3 異世界での初日 ②/3
「魔王様、取り敢えずこの大陸と魔王国については分かったので、人間達については明日お願いします。次は魔術について教えて下さい‼︎」
「魔術か。その前に、お前の世界の魔術について教えて欲しい」
「オレの世界の魔術だって⁉︎ そんなものありませんよ‼︎ それどころか魔物や魔族もいません。そんなものは想像上のものです!」
「「「ッ!!!」」」
稲妻が走ったかのようにその場の全員がフリーズした。
「なっ……魔術なしで、そんなに発展したというのか⁉︎」
「まあ、魔術が無いからこその発展ともいえるでしょうけど……という訳で魔王様、魔法や魔術などという、私が今まで実際には見たことないものばかりどころか、実在しないと思われていたものなので、かつてないほどワクワクしています! 早く教えてください!」
エイジの目は輝いていて、えらく興奮しているのは一目瞭然。そりゃそうだろう、魔術は人類のロマンだ! と語るような男なのだから。
「分かった分かった。少し落ち着け。」
魔王が彼を宥める。確かに、落ち着いていなければ深い理解は出来ないだろう。と判断し、深呼吸をしていくらか興奮を落ち着ける。
「では魔術について教えるが、一つ注意点がある。魔力、そして魔術はこの世界を語る上で外せない。難解で長い話が続くが、覚悟はいいか?」
「ええ、もちろん! 今の私は熱意が漲っていますからね!」
__それにそこそこ優秀な理系国立大学に通っていた身、地頭はさほど悪くはない! はず……。偏差値50強だし。内容にもよるけど、理解にはさほど苦しまないはずだ__
「それでは今度こそ始めるが、その前に。お前、先程魔法と言ったな?」
「え? はい、言いましたね」
「まず前提として、魔術と魔法は違うものだ。『魔術』は魔力を用いて、詠唱と陣を媒介にして理論的に現象を引き起こすもの。『魔法』とは理論を用いず、奇跡とも言えるような、不可思議な現象を引き起こすものだ。超能力とも言えるだろう。とはいえ、魔法と呼べるのは、複雑な事象だ。理論なく火を起こしたり、風を吹かせるなどというのは、ある程度訓練した者なら、誰でもできてしまう」
「なるほど。理解しました」
まず、魔術と魔法は異なるもの、と。
「魔法なんていうのは、それこそ神々の権能などだ。他にも__」
「あ、ワタシ魔法使えるわよォ?」
バッ、とエイジの顔がモルガンに向く。注目された彼女は、嬉し恥ずかしな様子。
「サキュバスの能力って、知ってる?」
「人に夢を見せて、精気を吸い取る」
「あらァ? だいせいかーい!」
一瞬驚いた後、OKサインとウインクをする。
「エイジの世界で、魔族は想像上のものなんだよな?」
「はい、その通りです魔王様。奇妙な符合もあったものだ……」
「私たち魔族には、特殊能力があるのォ。例えばァ、私たちサキュバスは夢を操作したり幻を見せたり。ヴァンパイアはコウモリを従えたりィ、体外の血を操作しちゃう、なんてこともできるのォ」
「でね、これが面白くってさ。僕の調べたところによると、魔族が魔法を行使するには、角とか翼とか輪っかとか牙とか、特有の身体的特徴が関係しているらしいんだ。これはどうやら、数万年以上前からの進化の過程で__」
突然割り込んできたのは、金髪エセ神父青年ノクト。だがそんなことより…
「進化! 進化論だって⁉︎ 天動説が信じられているこの世で、そこに至るのか……ってことは遺伝とかについてとかも知ってるってことか⁉︎」
「あれ、そんなにすごいことだったんだ? へへへ、エイジクンに褒められちゃう程なのかあ」
「ノクトは、生物の身体構造などについて詳しい。しかも、魔術の造詣が深く、戦闘にも秀でる万能幹部だ」
「そんな、それほどでもないですよ」
照れた様子で謙遜している。もしかして、この男は……
「では改めて。魔術の実演をしようではないか」
ノクトについて考えようとしたところで、ベリアルの言葉で遮られる。
「私の手に注目したまえ。『炎よ』」
魔王様が出した掌に、内側に線や文字らしきものが赤で描かれた円盤が出現し、そこから炎が吹き出た。
「これが魔術だ。空間に満ちる魔力や、体内で作られた魔力を使って発動する。特に空間にある魔力を『マナ』と呼称する。また世界の地下には大きな魔力の流れがあり、これを『地脈』という。特に大きなものは『龍脈』とも言うがな。そして今出た模様が『魔術陣』。これを覚えて、頭で思い描くと念じた場所に出る。私ほどになるとこのように……」
魔王様の両肩の上にさっきと同じ魔法陣が出現した。ただ、今度は炎は放たれなかった。
