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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅲ 帝魔戦争
72/291

7 戦場の逢瀬 ②/3

注意:一万字超え

 玉座の間にて。


「ううむ、そうか…」


 初老の男が、額に手を当て唸っていた。


 彼はこのジグラド帝国の皇帝、イヴァンである。シワだらけの険しい顔が示すように非常に厳格な皇帝だ。たった今帝都で起こっていることの報告を受け、ただでさえ険しい顔が、更に深く歪んでしまった。


「父上、やはり私達も、避難した方が良いのではないでしょうか」


 そう言ったのは綺麗な白金色の髪をした、いかにも姫騎士といった感じの女性。そう、テミスだ。


「いや、逃げても無駄だ。もうこの帝都に逃げ場はない。ワシらは嵌められたのだ」

「では、せめて近衛兵や私達も増援に…!」


「ならん! もう後がないのだ。どうせならワシは、この場で皇帝として死にたいのだ。彼らにも我ら皇族を守って殉職してもらう」


 覚悟を決めた様子のイヴァンと、なお足掻こうと提案するテミス。ここにいるのは、この父娘だけだった。だがそれは、


「なるほどねぇ、そういうことでしたか。いやぁ、なんで誰も出てこないのかなとか思ったら、こんなガンコじじいのせいだったとはねぇ」

「む、何奴だ⁉︎」


 突如蹴り開けられた扉より姿を見せた、この男によって崩れ去った。現れたのは、黒い外套を纏った、白髪オッドアイの青年。


「おや失礼、私の名はエイジ。お察しの通り、魔王国の者ですよ」


 戦場にいてなお飄々とした態度を崩さない様子、そしてその見た目などから只者でないとは推察できる。そして帝城玉座に単騎で姿を表すとなると、幹部格に違いない。二人は既にそう察した。


「何ッ⁉︎ 近衛どもは何をしておるのだ!」

「父上は逃げて下さい! ここは私が!」


 お姫様が前に出て剣を構える。


「ここに何をしに来た⁉︎」

「そんなの言うまでもないでしょう? あなた方のお命を頂戴しに来たんですよ」


 大仰に手を広げ、その程度容易いこととばかりに不敵に笑む。


「ふざけるな、魔族め‼︎」

「よせ、無茶だ! お前一人では幹部とはやりあえぬ!」

「覚悟! やあああ‼︎」


 父王の静止も聞かず、切り掛かる。


「ふうん、さすがは姫騎士ってとこかな」


 ただの兵士とは剣捌きが違う。だが……つい先日魔王と戦ったエイジからしてみれば、遅い。軽い。鈍い。数度僅かな動きで避けると、適当な片手剣を取り出し受け止め、そのまま鍔迫り合いとなる。


「ほう、どうやらその剣、ただの剣ではないようだな。」


 テミス姫が握るやや大きめの騎士剣は、刀身が仄かに金色に輝いている。


「ええ、よく分かりましたね。これは我がの国宝、ヴィクトリア・バスタード! B級相当の聖剣だ」


 片手剣と両手剣の中間程度の中途半端な長さ。所謂バスタードソードだ。とはいえその流麗な見た目に似つかわしく名前であるが。


「へえ…特殊な能力はなさそうだが、単純ゆえの強さがあるか」

「ではあなたの剣はどうなのだ? 私の剣と互角に打ち合えるとは、なかなかのものと見受けましたが?」


「ああ、これ? ふっふふ、残念だけど、これは大量生産された、ごくごくの剣だよ」

「なっ、そんな……どうしてそんなもので私の剣と切り結べるの⁉︎」


「そりゃ、オレの魔力で強化してるからさ! 強化した時の強度はB-といったところだよ。まあ、強化で無理矢理強度上げてるだけだし、耐久度的に元から強い剣に敵うはずないけど……君とやり合うのには不足は、ないかな!」


