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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅰ 宰相、始動
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3 異世界での初日 ③/3

 講義後、食事を摂りに行くついでに、ノクトに連れられて城内の案内をされていた。城を巡り、二階と三階にある兵士達の宿所を見たのだが、エイジは酷く驚いた。なぜなら、とても内装が貧相だったのだ! 彼の部屋が高級ホテルのスイートルームなら、ここはまるで簡素な仮眠室程度だったり、不潔だったりで大いに荒れていた。城でさえこれだというのなら、他、城下町なんかは……


「あの、ノクトさん。」

「ん? 呼び捨てでいいよ。どうしたのかな?」


「魔王国は……その、貧困なのか?」

「ん〜? まあ、そうかな。ここは環境が過酷だから、魔力をうまく扱えない中級未満の魔族は食事が必要だけど、食料になりそうなものはあまりないし、資源も乏しいし、加工する技術もなければ対立してるから人間との交易も難しいね。」


 つまり、エイジはかなり優遇されていたということになる。それだけ期待されているのだろうと感じ、彼の責任感は強まる。なんだか貧相な部屋で暮らす彼等に申し訳なくなり、一刻も早く宰相に就いて恩返ししたい、と思ったのだった。


 そして一階の食堂に着いた。食堂は広さだけは立派だったが、城にいる魔族達のほとんどは、城の真下を通っている龍脈からマナを吸収できるらしく、あまり食事を必要としない。そのため昼時にもかかわらず、食堂は非常に閑散としていた。だが今のエイジは魔族ではない上に魔力の吸収も不可能なので、食事や休息が必要だった。


 食事を受け取りにカウンターに向かう。しかしそこで出されたのは、素朴なパンと何かの肉、そして野草を適当に茹でただけのようなスープ、だけだった。昼時にしたって、この量は、その、なんというか、あれだ。


「おや、不満かな?」


 ノクトが横顔を覗き込んでくる。気まずい。だが、食べないわけにもいかない。意を決してスープを飲んだ。


「………………マズッ……」


 とてつもなく苦かった。さらに冷めてた。


「大丈夫かい?」

「い、いや、大丈夫だ、ああ。」


 吐き出したい気持ちをなんとか抑え込み、完食した。パンも肉も硬く、ほとんど味がしなかった。


「無理はしなくていいんだよ?」

「だ、だが、出されたものなんだ。食べなくちゃ。みんなこれを食べるのだろう。それどころかこんなものすら食べられない奴だっているはずなんだ……。オレが宰相に就いたら、この国を、誰もが美味い飯を満腹になるまで食べられるような国にしなくちゃいけない……!」

「…………」


 そんな言葉を絞り出した彼を、ノクトは珍しいものを見るかのような顔で見つめていた。後のエイジ曰く


 __オレよくそんなかっこいいこと言えたなと思う。今思うと恥ずかしい。だってキャラじゃないもん__



 その後は、そのままノクトに地下の修練場まで案内された。魔王様の話なら、幹部が四人もついてくれるらしいが。


「やあエイジ、この城の食事はどうだったかな?」

「食事は……あの……」


 返答に困ることを言ってくる。


 __意地悪な!__


 答えに窮してしまった。


「それよりなぜ魔王様が⁉︎」

「はは、その反応を見るに不味かったろう。すまないな、魔族にはあまり料理の習慣がないからあまり発展していないんだ。さて、なぜいるかというと初日だからお前の様子を見に来たのだよ。残念なことに明日からは午後に仕事が入っていて見に来れないが。」


 本当に残念そうだ。


「戦闘を教えることに関しては私より適任がいる。エリゴス、レイヴン、ノクト、エレン、任せたぞ」

「任されましたぞ。では異世界の者よ、早速始めよう。では剣を取れ!」


 エリゴスに言われるがままに、エイジは両手剣を取る。どうやら訓練用のようだ、刃が無い。


「では、思うように振ってみよ。」


 両手で正眼に構え。真っ直ぐ素振りをする。短い期間だが、剣道をやったことがあるから、腕に覚えはある。しかし魔力を得たことで体が強化されたのか、竹刀より重いはずの金属製の剣が軽く感じる。


「ふむふむ、剣筋はいいな。剣を振ったことがあるのか?」

「私のいた国はとても平和でしたからね、とても戦闘とは縁がありませんでした。ですが数年だけだけど武術を習っていたので、徒手空拳と剣だけなら扱えます。まあ、実際に戦っているあなた方からすれば、非常に拙いものですが。なので全くの初心者を相手にしていると思ってください」


