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子猫伯爵の気のままに  作者: yura.
1部-1章.シャルル・ミオンの学院生活①
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▽.忠犬、春を待つ

練習以外で誰かと踊るのはこれで2度目だ。

1度目は夏に行われた建国祭。

絶対に忘れる事が出来ないと同時、二度と思い出したくもない相手と手を取り合った。

そして、今――俺はシャルルと踊っている。

冗談めかした中に期待を隠し、シャルルへと手を差し出したのだ。

シャルルが贈ってくれたこの服が自信を与えてくれるのだろう。

この日のために用意したブルーローズに始まり、今日の俺は自分の気持ちを言い(よど)まずに伝える事が出来た。

いつもこうだったら良いのにと、己の不甲斐なさに気が滅入る。

その臆病な心も、嫌な気持ちも全て洗い流してくれるシャルルの温もりがひたすらに心地良い。

いつだって俺を許してくれるのはシャルルだった。

俺を抱きしめてくれるのはシャルルだけだった。

やっと手に掴んだ温もりが愛おしくて、何より嬉しくて、俺は今この瞬間、世界で一番幸せな男なんだとさえ思えてくる。

(……夢みたいだ)

シャルルが俺の目の前にいて、俺と踊ってくれている。

こんな日をどれだけ夢見た事だろう。

手が離れる事が恐ろしくて、俺よりもずっと小さくて細い手に指を絡めていった。

苦労を知らないような綺麗な指に見えるが、この手がいくつもの努力を重ねてきた事を俺は知っている。

この手がどれだけ多くのものを救ってきたかを俺は間近で見届けてきた。

あまりに優しくて、優しすぎて、消えてしまいそうなほど華奢(きゃしゃ)な手だ。

強く握りしめたいのに、それですら壊れてしまいそうで、ただそっと指を添える。

少しだけ力を強めると、シャルルはこそばゆそうに表情を緩めた。

(ずっと、こうしていたい)

ころころと表情を変える顔が可愛らしくて、思わず笑みを(こぼ)す。

俺にだけ向けられる柔らかな笑顔に胸が高まる反面、誰にでも与えられる眼差しに狂いそうになる自分もいた。

分かってはいても嫌なものなのだ。

俺の事だけを頼ってくれれば良いのにと、ひどく子供じみた事を考えてしまう。

それだけの力も知識もない(くせ)に、シャルルを独り占めしたいという気持ちだけは一丁前に成長してしまったのだ。

(……でもしかたないだろう?俺にはお前しかいなかったんだから)

どんな暗闇をも照らす輝きから目を逸らせという方が無理な話だ。

俺をあの暗闇から、あのどん底の日々から救い上げてくれたシャルルに心惹かれるなという方が間違っていると言えよう。

ただ守りたかっただけのはずなのに。

ただ(むく)いたかっただけのはずなのに。

俺はもうシャルルに手を伸ばさずにはいられない。

一緒に居ればいる程に想いは(つの)り、好きになればなる程に不安が大きくなっていく。

駄目だと(りっ)する程に衝動は膨らみ、自分でもどうしようもないくらいにシャルルを愛してしまっていた。

「シャルル」

名前を呼ぶと、シャルルはただじっと俺を見つめていた。

その顔は(とろ)けてしまいそうな程に甘やかで、けれど金の瞳は苦悩に揺れている。

(何故そんな顔をするんだ…?)

シャルルの抱える悲しみを払ってやりたくて、白い肌にそっと触れる。

手袋ごしにも、まだ幼さの残る柔らかな肌の感触が伝わってきた。

ストロベリーブロンドの鮮やかな赤が目の前で萌え、俺はただその美しさに息を呑む。

凍りついた心を溶かす炎を宿す赤色の眩しさに目が(くら)んでしまいそうだった。

吊り上がっているようで優しい眼差しを浮かべる金の瞳も、ふわふわと揺れ躍る長い髪も、月光に愛された透き通るような白い肌も、雪解(ゆきど)けを告げる春色の唇も、何もかもが愛おしくて離し(がた)い。