 実際、刀身が競り合う中、エイジの剣にヴィクトリアが食い込んでいった。とはいえ、元の性能からすれば十分すぎる強度だが。


「くっ…舐めるなよ!」

「格上相手だ、そうも言ってられないだろ? ハンデだよハンデ。ふっ!」


 エイジが力を込めて押し飛ばし、強引に鍔迫り合いを終わらせる。


「はあああ!」


 突き飛ばされても、すぐに体勢を立て直し、テミスは再び切り込んでくる。凄まじい気迫だ、これほどの剛の者、そうはいまい。


「おっとぉ?」

「せッ!」


 躱してもすぐに、勢いを殺さず流れるようにそ、綺麗なフォームで鋭く斬り返す。人の身で、この若さで、これほどの腕前にあることに感嘆しつつも、体捌きやサイドステップ、斬撃に剣を沿わせることで流したりと、軽くいなす。複数の上級魔族を圧倒する三割の力であれば、いかな達人といえど子供に感じる。


「君の性格通りだ、剣の軌道が読みやすい。大人げないかもだけど、これも戦争だからね。ほらほら、頑張らないと父親ともども殺されちゃうよ?」

「くっ…はぁ、はぁ…」


 何度も何度も斬りかかったが、まるで当たらず。一度距離を取って様子見に。


「どうした? 息が上がっているようだが。さっきまでの威勢はどこに行ったのかなぁ?」


 剣先が落ち、戦い始めと比べるとやや姿勢に乱れがある。だがそれでも、眼の輝きだけは少しも落ちない。


「ふっ、まだまだ。焦ってしまったから、落ち着いているだけだ。それにそっちだって、防戦一方のくせに……」

「こっちが攻めたら一瞬で終わってしまうからね。……試してみる?」


 エイジの雰囲気が変わったことに気づいたのか、テミスは緊張し剣を構え直す。次の瞬間、彼女の視界からエイジがフッと消える。


「ッ‼︎ どこっ⁉︎」

「こっちこっちぃ」


 後ろに回り込み、すぐ後ろから声をかける。


「‼︎ くぁっ……!」


 後ろに振り向こうとした動きに合わせてまた後ろに回り込み、剣の腹で打つ。


「こんな風に、ね」

「ぐ、うっ……」

「炎よ……『Blaze Cast』」


 エイジとテミスが離れた隙に、イヴァンが魔術を放つ。ランク3に相当する火球は、危なげもなくエイジに命中し、燃え上がる。だがそんなもの。


「おやおや、煤がついてしまった」


 燃え盛る火焔から何事もなかったかのように、エイジはコートの煤を払いながら呑気に歩いて出てきた。


「ぐ、ぐぬう……無傷、だと」


 まるでダメージになっていない。皇帝が悔しそうに唸る。


「あれ、もうおしまい?」

「まだ……まだ!」


 エイジがのんびりとしているうちに、体勢を立て直したテミスが吼える。


「なら、全力でやって。もっと本気だしなよ」

「言われなくても! たぁああ‼︎」


 正面から真っ直ぐ、テミスが斬りかかる。それをエイジは甘んじて受け止める。バキッ!


「あっヤッベ!」


 この時、エイジの顔から余裕が消えた。慌ててテミスから距離を取る。


 バスタードソードはその長さと重さから威力が高い。そして彼が持っていた片手剣は、今までダッキ戦などで射出に数度使用されており、魔力充填の負荷もあって弱っていた。そのため…


「ケッ……壊れやがった。ふんっ!」


 大きな亀裂が入り、使い物にならなくなっていた。エイジが苛立ったように地面に叩きつけると、完全に粉砕された。


「ふう、どうです? 諦めてくれます?」

「ふっ、まぁさか! まだまだ剣なんていっぱいあるからねぇ」


 すぐさま余裕の表情に戻る。


「そうですか……ならば、貴方の最高の一、愛剣を出すがいい!」

「ふうん……いいよぉ。別に抜くのが重い剣でもないから。でも……後悔しても知らないよ!」


 そう言うと、エイジは手を正面に伸ばし、空を掴む。ように見えたが、その手には、かのアロンダイトが在った。色は青銅に近い。要はやや魔力が籠った状態。


「可愛がってあげるよォ。失望させるなよ? ふっ!」

「な、なん……て」


 エイジが念を込めると、その刀身が長大化した。刃渡りは実に倍となり、その大きさは彼の身長と同じほど。


「すっかり忘れてたけど、これもアロンダイトの特性なんだよねえ。変形能力。大きくなるときは、魔力から刀身となる金属を生成する。当然重くなるけどねぇ、オレにとっちゃ問題ない。さ、前置き長くなったけど……」


