7 戦場の逢瀬 ①/3
『……は⁉︎ 何のつもりだ! 計画にないぞ!』
「楽しめっつったのは、そっちだろう?」
『うぐっ…』
「全隊が出撃済み。かつ既に撤収陣形。合図係はもういらない。それに俯瞰の役目はエレン隊に任せればいい。てなわけで行くよ。約束、果たさないとね」
エイジは通信を切ると、シルヴァに目配せし、屋根から屋根へと移動を始めた。
「なぜ、帝城に向かわれるのですか? 皇帝の殺害は計画にありません。それに、貴方は反対していたではありませんか」
エイジと一定の距離を維持したまま、ネコのような軽やかさでシルヴァは跳んでいる。
「ん? ああ、殺すつもりはないよ。刃を交えるだけ……そう、ホントにただの謁見だよ」
刃を交えるのが謁見なわけないだろう、と思いつつも、シルヴァは文句も言わず素直についていく。
「あ、そうだ。はいこれ」
エイジはあるものを放り投げる。
「これは……通信機、ですか?」
危なげなく取り、宝石の塊のようなものを観察するシルヴァ。
「これはオレと君だけを結ぶプライベートチャンネルだ。試作型の強化モデルで、帝都の真ん中から外まで通じる程の性能。はぐれたり、二手に分かれた時に連絡とるために持っておいてくれ」
「はい、承知しました」
「よし、見えた。あそこが目的地」
周囲が火の海と化す中、ただ帝城だけが無傷のまま威容を誇っていた。
エイジ達は、王城の前の建物の屋根から様子を伺う。門に見張りが四人、正面広場に二百人を超えるほどの衛兵が待ち構えていた。
「無傷? ……なんだよ、障壁が張られてたのか。なんでエレンは報告しない……」
いつからか、帝城敷地内を覆うように魔術防壁が張られていた。上空からの生半可な攻撃では揺るがなかったのであろう。
「まあいい。なら内側から壊すまでだが……結構いるね。正面突破か潜入か」
「私はどちらでも構いませんが、潜入を勧めます」
「……入ってから一悶着あるから今のうちに倒しておきたい。といっても正面から突っ込むのは手間が掛かる。奇襲かけようにも見張りが……」
「では、私にお任せください」
そういうとシルヴァは背負っていた洋弓を手に取る。大きさは彼女の背丈よりやや小さい程度で、洋弓にしては大きめ。彼女の弓は一般制式装備とは一線を画す特別性らしい。リムと弦だけの簡素なつくりではなく、アーチェリーのコンパウンドボウのように、滑車にスタビライザーやサイトとスコープなどのパーツがついている。だが少し気になる点も。
「あれ? 弦は?」
「………」
弓を番えるための弦がない。加えて、シルヴァは矢筒さえ携帯していないのだ。
その指摘に、シルヴァはちょっとがっかりしたような顔をしたのち弓を持ち直すと、上端と下端から魔力の線が出て、繋がり、弦ができる。そして矢も形成された。弦と矢の色は、深い紫。
「おお、すごいな! 魔力で形成されるのか」
感心されたら気を良くしたのか、雰囲気が柔らかくなった。弓を持った瞬間から放っている殺気は微塵も揺らがないが。
「じゃあ、見張りを倒してくれ。なるべく殺さないように頼むよ」
一瞬怪訝そうな顔をしたが、
「はい、承りました。では、矢の貫通力より着弾時の衝撃を重視するよう特性を変更しますので、少々お待ちを」
すぐ表情を消し、敵に向き直り、左手で弓を引く。リリーサーは使わず、グローブすらなしで指で引いている。
「すごいね、すぐ要望に対応してくれるとは……え、それ金属製だよな? まさか、魔導金属製⁉︎」
「はい。おっしゃる通りです」
引いた瞬間、しなったのだ。金属でできたはずのリムが。しなることができ、矢を射出するために必要な復元力……弾性力も備えている。つまり形状記憶合金。これほど特殊な性質を備えている金属であらば、魔導金属しかないだろう。
