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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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75.子猫伯爵と鷹の目

ハンスから逃げ出したオレは一目散に会場を目指す。

ドクドクと脈打つ心臓はありえないくらい騒がしく、口から飛び出してしまいそうだ。

忘れてしまいたいのに、忘れなければいけないのに、ハンスの顔が頭からまるで離れない。

優しさの意味に気づいてしまいたくなかったと、(うな)る様に荒い息を吐き出した。

ハッと息を吐いたのも束の間、履き慣れない下ろし立てのブーツが足をさらう。

「あっ!!」

二本の足がもつれ絡まったオレは、磨かれた床にぶつかるのを覚悟した。

ここにオレを支えてくれる人はいない。

オレの名前を呼んで腕を掴んでくれる人は、オレ自らが置いて来てしまったのだ。

思わず目を閉じた瞬間、固いようで柔らかい感触に抱きとめられる。

そこに床のような冷たさは存在しない。

「――大丈夫か?」

恐る恐る目を開けると深緑(しんりょく)の瞳が見えた。

オレがぶつかった――否、オレを助けてくれたのは他でもないカイトだった。

会場近くまで戻って来ているとはいえ、控室として指定されているサロンまではまだ距離がある。

何故ここにカイトがいるのかは分からないが、助けられた事だけはたしかだ。

オレは目を(しばた)かせながらも礼を述べる。

「あ、ありがとう、ございます」

「怪我をしてないなら良い。ひどく急いでいるようだったが、何かあったのか?」

「………いえ、何も」

喜ぶべきなのか、オレに対するカイトの態度は変わっていない。

オレを(さげす)む事もなければ、こうして手を差し伸ばし、普通に話しかけてくれさえする。

とはいえハンスとの間にあった事を言えるわけもなく、オレは曖昧(あいまい)に言葉を濁した。

(あんなん言えるわけないだろ)

相手がユージーンやアンナだったとしても無理な話だ。

家族にだって伝えるのを躊躇う内容を、知り合い以上友達未満なカイトに伝えるなんて天地がひっくり返ってもないだろう。

そこでカイトの胸を飛び込んだままになっている事を思い出す。

「あ、すみません!すぐどきます…!」

いつまでもカイトにくっついているわけにもいかないと一歩二歩と後ずさる。

ぶつけてしまった鼻をさすり、今日も変わらず黒衣に身を包んだカイトへと視線を向けた。

黄金の刺繍(ししゅう)や飾りボタンが大量に施された衣服からは豪華ながらも品の良さが伺え、レーデンベルグ王子やレイア公女と並び立つにふさわしい出で立ちだ。

ただ(ぜい)を尽くせば良いと思っているサマルとは違いスマートな着こなしである。

カイトをイメージしているという、今期流行のグリーンやブラウンとの相性もバッチリだろう。

そんなカイトの体は逞しく、オレがぶつかっても微動だに一つしなかった。

(柔らかかった……)

非常にどうでも良い事だとも、今考えるべき事でもないと分かってはいる。

分かってはいるのだが、カイトの胸はオレが思ってる数段柔らかく弾力があった。

固く引き締まったハンスの体に慣れているせいで、未知の感触にオレは思わず口をぽかんと開けてしまう。

胸が柔らかいのは女性の特権というわけではないらしい。

いらんしい気づきに間抜け(づら)(さら)すオレの手をとってカイトは歩き出す。

「え、あの――」

「少し付き合え。丁度話し相手が欲しいと思っていたところだ」

力で適うわけもなく、半ば引きずられる形でカイトの後をついて行く。

目指す場所は生徒に用意された控室ではないようだ。

回れ右はせずに、オレが来た道とは違う通路へと進んでいった。

「こっちって……」

「殿下もレイア――レディ・ゴールドも会場の中だ。お前が入っても問題はない」

廊下の奥にあるのは、以前にも一度カイトに招待された公爵家御用達(ごようたし)のサロンだ。

(そういや集合の時にいなかったもんな)