 右手右足を引いて、剣を水平に構える。


「始めようか! ハァ!」


 そこから神速の突き。五メートルもの間合いが一瞬で零に。


「ぐっ、キャア⁉︎」


 素晴らしい反射神経で、その突きを剣の腹で受け止める。しかしその衝撃は伊達でなく。優に数メートルは吹き飛ばされ、そのまま転がっていく。


「うう……」


 だがなお立ち上がる。


「へえ、驚いた。防いだとはいえ、相当の衝撃のはずだが?」


 テミスが剣を支えによろよろと立ち上がっている間、エイジは思考を巡らすと、ある違和感に気づく。


「う〜ん、そういえば、この城に入ってからというものの、なぁんか体が重いんだよねぇ。それに兵士たちも、近衛ということを加味しても相当強い。まあオレの敵じゃなかったけど。もしかして、この結界の効果かなぁ?」


「フン、さすがは魔族だ。気付くか。ああ、そうとも。この結界の中にいるものは身体能力が強化されるほか、魔術発動時の魔力消費を一部肩代わりする。さらに、登録されていない異物には弱体効果を与え続けるのだ。我ら皇家が先祖代々守り、また改良させ続けたものよ。この国を護る、絶対の盾だ!」


「へぇ、何をペラペラといらないことまで。アンタ、皇帝失格だと思うよ。それに今破られてるから絶対じゃないし……てか、帝国のくせにここまで高性能とか生意気な。まあいいよ、参考にはなる。魔王国なら、もっっと良いもの作れるからね。さて、お喋りはここまでにするか」


 イヴァンから目を離すと、テミスに目を向ける。早くも彼女は満身創痍だが、なお戦意は揺るがない。


 剣を引きずりながら、エイジはテミスにゆっくりと向かっていく。対する姫騎士は、目を瞑り一息入れると、再び剣を正眼に構え、様子を伺う。エイジとの距離を一定に保つように、ジリジリと動く。


「うん、バーサークしなくなったのは良いことだが、一つ教えてあげよう。人外、化け物との戦いで、長期戦は禁物だぞと! そーれい!」


 一気に距離を詰め、テミスの剣を下から斬り上げる。すぐ対応できるようにと、力を抜いていたのが仇となったか。甲高い金属音を上げ、剣は手をすっぽ抜けて、飛んでいった。テミスは唯一の得物を失い、狼狽え、そして剣を振り上げるエイジを最期の視界とすると、目をきつく閉じ、次来るであろう痛みに備える。


「…そら、取りに行きな。そんくらいの時間はあげるよ」


 だが、攻撃は来なかった。目を開けると、そこには剣を肩に担ぎながら余裕の笑みを浮かべるエイジが。屈辱に感じながらもテミスは剣を取りに行く。


「喰らえ!」

「だから効くかって」


 イヴァンの背後からの攻撃数発を、一瞥すらせずに指輪魔術で防ぐ。魔術の発動は、見ずとも感覚でわかる。


 テミスは床に刺さった剣を引き抜く。そして振り返ると


「きゃっ!」


 目の前にはエイジがいて、剣を振り下ろしてきた。なんとか防ぐも、すぐさま次の攻撃が。


「そ〜れそ〜れそ〜れそれ!」


 子供の棒振りのように、片手で無造作に、出鱈目な方向から剣を振るってくる。右上、左、右下、上、左下、左上、右、正面……そこに術理などない。だが、魔族の膂力で、二メートル弱もの大剣が、予測できない方向から、短い間隔で襲いかかってくる。受け止めるだけで精一杯。受け止めても、その反対方向に大きく弾かれる。


「あれえ、避けたりしないの?」

「私は…くっ……敵を倒すのではなく、弱き者を守る騎士だ!」


 後ろに守る者がいるとしたら。避けたり受け流したりするのではなく、受け止め防ぐ。そうした鍛錬をずっと続けて来たのであろう。その固い意志に、エイジは感服しこそする。しかし攻撃の手は緩めない。


