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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅱ 魔王国の改革
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10 外交 〜妖精編 ①/2

 そこは魔王城より遥か東の森の中、其処には煉瓦造りの古城が聳えていた。それはウッドエルフの王族の居城である。その城の王が座す間に、何者かが飛び込む。その者はウッドエルフの軍勢の斥候員である。


「王よ、報告致します。あの忌々しいダークエルフ共に第三防衛線が突破されてしまいました‼︎」

「おお、なんということだ……。もう後がないではないか……」


 その報告に王は苦い顔をし、城内はにわかに騒がしくなった。


「落ち着くのだ!」


 王が一喝したことで幾らか静かになったが、まだ皆動揺を隠せないでいる。


「ううむ、どうすれば良いのだ……。もう、降伏するしかないのか……」

「王よ! それは……」


 玉座に重い沈黙が満ちる。ところが沈黙も長くは続かず、その沈黙を破るように声が響く。


「やあ、何かお困りのようですねえ?」

「な、何者だ!」


 玉座から見て右側、大きな窓に何者かが脚を組んで腰掛けていたのだ。その者は黒い外套を羽織った白髪の男だった。


「おっと、失礼、申し遅れました。私は魔王国の宰相、エイジと申します。どうぞお見知りおきを。」


 窓枠から降り、優雅に一礼し、その男は名乗った。


「なっ、魔王国だと⁉︎ 魔王国が何の用だ!」

「おやおや、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。今回は戦いに来た訳ではないので。私はね、あなた方と和平、いや、同盟を結びに来たのです。」


「同盟だと⁉︎ 魔王国が?」

「ええ。ではこれから大事な話をするので許可するまで余計な口を挟まずにちゃーんと聞いてくださいね。」


 そう言いながら彼は再び窓枠に寄り掛かった。


「我々魔王国はですね、そろそろ本格的にヒトの国に攻め込もうと思ってるんですよ。しかしそうすると後ろにいるあなた方が、正直に言うと邪魔でしてね。攻め込んで滅ぼすのは簡単ですが流石に可哀想ですし、こちらも無駄な消耗は避けたくて。だからまあ、あなた方にチャンスをあげることに致しました。明後日、ダークエルフも交えて停戦及び同盟を結ぶ会合を行うつもりです。ああ、今決めなくても大丈夫ですよ。明日遣いを送るので返事を聞かせてください。以上です。質問はありますか?」


 許しが与えられた直後、国王が真っ先に言った。


「もし断ったら、我々はどうなる⁉︎」

「先程申し上げた通り、あなた方を滅ぼします。まあ、二日もあれば十分ですかね。」

「ふ、二日で、だと……。魔王国はもうそれほどまでの力を持っているというのか……」


 当然の如くさらりと言われた言葉にエルフ王はこの世の終わりのような顔をする。場の空気は冷え切っていた。


「あれ、もうよろしいんですかね? では、明日返事を伺います。いい返答を期待していますよ。ではさようなら〜」


 そう言うと男は後ろに倒れ、窓枠から真っ逆さまに消えていった。


「なっ!」


 見張りが窓に駆け込み下を見たが、そこにはもう誰も居なかった。まるで気ままなつむじ風のような男だった。


「むう、魔王国にダークエルフとの停戦か……」


 ウッドエルフの王は思い詰めたような顔をした。


「ダークエルフどもは、受けますかね?」

「私と考えが同じなら、間違いなく来るだろう。彼らは我々エルフ同士の戦争では優勢だが、魔王国に干渉されればなす術がないのは同じだからだ。」



「ただいま戻りました〜。ウッドとダークの双方に予告しときましたよっと。」

「おう、ご苦労だったな。」


 エイジは帰城し、玉座の魔王様に報告した。あの後、同様にダークエルフにも会合について通告しておいた。


「草案を読んだが、甘すぎないか?」

「いえ、これでいいと思います。この同盟では我々が上位に立つ必要性は低いですし、今の彼らは戦争で疲弊していますからそれほどの脅威とはなり得ないでしょう。不平等でなければ彼らの躊躇いも少なくなりましょう。 ですがこの案にご不満があるようなら、明日のうちに幾らか変えていただいても構いません。魔王様は仰ったはずです、エルフたちとの会議は重要で、自ら話し合いの場に出ると。ですから今回の会合では中心は私ではなく魔王様です。陛下の望むがままにして下さい。」


「ふむ、助言感謝する。では、それを踏まえて考え直してみるとしよう。ところで明日の遣いはどうするんだ。またお前が行くのか?」


「いえ、明日は休ませてもらいます。考えたいこともできましたし。そんなわけで遣いには、エレンさんと護衛の竜騎士達に任せます。既に彼らに話はつけていますから。それに彼等ならば迎えられた先で襲われても対応できるでしょう。」

「ふむ、了解した。ではお前は会合の日に向けて休め。会議については私に任せるが良い。」



「報告です! ウッド、ダーク双方のエルフが会合への参加を決定しました!」


 翌日の夕方、玉座で竜騎士が報告を行なっていた。。


「おお、お前の予想通りか。すごいな」

「いえ、有利な立場のものが脅せば彼らは靡かざるを得ない。それに、会合に来るからと言って協定を彼らが受け入れるとは限らない。当日次第です。私の予想だと、少し荒れそうですが。」