シルヴァの弓は、形状が特殊だとは言ったが、この世界の文明はおろか、地球ですら存在したことのないようなものだ。ハンドルの周りは幅広だが、リムは狭くなっていく。そして黒光りする上下リムのそれぞれ外側に、白銀に輝くパーツがあるという二重構造。外側のパーツは見るからに鋭く、白兵用であることが窺える。見た目はさながら両刃刀。黒い部分のみがリムとしてしなり、外側刃の部分は変形しないようになっている。弓全体には、ベリアル第二形態のものと似た色の、明るい紫のラインが走っており、見た目もまた芸術品のように美麗であった。また、左利きのシルヴァでも扱える、両利き対応の弓である。
「まるで、キミ専用の弓だな」
「ええ、手に馴染みます。ですが、手にしたのは最近。試射したことはあれど、実戦で用いるのは初めてです。少し、緊張しておりますが」
普段極めて冷静な彼女が緊張しているなどとこぼすとは珍しい、と意外そうなエイジだ。だがシルヴァは狙撃体勢に入っている。もう口は挟まない。
「狙いが定まりました。では、撃ちます」
次の瞬間、シルヴァの手がブレた。
「え……」
かと思うと、見張りは地に倒れ伏した。エイジの動体視力をもってしても手の動きを見切ることができず、何が起こったか理解するのに数秒かかった。
「始末完了しました。次はどうなされますか?」
__この秘書、ヤベェ……カッコよ。オレいるか、コレ?__
「……あっ、ああ、狙撃可能距離と、中距離連射速度はどのくらい?」
「精密狙撃ならば、あの待機している隊の最後尾がギリギリ、ですか。それ以上はややブレます」
その距離実に300m強。突撃銃の有効射程よりも長い。それホントに弓の射程かと疑いたくなるほどだ。
「連射速度は、最高で一秒に四発でしょうか」
弓のくせに、連射速度はハンドガン並み。むしろ上回るほど。
「……トンデモねぇわ」
「恐悦至極です。ですが…結界は健在です。見張りは倒しましたが、いかがいたしましょうか?」
正面入り口からしばらく進んだところ、強固な障壁は未だ健在。通るには破壊するか、透過できる特殊な物が必要になろう。
「そうね……んじゃ、こっからはオレの仕事だ。正面広場の奥に、四棟の見張り塔が見えるだろう?」
「はい。それがどうか?」
柵と繋がるように、石塔が長方形の頂点になるよう設置されている。
「はいコレ、なーんだ?」
「札……ですね」
エイジはどこからともなくお札を取り出した。その札には金色の紋様が描かれている。
「ただの札じゃない。ダッキ特製の呪符だ。これを貼っつけて、結界を弱体化。さらにオレが術式介入して不安定に。そこをぶん殴って力づくで壊して、オレが正面からのんびりと侵入する。敵の注目を集めている隙に君が見張り塔を制圧、そこを狙撃ポイントとして火力支援を頼む」
「分かりましたが……大丈夫なのですか?」
「はぁ…オレが信頼できない?」
「い、いえ! 決してそういうわけでは…!」
「あの数の魔族を相手に大立ち回りをしたのはキミも見ていただろう? むしろオレはキミが心配。接近戦できる?」
「……全くの不得手です」
不甲斐なさそうに俯く。普段とのギャップにときめきかけるエイジだが、今はそんな時ではない。
「その弓ってさ、上下分離できない?」
「できません。接合部があると、構造的に強度が落ちてしまいますから。加えて、この弓の刃は使いにくいのです。集団同士の戦いや閉所での戦闘では取り回しに難があり、それならこちらのダガーのほうが良いのです」
「本当に咄嗟の時しか使えぬ、ほぼ飾りと……了解。じゃ、別行動開始だ」
「ペタリペタリと……あとは介にゅ…あっつ⁉︎ 攻性防壁とはね……」
バチリという音と共に、何かが焼ける音がする。音がしただけで彼はほぼ無傷だが。
「防御強化っと。………よし、成功。あとは……うらァ!」
アロンダイトでブン殴ると、ガラスの割れるような音がすると、正面の防壁が破れた。
「ん? あーりゃ、全部は割れないと……こりゃブロックごとに術式異なってる感じ? 帝国のくせに洒落たことを……」
壊れたのは正面の一部だけで、他の大半は残っていた。
「まあいい。コイツは参考にさせてもらおう。魔王国の技術で以って! もっと高性能なモン作ってやるよ!」
そう吠えると、通信機を取り。
「シルヴァ、すまんが正面しか破壊できなかった。オレの影に入って侵入してくれ。そうそう、結界を維持してそうな装置があったらついでに壊しといて。では、いくぞ」