 剣戟が鳴り響く。アロンダイトから鈍い重低音、ヴィクトリアから甲高い金属音が。剣がぶつかり合う度に音を奏でる。そしていつかの真上の攻撃、テミスは剣の腹を抑え、両手で受け止める。


「ぐうぅっ……」


 上から強い力で押さえつけられ、顔を顰めながら膝が曲がっていく。そして、ふと力が抜かれると


「ふ〜い!」


 いきなり力が抜けたことで、強張っていたテミスは大きくバランスを崩す。その隙にエイジは剣の腹を自分の肩に当てると、刀身越しにタックル。


「うあっ!」


 体前面に大きな衝撃を受けたテミスはまたも転がされる。そしてエイジは腕を頭上に持っていくと、剣を盾のようにし左を覆う。そこにイヴァンの雷撃氷塊闇弾が当たるも防がれた。


「ランク3魔術の三連射。人間では凄いかもしれんが、ウチらじゃデフォだ」


 テミスに目を向ける。彼女は先ほどよりは早く立ち上がる。だが、手が震え、剣を取り落とす。先ほどから受け続けた衝撃のせいで、手に力が入らないのだ。


「どうする、もう諦める?」

「誰が!」

「あそ。まあ、させるつもりもなかったけどねぇ!」


 エイジは剣を肩に担ぐと、大きく前へ跳び上がろうとする。


「使いたくありませんでした。だが、致し方なし! 『レガリア』‼︎」


 彼女の叫びに呼応し、鎧が光を発し始める。


「ハァアア‼︎」

「うえっ? おわっ!」


 エイジの斬撃はテミスの剣とぶつかる。だが、テミスのバッティングに情けない声を上げて、今度はエイジが吹っ飛ばされた。


「なんだよそりゃあ……いてて」


 吹っ飛ばされ仰向けになった状態から、言葉と裏腹に痛がる様子もなく上体を起こすと、座り込んだままテミスを見る。


「レガリア……王家の装備ってとこか。なら、なんでそれを最初から使わなかった」

「それは……言うと思いますか?」

「ふっ、その辺り君はお父上より賢いよ。まあおおかた、使用中は体にかかる負担が大きいんだろ」


 エイジは立ち上がると、服を払って埃を落とし、剣を拾い上げず、手元に召喚して構え直す。


「さあ、短期決戦したいならお早めに」

「言われなくても!」


 此度はテミスが距離を詰める番。剣をやや上段に持ち斬りかかる。それに対しエイジは彼女の頭上に突きをすることで、剣の軌道を逸らす。テミスの手がすぐさま返され、下段から切り返しが来る。エイジは大剣を突き立てると。高跳び棒のようにして退避。追い打ちの突きに剣の腹を合わせると、絡め取るように時計回し。すぐさま剣の根本を根本で押さえつけ、エイジ有利の鍔迫りに。


「どう? 戦いにくいでしょう。君の剣は真っ直ぐすぎるからね、こういうのらくらした剣、苦手だと思ってさ」


 テミスは少し下がると、身を後ろに捻りながら円を描くように剣を下から上へ、そのまま振り下ろすが、そこにエイジの姿はなく。


「こっち。目を逸らしちゃダメでしょ」


 捻る時、目線が一瞬それた。その隙に真横に。


「フッ!」

「だめだめ、焦り過ぎ」


 剣を振ろうとしたテミスの手首を、左手で掴んで止めてしまう。


「よいっ」


 次の攻撃姿勢を取られる前に、足払いでこかして妨害。また距離を取る。


 テミスはすぐさま追い、攻撃を仕掛ける。だが、その悉くは、剣を沿わせたり横から打たれて弾かれることで軌道が逸らされ、剣先で根元が押さえられたり、掴まれたりローキックで体勢を崩されたりと、満足な攻撃ができない。


「どーだ、出頭押さえられて満足に攻撃できない気分は。実はオレさ、闇雲にガンガン攻めるより、こういう時間稼ぎ系の戦いの方が得意なんだよねぇ。この隙に相手の手の内割り出したりとか。多彩な能力が、その後押しもしてくれる」


