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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅳ 魔王の娘
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5 宰相単位 ①

 目が覚める。


「おはようございます、エイジさま」

「ああ、おはよう」


 いつものように、メイド達がすぐ側に侍っていた。だが、その表情は普段と違う。


「ところで、抱えていらっしゃるその不思議な棒は、一体なんなのですか?」

「ん、これは……はっ、時期の早えサンタさんだこと」


 気付くと、墓所なんかで王を象った像のように、ステンレスの1m定規を大切そうに抱えていた。


「アイツ、律儀だな」


 本当に持ってきてくれるとは。少しは信用してやってもいいかな、と思えるように。ただ、裏があることは疑い続けるが。


「だったら……おい! 急いで幹部達を集めてくれ! 特に、フォラスは絶対呼ぶこと!」



 円卓部屋。全員ではないが、主要な人物たちが集まる。そんな彼らの前で、エイジは……


「ふっ、ふふっ、ふふふふふ。フハハハハ‼︎」

「ど、どうした宰相⁉︎」

「よっしゃあ。遂に……遂に手に入れたぞ‼︎ 1メートル定規‼︎ こいつがあれば、オレは無敵だ‼︎」


 彼は今ひどく興奮しているが、皆は何故これほど興奮しているか分からないらしく、ドン引きしている。


「おいフォラス! 今すぐ魔力をできる限り含まない水と水銀、そしてガラスを用意してくれ‼︎ 実験室に行くぞ!」


 待ち切れない様子で、皆を急かすのだった。




「用意しましたよ。で、どうするんです?」


 目の前の机には、大量の水と水銀、ガラス板が置かれている。


「ふふふ、今日は待ちに待った、単位制定記念日だ。予てから言っていただろう、単位を作ると。そして、単位は便利なモノだと。じゃあ、用意してもらったし、作業始めるよ。まずは、これを……」


 ガラス板を手元に置き、定規の1センチに合わせて変形していく。


「今回単位を作るにあたっては、とても原始的な方法を使わせてもらうよ。正確な値を出すのは、後世の科学者の仕事。オレの仕事は、普段の日常を便利にする単位を作り出すことにある。あとはまあ、設備も足りないし……」


 とても繊細な工程だが、作業しながら皆に説明を始める。


「紙は用意したかな? じゃあ説明を始めよう。まずは、この棒から。この棒が表すのは、1メートル(m)だ」


 手元の紙に1mと記述する。


「まず、1メートルというのは、オレが元いた世界の長さの単位だ。人類の住む地球という惑星の円周の1/4、極から赤道までの1000万分の1の長さが、単位長メートルと定められた。SIによる正確な定義は……」


 エイジはメガネを取り出すと、しばし黙る。しばらくすると、手元の紙に数字を羅列しだす。


「『真空中の光の速さを単位 m/sで表したときに、その数値を299,792,458と定めることによって定義される』なんだけど……どーせわかんないでしょ? オレもいちいち正確に覚えてないし、今は測定する術もない。ってことで、今はスルー。まあ一応、調べた数値だけは書き留めておくか。さて、その1mの1/100が1センチメートル(cm)、さらにその1/10を1ミリメートル(mm)とする。そして……」


 ガラスを変形して1センチ四方の立方体を作り、そこに水を入れる。


「1センチ四方の水の重さが、おおよそ、単位重量1グラム(g)だ! さらに……」


 今度は別のガラス板を10センチ四方の立方体にし、これもまた水を入れる。


「10センチ四方の水の体積を1リットル(L)と言う。この重さは1グラムの千倍、1キログラム(kg)だ。重さの基準は、キログラムだからね」


 これで長さ、重量、体積を正確に測れるようになった。


「記号の話もしておこう。キロ(k)が、1000倍の意味。ミリ(m)が1000分の1の意だ。キロメートル(km)やミリグラム(mg)を使うようになればわかりやすいかもね……トン(t)とか、平方メートル、立方メートルとかの概念は紙に書くか」


 意味不明な記号や用語の羅列に、皆は困惑していた。だが、一番に知って欲しいと思ったフォラスら科学者組は理解を示した。エイジとしても、紙に書き残してるので大丈夫だろうとは思っているのだが。


「純粋な黒鉛、つまり炭素12gを1モル(mol)という基準でおく。1molは即ち、6.02 ×10^23という数値。この数値はアボガドロ定数ともいう。正確には……検索検索……6.02214076×10^23。これを分かりやすく例えると、12gの黒鉛には、1モル個、即ち6.02 ×10^23個の炭素原子が含まれていうこと、と。これを使って原子や分子の相対質量を求められれば、周期表を再現できる。調べれば今すぐにでもできるが、これ頭痛くなるし……うん、忘れないうちに作っておきたいな。原子分野は錬金術と組み合わせられれば、すごいポテンシャルを秘めているのだが……研究にすごい時間がかかりそうだ。後回しにせざるを得ないな。あと何年かかるやら」