パーティーが始まる前、控室に詰め込まれた生徒の中にカイトの姿はなかった。

恐らくレーデンベルグ王子とレイア公女と共に、この別室で待機していたのだろう。

再び金銭に糸目をつけない部屋へと案内されたオレは、居心地の悪さに視線を泳がせる。

一人になりたくないと思ってはいたが、カイトと二人きりというのもそれはそれで気まずいものだ。

「楽にして構わない」

「……どうも」

楽にしろと言われても正直言って困る。

顔を合わせば挨拶をする仲と、腹を割って話し合う関係はまったくの別物だ。

ハンス以上に掴めないカイトとの距離感に、オレは思わず立ち尽くしてしまう。

ソファに腰かけようにも、勧めなしに座るのは気が引けるものだ。

一向に姿勢を崩さないオレを見つめ、カイトが口を開いた。

「あの花――ウィルフレッドに貰ったそうだな」

「ブルーローズの事ならそうです。でも誕生日だからですよ?」

ハンスの事を頭から追い出したいのに、これでは堂々巡りだ。

カイトと会ってまでハンスの話になるとは思わず、オレはぶっきら棒に相槌を打った。

その答えに満足するものがあったのか、カイトはゆっくりとオレに近づいてくる。

「なら俺が花を贈っても何の問題もないな」

有無を言わさぬ声が部屋の中に響き渡った。

オレとカイトの間にあるのはたった数歩分の距離だけだ。

その数歩を詰め、逞しい胸に刺さっていた花へと手を伸ばす。

漆黒の衣服を身に纏ったカイトの胸を飾るのは、一本の中に白にピンクに赤にと色とりどりの花びらをつけるヴェルヴェーヌだった。

鮮やかに咲いたその一輪がオレの胸ポケットへと差し込まれる。

「ありがとう、ございます…?」

「くっ、くく…、お前はいつもそうだな」

きょとんとするオレの前でカイトが肩を揺らして笑い声をあげた。

いつも役者ぶっているイメージがあるせいで、隙を見せる姿に余計に戸惑ってしまう。

何故カイトにまで花を贈られるかは謎だが、おかげでオレはだいぶ落ち着きを取り戻しつつあった。

「少しは機嫌が直ったか?」

「え?機嫌、ですか?」

「何を思い詰めてるかは知らないが酷い顔だった。あのまま会場に戻っても良い事はない」

花を差し込んだ手で赤い髪をさらう。

一瞬身構えたくなってしまうのは、やはりハンスとの事があったからだろうか。

「デルホーク様は――」

「カイトで良い。お前だって本当は呼び辛いんだろう?」

「う、それはまあ……」

真面目ぶってデルホークと呼んではいるが、オレの中でこの男はタコ野郎でありカイトだ。

だが長らくデルホークと呼んできただけに、今更カイトと口にするのは少し気恥ずかしいものがあった。

それでも提案された以上乗らないわけにもいかない。

オレは危うく敬称を付け忘れそうになりながらも目の前の男の名前を口にする。

「カイト…様はオレに何を求めてるんですか?」

「……何も。強いて言えば警戒を解いて欲しいくらいか」

こう言っては難だが、オレたちは名前で呼び合うような仲ではない。

オレから見ると濃いくらいの顔立ちをじっと見上げると、カイトはわざとらしく首を傾げる。

「俺の方が聞きたいくらいでな。何故お前はそこまで俺を恐れるんだ?」

「…………そんなことないですよ」

「だったら目を逸らすな」

力強い言葉に本当に僅かにだが肩が跳ねる。

反射的に見上げたカイトの目はただじっとオレを捉えているようだった。

「派閥や爵位を思えば距離を置くのも分かるが、どうにもそれだけではなさそうだ。バロッドの件を引きずっているのか、単に顔が怖いのか――考えても答えは見つかっていない」

思い詰めたようにカイトが呟く。

オレが思っているよりもずっと、カイトはオレに距離を置かれている事を気にしていたらしい。

罪悪感が芽生え始め、逸らすなと言われた傍から視線を泳がせてしまう。

(でも言えるわけないだろ)