「私は慣れているからな、この程度の魔術なら詠唱も必要ないし、発動タイミングも自在だ。」
赤い陣と火。これにエイジはピンときた。
「魔王様、もしかして魔術って属性がありますか?」
「ああ、あるとも。基本的には火、水、氷、風、雷、地、光、闇、無の『9属性』だ。この中でも基礎と言われるのが、火氷風雷。」
「やはり、属性同士には相性が?」
「ああ。無属性以外には、別の属性、それと同じ属性同士それぞれ有利不利がある」
その通りだとするなら、重複を許す組み合わせから、9C2より36通りあることになる。
「何故水と氷は別なのですか? 元は同じ物質では?」
「そうなのだが、固体と液体では性質が異なるからというのと、氷と言っても冷気も扱うからだ。さて、先程言った9属性の中でも、基礎と言われているのが火氷風雷だ。髪の色から判断すると、お前はまずこれらをやってみるといい」
「髪の色? 髪の色でそんなことが分かるんですか⁉︎」
魔術についての知識を得るたびに、彼はどんどん興奮していく。
「ふふっ、今度は私が教える番か。なかなか楽しいな。よいか、先程言ったように、魔力は体内で作り出せるのだ。心臓の近くにある『幻魔器』という魔力を作り出す器官によって生成される。上位の魔族はほぼ全てが体内に幻魔器を持っていて、人間にも一割ほどの才能ある人間が持っているらしい。どうやら親が幻魔器を持っていると、子に遺伝する事が多いと聞く。因みに後天的に幻魔器を移植することも不可能ではないぞ。当然大きなリスクを伴うがな」
ベリアルは人差し指をエイジの胸の中央にあてがう。まるで、ここにあるんだぞと示すように。
「でだ、この魔力器官、幻魔器は体内にあるのだから、当然体に影響を与える。例えば髪の色だ。この色で、その者が得意とする魔術の属性の傾向を判断できる。赤色ならば火属性が、藍色なら水、水色が氷、黄緑色は風で、緑が地、そしてオレンジが雷を、だ。光なら金髪になり、闇属性は紫色になる。ピンク系統の髪は、回復や強化などの支援系の魔術に優れるな。そして複数に秀でる者は、白髪若しくは銀髪になり、魔力の素質持たぬ者は黒髪や茶髪となる」
ベリアルはエイジの胸に当てていた手を頭へ持っていき、髪に触れて軽く撫でる。
「なるほど、つまりオレは魔術に秀でていると?」
やや恥ずかしそうにしながらも避けず、それでいて質問は止まらない。
「一応これらはあくまで傾向であり、当て嵌まらないこともある。例えばノクトは本人的には闇属性が得意だが、金髪だ。それ以外にも、髪の色だけが遺伝し、魔力を持たないが髪は有色であるといったパターンながある。だが安心しろエイジ、お前の魔力は質が良く量も上々だ。自慢だが、私は魔力の扱いに長けていて、魔術の才能があるものを見抜くことができる。そんな私が保証する。お前は魔法陣や詠唱さえ出来れば、かなりの腕前になるだろう」
「魔王様、オレは前の世界にいた時は黒髪でしたが、この世界に来る直前にある場所で魔力を得てから、体格や髪の色が変化しました。これも幻魔器によるものと言えますか?」
「ああ、そうだろう。実はお前の魔力は私が今まで感じたものとは異質な、やや特殊なものだ。体格を変化させることもあるだろう。しかし後付けか……魔術がない世界から来たのに、魔力を持っているのはそういうわけか。おいエイジよ、今しばらくは見逃してやるが、後で落ち着いたらこの世界に来た経緯を詳しく教えて貰おうか」
「あ、はい。ではいずれ近頃……」
__これはどうやって説明するか考えておかないとな__
そして、彼の暴走はいまだ止まる気配はなく……
「ところで魔王様、魔力とは物質なのですか? それともエネルギーなのですか?」
「うむ、どちらとも言えるな。魔術によって物質にもなれば純粋なエネルギーにもなる。マナも空間に満ちているものは基本エネルギーだが、極微量な塵くらいは物質かもしれんし、濃い所では結晶化することもある。我々は『魔晶石』と呼称する」
「なるほど。光や粒子が波としての性質と、質量を持つ粒子としての性質を同時に持つようなことか。待てよ、てことは量子力学の話になるな。アインシュタインの特殊相対性理論からくる、質量とエネルギーの等価性から、体内に微量の魔力結晶を貯めてそれをエネルギーに変換しているのか? いや逆か? 魔力は純粋なエネルギーだから体内の小さな幻魔器にかなりの量を貯蔵できるし、そのエネルギーから物質を作る、てなるとエネルギーとしては相当な……いや、全く未知の物質だからオレらの世界の常識が通用するとも思えない。E=mc^2……この式が当てはまらない粒子やエネルギーである可能性も……いやしかし、特殊相対性理論について考えなくてはいけないとは、魔術は深いなぁ。」