 資料を持ち込み報告しようとしていた宰相もたまたま居合わせていた。


「ほう、お前がそういうならそうなりそうだ。千里眼か?」

「いいえ、未来視は一切使っていません。ただの勘です。まあ、私の的中率は三割だから期待しないで欲しいですけど。」


「意外と低いな。まあそんなことはいい。では、遣いを出して彼らに日時と場所について伝えよう。竜騎兵!」

「はっ。行って参ります。」


 そう言うと騎士達は退室した。


「会合の日時と場所、私聞かされてないんですけど?」

「ああ、そうだった。エルフ達との会合は、彼らの国境付近のある森の中に机や椅子等を持ちこみ、屋外で行う。時間はちょうど正午だ。話し合うのは各国の王と、大臣か宰相、そして軍団長だ。あとは護衛だな。こちらからは私とお前、レイヴンが話し合いに参加する。護衛にエリゴスとエレンが周辺で待機する。」


「私達に護衛なんて必要ですか?」

「正直要らないが、敵に変な気を起こされても困るからな。牽制のために連れていく。それと、お前の助言を参考に条約の内容をやや変更した。一応目を通しておけ。明日の15時ごろに三人で集まって最後の詰めをする。」

「承知いたしました。」



 明くる日の昼、エイジはいつもの如く食堂で紅茶を嗜んでいた。この後控える会議のため色々と考えを巡らせていた。そんな時


「やあ、相席よろしいかい?」


 声をかけられる。


「ノクト? 構わないが…珍しいな、お前がここに来るのは」


 さらに珍しいことに、その手にはティーカップがあった。


「結構悩んでいるみたいだね?」

「まあ、な。エルフらは一筋縄ではいかないだろう。獣人の時のようにはならないだろうよ」


 それだけではない、エイジにはまだ不安なことがある。


「ところで君、妖精たちについて詳しいかい?」

「……まったく、いちいち的確だな」


 実際、エルフ二種族が争っているくらいしか知らない。


「おさらい込みで、基礎から解説頼む」


 その頼みを彼はニッコリ顔で快諾する。ノクトの知識量はこの国でも随一、ベリアルやモルガンだけでなく、フォラスやメディアまでもが一目置いていると言えばその凄さがわかると言うもの。


「まずエルフには主に三種族がいるよ。まあホント

 はもっと細かくいるけど少数だし今回関わりないから割愛するよ。悠長に話していると時間になっちゃうからね」


 ノクトがいくらか真面目な顔つきになり話し始める。


「まずはウッドエルフ。自然を愛する彼らは、筋肉質で引き締まった体つきと明るめの肌が特徴だ。当然身体能力は高いよ。魔族にも全く引けを取らないな。そして次がダークエルフだ。彼らの特徴は浅黒い肌で、妖精の中でも比較的人工物を好む傾向がある。加えて暗所を好み、魔力が高い。この辺りはどことなく魔族に似てるよね」


 エイジは相槌を打ちながら紅茶を飲む。早めに飲まないと冷めてしまう。


「そして……ハイエルフだ」

「そいつだ、聞いたことがない」


「ハイエルフは、エルフの中でも上位種、王族とでも呼ぶべき種だ。色白の肌、恵まれた体格、豊かな魔力、高い知能と妖精を束ねるカリスマ性がある。紹介しなかった理由だけど、彼らはあまり戦争に肩入れしてないんだよね。でもまあ、何人かはそれぞれ肩入れしたい種族に与しているから、一応予備知識として、さ」


 ノクトの話が一段落したところでカップを置くエイジ。おかわりしたかったが、前みたく飲み過ぎで会議中に尿意に襲われるとか嫌なのでセーブする。


「そうか。で、戦争の理由は種の優劣を決めるためだっけか」

「そうだよ。まったく不毛だよね」


 ノクトも紅茶を口に運ぶ。湯気が出ていて熱そうだが何食わぬ顔で飲んでいる。エイジは羨ましくてたまらなかった。


「そういやさ、たまに出てくる妖精ってのはなんだ?」


 その発言にノクトは少し驚いた様子を見せる。


「あれ? 知らなかった?」


 少し顔が熱くなるエイジ。己の無知を恥じた。


「すまん、全然……」

「そう言えば、話した覚えないねえ」


「オレの、勉強不足だ……」

「いやいや大丈夫。確かに君は多忙だし、他にも色々覚えなきゃいけないこと多いでしょ?」


 失望の様子など微塵も見せず、フォローして励ますノクト。その優しさがありがたかったが、少々疑いを持った。無害なのはなんとなくわかってきたが、なんとも胡散臭くて信じきれない。当の本人はというとエイジが戸惑ってるのを見て楽しんでいるだけであるが。


「妖精とは、魔族と似て非なるものだ。魔力を持ち、この世界に普遍的に存在していて、種類ごとに体格や能力などもバラバラ。魔族と違うのは……妖精達は純粋なんだよ、良くも悪くもね」

「純粋、ねえ。エルフは優劣のために争っているのにか?」


「エルフは、まぁ、妖精の中でもこちら寄りだよ。上位の者ほど人間くさい」

「なら、妖精と魔族の線引きはなんだろうな」


「神…人に仇なすかどうか、じゃないかな。この辺り、あやふやなんだよ。結局フィーリングなのかもね」


 ノクトはあっけらかんと笑っていた。


「妖精。今回の件にあまり関わらないようであれば、あまり知る必要もないだろうが…」

「ところがどっこい、思いっきり関わってくるよ。なにせエルフ達は妖精の中でも上位、他の妖精達を従えているからね」


「それってもうエルフだけの戦争じゃねえだろ……まあいい。遅れない範囲で解説頼む」

「合点承知。まかせてよ」


 そして案外細かい話で時間を取られ、解説が間に合わなくなった結果、会合には参加しないくせに会議に参加することになったノクトだった。当人、終始楽しげだったが。

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