(あ……)

ふと触れた唇の瑞々しさに目を奪われる。

逃げないでいてくれるシャルルに全てを許された気分になって、俺は気が付いた時にはそこに触れていた。

僅か数㎝の距離に見たシャルルの目は本当に満月を閉じ込めたかのような煌めきだ。

やってしまったと我に返ったのは、顔を真っ赤にしたシャルルが俺の手をにゅるんと抜け出してからだった。

猫そのものの身のこなしに俺はその手を掴み損ねる。

「オ、オオオ、オレ、戻るからな…!!」

口をわなつかせながらもシャルルは律儀に振り返って飛び出していった。

そういうところがまた可愛らしいのだが、今考えるべきはそこではない。

(やって、しまった………)

一人ぽつんと取り残された俺は愕然(がくぜん)とその場に項垂(うなだ)れる。

口より先に手が出るのは自分の悪い癖だ。

それを知っているからこそ、今の今まで我慢を重ねてきたというのに水の泡だ。

(もしシャルルに嫌われでもしたら俺は……。だが…満更でもなかったんじゃ……?)

悪い意味で動悸(どうき)が速くなりそうになるのをぐっと(こら)える。

俺はこういう時に泥沼に沈んでしまいがちなのだ。

浅く長く呼吸を繰り返し、俺は逃げるシャルルの顔を思い出す事に集中する。

時折溜め込んでしまう部分もあるが、良くも悪くもシャルルの感情は読み取りやすい。

くるくると入れ替わる表情を見ればシャルルの考えている事はそれとなく掴む事が出来た。

あの瞬間、シャルルの顔に浮かんでいたのは驚きと混乱だ。

恥ずかしさに赤面こそすれど、怒ってはいなかったのではないだろうか。

去り際に残した言葉も罵詈雑言(ばりぞうごん)や文句ではなく、ただの連絡事項だ。

(……少しは期待しても良いのか?)

何をしてるんだと怒られたわけでも、馬鹿な事をするなと一笑に伏されたわけでもない。

ほんの少しでも俺はシャルルの心に近づけているのではないだろうか。

安堵の中に淡い希望を見つけてしまい、俺は先程とは違う脈の速さを感じとる。

心地よさすら覚える脈動にふっと息を吐き出した。

そして指ごしとはいえシャルルの温もりを感じた唇に手を添える。

許されるのならもっと触れたいと、後悔した傍から新たな欲望が湧き上がってくる。

シャルルの優しさに付け込むようで悪いとは思いつつ、その先を求めてしまいたくなってしまった。

(――違うか)

俺は元々シャルルの優しさに甘んじていた。

押しが弱いのを知りながら無理やり寄り添い続けただけの事だ。

それでも俺はシャルルの傍にいたかった。

あの約束を守るため、あの日の後悔を繰り返さないためにも、シャルルの手を掴みたかった。

それが俺の懺悔(ざんげ)なのだと、唇に触れていた手で胸を掴む。

その手にいくらか固い感触があたり、俺は再び我に返った。

乾いた音を鳴らすのはシャルルの従者(ヴァレット)ナサニエル・エインワーズから渡された警告文だ。

信頼も出来なければ鼻持ちならない男だが、あの注意喚起は至極真っ当なものだろう。

利害が一致するのが余計に腹立たしいとはいえ、長時間シャルルを一人にするわけにはいかない。

カイト・デルホークを筆頭に、サマル・バロッドやシャルルを聖人と呼び厄介事に巻き込もうとする連中にと、周りははた迷惑な人間ばかりなのだ。

レーデンベルグ王太子やレイア・アウラスタの目もある以上、下手に目立つような真似はさせられないだろう。

シャルルを守る一心で、俺も急いでテラスを後にする。

「まずは謝らないとな」

あえて声に出し、気合を入れる。

テーブルに置いたブルーローズの花束だけは忘れずに廊下を駆けていった。

行儀の悪さを問われた所で痛くも痒くもない。

不躾(ぶしつけ)な目で見てくる守衛を無視し、俺はシャルルの下へと走った。

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