「承知した。では基礎から始めよう。学びたい武器はあるか?」


 あくまで、エイジの意思や意見を尊重してくれるスタンスのようだ。


「いえ、特には。というより、できる限り多くの武器を浅く広く学びたいです」

「そうか。今日は初日だ、まずは基本の武器を教えよう。片手剣と両手剣、槍や弓などだ。手本を見せよう」


 レイヴンがサーベル、エリゴスが大剣、エレンがランスの使い手だ。だがそれらは、エリゴスが提示した武器と類似しているとはいえ、別物である。よって彼らは、一度取り出した自らの得物をしまい、練習用の武器を取り出して振るったのだった。 


「これらの技は皆、戦闘の中で彼らが自分で編み出した我流であり、決まった型を持たない。だが奴らの戦闘経験は、そこいらの人間とは比べ物にならぬ。実戦での有用性は証明されているから安心しろ。ではお前たち、模擬戦でもして見せてやれい」


 べリアルが横に立ち、解説を入れていく。その言葉と、幹部たちの力強い振りを、エイジは脳裏に深く刻んだ。



 彼らの見本が終わると、エイジの番だ。


「まずは武器の握り方の確認、それから素振り。その繰り返しだ。初日だからな、するのはこれだけだ」


 渡された片手剣を受け取り、さっきの動きを見よう見まねでやってみる。が、やはりどうにも不恰好。


「ああぁ、違うよ…ここは、こう持つんだ」


 さっきの幹部たちの素振りの際は、ちょっと離れたところでニコニコしているだけだったノクトが、今度は積極的に教えに入る。手を添え、優しく丁寧に教え込んでいく。少し教えられ少し振り、また少し指導されて少し振る。親身に、根気よく。それを繰り返していくことで、徐々に上達していく。


「おおっ、良くなったよ! この調子この調子!」


 その言葉に少し自信がつき、調子付いて剣を振る。が、


「バカめ、意識が手に向き過ぎだ。体勢が崩れている」


 レイヴンの、トゲットゲの言葉が突き刺さる。それでも、目の前で手本を見せ、重心の乱れや力みを的確に指摘してくれる。厳しいが、嘲笑したり無視したりはしない。キツいんだか、優しいんだか。


「ふむ、どんどん良くなっていっているな。あとはそうだ、左腕の位置と刃の傾きに気をつけてみろ。そうだな、吾に打ち込んでみよ」


 大剣を構え、打ってくるよう指示するエリゴス。そんな彼目掛けて、目一杯に剣を振るエイジ。


「対象があるからといって気張りすぎるな。………肩が力み過ぎているぞ。…そこが後隙だ、気をつけろ。……また姿勢が乱れている。………よし、そうだ。その感覚を忘れるなかれ」


 打ち込む度、一手一手アドバイスを授けるエリゴス。しかも力んでいるところを指でつついたり、隙に剣の腹を軽く当てたり、重心が乱れているときは足を踏むように押さえて転ばせたりと、実戦に即したものばかりだ。