 弾幕、硬直、幻影など、その気になれば幾らでも惑わし続けられる自信が、エイジにはあった。


「さあ、そろそろ負担が厳しくなってきたんじゃない? ギブアップする?」

「……くっ」


 先程までの威勢はいつしか消えていた。


「テミス!」

「無駄無駄」


 イヴァンの魔術、その一つ下のランクの同属性で易々と打ち消すエイジ。魔力の質は、次元が違う。その魔力が込められた術の威力もまた然り。


「うくっ…」


 テミスの装備から光が消える。つまりそれは、活動限界だ。


「だから言ったでしょ、長期戦は禁物だって。オレ、まだまだ余裕あるよ? じゃあちと、ハッチャケちゃおっかな」


 テミスに背を向け、部屋の端までゆっくり歩いて移動するエイジ。端の方まで行くと振り返り。


「君にこれが、受け止められるかな⁉︎」


 右足を引き、左手を刀身に添えながら、右手も引いて水平になるように剣を構える。


「あの構えは…!」


 アロンダイトを持ち出した時、最初に見せた、あの突きが来る。だが、先ほどと距離は四倍ほども離れているはずだが。


「ハァ!」

「……ッ! アァッ!」


 来る! そう感じた瞬間、テミスは一時的にレガリアを再起動。斬撃を放ち、彼がしたのと同じように、その突きの軌道を逸らしてみせた。


「ほおう、素晴らしい。今のは割と本気で打ったんだけど」


 突きの勢いのあまり、端から端まで移動してしまったエイジ。だが彼はまだ、右手足が前に出た、突き終わりの体勢から動かない。


「んじゃ、それに敬意を表して。とっておきを見せてあげよう!」


 剣を両手持ちに変えると、左腰まで持っていき、上体を全力で捻る。そして魔力を込めていき、刀身が青白く輝く。


「奥義ってやつだ」


 その刀身を見た瞬間、テミスは総毛立った。これは、避けねばまずい。


「逃げて下さい、お父様‼︎」


 そう叫びつつ、剣の軌道的に安全地帯と思われる左側へ、全力で飛び込む。


「ハァァァアア!!!」


 右足を軸とした回転斬り。放たれた瞬間、その軌道上に斬撃が飛んだ。その正体は、込められた魔力。左下の振り初めから右上の振り抜きまで、その軌道の跡はくっきりと残った。