「ちょっ、ちょっと待ってほしい!」

「ん? どうしましたか魔王様、何か質問でも?」

「アンタ、その……原子とか、分子って何なのよ?」


 どうやら二人が疑問に思ったことは同じらしく、それ以外の面々も気になっているようだ。


「えっ、分からん? 世界を構成する最小単位だ。紙ちょうだい」


 紙をもらい、そこに円を描く。魔術陣を覚えてから、図形を正確に書くのが得意になった。気がする。それにいろいろ書き加えて、水素とヘリウム、炭素、窒素、酸素の原子モデルを描く。


「この粒だよ。目に見えないほどに小さな物質、粒子だ。これで世界の全てが構成されている。この真ん中にあるのが原子核。+の電気を持つ陽子と、+-0の電気を持つ、つまり持たない中性子、そしてその周りを回っている-の電気を持つ電子によって構成されている。原子の番号は、この陽子の数で決まっているんだな。そして、電流の正体はこの電子の動き、なんだよ。

 この世界は、この粒子が組み合わさってできている。例えば空気。空気はこの窒素原子Nが二つくっついたもの、窒素元素が8割で、酸素原子Oが二つくっついた酸素元素が二割を占めている。ここのは調べてないから分からないけどね。まあ多分、近いと思うよ。オレらが呼吸に必要なのはこの酸素で、物を燃やすにはこの酸素が必要なんだ。燃焼とは即ち、激しい酸化現象だからね。そして水は酸素原子一個と水素、この一番単純で一番軽く、惑星上ではそんなにないが、宇宙では最も多いこの水素が二個組み合わさった物だ。と、取り敢えず質問は後で聞くから黙って全部聞いて!」



 以前天動説を否定した時と同じ状況になりかけたので、先に制する。



「原子分子は非常に小さいから普通に数えることはできない。だからここで新しい単位だ。molだ。水は18gにおいて、水元素が6.02×10^23個含まれている。6の後ろに0が23個続くくらいのとてつもない数だというのがわかるだろ? 1ダースが12を示すように、1omlは6×10の23乗を示す単位なんだ。


 これら原子の結びつき方だが、これは電子で考えると良い。一番内側のK核には2個まで、その次のL核には8個まで入る。電子は二つで一組だ。この一番外側にある電子で考えていくぞ。酸素は外に6つある。その内2個の組みを二つ作る。ここを非共有電子対という。余った二つはそれぞれ水素の一個と結びつく。これを共有電子対という。こうすることで、水H_2Oができる。これが非金属元素だ。


 ということは? そうだ、金属は別だ。例に鉄をあげよう。鉄Feは原子番号26で分子量約56g/molだ。同じ金属同士は共有結合を作らずに結晶でいられる。金属結合だ。金属の特性は、展性、延性、金属光沢、熱電気伝導性があること。金属分子中には共有結合で使われなかった電子がある。これを自由電子という。この自由電子のおかげで金属は電気をよく通す。


 さて、さらにややこしい話をしよう。イオンだ。これら原子は液体中にあると、電子を受け取ったり放出したりして、+や-の電気を帯びる。この状態がイオンだ。例に食塩、NaClをあげよう。Naは最外殻の電子一個を手放して+に、Clは一個受け取って-になる。このようにイオンになって溶ける物質を電解質という。イオンは最外殻の電子が希ガス、つまり最大まで入っている安定した気体と同じ電子の配置を取りやすい。これらイオンの+-が0になると、イオン結晶という個体を作る。


 あと結晶格子とか分子間力、イオン化傾向や電気陰性度とかの説明もしたいけど、今この場では説明しない。そんでもって今は質問を受け付けない。まだやりたいことは多く残ってるから。細かいのは後回し。以上‼︎」



 長い説明を終え、周囲を見る。やはりというべきか、大半は途中から話を聞いていなかったようで、聴こうとしていた者は、あまりの情報量に圧倒され、溶けていた。


「あ、アンタ何者なの⁉︎ そんな知識は、一体どこから⁉︎」


 先程の、異世界人と察する言葉を、情報の濁流の中で聞き漏らしたようだ。素直に言うとこんがらがるかなと思い、言うのは避ける。


「んん? まあ、オレのことは、この海の向こうからでもやってきた異邦人ってことでいいや。そういうことにしておいて」


 未だ腑に落ちないようであったが、彼に答える気がないことを察すると引き下がった。


「やはり……素晴らしいな宰相! これ程にも難解な事象を理解しているだなんて‼︎」

「いえいえ、オレの世界では、普通のこと。私なんて全体で見れば、せいぜい上の下程度の学力ですよ。これらは十六歳でも知ってる常識です。いきなり短時間で覚えようとするら難しく感じるのであって、実際はそう身構えるほどのものでもありませんよ」

「「「!!!」」」


 前にも感じたことのある空気が満ちていた。

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