「途中から全く訳のわからないことを言うのはやめてくれ‼︎ 魔術が深いのは確かだが、お前が言ってるのはなんかこう、違うことのような気がする」
あちらの世界でもほとんどの人がわからないような、彼らにとっては呪文のようなものをブツブツ呟いたせいでベリアルが戸惑っている。しかしそれでも、エイジの科学的な魔術へのアプローチは止まらない。
「魔王様、またしても疑問なのですが。炎は熱エネルギーと酸素と可燃物がなければ発生しないはず。さっきの炎は何を燃やしていたんですか? 例えば魔力結晶は可燃性で、それを気化させたものを燃やしているとか?」
「いくらでも質問が出てくるな、全く。まあ、そう言った感じかもな。詳しいことはまだ分かっていない。我々はそういうことより、どんな魔法陣と呪文ならどんな効果が起こるか、といったことについて興味があるのだ。そんなことを気にするのは、お前くらいのものだろう。まあとにかく、魔術はエネルギーとしての性質と物質としての性質があるが、魔術の発動に一々こんな複雑で面倒な作業などしていられない。そこで『魔術陣』と『詠唱』があるのだ。この二つ、もしくは慣れているものは片方で以て魔力に指向性を与え、効率よく魔術を行使するのだ。」
ベリアルはずっと続く質問への説明にやや疲れているように見える。
「なるほどなー。ところで魔王様、スケルトンのエリゴスさんですが、筋肉のない彼が活動しているのもその魔力によるものですか?」
「その通りだ。マナを吸収する能力が高い上級魔族やアンデッドは、食事や休息をあまり必要としていない。マナを体を動かすためのエネルギーにしているのだ」
「ということは、魔族は魔力だけがあれば生きていけるんですか?」
「ああ、魔力と代謝には相互に関係があり、代謝で魔力を作ったり、逆に魔力で代謝を行なったりすることができる。このことから、幻魔器を持つ者は健啖家である傾向がある。しかしサキュバスやヴァンパイアなど、食事以外で魔力補給ができる者やマナの吸収が得意な者は食事の必要がない。この城は大きな龍脈の上に建っているからな、お前も慣れればそこからエネルギーを得て食事しなくて済むようになるぞ。これで前提知識については以上だ。質問はあるか?」
もう終わりにしてくれ……といった感じのオーラをベリアルは放つようになった。
「はい。魔術には難しさや威力によるランク分けはありますか?」
「まだ質問があるのか。まあ、その質問は簡単だな……ああ、あるとも。0から8階位までの『9段の深度』がある。0は魔術を学んだことのない者でも、空気中のマナで使えてしまうほど簡単なものだ。『ランク1、2は初級魔術』だ。これは幻魔器が有れば誰でも扱える程度だ。『3、4が中級魔術』。これは人間なら幾らか才能のあるものでないと扱えないな。『5、6が上級』。人間なら才能のあるものが数人集まって使えるほど。上位魔族なら単独でここらまでが扱える。『7、8はもはや神の次元』だ。発動には人間なら大量の生贄と魔術師、上位魔族なら複数体でなんとかと言った所だろう。それ以上があるのなら、それは魔法と言えよう。では早速、やってみるか?」
ベリアルはもう打ち切り、と言った感じでこの話題を切り上げた。しかしエイジにとっては遂にきた本命の話である。前提の話もなかなか面白そうにしていたが。
「はい! やります‼︎」
「では、簡単なものからやってみよう。まずは『魔導書』のここを読んでみろ。ランク1の火属性の魔術だ」
ベリアルに雑誌くらいの大きさの魔導書を渡される。
「この文字、読めるか?」
最初は全く読めなかった。しかしこれも能力の恩恵か、元から知っていたかのように読めるようになった。代償として、頭が痛いが。
「この魔法陣を思い浮かべつつ、この文字を発声してみよ」
『火の魔よ 求めに応じ 力を振え』
頭で魔法陣を思い浮かべ、取り敢えず魔族語で発声してみる。すると……出なかった。
「まあ、よほどの才能がある者以外、初めはそんなものだ。一つできるようになってコツを掴めば、後はその調子で一気に行けるはずだ。」
何度か繰り返す。そして四度目でやっと火が出た。
「おお、出た!」
「よし、ではこの魔導書をお前にやる。お前の才能ならば、明々後日にはランク1程度なら、9つの属性全てをひとつずつくらいは習得出来るだろう。では午前の講義はここまでだ。ノクト、彼に昼食を摂らせて、修練場に連れて行ってやりなさい。」
「わかりました。ではエイジクン、ついて来て」