4 錯綜する想い ②
「う……ん? うぐっ!」
目覚めてすぐ起きあがろうとすると、体に激痛が走る。それで気がついたように、全身が痛み出す。
「まだ起きあがっちゃダメだよ〜」
「レイエルピナ! 目が覚めたか!」
彼女には見覚えのある光景。怪我人用の病室だ。当然一般用ではなく、重篤患者の特別製だが。ここにくるのは三度目。拾われた直後、一度力が暴走した時、そして今回だ。周りには心配そうに見つめる父。その周りで、二人の幹部が忙しなく魔術を展開したりと動いている。
「力使っちゃダメだって言ったよ? せっかく最近は安定してたのに、何でこんなことしちゃったんだい」
「わたしは、アイツに負けたくなかったんです。それだけ……」
指先を動かすことすらままならない彼女は、今までの苛烈さがウソのようにしおらしい。信用できる幹部たち、その前なら、彼女は素直になれるのだ。
「うーん、魔王様の娘だっていうプライドが高過ぎるのと、超攻撃的っていうのは玉に瑕だね」
周囲に魔道具が設置されて、ブォンという重低音を発しつつ作動すると、少し身体が楽になる。
「気分、どうかな?」
「サイアク」
「…だよね〜」
さっきの戦いを思い出す。
「アイツ、強かった……」
「そうだな。それに、アイツはあれでまだまだ全力じゃない」
「えっ⁉︎ ッ…つぅ……」
「魔王様〜、驚かしちゃダメですって!」
「あっ、ああ、そうだったな、悪かった」
驚きに体を軽く跳ねさせただけで、気が飛びそうになるほどの痛みが走る。それでも、疑問が勝る。
「全力じゃないって、どういうことですか?」
「恐らく、あの時のアイツは、四割程の力しか出してないだろう」
「四割ですって⁉︎ ッあああ!」
「魔王様…」
ノクトの珍しい責めるような視線が痛い。
「……この話題は良くないな……」
「わたしはいいから、教えて…」
「ダメだ。もう少し落ち着いてから、な」
「……はい。」
魔道具が発動してしばらく。頃合いを見計らったノクトが、掛け布団を剥がし、レイエルピナの胸元に手を置く。そのまま何事かを唱えつつ、左手をフォラスに差し出しては触媒を受け取り、使って、また受け取り使う。その顔は、珍しく真剣であった。
手をついたところより、魔術陣は広がり、レイエルピナの体全体を覆うほどになったところで収縮。彼女の体内に溶けるように消えていった。
「……ふぅ……よーし。取り敢えず応急処置だけど、神性封印完了っと」
魔術の腕において、幹部の中でも最上級に位置するノクト。そんな彼が額から汗を流すほどの、繊細かつ高位の封印魔術。それほどでなければ、彼女の体を蝕む神の力は抑えられない。
「苦労をかける、ノクト」
「いえいえ〜、これでもやりがい感じてますから。いや〜、でも、この魔術はちょっと苦手なんだよね〜。エイジくんの封印能力が羨ましい!」
「封印、能力?」
何とか状態を起こせるほどになったレイエルピナが問う。
「ふむ、ちょうどいい。さっきの話の続きだ。アイツは、その身に強大なパワーを秘めている。私の本気にも匹敵しうるかもしれん。だが……その力を、アイツは扱いきれていない。扱い切れる最大が、おそらく先ほどの戦闘で見せたものだろう」
「それと、どう関係が?」
真面目な話をする魔王親子の傍で、ノクトは特殊な形状の杖を振りつつ、ヘンテコに聞こえる呪文を唱えている。その可笑しさ、つい吹き出しそうにさせてくる。
「エイジは、扱いきれない分の力を封印しているのだ、ヤツだけが持つ特殊能力でな。剣を召喚したり飛ばしたり、金属を変形させたりなどしていただろう? あの手のものに、自身の力を制御する能力なんてものがあるらしい。その能力がお前にも使えれば、こんな風に苦労して制御したり、暴走を恐れる必要もないのだが……」
アイツは、一体何者なのか。それは、この二人に訊けばすぐに分かるのだろう。しかし、意地が邪魔をする。
「はい、治療、終わりましたよ。暫くは、無理な動きはしないでください」
「ごめんなさい、フォラスさん、ノクト」
「いやいや、キミが無事なら何よりさ。今日は、この部屋でおとなしくしててね〜」
「………はい」
治療を施した二人は、器材の確認をしつつ、片付けに入る。雰囲気から、ベリアルが二人きりになりたそうにしているのを感じ取り、撤収を急ぐ。
