6 彼女の過去 ①
定規を手に入れたことに舞い上がり、単位を作りつつも、メイド達からの知らせで部屋に急ぎ戻ったエイジ。エキサイトして皆を散々振り回しているが、そんなこと、今の彼には見えていない。
部屋に戻ったエイジの目には、綺麗にラッピングされた武器等の品々が飛び込む。彼が普段使っているメジャーな武器に加え、ライフルなどの銃器、そしてストップウォッチさえ。こんなモノを目にした彼が、クリスマス早朝の子供のように目を輝かせてワクワクしていたのは言うまでもない。
これらを使ってどんなことをしてやろうか。興奮した彼は、目の前の品々を眺めながらそんなことを考えていた。しかしそれは、彼の元にシルヴァが血相変えて飛んできたことで中断される。輸送隊が到着したのだ。つまり、兵士たちが帰還したのである。目の前の品々を吟味したいのは山々であるが、彼も大人。さらには宰相である。品々に印を刻み、誰の手にも届かぬよう能力で収納すると、気持ちを入れ替え働き始めた。
そして今。その翌朝である。
先日の夕にはタスクの優先度を整理し、夜は僅かな仮眠をとりながら、ほとんど休みなく働き詰めだ。
「帰還した兵士の名簿ができたのか……よしよし、確認した。情報に回して保管。確認が終わった兵士から順に、休暇を取らせるよう手配したまえ。怪我人には療養用の病床の確保。身体的な外傷だけでなく精神的に傷ついていることもある。メンタルのケアも忘れぬように。……はぁ⁉︎ 損害物資の補填だと? んなこと、今はいい。こっちの方を優先するよう伝えろ! 次、戦利品の確認の進行状況! 第一隊のは……まだ半分? チッ、ふざけてやんの。帰還前にある程度整理させたはずだろうに……金目のものは纏めて宝物庫の管理員にぶん投げろ! 冷蔵庫の実装状況は⁉︎ とっととしろ! くっ…フォラスがいないのは、いてぇな……家畜は連れてきてんだろーな? 頭数確認は後でいいから、ともかく柵の中にぶっ込んで餌を与えるんだな。当然、今までのとは別の所だぞ。動物ごとに変えるのも忘れるな」
次から次へと人が現れては報告してくるので、頭に入れ、指示を出す。
「クソッ……レイエルピナのせいで、今どこまでコトが進んでいるか忘れちまった」
「お茶です。それと、少し休まれては?」
「ありがとう。あともう少しで終わりが見えるんだ。ここまできたら一気に仕上げてしまいたい。いやしかし、甘味は欲しいところだけどね」
お茶を含み、喉を湿らすと、再び口を開いて指示を下し続ける。
「宰相殿、不足している物資はあるかの?」
「今のところは無いです。今はお休みください。余裕があると言うなら、石材や鉱物、木材等を集めていただけると助かります」
「承知した」
宰相執務室に、幹部も現れ始める。
「おいエイジ、兵達の名簿はまだ出ないのか⁉︎ それが判らないと、こちらもどう動いていいか分からん!」
「なんだと……? 将軍のもとになぜ名簿が行っていない⁉︎ ……まさか。名簿を作ったのはモルガンらだとして……レイヴン、アンタ名簿作りには参加してないのか⁉︎」
「ああ。誘導の方に割いていた」
「おい君! なんで確認しなかった⁉︎ 伝達が疎かだ! ……あーはいはい、オレが悪いよ‼︎ チィ、くだらんミスが多くなってきたな」
遠回り、空回りが多くなることに、苛立ちと焦りを感じ始める。
「単位を正確に計り取るための器具、設計図通りになるよう、試しに作ってみましたが、いかがですかな? あとこの実験は、正しい結果でしょうか?」
器具と、紙束を持って現れたフォラスに、絶望感を覚える。
「……ご安心を。まだ簡単な実験しかしておりません」
フォラスの簡単は簡単じゃないことが多い。けれど、今回ばかりは良心的でした。
「うん…うん……上出来だ。後はここをこうしたほうが……」
「……ふむ、なるほど。承知しました。改良してみましょう。あとこちら、あらゆるものを計測してみたデータなので
「わりぃ! 後にしてくれ‼︎」
「……これは失礼。お疲れ様です」
焦るエイジに、さしものフォラスも遠慮し引き下がる。
「これは……農業のデータ? チッ、病気と害虫か……予想より収穫量は少なくなりそうだ。まあ仕方ない。ノウハウないし、一年目で失敗しない方がありえない。品種改良では限界がある。統計は取れてるし、いいだろ。次に期待だ。この病気の対処法は後で教えないと。次! ん? これは、城の作業員の確認はオレの仕事じゃないだろ! 時間がない、他のやつに任せろ! はい次!」
「見たか。あれが、奴の仕事だ」
魔王親子が入室、そのまま見学を始める。
「なに……なんなのよ、アレ……」
レイエルピナ嬢は、呆気に取られているようだったその目は、侮蔑から感心。そして…
「やあ、頑張っているかい? やっぱり、やり過ぎなくらいやってるねぇ〜」
昼頃。休憩を取ろうという気配のないエイジの元へ、間伸びした声がかけられる。
「何か用か」
「あはは〜、余裕な〜い。安心してくれ、大した要件じゃない」
ノクトは目を開くと、端でスペースを借りて仕事しているメディアにアイコンタクト。
「……やるのね」
意図に気づいたメディアは立ち上がる。
「ノクト…これ…宰相に…」
「うん、任せて」
メディアから紙束を受け取ると、ノクトはエイジに近寄る。
「貴方…これを…モルガンに……シルヴァ…ダッキ……手伝って」
「何の用ですの?」
「私たち二人である必要がありますか」
「…ええ、ある」
メディアは、部屋のものを使いに出し、秘書の二人を退室させる。
「はいこれ〜」
メディアに渡された書類を、ノクトが渡しに来る。
「ん……これは、何だ?」
ショボショボする目を擦りながら、書類に目を通す。
「……ちょーい、しつれい」
そのままエイジの背にさりげなく触ると、ノクトはベリアルの元へ。ついた手は、彼らからは、ノクトの体で死角で。
「承認系の書類? ……字、ちっさくて丸っこいなぁ。……あれ、この字どこかで? いや、気のせい気のせい……今までだって」
あまり読まずに、承認印を押す。
「……エイジくん、ごめんね……」
それを見届けたノクトは、小さく呟くと、後ろ手で、小さく印を結ぶ。
「さて、これ届けてくれ。さーて、これで少しは仕事がすす………あれっ?」
伸びをした瞬間、エイジの視界が揺れて……
「おい、エイジ⁉︎」
彼は意識を失った。




