6 帝魔戦争 ①/2
遂に、その日が来た。開戦日、当日である。
「さあて……準備はOK……」
早朝。帝都中央区の大図書館の上に、エイジはいた。その声と手は震えている。緊張であるのは違いないかもしれないが、夜明けの寒さと武者振るいでありたいものである。
「シルヴァ、君はどうだ?」
隣には秘書兼護衛の美人秘書、シルヴァがいる。彼女は本来、城にて不在の宰相の代役としてエイジによって留守番を頼まれたはずである。また、合図係である以上、一人でいる方が都合良かったというのもあるのだが。
「全く抜かりありません」
最後の馬車の荷物に紛れ、やって来たのである。なぜ来たかとエイジが尋ねると、「護衛として当然のことです」とキッパリ言い切ったのである。彼女不在の分の庶務を押し付けられたのはダッキ。だがそんなことをしたのはエイジへの忠誠心に加えて、ダッキへの信用ができたというのもあるのだろう。
「どう? マップは作れたかい?」
置いていったはずなのに自ら追ってくるとは。その忠誠心の源が気になるエイジであった。
「はい。各部隊の侵入経路から脱出路、加えて機材の位置もマーク済みです」
正直、この助っ人はかなり心強い。それに、もしかしたら彼女の戦闘がみれるかもしれないと、エイジは密かに期待している。
「さ、そろそろ時間だ。確認しないとな」
その震える手で例の通信機を出した。アンテナは所定の位置に既に設置済み。
「コール! もーしもーし、聞こえてますかぁ? 聞こえたら返事してくださーい。点呼とります、どうぞ」
『こちらベリアル。問題なしだ。どうぞ』
魔王の声が鮮明に聞き取れ、一安心である。
『こちらノクト。大丈夫だよ。はいどうぞ』
『こちらレイヴン。順調だ。次、どうぞ』
『こちらエリゴス。しっかりと聞こえている。どうぞ』
『コチラエレン。異常ナシ。ドウゾ』
幹部全員とも繋がった。通信環境に問題なし。これで作戦はほぼ成功したようなもの。
『こちらA隊隊長。聞こえています。どうぞ』
『こちらB隊隊長。確認しました。どうぞ』
『こちらC隊隊長。認知しました。どうぞ』
『行動予備隊αです。聞こえました』
『行動予備隊βです。こちらも問題なしです』
『行動予備隊γです。抜かりなく。どうぞ』
「よし、ちゃんと全隊に聞こえているようだな。ではそろそろ刻限だ。全員覚悟を決めろよ!」
そして、太陽がある傾きに達した。魔王国では9時だ。時差を考えると、もっと早いだろう。
「エイジ様、時間です!」
「よし、時は来た‼︎ さあ魔王様、号令を‼︎」
『うむ、では……正面大隊、魔術迷彩解除、強襲用意! エイジ!』
「さあて……始めようか!!!!」
エイジは大きく指を鳴らす。と同時にシルヴァが合図の閃光弾を打ち上げた。
『正面大隊、突撃ィ!!!』
「「「「「ウオオオォォォォ!!!!!!」」」」」
都市中に響き渡るほどの怒号が上がった。
この国の朝は遅い。帝国市民らはいつも8時頃に目を覚ます。しかしこの日の朝は、過去最悪の目覚めであると記録に残っただろう。
「何事だ⁉︎」
突然上がった轟音に帝国市民達は飛び起きた。そして、兵舎にて、
「伝令! 伝令‼︎ 帝都の正面に突如魔王軍が出現! こちらに向けて侵攻を開始しました!!!」
「な、何⁉︎ 魔王軍だと⁉︎」
魔王軍突然の襲撃に帝国内は大パニックを起こした。何故なら、帝都は今まで一度たりとも、魔族の大軍による攻撃を受けたことなどなかったのだから。
「全兵士、迎撃に当たれー!」
国中から兵士が正面に殺到した。
__さて、ここまでは想定通り。どのくらいパニックになってくれるかが賭けだったが、ここまで来ればもう成功するだろう。案ずるより産むが易し。正直準備の方が大変だった……__
「はーい、こちらエイジ。全軍に通達。魔王様による陽動は完全に成功。次はノクトの番だ。準備できてるか? どうぞ」
『うん、できてるよ。じゃ、一旦切るね』
「はいよ。武運を祈る。ではシルヴァ、移動するぞ」
先の合図で、ここに合図係がいることがバレた可能性もある。だから、打ち上げる合図も分散して配置してある。
通信を切り、移動を終えると、周囲の監視をシルヴァに任せてエイジは再び瞑想。千里眼を使用し、戦況の確認を開始する。
さて、正面に集った帝国兵達と、魔王軍の先鋒がぶつかったようだ。最初の方こそ魔王国側が押す。しかし戦力の揃い始めた帝国兵達が拮抗し始めた。
正面の大隊はベリアルが率いているものの、大半が雑兵。加えて壁を突破するための装備を持ち合わせていないので、退かれると手が出せなくなる。だがそれでもいい。なぜなら、陽動に過ぎないのだから……
さてさて、開戦より10分余り。予想より少し早いが、戦線がほぼ完全に拮抗し、なんと押し返され始めた。敵が持ち直したか。
「さて、では次の手を!」
左手で指パッチン。すると、少し離れたところから、仕掛けられていた閃光弾が打ち上がる。そして……
「ようし! いっくよ〜!!!」
『ギィヤァァァァ!!!』
迷彩が解除された。帝都後方、街のすぐそこで、またもや突如魔王軍が現れた。
「破城魔術セット完了。よ〜い……撃てぇ! ドッカーーン!!!」
この部隊は一発目の伏兵。その目的は混沌の誘発と破壊工作。見た目が厳つい者が多く、破城魔術を中心とした破壊工作用の魔道具等を装備。ノクトはパワータイプではないが、彼の指揮で大いなる混乱を巻き起こせることは違いない。
さて、ノクトの部隊出現から五分、帝都は再び大混乱に包まれていた。正面の魔王軍から避難しようと人が向かって行った先に、また魔王軍だ。こんなこと、パニックになるなという方が無理である。
そして、この情報は正面大隊と戦っている帝国兵達にも伝わったようだ。後方を気にし始め、士気が揺らぎ、戦線が押し返され始めている。
『こちらノクト〜。どう、成功した?』
「ああ、成功だよ、恐ろしいくらいにな」
さらに五分経過。破城兵装で石造の壁をビスケットのように易々と破壊し、駐屯している兵を難なく蹴散らして、ノクトの隊は通りの1/3まで侵攻した。その様子に都内は阿鼻叫喚の地獄と化す。人も押し流され、はてまた押し潰され。動きが鈍る。
「無抵抗な市民はなるべく殺さず、建物の破壊に専念せよ! っていうのがエイジクンのオーダーだ。その通りにね。って…ふふっ、来た来た。敵さんだ!」
だが、だいぶ揉めながらも正面で迎撃している兵士達が、一部後方に向かって動き出した。更に、既に周囲から幾らか兵士が集まり応戦し始めている。
「まさか…正面の迎撃は全戦力ではなかったというのか⁉︎ それに、予想してたより対応がずっと速い! 敵を見くびっていたのは、こっちだったか……」
どうやら二ヶ月前の戦いで痛い目を見た後、敵の戦略に注意し、近郊の村が制圧されたことから警戒はしていたようだ。
「これは、用意しておいた二重三重の策、予備プランも使う必要があるか。あまり手の内は見せたくないがこれは一世一代の大勝負。勿体ぶる余裕はない」




