3 戦争準備 その二 ①/4
そして二日半後、予定よりやや早く視察を終え、宰相はワープして城まで戻ってきていた。
その空いた時間でしっかり休息を取り、翌日早朝には執務室にいた。
「やあ、ただいまぁ!」
「おかえりなさいませ、エイジ様。」
帰還の知らせを事前に受けていた彼らは、驚くことも待ち侘びた様子もなく、余裕の態勢で迎えた。
「オレの留守中にトラブルとか、なかった?」
「いえ。何事もなく、つつがなく進んでおりますわ」
不在の間の報告を受ける。延長が功を奏し、ノルマの達成が見えてきたと。
「なるほどな。さて、あと三日後くらいには、順次移動を始めないと間に合わなくなるからな、そろそろ詰めの作業だ。前日にはほとんど揃っている状態に仕上げないと」
昨夜は休息をとった、というよりは偵察で得た情報を整理し、寝ずに考えをまとめていた。
「これからオレは各幹部に進行度合いを聞いてくるが、こっちは任せて大丈夫か?」
「ええ、お任せください!」
「あなたの信頼に応えるため、誠心誠意努めます」
敬礼している頼れる部下たちを背に、宰相は大仕事に向けて歩き始めた。
「おう、レイヴン。今回は、きちんと予約とったぞ!」
「ああ。えらいな」
まず向かった先は司令室。留守にしていた三日の間に、戦略の詳細は決まったはずだ。まずはその情報を手に入れるところから始める。
「いやいや、アポ取るのは当然でしょ。できてなかった前までのオレがバカだった、すまなかった」
「そこまで、卑下することないと思うが……」
深々と頭を下げ謝罪するエイジに面食らいながらも、レイヴンの戦略解説が始まった。
して、数分後。
「なるほど。オレの要求していた以上の役割の部隊。そして、各幹部の能力を考慮した配分……流石だ将軍、これは私にはできなかったことだ」
「なに。任されたからにはこのくらいできないとな。それに、いずれお前ができるようになってしまうことだが」
「それでも、いい仕事だ、助かった。ああそうだ、このことは他の幹部には?」
「伝えてある。あとは各隊の隊長にもな。外出していたお前と魔王様、そして平構成員は知らないだろうが。」
加えて、詳細な解説が続いた。特に合図役であるエイジのための。通信魔道具、信号の種類とタイミング、撤退の方法などなど。決行時刻は、さまざまな条件から考慮し、夜明けからしばらくということで落ち着いていた。
「なるほど。項目は多いが……なんとか覚えんとな。あとは、オレの仕事、帝都への接近方法だけか」
「ああ。視察をしてきたんだろう? 何かアイデアは浮かんだか?」
期待の眼差しでエイジを見据えるレイヴンだが、エイジは浮かない顔。
「帝都周辺は思った通り、遮蔽物がほとんどなかった。少し丘があるくらいだ。あとは、そうだな、帝都周辺は一部に防衛用の壁があり、見張りもいた」
「なんだと…⁉︎ それでは、接近は容易ではないな」
「けど、周期的に予定日は新月になる。夜闇に紛れることは難しくない。城壁は、上級魔術なら破壊可能だろう。問題は接近してから夜明けまでの間だが……それに関しては手を見つけた」
「それは?」
「これから、フォラスに進捗を聞いてくる。それ次第かな」
次は魔導院に向かったエイジ。部隊を敵に気づかれず接近させるための装置が欲しい。
「やあ、また来たぞ。」
魔導院は静かだが、実際はどこよりも忙しそうだ。大きな動きはないが、作業する手が少しも止まっていない。
「ああ、エイジさん。何の用ですか?」
忙しくて相手にするのが面倒、さらにまた仕事を増やされるのでは、とちょっと疎ましそうに返事をされた。警戒されているようだ。その通りなのだが……。
「前頼んどいた、敵に気づかれないように接近するための研究品ってできた?」
「……試作品がありますよ。見てみます?」
奥に通される。魔導院に隣接するその部屋は倉庫のようで、所狭しといろんな道具や成果が展示されている。
「この布は、光属性の魔術を緻密に織り込んだもので、被るとこのように。」
フォラスが黒い布を取り出してくる。それを被り、少し光ったと思うと、フォラスの姿が消えた。近くで見ると歪みがあるが、遠くからだとわからないだろう。光を回折させる、迂回型のようだ。
「おお、透明マントみたいだ! 光学迷彩の魔術もあったのか。」
脱ぐと姿が現れ、布も出現した。
「このようなものがありますが………あなたの言いたいことは分かります。増産しろ、ですね。」
「ご名答です。」
「イヤーー‼︎‼︎」
フォラスが絶叫した。とても、嫌そうである。
「この作業めちゃくちゃ大変なんです‼︎ とても量産なんてできません!」
「あそ。他に質問は?」
「……作戦規模は、何名ですか?」
「四万前後。」
「ノォォーー‼︎‼︎」
博士は床を転げまくった。面白そうな実験以外でも発狂するようだ。
「だ、大丈夫だ。終わったら休みをやるし、オレもやれることあれば手伝うから」
「………ううう、こうなったら仕方ありません。こちらをどうぞ。」
示したのは、やや小さい箱。形状とサイズは、まるでプロジェクター。加えてフォラスは白い布を取り出した。これもまた魔術の痕跡を感じることから、魔道具であると推察される。
「この装置とあの布を併用します。部隊の前方を布で覆い込み、外側からこの装置で布に幻影を投影します。」
「おお! カメレオンみたいに擬態するのか。良いものがあるじゃないか! でも、立体の幻像で覆い隠すことはできないの?」
「ムリです。できなくはないですが、部隊全体を覆う程のものは技術的にも物量的にもできません。そうでなくとも幻影魔術系は、一部の夢魔の特殊能力でもない限り、非常に複雑で繊細なんです。投射する幻影も現地での調整が必須ですし」
懇々と、必死に苦労が並大抵でないことを説明するフォラス。周りの携わっていると思われる研究員達も、嘆願するような目で見てくる。その姿に、エイジは哀れみを感じずにはいられなかった。
「なるほど、了解した。では投影装置の製造に専念してくれ」
「それでもめちゃくちゃ作るの大変ですからね! 代わりに作業を減らしてください‼︎」
「ああ、分かった。魔導院の一般武器製作の任を解除します。頑張って下さいね」
これでエイジの仕事であった、接近の手筈は整った。あとはレイヴンに伝えれば無事に完了。そう、魔導院は尊い犠牲となったのだ。