だが、ふと目に止まる。レイエルピナが何かを掻いているのが。
「あ、服、ボロボロになっちゃったね……フォラス〜、直せそう?」
「あの、私は服飾の専門家ではないのですが」
「あ、そうだったねえ。君は服作りじゃなくて、その素材の方が専門だった」
「……ふむ。メイド長! メイド長マモン、おるか⁉︎」
「はっ、ここにおります」
病室の奥、カーテンの裏から人影が現れる。そこに立っていたのは、モノトーンのお堅そうなメイド服に似た洋服を着た、恵まれた体格の、いかにも教養があり優秀そうな女性だった。赤黒くややカールした長髪で、側頭部には羊のような角があり、腰からは僅かに蝙蝠のような翼が見える。上級の悪魔である。
「直せそうか?」
「失礼」
さっと近寄ると、レイエルピナの服の状態を確認する。
「こちらであれば、三日もあれば直せます」
「そうか、頼む。それと、この娘の介助も」
「かしこまりました。仰せのままに」
メイド長はそのまま病室のカーテンを閉めると、レイエルピナを患者衣に着替えさせ、傷んだ衣類を回収する。
「それでは、僕たちはここらで。おだいじに〜」
「くれぐれも安静にするように」
「それではこちら、修繕に回して参ります。それから、お食事の用意も」
用事を終えた各々は退室する。そして……
「レイエルピナ」
父娘二人きりになる。この空気から、叱られるのではないか。そう思うレイエルピナの表情は暗い。
「無事でよかった……本当に…よかった」
心の底から心配しているような声に、思わず顔を見る。
「二度と、このような無茶はしないでくれ」
「…ごめんなさい」
不安にさせてしまった。その後悔から、しょげこむ。そんな娘の手に、手を重ねる。
「レイエルピナ。なぜ、お前は、エイジをあんなにも敵視するのだ」
「…………わからない」
予想外の答えに、ベリアルは当惑する。
「なんでか、わからないの。けど、アイツを見てると……なんだか、胸が苦しくなって……」
彼への感情を処理しきれていないのだろう。だが、その感情の源は、果たしてどこから?
「……レイエルピナ。私は、……いや、我らは、お前を愛している。そう、この愛は、そう簡単には揺らがぬ。だが……同時に、我らはエイジをも愛しているのだ。友として、頼れる臣下、同胞として。何より、我らにはアイツの力が必要なのだ。そこは、分かってくれ」
毛布をギュッと握り締める。そして、力無く頷く。
「何か思うところがあるのならば、私であれ、ノクトやレイヴンにであれ、打ち明けてくれ。相談してくれるのならば、いくらでも力になる。伝えてくれなければ、分からぬのだ」
手を背に回し、抱き寄せる。
「だから、感情に任せて暴れるのは、よしてくれ。愛するもの同士が傷つけ合うのは、見てられない」
その手を頭に乗せて、撫でる。
「……お父様。わたしは、どうすればよいのですか」
その声には、嗚咽が混じる。
「まずは、彼に謝らねばなるまい。我が娘として、それはせねばならぬことだ」
「……はい」
「その後は、好きにするがよい。彼に興味を持つのなら、対話して、親睦を深めよ。どうしても好きになれないのなら、関わることを控えるのだ。……例えお前どちらを選択しようと、私は、全力で支えるとも」
抱き合う親娘。静寂に包まれる病室に、啜り泣きがこだまするのだった。
戦闘に疲れ、ベッドの上で仰向けになるエイジ。先のことを顧みつつ、瞼が重くなり、意識を手放そうとしたところ、ノックの音で引き揚げられる。
「はーい、どなた〜?」
おおかたアイツらか、とエイジが予想した人物たち。その誰とも、目の前の人物は一致しなかった。
「ッ、レイヴン⁉︎ と、エリゴス?」
「邪魔するぞ、宰相」
「ほーう? その様子じゃあ、俺達が来たのは完全に予想外だったか」
図星を突かれ、気不味い。
「フン、気にしてないさ。っと、この椅子借りるぞ」
「吾は立ったままで良い。気になさんな」
「どうせ、さっきまで寝てたんだろう? お前は気にせずベッドにでも座れ」
促されたので大人しくベッドに座る。そしていまだに当惑中。
「さて、何で俺たちが来たと思う?」
「さあ、全く、サッパリ」
本当に分からない。だが、この二人に共通している事項といえば。