 このような調子で二時間ほど、片手剣と両手剣の練習をした。そんな鍛錬をしたエイジはというと、


「はあっ、はあっ、はあっ……」


 かなり息が上がっていた。気合を入れ、ほとんど休んでいなかったからだろう。


「ふむ、一度休め。その状態では、鍛錬をしても効果が薄い」


 エリゴスの指示を受けると、その場に剣を置いてへたりこむ。


「大丈夫かい? 相当疲れてるようだけど…」


 ノクトが心配そうに声をかける。今その細目は開かれていて、暗く紅い眼を覗かせていた。


「大丈夫だが……いや、喉渇いたなぁ」

「魔術は…まだ使えないよね?」


「ああ、できない」

「うん、じゃあちょっと待っててね」


 そう言うと、ノクトはすごい速さで部屋を出ていく。そして一分もかからないうちに、木製のコップを持ってきた。


「はいこれ」

「これって……中身入ってないけど」


 訝しげに見るエイジに対して、ノクトはいつもの笑みを浮かべながらコップの上に手をかざす。すると彼の掌に小さな魔術陣が展開されたかと思うと、そこから水が注がれた。


「はい、水だよ〜」


 木製のコップはちょっと汚かったが、それより渇きの方が勝ったので、気にせずゴクゴクと飲み干した。


「お代わりいるかい?」

「……頼む」


 もう一杯飲み干して、ようやく落ち着く。すると別のことが気になる。


「あぁ、クソッ…! 汗で服がベタベタだ。一張羅だってのに」

「ん〜、じゃっ、この上に乗って?」


 ノクトが床に手をつくと、魔術陣を広げる。その上に乗ると、陣がエイジの体をスキャンするように上がってきて…


「……すげえ、ベタベタがなくなった。洗浄されたのか? 魔術って便利だなぁ」


 スッキリした。が、また別のことが気になる。


「な、なあ、お手洗いはどこだ?」

「トイレ? あるよ。案内しようか?」


「いや、待て! それ水洗か?」

「水なんて流れないよ。あ、もしかしてエイジクンって綺麗好き? だったら、全くオススメできないなあ」


 焦る。意外と耐えられそうにない。


「ち、近くに川とか…」

「あるけど、歩くと十分はかかるね」


 絶望的な表情になるエイジ。


「んー、僕って甘いのかな? ま、いいや。ちょいと失礼」


 見かねたノクトは、エイジをお姫様のようにひょいと抱えると、またもや凄い速度で走り出した。市民会館ほどの広さを誇る部屋の中央から端までものの数秒で駆けると、廊下を突っ走る。一階上がる15段×2+踊り場を11歩で駆け上がると、正門から外に出る。


 魔王城はやや小高い丘の上にあったようだ。そこからあたりを見渡すと、夕陽に照らされたステップのような雄大な景色が広がっていた。


 が、ゆっくりと眺めている暇はなかった。視界奥の方で、水面がきらりと光る。それをエイジが視認できた頃には、ノクトは既に走り出していた。城から川までの距離、実に600m。だが、魔王国幹部にとって、そんなもの大したことはない。僅か30秒、もう辿り着いていた。そんでもって、息一つ乱していなかった。

 これが、魔族。異世界の住人の力。早くもエイジは、要件は下らないこととはいえど、体感することとなった。


「じゃあ僕離れておくから、ごゆっくり〜。用足し終わったら呼んでね」


 小だから、そこまでする必要はなかったのだが。それでも一応済ませ、また呼ぶ。そして同速でさっきの場所まで戻った。


「なるほど。いつでも飲める真水が作れて、入浴も必要なければ排泄もあまりしない……水道が引かれないわけだ」


 もう暫く休憩すると、鍛錬が再開された。



 再開後は、槍と弓の使い方を教わる。槍をエレンに、弓をエリゴスに、そして両方をノクトから教えてもらうのだった。


「モット腰ヲ落トス! ……ソコ、手ガ逆ダ」


 直感的になんとなくわかる剣と異なり、また慣れない長物。槍は扱いやすい武器として有名ではあるものの、頭で難しく考えてしまうエイジには、なかなか習得が難しく感じた。


「慣レレバ、簡単ダ」


 そうは言っても……とエイジは言いたげなのであった。


 だが難しく感じたのも当然である。彼が会得しようとしているのは、槍を使うだけではなく、槍術だからだ。ただ使うだけであるのと、武術とでは習得難易度は比較にならない。加えて、どっしりと構えて使うのではなく、機動力を重視しているのだから尚更であるのだった。



 槍だけで二時間も練習してしまったため、弓の練習時間は一時間だけとなってしまった。それでも他の武具と比べると、圧倒的に簡単であった。もちろん武具の性能が低いため、アーチェリーに比べると難しいが、上昇した身体能力でカバーできた。だが調子に乗って、


「あっ、いって…」


 弦で指を浅く切ってしまった。グローブはしていたが、指までは保護されていないのだ。


「ちょっと見せてね〜」


 見せてねと言った割に、手を両手で包んでしまった。だがそこから柔らかな光と温かさを感じたかと思うと、痛みが引いた。


「ケガには気をつけるんだよ〜」


 またまた、ノクトに手助けされてしまうのだった。



 そして最後の仕上げに、今日素振った武器を一通り振るい。


「よし、では今日はここまでだ。明日に備えてしっかり体を休めよ。」


 魔力によって身体機能が上がっているとはいえ、体をよく動かし、しかも慣れない動きのため、日が完全に沈んだ頃にはエイジはクッタクタになってしまった。体が重く感じ、肩で息をしている。


「オレの…武術の才は…どうですか?」

「そうだな、初日で判断できるものではないが、まあまあと言ったところか。筋はそこまで悪くない。これから次第だな」


「そうですか……今日は、ありがとう…ございました……」


 ややふらつきながら修練場を出て、食堂であの不味いメシを無理やり胃に流し込み、エイジは自室で泥のように寝た。明日こそは魔王様に寝巻きを頼もう、とか思いながら。

 

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