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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅲ 帝魔戦争
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3 戦争準備 その二 ②/4

 「ようノクト。やってるか?」


 ノクトの部屋に入ると、彼は何やら目の前の物体(自主規制)をいじくり回していた。


「うん? 何の用かな?」

「………まずそれ片付けて。」


 ノクトは渋々といった様子で台を隣の部屋に移し、手袋を外して、血まみれになった服を浄化する。そうしてようやく向かい合った。


「……何してたんだ?」

「え? 魔物の解剖だよ。生物の体組織を詳しく知ることは、医療の発展につながるからね。」

「そうかい…」


 予想だにしない光景に一瞬思考が停止したが、気を取り直して、本題へ。


「戦争の準備ちゃんとしてるか?」

「え? してないよ。」

「オイッ!」


 オイッ!


「だって、僕にやることあるかい?」

「あるだろ! えーっと………重傷者受け入れの準備とか!」


「魔術かければすぐ終わるって。」

「お前一人でもさすがにできないだろ!」


「うーん、千人くらいなら一人でも何とかなるし、僕の部署の人たちも備えはずっとしてるよ。いつどこでどれだけの怪我や病気が発生してもいいようにね。」


 普段からいざという時のために備えてるから、特別な準備などするまでもないということだ。医療に携わるものの心構えは違うな、と見直したエイジだった。


「ゔゔん、それは良いとして……戦闘の方はどうなんだ。自分の隊の編成や役割は理解してるんだろうな?」

「えっ? それ初耳。」


「んなわけないだろ⁉︎」

「あはは、流石に通じないかぁ」


「きちんと理解してるか確かめるためだ、お前の役割を説明してみろよ」


 イヤイヤながらノクトは説明した。ちなみに、完璧だった…。


「ま、要するに暴れるだけだね。あとは通信してタイミングだけ合わせれば良いんでしょ?」

「そんな簡単なものでもないぞ」


「安心してくれ。僕は斥候と奇襲、殲滅は得意なんだ。その撹乱の役割は、まさに僕ピッタリ! でもまあ確かに、作戦を行うのは僕一人じゃない。足並みを揃えないと意味がないってね。特に、一番手である僕と君との連携は重要だし。肝に銘じとく〜」


 重要なことだろうが、普段のおちゃらけた様子で受け止める。しかしそれは、彼なりに空気を弛緩させるため。重点はきちんと把握し、そしてそれを余裕を持って実行するだけの能力を持つ。性格に問題ありそうなノクトが幹部たりうる所以である。


「はぁ、何もわかってねえようで、要点は確実に押さえてやがる。驚いた様子だって白々しいし、どーせ最初に戦略説明した時からこうなることはわかってたんだろ。これだから腹に一物抱える狡猾なヤローは」


「あ〜あ、バレちゃったかぁ。僕やっぱり演技は苦手だなぁ。でもわかってしまう君だって相当な切れ者だと思うし、何よりだ、僕は心から、君の不利益になるようなことは決してしないよ」


「心から、決して……いかにも胡散臭い奴が言うと信用できない言葉だこと。ってーかお前、オレのことよくイジるくせに、よく言えたもんだな」

「そ、それはノーカンで!」


 互いに、戦争のことについては理解しているだろう、という信頼からか、いつの間にか話は逸れ、エイジがハッとして話を止めるまで、二人は雑談に興じていた。


「ま、というわけだ。僕の心配はいらないよ」

「そのようだな。だったら幹部の中で一番早く前線、ベリアル様のもとへ行ってくれ」

「合点承知だ。あと少しだけ残りの準備を終わらせたらすぐ行くよ」



 翌日、残り六日。レイヴンは宰相から、魔導院を総動員させ光学迷彩装置を作らせる旨を聞くと、その技術力に感嘆しつつも研究員たちに同情するという、名状し難い表情をしていた。


 そんな報告を終わらせ、宰相は自分の仕事部屋へ。その持ち前の魔力と変形能力で、他部署を徹夜で手伝ったために、鈍った頭を何とか回しながら、事務作業を片付けていく。時折瞼が重くなり、何とか抗い続けたが、一段落つくとそのまま落ちてしまった。