「じゃあ訊くが……何だあの技は?」
戦闘関連だ。
「あのって何?」
「あの戦い全体を通してだ。いつの間にあのような技を開発しておるとはの」
「ん? 例えば、ソードビームとか、異空間攻撃とか?」
「そうだ。あとは、機雷魔術に、詠唱変化による術式強化などという超高等技術。しかも、変形能力、かなり精度が高かったように見受けられる。お前は以前、剣を作ったところで、刃が潰れたなまくらみたいだ、などと言ってなかったか?」
「うむ。あれはどう見ても、それなりの切れ味を備えていたように思える。また、あれほど苦戦していた槍の扱いも、相当上がっていたように見受けられる。あれは一体?」
「ああ、ええと、それは……」
言葉を濁すエイジ。そんな彼に戦闘役幹部は詰め寄るが。
「なんか、やったらできた」
フワッフワな回答に、二人は
「いやあの……異空間攻撃はこの前召喚能力使ってたらたまたま別の特性に気付いただけだし、変形もなんか、コツ? みたいな、なんか裏技的なのに目覚めちゃったみたいで、武器だけは精度良くなってんの。槍とか術式強化も、なんか身体が覚えてるみたいでさ……」
「お前、一体どれだけ隠している」
「いやいやいや! 本当にオレも分かんないんだって! 戦闘経験三ヶ月はマジ!」
「にしてはあり得ぬほどの身のこなしだったが。才能でも説明できんぞ、あれは」
「……オレだって、この身に持つ能力の全てを把握してるわけじゃない。まだなんかオレの知らない特性みたいなものがあるのかもな」
本人に自覚がないのなら、これ以上聞き出しても仕方ない。同じ結論に至ったか、二人はアイコンタクトを取る。
「ああ、まあ、それはそれとして。使い方が分かるようになっただけだ。使えるようになった能力を攻撃に転化する案は、オレのものだから」
「確かに、技種はやけに多かったな」
「聞いて驚け! オレは一日に三つ以上は新技を思いついているぞ!」
渾身のドヤァ。
「ふむ。確かに、能力への造詣の深さはなかなかのものだ。相手の特性や弱点を見抜いたり、自身の能力を発展、派生させ、組み合わせてさまざまな技に応用している」
エリゴスの称賛に、照れ臭そうに頬を掻く。
「さて、一番の用事は終わったが、用件はこれだけではない。レイ嬢の話だが」
話題転換と共に、エイジの表情が変わる。一気に空気が締まった。
「先程、ノクトが治療を終えたらしい。曰く、力の代償で危ない状態だったが、何とか回復した、とのことだ」
「そう、か」
安堵したように、肩から力が抜ける。
「ふっ、なんだよ。あそこまで追い込んだのはお前だろ?」
「まあ確かに、嫌がらせで鬱憤溜まってて、挑発したり必要以上に弄んだりしたのは事実だよ。けど、まさかあそこまでとは思わないじゃん⁉︎ それに、あの力の前で手を抜けばこちらの方が危なかったから仕方ないじゃないさ!」
「別に責めちゃあいないさ。どっちもどっち、だからな」
彼らは別にどちらが悪いとか、責めようとは思っていないらしく、胸を撫で下ろす。
「ああ、ところで。あの力はなんだ?」
「あの、とは何だ?」
先程と立場逆転である。
「彼女、レイエルピナの力だ。神の力、と言っていたな。あれはどういうことだ?」
エイジの質問に、二人は口をつぐんだままである。
「知らないのか、答えられないのかだけは教えてくれ」
「言えない、な」
「ああ。あの力は、彼女の生い立ち、その闇の全てと言っていいだろう。話すのは簡単だが、レイはそれを快くは思わないだろう」
「知りたくば、直接聞き出せと」
「ああ。だがまあ、ヒントくらいはやる」
そういうレイヴンが後ろ手から取り出したのは、厳かな表紙の、古びた書物だ。
「これは……?」
「メシア神話。別名、創星記だ。宗教としての、全知全能の人々に救済を与えるなんぞの神ではなく、実在した神々の奇蹟を記したもの。まあ、余裕があったら読んでみろ。それに、お前のその特殊能力は、神から授かったものだというのなら、その力の特性の一端は分かるかもな」
本を手渡すと、用件は済んだとばかりに立ち上がる。
「レイとの関係、良くなるといいな。明日にはおそらく、お嬢も反省してるだろう……彼女をそう責めないでやってくれると嬉しい。では、な」




