まれてくる子供が男の子か女の子すら分からないが、オレは思わず胸を高鳴らせた。
優しく腹を撫で、何度も頷いてみせる。
「素敵な名前をお願いしますね」
「ん、頑張って考えてみる!」
センスがないのは重々承知だが、オレは気合を入れて眉を吊り上げた。
この1カ月、ミレーヌが体調を崩していたのも妊娠が理由だったのだろう。
また当分会えなそうだが、朗らかに笑う皆を見ていたら彼女に会えない寂しさはどこかへ消えていった。
「元気に生まれて来るんだぞ…!」
希望に満ちた報せに悩みも吹き飛んでいく。
完全に吹っ切れたわけではないものの、直に生まれてくるこの子のためにも精一杯生きたいと思った。
これが『ラブデス』に起きた出来事かどうかなんて事は関係がない。
運命というものに打ちひしがれる事はあるかもしれないが、オレはオレの出来る事をするだけだ。
(ほんと、何思い上がってたんだろうな)
オレはただのシャルル・ミオンだ。
悪役だとか端役だとか、そんな事を考えているのはオレだけで、皆にとってもオレはただのシャルルなのだ。
ならばオレはオレの思うままに進んでいくだけだ。
未来も運命もそんなものはオレの知った事ではない。
(そうだよ、好き勝手に生きるって決めただろ)
きっとなかった事には出来ない。
ハンスとの事も、カイトとの事も忘れるなんて出来そうにない。
だからこそ、ちゃんと向き合うべきなのだともう一度気合を入れる。
まだ答えは出ていないけれど、今思っている心を大切にしようと、オレはようやく前を向けたのだった。