前世のせいだとも、ましてその中で読んだ小説のせいだなどと誰が言えようか。

ふざけていると思われるだけならまだしも、下手をすれば頭がおかしいと思われかねない内容だ。

何も言えないオレにカイトが小さく笑みを(こぼ)す。

「一つ、昔話をしよう。デルホークの一人息子として生まれた俺は、物心が着く前から当主となるべく厳しい教育を受けてきた。まあ、これ自体は何の変哲もないよくある話だ」

オレに座るよう促し、カイトは一人掛けの椅子に腰かけた。

それに(なら)い、オレはすぐ背後にあった三人は腰かけられそうなソファに尻をつける。

オレがちょこんと小さく座るのを見て、カイトは続けた。

「今でこそデルホークに恥じぬ振る舞いが出来るようになったが、小さい頃は融通が利かなくてな。何故そうまでして勉学に励まないといけないのか、何故こんなにも厳しく指導されなければいけないのかと毎日を憂鬱(ゆううつ)に過ごしていた。あの頃は家の者に怒られるのも日常茶飯事だった」

「カイト様にもそういう時代があったんですね」

小さい頃から出来の良さそうなイメージがあっただけに意外だ。

悪役令息を名乗れる意地の悪さはあるのだろうが、カイトは所構わず悪さをするタイプではない。

想像のつかないやんちゃな子供時代に、つい口元が緩んでしまう。

「あれは10歳になる手前だったな。ある日、俺は家庭教師や使用人の目を盗んで屋敷を抜け出したんだ。最初は興奮したが、すぐに自分の不甲斐なさを思い知った。一人で外に出た事はないし、世界地図は頭に入っていても自分の領地を歩く事はままならなかったんだ。そのくせ怒られるのが嫌でどんどん知らない方へと歩いていったんだから救いようがない」

「オレにもそういう覚えがあります。子供なんてそんなものですよ」

迷子とは無縁そうに見えるのに、小さい頃はそうでもなかったらしい。

思えばカイトと他愛もない話に興じるのはこれが初めてだ。

だが落ち着いた声音がそうさせるのか、不思議と重い空気は感じなかった。

「教育の賜物(たまもの)か、弱音を吐く事と泣く事だけはしなかった。誰も見てやしないのに気丈に振る舞って、だが本当は心細くて誰かに(すが)りつきたかった。そんな時、ある少年と出会ったんだ。その少年は俺に色々な話を聞かせてくれた。家族と行った観劇の事、読んだ絵本の事、庭に住み着いた動物のこと。彼の話はどれも奇想天外で、俺は何でも知った気になって一つの側面して見えていない事に気づかされたんだ」

カイトが楽しげに語る。

その表情は作られたものではない優しさに満ちていた。

「何より彼は俺をただのカイトで良いと言ってくれた。俺がデルホークじゃなくなったとしても、俺は俺なんだと教えてくれた。それから俺はデルホークではなく俺自身のためにあらゆる物を学んでいこうと思えるようになったんだ」

穏やかな声で語るカイトを見るに、その少年はカイトにとって大きな意味を持つ存在だったのだろう。

(分かってるつもりなのに、ほんと駄目だなオレ)

ぎゅっと膝に乗ったジャケットの(すそ)を握りしめた。

何度も今生きているここが小説や夢ではなく現実だと思い知らされているはずなのに、オレはまた同じ過ちを繰り返してしまったのだと反省する。

オレが『ラブデス』やハンスの事ばかり気にして目を背けていただけで、カイトにだって物語という言葉に収まらない人生があるのだ。

本当に起こるかも分からない未来に囚われ、オレはカイトと向き合おうとしなかった。

その事が急に恥ずかしくなってくる。

視線を落とすオレに気が付いたのか、カイトは少しだけ話の切り口を変えた。

「ヴェルヴェーヌはその少年がくれた花だ。綺麗だったからとくれたものでな。帰ってから何という花なのか血眼(ちまなこ)になって調べたものだ。思えばあれも俺の知らない事だったな」

深緑の瞳は懐かしむようにオレの胸に収まったヴェルヴェーヌを見つめていた。

「本当に不思議な子供だった。俺が帰り道が分からないと言ったら何て言ったと思う?」

「え…?さあ?」

「猫に聞けば分かる――そう言って近くを通りかかった猫に案内をさせたんだ。俺は目も耳も疑ったが、猫は本当に俺の屋敷までの道を教えてくれた。今思えば、あの少年は猫だったのかもしれないな」