防壁を堂々と破壊し、エイジが正面から悠々と入ると、目視した兵たちが警戒態勢に入る。それを確認しつつ通信機を取る。
「狙撃ポイントの位置と到達時間は?」
『あなたから見て左後ろの見張り塔、到着し制圧しました』
「えっ、もう⁉︎ 仕事速すぎない?」
「次の指示を」
エイジが驚いているうちも、淡々と指示を乞うている。予想以上過ぎて、しばらく言葉が出なかった。
「その場から狙撃して他の見張り塔も落とせ。終了次第正面左奥の塔へ移動。そこからオレの攻撃に合わせて射撃。半数片付いたら降りてきて。そしたらオレと合流して波状攻撃にて殲滅。以上、疑問は?」
『ありません。了解です』
返事を聴くと、エイジは魔力弾を作り、目の前の噴水にぶつけて爆破する。噴き上がる水を大きく跳び越え、敵の眼前に着地。
「残念なお知らせです。君たちはもう終わりだ!(今だぜシルヴァ)」
演出も相まって、敵はエイジを注視しているため、見張り塔を落とされていることに気づけない。近衛先鋒が踏み込み、エイジが迎撃体勢をとった頃には、塔は全て制圧されていた。
『目標地点に到着しました』
「よし、じゃあ、始めようか!」
エイジは敵に囲まれつつも、それら攻撃を軽くいなし、シルヴァの報告を受けると水平全方位に一斉に武器を撃つ。先鋒が倒されると、衛兵らは盾兵を前に槍衾を張る密集防御陣形を取る。こうなると、切り崩すには少し厄介。だが…
「頼むぞう」
「射る!」
正面に防御が集中したところに、横からの狙撃が脆弱な箇所を的確に撃ち抜いていく。今度は狙撃で注意が逸れたところに、空いた箇所にエイジが前衛を飛び越えて着地、全方位攻撃で食い破る。そうして、みるみるうちに敵の数は減っていく。
「そろそろこっち来て」
連絡すると左側の塔から影が落ちて来た。確認すると左の兵士に魔術を撃ち込み、道を拓いて二人は合流する。
「いい仕事だった」
「お褒めに預かり光栄です」
シルヴァは彼のやや後ろに立ち、弓を引き直す。
「近距離戦いくよ!」
「問題ありません」
エイジは再び武器を呼び出し、魔術を織り交ぜながら前方のみに集中して撃つ。その派手な攻撃の隙を縫って、シルヴァが正確に相手の隙を狙い撃ちしていく。この二人の前に、敵は全く接近できずに倒れていく。
「シルヴァ、後ろ頼む」
「承知!」
シルヴァは背後と側方から迫る敵に対応すべく、後ろを向く。エイジは正面を向いたまま、射撃をより精密に細やかくする。
「はっ!」
弦を消すと、持ち手を両手で握り、上弦で眼前の者を斬る。すぐさま弓を返し、下弦で右からの攻撃を受け止め、蹴り飛ばし、左手持ちに切り替え手首を回すように上弦で袈裟斬り。
「エイジ様には指一本触れさせません」
弦を再び張ると、自身は逸れつつ弦で後方からの斬撃を受け止め、回転させて上弦で斬り、弓持ちになおる。先程とは上下逆持ちだ。
「この距離なら!」
スタビライザーもサイトも逆だが、二十メートルの距離、外すことなく三人撃ち抜き、ゆっくりと順手に戻す。
「片付きました」
「ご苦労。こっちも殲滅完了と」
死者は少ないながら、全ての兵士が戦闘不能となった。あの狙撃の腕とこの戦い方、シルヴァは戦士というより暗殺者のようだ。
「さて、正面の守りは突破したし、オレは中に入るよ。……にしても、案外戦えるじゃないか」
「条件が良かっただけです。ところで、私はどうすればよろしいでしょうか」
謙遜するシルヴァを頼もしく思いつつ、エイジは階上の城門を見やる。
「そうだね。途中まで同行してくれ。玉座にはオレ一人で入るから、その間に罠張ったり不意打ちしたりで城内の兵を撹乱し、減らしてくれ。それと……決して無理はしないよう。キリよく感じたり、危なくなったら外へ脱出して」
「貴方を置いてはいけません!」
「近接戦闘苦手なんだろう? それに、屋内だよ」
「…………承知、しました」
命には不服であるが、筋が通っている以上、感情で反論できるほどシルヴァはワガママではなかった。
「何かあったら連絡取るように。では散開するぞ」




