幕間 敵情視察 ②/4
「ようこそ。ここがジグラド帝国の首都、帝都メラレアです」
目の前に大通りが広がった。とはいえ、その道幅は十メートルもないが。そして壁からやや進んだ先に、ようやく建物が見える。最も外側の部分は店、少し進むと建物同士に隙間があり、その先には住宅街が。その奥に商店と住宅の混ざったエリア、さらにその奥は教会など重要そうな施設が伺え、最奥には威容を誇る帝城が見える。
「このメラレアは、円形の都市なんです。各通りが真っ直ぐ中心まで通っていて、家がブロックで分割されていて、そこから隣の大通りと行き来できるんです。……ごめんなさい、私ってば説明がヘタで……」
「いえ大丈夫です。なんとなくわかる」
要は同心円上に広がる円形都市、典型的な城郭都市だ。
「わ、分かりましたか⁉︎ よかったぁ…」
「それほど卑下することでは…」
上空から眺めたし、予備知識もある。それにその説明も、それほどわかりにくいわけでもないのだが。
「でも防衛上の観点からすると良くない。真っ直ぐ中心まで繋がっていては、敵の進行を阻めない。互い違いにしないと」
「……な、なるほど! そうか、きっと君は頭が良いんです! うんうん!」
なんかコンプレックスでも抱えているのだろうか。
「で、では。苦手なりに頑張って案内してみます! ついてきて下さい!」
今度は手を引かずに、先導する。
「この城近くのエリアは、中央に比べると貧しいのですが……それでも、一番活気があるんですよ?」
フレヤは先導しつつもあちこちに行っては、どこか誇らしげに紹介してくれる。
「ここのお店、果物が美味しいんです。特にリンゴ! すみません、二つください」
二つ買うと片方をアイザックに押し付け…
「ここの焼き鳥、絶品なんです!」
「お、フレヤちゃん、ありがとうね。お、そこの彼はもしかして?」
「ち、違います! ええ、そういうのではありません! とりあえず三本!」
「おうおう、一本サービスしてやんよ!」
彼女は顔を赤らめながら戻って来て、アイザックは一本手渡されるのだった。
「次はこの食堂の魚が
「よく食べるんだね」
「!!?」
身を震わせ、固まるフレヤ。よく見ると耳が赤くなっている。先程のリンゴと鶏はおろか、他にもいろいろ食べ歩いていたのだが、すっかり完食済み。
「そ、その……やっぱり、良くないですか?」
振り返ると、人差し指を付けたり離したりしながら、目を逸らして顔を赤らめはにかみ……ズギュン‼︎ という音がする。そう、そのあまりの可愛さに、アイザックのハートがぶち抜かれた音である。
「……いっぱい食べる君が好き」
「すっ…!!?」
アイザックは瀕死ながら言葉を絞り出すが、フレヤの顔はますます赤くなる。
末長く爆発しろ! というノクトの幻聴が聞こえるような、初々しい二人である。
「き、気を取り直して、中心街の案内をしましょう」
「……うん」
先程のやりとりの気まずさから、どこかよそよそしくなる二人。ノクトがこれをみたら、きっとじれったいと感じつつも、顔を輝かせながらニヤニヤとしていることであろう。
しかし、アイザックは気になることがある。先程から通りの人々の視線が集まっているのだ。それはおそらく自分が貧相な身なりのこともあるかもしれないが、何より
「ここが、教会です。聖王国の宗教分派で、信徒は比較的少ないのですが……集会場やシェルター、貧しい者への支援などで役に立っているのです」
この超美人が視線を集めるのだろう。本人は気にも止めていないようだが。
そして図書館、兵屯所などの設備の案内もしていく。
「その歩き方、只者ではないね。……なんて言ってみたかったり〜」
「あれっ⁉︎ バレた⁉︎」
「えっ…」
自分にはレイヴンらほどの経験は無い。だから見破れるはずないだろうが、言えたらかっこいいなー、など思い独り言を言ったら、当たった。カマかけたわけでもないのに。
「す、鋭いですね。ええ、その通りです。私は貴族なんです。だから、市民を守るために鍛錬を積んでいるのです。民を守ること、それが普段贅沢をしている私たち貴族の責務」
フレヤは、真っ直ぐだった。エイジが眩しく感じるほどに。
「あ、そうです。アイザック君の出自は?」
「……言えません。言ったら、何処かで迷惑がかかる」
「誰にも言いませんよ。それに、この街の外の民の暮らしに興味がありますから」
「そんな面白い話じゃない」
知らないだけだが。なんとかして追及を誤魔化したいところ。
「そうですか……言いたくないなら仕方ないですね」
案外すんなり諦めてくれて一安心。
「では、これからはどうするんです?」
「一文なしですからね……これを質に入れて食い繋ぐ」
そちらの言い訳は考え済み。ポケットから、宝物庫よりお小遣いとして拝借したルビーの指輪を取り出す。
「お守りとして持ってたんだけどね…」
「そんな! 大事な物じゃないんですか⁉︎」
「こういう時に使ってこそのお守りだと思うんだ」
「……そうですか」
何か思案する様子のフレヤ。
「そのあとは?」
「身なりを整えたら、どこかで雇ってもらうつもり」
「そうですか。よく考えていて偉いですね。そのお店が私の行きつけだったら、また会えるかもしれませんね」
言葉だけなら嬉しそうだろう。だが、どこか思い詰めている様子。
「どうしました?」
「……これ!」
突き出されたのは、これまた高価そうな宝飾類。
「これは?」
「それの代わりに、使って下さい」
「そんな、受け取れません」
「こういう時は変に遠慮しないで甘えるのが得ですよ?」
本当に真っ直ぐだ。貴族としての誇り、揺るぎない意志を感じる。しかし、
「だがそれは、傲慢だ」
「ッ! ……そう、ですね」
持つ者が持たざる者に、高い階級の者が下の者へ。そこではどうしても見下しがあるもの。それを理解したフレヤは目を閉じ、哀しそうにしつつ、手を下ろしかける。
「でも、その優しさは嬉しい。ありがとう」
宝飾は受け取らず、それでもと手を握る。
「どう、いたしまして」
仕方ないなあ、という変な笑顔で握り返された。