「…何で起こさなかった」


 気付けば昼過ぎ。秘書に詰め寄るが、彼女らは顔を背けるばかり。それもそのはず、怒られるとわかっていながら、気遣って何もしなかったのだ。


 何も言わない部下たちに、しばらくの不機嫌ののちその心にうっすらと気付き、追及をやめて次の仕事を始めた。



「はい終わり!」


 処理の終わった書類を机に叩きつけ、勢いよく立ち上がる。立ち上がった瞬間、少し立ちくらみを感じたが、自分がこんな所では止まってられないと気力を振り絞り、室外に出た。


 物資運搬のルートと順番をどうするか……それは作業中に考えるか、と思考を巡らせながら作業場に向け歩を進めていると、


「あれは…」


 廊下の先で、誰か数人が話しているのが目に留まった。話し相手の一方は魔族だ。しかしもう片方、二人の女性は見慣れない。片方は暗い肌色に暗色の衣装で、辺りにある程度溶け込んでいたが、もう一人は白磁の肌に純白の衣装で浮きまくっていた。そんな二人の共通点は、尖った耳と特殊な編み方の衣服、そして高い魔力だ。


「あれはエルフの…」


 本来この城にはいない筈の存在である。放っておくわけにもいくまい。


「こんにちは。その…えっと……お二方。」

「ごきげんよう、宰相さん。わたくしはニンテスです」

「こんにちは、エイジさん。私はティタスでーす」


 二人の名前はうろ覚えで、エイジは申し訳なさげだった。しかし二人は、そのことなどさして気にも留めていないようだ。落胆の色を見せず再度自己紹介してくれた。


「女王自らとは、ご足労をおかけしました。ところでお二人は、なぜこちらに?」


「条約には、わたくしたち妖精を庇護下においていただき、その対価として労働力を提供すること、とありました。そのため、わたくしたちの民が滞在することとなる魔王城を見にきたのですけれど…」


「ええ。ベリアル様がいらっしゃらないようでしたので…」


 二人と話していた魔族に目を向ける。彼らの様子から察するに、正式な手続きが踏まれておらず、トラブルになっていたようだ。(言葉は魔術で通じていたらしい)


「君たち、ご苦労だった。あとは私の方で処理するから、職務に戻っていいぞ」


 魔族たちを下がらせると、二人のエルフについてくるよう声をかける。



 二人を連れると、彼は速足で執務室に戻る。そして引き出しから特別な紙を取り出し、何ごとかを記入。判を捺すと、穴を開けて紐を通し、二人に渡す。


「はい。これで入城証の代わりとなります。提示していただければ問題は起きないでしょう」


 二人が受け取ったのを確認すると、エイジは再び目的地に向かうべく、部屋を出る。


「ちょっとお待ちくださいませんか!」


 ニンテスに呼び止められる。足を止め振り返ると、彼女は小走りで寄ってくる。


「要件は何でしょう?」

「その、差し支えなければ、城内を案内していただけないでしょうか?」


 その申し出に、ついすごく嫌そうな顔をしてしまう。すぐに気づき直すものの、察するには十分すぎただろう。彼女は申し訳なさそうな顔をすると一礼し、去ろうとする。


「ああ、待ってください!」


 今度はエイジが呼び止める。相手が次の言葉を待つ内に考える。今の状況で、彼女たちをどう利用できるかと……


「魔術に、興味はありませんか?」


 その言葉に、ニンテスは目を輝かせる。ダークエルフは魔術によって発展し、それが生活の一部。ならば魔王国の技術にも興味があるだろうと踏んだのだ。


「ありますありますぅ!」


 ただ、食いつきは想定以上だったが。


「あなたもどうですか?」


 呼び止め合っているうちに来ていたティタスにも声をかけてみる。


「例えば、ウチの書庫とか」


 特徴的な耳がピクリと動く。エルフは別名森の賢者、知識には貪欲だ。


「では案内します。来てください」


 これから案内する二つの部屋のそれぞれの監督者は留守番組。案内役を押し付けられるだけでなく、それぞれの部屋の手伝いにもさせられる。彼女たちが満足すれば、配下や国民の妖精もこの城に来て、いい労働力となるであろう。などと考えながら、まずは図書室に向かうのだった。

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