 物陰から這い出してきたテミスは、斬撃痕を見てゾッとした。壁は大きく抉れ、振り抜きでは煙に覆われた空が見えていた。


「どうかな、自分的には、初めて撃った割には結構凄いと思ったんだけど」


 凄いどころではない、と思ったが慌てて剣を構え、目の前に現れた彼に備える。


「ふむ、まだやる気か。いいねぇ、楽しいよ」


 距離を取り、レガリア再起動。テミスからしてみれば、楽しいなどとんでもない。


「じゃあ行くぞう!」


 一瞬で詰め寄り、上段斬りをかまそうとする。対するテミスは受け止めようとする。


「えっ…」


 受け止めたはず。だがすり抜けた。


「はっ!」


 そのまま剣の腹で殴られる。


「ケホッ…なにが…?」

「よく思い出しなよ、最初のオレの剣の形を」


 彼の手には、先程の三分の一、通常の三分の二ほどの短い剣があった。大剣からいきなり刀身を短くしたことで、テミスの目測から外れ、防御をすり抜けたのだ。


「言ったでしょ、変形能力あるって」


 剣の腹でぽんぽんと左掌を叩きながら、呑気に構えている。


「そら、こんなこともできるんだぞ、と」


 刀身が細く、レイピアとなる。そして魔力が込められ、青白く輝く。


「ほいっと」


 突きの軌道上、計五発の刺突が飛んでいく。先程の回転斬りと同じ要領だ。


「こんなに魔力を充填したり放出したりを繰り返すと、一般の武器じゃすぐにダメになる。魔導金属製だからできる芸当だな」


 刺突は適当に撃ったため、ダイブするように緊急回避したテミスには当たっていない。刺突を打つと、再び大剣に戻す。


「ふっふふ、貴方も性格が悪い」

「おん?」


 テミスがふらふらと立ち上がりながら、含み笑いする。エイジも自分の性格が悪いことくらい分かっているが、どんなことなのかと気になる。


「私如き、殺そうと思えば、いくれでも殺せているはず。だが、今私は生きている」

「ああ、甚振ってるから? うん、言ったでしょう、可愛がってあげるって。すぐに終わってしまったらつまらないもの」

「本当、最低ですね」


 話しているうちにテミスは立った。エイジも構え直す。


「そんで、キミは魔術を使わないのか?」


 声を掛けると、再び距離を詰めようとしたテミスの動きが固まる。


「私には、魔術を放てるような魔力などない。いやそもそも、私は魔力を持たない」

「え、うっそだぁ。結構な魔力があるはずだよ、キミ。人間の中では上級、あそこのお父様と遜色ないんじゃない?」

「ッ⁉︎ そんなはずは……エンチャント! ……ほら、この通りだ」


 武器を強化し、属性を纏わす魔術、エンチャント。ランクは1で、込める魔力の量と質によってその効力が変わるが、魔力を持つ者で失敗することはほとんどない。


 実演し、悲しそうにしたのち、テミスは顔を上げる。そこには、どこか吹っ切れたような表情があった。


「決めました……私は此処を死地と定める! レガリア、リミッター解除!」

「よせ! 死ぬつもりか⁉︎」


「そうだと言いました。それに、妹がいますから、私如きがいなくなっても、大丈夫でしょう。……さあ、魔族! 覚悟はいいか!」


 正眼に聖剣を構えるテミス。その剣と鎧は、より強い光輝を放つ。彼女の、命の輝きだ。


「自己紹介したはずでしょ? 名前で呼んでよ、悲しいなぁ……」

「……魔王軍幹部エイジ、覚悟! せああ!」

「幹部と言ったつもりはないが……ま、いいか!」


 両者は部屋の中央でぶつかり合う。


「おおっとぉ、重いねぇ!」


 エイジも両手持ちで対応する。王家の装備、その真の力を解き放ったテミスは、エイジの膂力に肉薄した。


「せいっ! はあぁ! や!」

「ふん、うーり! てあっ、とーう! ちょいさァ!」


 ほんの数十秒に、何十回と斬り結ぶ。ぶつかるたびに高揚し、加速していく攻撃。最初の方こそ余裕で、楽しくなっていった応酬だが。


「なにっ!」

「うあぁあア!」


 次第に押される。膂力という条件が同じならば……戦闘経験の多い彼女に分がある。さらに、エイジの攻撃と鎧の反動で、極限状態になった彼女の集中力は研ぎ澄まされていた。徐々にエイジは攻撃することから、防御の方へシフトしていく。そしてそれは……詰み。


「なぐっ……ぐぁ⁉︎」


 最初は掠りだった。それが次第に大きくなり、遂に彼の肩に攻撃が届く。


「まさか、オレが圧倒されるとは…」

「相手の癖に、慣れていっているのは………はぁ。あなただけではないということだ! しかし、やはり防御も優れているか……直撃が効かないとは……ゲホッ」

「へっ、面白え……面白えぞ、テミスさんよォ!」


 獰猛な笑みを浮かべると、再び距離を詰めて斬り合う。エイジとて初めて経験する、激しい剣戟だ。テミスは今にも倒れてしまいそうな限界状態ながらも、敵の動きを認めると応戦。力を振り絞り、剣を上げると、再び数十秒ひたすら振るう。


「ふふっ、いいじゃないか。素晴らしい剣術と根性だと思うよ。きっと、幼い頃から一心に剣を振ってきたのだろう」

「はぁ…はぁ…はぁはぁ…はぁ……あなたとて、そうでは、ないのか?」


 両者、大きく離れる。まだ余裕ありげなエイジに対し、テミスは息が絶え絶え。


「ふふん、ゴメンね。実はオレさ、キミが聞いたらきっと驚くほど、戦闘経験短くてね」


 テミスの見当違いの返しに可笑しく感じながら、それでも気分良く話す。


「けどなぁ、歴戦の戦士たる魔王国幹部の指導に、キミらお抱えの帝国兵。幻獣に何十何百もの魔族、そして魔王様! 一回一回で得る経験値が、ダンチなんだよ!」


 エイジが距離を詰め、満身創痍のテミスに、出鱈目攻撃をお見舞いする。しかし、テミスとて先程の攻撃からパターンが読め、鎧の加護で吹き飛ばされることなく、冷静に相手の攻撃を防げる。そして、敵の左脇腹、完全ノーガードであることを見抜き。


