2 戦争準備 その一 ①/3
会議が終わると、各幹部は散開、それぞれが統括する部署での作業が開始される。管制は戦略を練ると共に人員の選定、兵站は兵器など物資の用意と生産、調査隊は敵地へ斥候、魔道院は兵器の開発と量産、医療班は病床を空け薬類の仕込みをする。会議の翌日にもなれば、それぞれの部門はフル稼働に至っていた。
そして宰相はというと、
「やあみんな! 戦争が始まるぞ!」
執務室の扉を開け、開口一番物騒なことを宣言した。突拍子のないことに、因果を何も知らないメンバーはポカンとしている。
「魔王国はこれからジグラド帝国と戦争を始める。今日からその準備期間に入った」
言いたいことはわかった。でもなんでそうなるのかわからない。そんなみんなに詳細をかくかくしかじか。そうしてようやく理解が追いついた。
「ああそうそう、君たちの役割だけど、今回はお留守番、戦場に出ることはないよ。ただ、戦前戦後で活動が活発になるから仕事増えるよーってだけ。それに、オレこれからいろんな部署のところに行って情報伝達したり指示出ししなきゃいけないからこの部屋には多分そんなにいないからそこんとこよろしく。では早速だが用事があるので、さらば!」
そうして一方的に用件を捲し立てて、返事を待たぬまま秘書も置いてそのままどこかに行ってしまった。
その翌日、宰相の足取りは司令室、レイヴンの元へと向かっていた。昨日発表した作戦、その詰めを行うためだ。ちなみに昨日の午後は忙しくなるからと身辺整理と休息をしていた。
「よう、やってるか?」
レイヴンの執務室にはありとあらゆる魔族が出たり入ったりしている。少数精鋭たる統括に比べると人の動きが圧倒的に多い。だがエイジが入室した瞬間、大体の魔族は動きを止めた。自分の用件より宰相の要件の方が大事だ、と思ってくれたのだろうか。
「おお、エイジか。……いや、あんまり進んでいないな。見て分かる通り、一人で処理するには規模が大き過ぎて無理だ。それに、まずどこから手をつけるか悩んでいる。という訳で相談事が山ほどある。時間取れるか?」
「ああ、いいよ。今日と明日ぐらいなら丸ごと費やせる。」
「よし。では先に、戦略を決めてしまおう。十面埋伏の計、だったな。つまり十の部隊が必要だが、それの役割分担に加え、出現順番についても先に決めてしまおう。それに伴って分配していけば効率がいい。」
「ああ、そうだな。じゃあ、早速始めるか。ある程度オレの中では形になっている。」
「ほう。では聞かせてくれ」
周囲の魔族は完全に捌けて、会議に集中できる環境になった。レイヴンの机を挟んで向かい側に、エイジは椅子を取り出して座ると話し始めた。
「今考えている大体の作戦だけど、大枠としては夜闇に紛れて部隊を隠蔽しながら帝都に接近、明け方に奇襲を仕掛ける。帝国の北東部が一番近いから、ここを正面に定める。」
「そうか……ああ少し待ってくれ、地図を持ってこよう。以前帝国周辺の地図が作られたことがあったはずだ」
「いや、その必要はない」
エイジは地図を取り出し広げる。
「はいこれ。部下に頼んで手に入れた帝都周辺の地図」
「なっ……持っていたのかよ」
あまりの用意の良さに、驚きを通り越し呆れ気味にすら見える表情のレイヴンである。
「この戦争が一つのターニングポイントだからな、いままでそれに向けてずっと考えてきた。逆に言うとそれ以降のことはあんまり考えてない」
あっけらかんと笑うエイジに表情一変、不安げになっている。
「ううん……それはそれとして。どうする。この辺りは平坦な地形だ。気付かれず接近するのは容易ではないが、策はあるか?」
「レイヴンは、どう考える?」
「夜闇に紛れて接近するところは同じだが、明け方まで待たず一気に叩く。夜襲だな」
「確かに……魔族は夜に強い者が多いからな、合理的だ。だが……陽動戦術を使う以上、夜は何かと都合が悪い。」
「…と言うと?」
「日が暮れてから行動するが、今は初夏だ、夜が短い。その短時間に部隊の展開だけでなくその他の仕込みをする時間があるかどうか。加えて相手が陽動に引っかかってくれねばならない。夜は対応が遅くなるからな。敵が集まるのを待っていては陽動隊が削られてしまうし、早まって伏兵を展開すれば散開している部隊が対応してしまう。」
「なるほど、夜中での奇襲にもまた弱点があると……」
「一応朝方を想定して器材の用意を進めてはいるが。夜半にできるならそのほうがいいかもしれない。まあその辺りは委ねるよ」
定まりきらず、一抹の不安が残っているがこの話はここでひと段落。次の話に移っていった。
「攻める順番、部隊編成についてはどうだ」
「帝国の正面の陽動隊は魔王様に率いてもらおう。構成については自由、とにかく頭数だ。次が南西、裏側からだ。最初の伏兵でいかに敵を撹乱できるかが大切だからな。そして北西つまり右側ときて、南東左方面へと移っていく。この三つの部隊は幹部に率いてもらおう。あとは上空からエレンさんが奇襲。残りはそれぞれ部隊長を決めて追撃してもらう。」
「そうか……では三つの部隊はノクト、俺、エリゴスが率いるとして、残りはこちらで選出しよう。で、肝心のお前はどうする」
「オレの役割は街中に侵入し、全体を千里眼を併用しつつ俯瞰して合図を出す。これほど大きな作戦だ、各隊の足並みが揃わないと大きな効果は発揮できない。合図役が必要だろう? それに帝都の周りに広く展開するんだ、情報は足では遅すぎるし、戦場を俯瞰できる者もそうはいないだろう?」
「エレン達も俯瞰できそうだが……いや、お前以上の適役は確かにいないな」
「残る幹部ゴグは退却ルート確保のため後方待機だ。ああそれと、十面とは言ったが実は十面にこだわる必要はなくて。最低七あれば十分だと思うから。一応、これで決まってることは以上。」
エイジは一通り話し終え、レイヴンもまた欲しい情報は手に入ったとばかりに満足気。
「よし、大枠はこれで決まりだな。」
「いいんじゃないか? よし、では俺はまた役割分担をしてみよう。接近する手筈についてはお前に任せる。目処がついたら伝えてくれ。次は、しっかり予約を取ってな」
「はい……いきなり押しかけてすみませんでした…」