「そんな不思議な事があるんですね」

当たり障りなく返しておいたが、そこまで不思議な話ではない。

スミレを見てもらえば分かる通り、猫は気まぐれなだけで頭の良い生き物なのだ。

だがそこでオレは頭を捻る。

どうしてか胸の中には変につっかえるものがあった。

罪悪感とも違う感覚に目を(またた)かせるオレを、カイトはただじっと見つめている。

そうして数拍(すうはく)の後、カイトは口を開いた。

「あの日の事はよく覚えている。赤く柔らかな髪の毛が印象的な子供だった。大きな目は吊り上がっていて金色に輝いていたな。俺と同じ年齢とは思えない幼く小さな体で――そう、丁度今目の前に見える姿そのものだったな」

深緑の瞳がオレを捉えている。

途中から嫌な予感がしていたが、オレは笑いながらも顔を凍りつかせた。

「は、はは、あれ……?」

「ここまで言ってまだ思い出せないか?」

カイトの目は完全に獲物を捕らえるそれだった。

しかしオレの記憶はあやふやだ。

言われてみればそんな覚えもある気がするのだが、いまいちピンとこない。

「う…、すみません。オレ、記憶が曖昧で……」

実を言うと、オレはオレとしての記憶どころかシャルルとしての記憶すら曖昧な部分がある。

理由は単純に頭を強打した事によるものだ。

オレが前世の記憶を取り戻したきっかけでもあるのだが、滑って転んだオレは固い地面へと後頭部を打ち付けたのである。

ミオン家を揺るがす大事件だった事は言わずもがな。

意識を失った当時のオレはそのまま数日寝込んだのだった。

目が覚めた時には前世の記憶が頭の中にあり、オレは混乱とも興奮ともつかぬ日々を過ごした。

その中でオレは自分の記憶がぐちゃぐちゃになっている事に気が付いた。

医者曰く、記憶障害が起きているらしい。

それが頭を打った事によるものか、前世を思い出した事によるものかは不明だが、オレの記憶があらゆる意味でとっ散らかっているのは確かだった。

乾いた笑いを(こぼ)すオレを見て、カイトは呆れたように吐息を吐き出した。

「…………分かってはいた」

その声は穏やかでありながら悲しそうだ。

「お前が頭を怪我し寝込んだ事は当時話題になったからな。療養が終わった後もお前はどこにも姿を現さないから、みな噂したものだ。人が変わったはまだ可愛い方で、気が触れてしまったというものや、酷いものだと死んでしまったというものもあったな」

「言いたい放題ですね……」

人が変わったは半分くらい否定出来ないが、他二つは論外だ。

オレが逃げに徹した2年の間にそんな根も葉もない噂が流れていたなんて初耳である。

父たちは知っていたのだろうが、心無い言葉からオレを遠ざけていてくれたのだろう。

「かくいう俺も招待状を断られた時はそれなりにショックだった。やっと再会できると思ったのにな。その後もお前は社交界そのものから姿を消し、死んでしまったという噂が本当なんじゃないかと不安になったものだ。お前はどうせ知らないだろう?ラドフォード伯が息子可愛さに夢遊病になってしまったなんて噂が蔓延(はびこ)っていた事も」

「……マジですか」

父の口からしか語られない息子の話となれば、妄言(もうげん)と疑われるのもありえない話ではないだろう。

知りたくなかった事実が積み重ねられ、オレはちょっとずつ身を縮こまらせていく。

「結局学院に来るまでお前に会う事は叶わなかったが……お前が学院に通うと聞いた時は心底ほっとした。もっともお前は俺の予想の何歩も先を行ってしまうわけだがな。忘れられているにしても、まさかここまで避けられるとは思いもしなかった」

ここでようやく合点がいく。

(本当ならカイトの誕生日パーティーで再会して仲良くなったって事……だよな)