「そこ‼︎ …え」


 左脇に放った突き。その刀身を摘まれると、ぐいと引き寄せられ。


「せえい!」


 バキリと音がする。右肘と右膝で、テミスの前腕が挟まれ、粉砕された。


「くぅ…」


 だが、テミスの腕は無傷。ヒビ割れたのは籠手だけだ。


「誘導成功。オレがそんな抜けてると思った? 甘いって。……って、いった!」


 打ちどころが悪かったか、肘と膝をさするエイジ。隙だらけだが、倒れたテミスはもう狙えない。


「ふう、いてて。……え、まだやるの?」

「とう、ぜん…!」


 不屈。剣を取ると、体を起こす。腕が動く限り戦い続けるつもりのようだ。


「マジか……すごいよまったく!」


 流石に痛々しくなってきて、鍔迫り合いでかなり力を抜くエイジ。だがテミスは感覚が麻痺し始めているのか、それに気づく様子はない。レガリアの出力も、ダメージからか大幅に落ちてきていた。彼女の力はもう、戦いを知らない少女程のものだった。


 そんな金属の擦れる音の中、エイジの耳はある音を捉えた。気づくと、エイジはテミスを軸とするように、回転し移動。背中合わせになったところで剣を薙ぎ、イヴァンの放ったランク4炎魔術を斬り払う。


「威力も低けりゃ狙いも甘い!」


 剣の柄でテミスの腰部を殴り、押し飛ばすと、イヴァンを指差し、ビームで左脇腹を射抜く。


「ぐぅっ……ゴホッ…!」

「お父様‼︎」


 テミスの悲痛な声が響く。


「ほう、お父様ねぇ。そいつ今、キミごとオレを攻撃しようとしてたけど。こんな奴が…」


 テミスとイヴァンのちょうど間、エイジは立っている。テミスは近寄れない。


「それは、私の意思だ‼︎ 国を護るが我らの務め! 私には、代わりに国を継いでくれる妹がいる。ならば今この場で! たとえ道連れであろうとも、貴様を葬れば一矢報いることくらいは叶う! 父を批難するな!」


 なお揺るがぬその意志。エイジは眩しそうに目を細めながらも、悲しそうな顔をする。


「ッ⁉︎ いえ…そんな………まさか…!」


 その顔。テミスは気づいた、気づいてしまった。よく考えれば、声も、顔も、性格や考え方さえも。どこか、あの人を感じさせる。


「まさか……貴方は………アイ、ザック…?」


 震える声で、蒼白となった顔で、テミスは後退りながら、その名を、遂に口に出してしまった。


「あ〜れ、バレちゃったぁ? ふ、そうよ……そのまさかよ‼︎」


 一瞬、エイジは自分に、アイザックとしての幻影をかける。テミスは剣を取り落した。


「まさかバレちゃうとはね。とはいえ、バレなかったらバレなかったで悲しいケド。そう、アイザック。潜入用のボクの偽名。あの時、検問で通すべきじゃなかったんだ。じゃなけりゃあ、こんなことにはならなかったかもしれないのに」


 テミスは崩れ落ちた。


「キミが話してくれた情報、実にこの侵略の発案に役立ったよ、ありがとう。この国を治め守る者が、滅びの要因を入れて、あまつさえそのお手伝いしちゃうとは、なんたる皮肉よな」

「テミス……」


 その顔は、絶望に染まり上がっていた。



 エイジは、この顔が見たかった。この顔を拝むために、わざわざ帝城へ一人忍び込んだのだ。だが、実際目の当たりにしたら、どうだ。まるで満たされなかった。むしろ、見たいなどと思ってしまっていた自己を、心底嫌悪しただけだった。



 テミスは、完全に戦意を喪失した。イヴァンもまた腹に穴が空いており、下手に動けば失血でそのまま死んでしまう。さて、エイジはどうしたものかと悩む。殺すつもりはなかったのだが、この状況で、次どうすれば良いかと考える。