オレが名乗ったかどうかは謎だが、この赤い髪はミオンの特徴だ。

ミオン以外に赤毛がいないわけではないにせよ、容姿からオレを特定する事は難しくなかった事だろう。

そうしてカイトはオレをパーティーへと誘ったというわけだ。

本来ならそこで再会したシャルルとカイトが仲良くなり、本編へと至るという事だ。

「えっと、その………すみません」

とりあえず謝っておいたが、突然の爆撃投下にオレは何を発すれば良いのか分からない。

不便がないからと気にしなかったオレも悪いとはいえ、誰がこんな壁にぶち当たるなんて想像出来ただろうか。

(カイトにとってシャルルは友達だったんだな。取り巻きなんかじゃなくて、ちゃんとした友達だったんだ)

本当にオレが知らないだけで色々な事情があるのだと痛感する。

オレ自身が決めた事ながら、カイトから友達を奪ってしまったような気分だった。

「――見守るだけでも良いとは思ったんだがな」

体を小さくするオレの隣にカイトが腰かける。

「俺とお前では考え方も生き方も違う。お前が覚えていないなら、それはそれで構わないと思っていた。だが俺も融通が利くような人間ではなかったらしい」

クスリと笑ってカイトが目を細める。

「お前がウィルフレッドにもらった花を大事そうに抱えるのを見て心底腹が立った。この意味が分かるか?」

「え、あの……???」

そんなにもハンスが憎いのだろうか。

真っ向から敵対していないため安心していたが、二人の間には溝があるのかもしれない。

頭に〝(ハテナ)〟を浮かべたオレの頬にカイトの手が触れる。

「!?」

その手は事もあろうにオレの唇へと添えられた。

それだけでオレの頭にはハンスの事が舞い戻り、咄嗟(とっさ)に後ずさろうとしてしまう。

しかし頬に触れる手とは逆の手がオレの腰を抑え、後退を阻んでいた。

「え、あ、ちょ…!カイト……」

()()いた。お前がウィルフレッドにされた事を俺は知っている」

「は…?」

目を見開いたその瞬間ソファへと押し倒される。

やばいと思ったオレに降ってきたのはただ優しい眼差しだった。

「期待したか?」

「へ……?え……、ええ……??」

「だがこれからは遠慮しない。覚悟しておけ――シャルル」

熱の籠った声で名前を呼ばれ、オレはようやくその意味を理解した。

口をぱくつかせ、赤くなった顔で声にならない声を発する。

ハンスの事だけでも手一杯なのに、カイトにまで手を回さないといけないなんてどうかしている。

「何で……」

「そんなの俺が聞きたいくらいだ。お前を見ていると守ってやりたくなって、それ以上にお前がウィルフレッドに向ける眼差しが憎らしくなる。誰のものでもないのなら我慢出来るが、誰かのものになるくらいなら奪ってしまいたいと思ってしまうんだ」

オレを組み敷きながらもカイトの手は紳士的だ。

それも束の間、カイトはオレを掴み起こし眉を下げる。

「………すまない。感情的になってしまったな」

そしてオレの衣服の乱れを直し――唇スレスレの位置へとキスを落とした。

「んなっ!!?」

「あまり可愛らしい反応をするな。その先を知りたくなるだろう?」

優しく、けれど悪戯(イタズラ)に笑う顔は大人の男のそれだ。

ハンスにせよ、カイトにせよ次から次へと何なのか。

頭を冷やすどころか熱が上がるだけの出来事にオレはもう限界を迎えていた。

よれよれとカイトの手を離れ、覚束ない足取りで扉の前へと移動する。

「見送りは必要か?」

「…………いらない…です」

「そうか。ならばまた後でゆっくり話そう」

次があってたまるかと思いつつオレはギクシャクとサロンを後にする。

簡単に離してくれただけ良いが、カイトの瞳は虎視眈々(こしたんたん)と獲物を狙う獣同然だった。

(ほんと、何なんだよぉ……)

こんなモテ期はいらないと、閉じられた扉を背もたれにずるずるとその場にしゃがみ込む。

その気持ちとは裏腹にオレの顔は耳まで真っ赤になっているに違いない。

体全身が茹で上がってしまったかのようだった。

ぶり返すハンスの熱とカイトの眼差しに挟まれ、オレはもう何をどうすれば良いか、さっぱり分からなくなっていた。

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