「さーて、キミたちをどうしてやろうかねぇ」

「くっ……なぜ、なぜ誰も応援に来ないのだ!」


「なんで玉座の間がこんなにも騒がしいのに兵士たちが来ないのか。そのくらい薄々勘づいているんでしょう? そう、その通り。ここに来るまでの間に彼らを全滅させたからですよ」

「なんだと⁉︎ この帝国の精鋭達が…」


「所詮帝国などこの程度。大人しく滅んで__」

「陛下! 皇女さま!」


 衛兵どもがなだれ込んできた。まず彼らが見たのは、大きく抉れた壁。次に項垂れるテミス、そして腹に穴の空いた皇帝だ。


「なんだ…この状況は⁉︎」

「おっとぉ、扉を封印したり、城中に罠を張って足止めしていたはずなんだけど」

「ふっ、やはりブラフでしたか」


 なんとテミスは、早くもショックから立ち直ってしまった。予想外であるが好都合。……否、無理をしているだけだ。兵の前で、戦姫たるもの無様な姿は見せられない。


「ものども、かかれ!」

「「オオ‼︎」」


「いや、ホントに半分くらいは殺ったはずなんだけどね。仕方ないか……ボクと姫さまとの楽しい逢瀬を邪魔するなら、お望み通り殺して差し上げよう‼︎」


 周囲に武器を何十と展開、連続で打ち出す。さらに、ランク3,4級の魔術もいくらか織り交ぜる。四十秒ほど斉射すると、敵は完全に沈黙した。


「なぁんだ、帝国兵ってのはこんなものかぁ? ……弱いなぁ、弱い。がっかりだよ」


 向かっていった順に犠牲となり、攻撃するどころか近づくことすらできなかった。


「さて、これで邪魔者はいなくなった。さあ、続きを始めようか?」


 この光景を見て二人は絶句、否、絶望したようだ。エイジが微塵も本気を出していないことに気が付いたのだろう。


「残念ながら、オレは剣より魔術が得意なんだ。それに今見せたような能力もある。さあて、どう出る?」


 ニヤニヤしながら剣をクイクイして煽る。相手は動かない。万策尽きた、といった様子だ。どうしようもなく、彼の出方を伺うだけだ。


『……、……! ……、……!』

「ん?」


 何かが、聞こえる。


『エ……、エ……ジ、おいエイジ、聞こえているか‼︎』

「ああ、通信機か」


 ポケットの中から声が聞こえた。ここで話しても、通話相手は魔族語で話すから敵にはわからないはずだろう、と取り出して通話を始める。


「うん、どうした? その声はレイヴンか?」

『やっと応答したか! おい、よく聞け、緊急事態だ。南から増援が現れた!』


「近くの村の人かな? それなら迎え撃てばいいじゃないか」

『違う! アイツらは村人じゃない。王国の兵団だ‼︎』


「なっ、王国兵だと⁉︎ そんなまさか‼︎ ありえない! 帝国と王国は対立しているはずだ⁉︎」

「フアッハッハッハ‼︎ ゴボッ…」


 突然高笑いが聞こえた。声の元はイヴァン皇帝だ。


「腹に穴空いてんだから無茶すんなよ…」

「残念だったな、魔王軍の。ワシら帝国と王国は貴様らの脅威に対抗する為、秘密裏に手を結んでおったのだよ」


「ウソだろ⁉︎ クソッ、完全に予想外だ…」

「流石のワシも肝を冷やしたわい。さて、お主らはどうするかの?」


 __くっ…どうする? どうすればいい!__


 まだやりたいことが残っているが仕方ない、と暫し悩んでから切り替える。決断してからのエイジは早い。


「魔王軍全隊に告ぐ! 直ちに戦闘行為を中断し転進、全速力で撤退だ! 急げ!」


 通信機に向け怒鳴った後、敵に背を向けて…… と、足を止め振り返る。


「ああ、そうだ。この借りは決して忘れない。また会いに行くから。じゃあな」


 今度こそ背を向け、全力で外に向かった。


「ふっ、借りがあるのはこちらの方だ……また会いに行く、か。望む、ところです」


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