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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅱ 魔王国の改革
44/291

9 宰相の受難 ③/4

 

「ねえねえ、嫌な予感しない?」


 四階への階段を下り始めた時、エイジが唐突に口を開く。


「嫌、と言うほどではありませんが、」

「何か起こりそうな予感はしますわね」


 エイジは後ろを振り向く。


「君はどうだ、アーヴ?」


 問われた彼は冷や汗をかきながら。


「い、いや……どうでしょうか…ね……」


 千里眼を持っているなどと知ってしまえば、見透かされているような気がして、あまり良い気分はしないだろう。そしてそんな彼が嫌な予感とか言ったら、それはかなりの確率で当たることは想像に難くない。



 四人は四階に降り、円卓の部屋が見えたところで足を止める。部屋の前にエイジの部下が一人、彼らを待っていたからだ。


「ん? 君、何か用か? そうでないならそこ、どいて欲しいのだが」

「宰相殿、ついて来ていただきたいのですが。見ていただきたいものがあるのです」


「ああ、分かった。だがこの後用事がある。早めに済ませてくれ」


 エイジの了承を得ると、その魔族は歩き出した。エイジはついていく、その前に後ろの三人に目配せする。秘書二人は何かを感じ取り表情が引き締まる。アーヴは何のことかイマイチ分からず、オロオロしているが。


 五人は三階に降りる。そのまま通路を真っ直ぐ進み、フロアの中央に着いた辺りで、どこまでいくことになるだろうか、と考え始める頃、案内役が足を止める。その前には数人の魔族が。と、目の前の魔族が突然横に飛んだと思うと、突如奥の魔族たちがエイジに魔術を放った!



「やった!」


 上級と見られる魔族が勝ち鬨をあげる。ランク4相当の魔術を計十発、撃ち込んだ。これでタダで済むはずがない、と思ったのだろう。しかし……見込みが甘過ぎる。


「テメェらが、犯人か……!」


 右手を払って煙を払い、その灼眼を煌々と輝かせ、腹から響くような低い声を伴い、非常に重いオーラを放って、静かな激しい怒りを湛えたエイジが無傷で現れる。大丈夫だと思っていても、後ろの三人に防壁を張るくらいの余裕も持ちながら。


「なっ、バカな…」


 かませの典型のような台詞を吐きながら、後ずさる魔族たち。


「よくも、やってくれましたね」


 エイジと同等の、もしくはそれ以上とも言えるほどの怒りを見せるシルヴァが、一歩歩を進める。


「おっと、秘書に任せてアンタは何もしねえのか?」


 冷や汗をかきながらも煽り散らかすリーダー格。その言葉を聞きエイジは、


「シルヴァ、ここはオレ一人でやる。ヤツらの狙いはオレのようだからな、オレがやらねば意味がない」


 手でシルヴァを制す。彼女の顔は悔しさで、普段から考えられないほどひどく歪んでいた。


「オレと話をつけてぇんだな? いいだろう、受けてやるよ。だがここではダメだ、地下の鍛錬場、そこでヤり合おう。安心しろ、オレは逃げも隠れもしねえし、テメエらはどんな手を使っても構わん。……アーヴ、ベリアルとレイヴンに伝えといてくれ、少し遅れるってな。じゃあ、行こうか」



「魔王様! 将軍様!」


 玉座にアーヴが駆け込んでくる。呼ばれた二人は焦っている様子の彼に、また事件かと身構える。


「何事だ」


 ベリアルは至極落ち着いた調子で問う。魔王ともあろうものが焦っていては示しがつかないばかりか、焦りが波及しパニックが起こってしまうからだ。


「それが…」

「まず深呼吸して息を整えたまえ。話すのはそれからでよい」


 アーヴが息を整えるのを待ってから顛末を聞く。エイジが一連の事件の犯人グループと思われる連中に攻撃を受け、地下の鍛錬場で決闘することになった、と。


「なるほど……全くエイジも大変だな」


 レイヴンが同情するように、ため息を吐く。


「なるほど、了解した。遅れるとして、まあ一時間か」


 報告を聞いても、二人は特に何もしない。その様子に、アーヴはどうしたものかとオロオロしている。


「む、どうした? 報告は聞き入れた。もう行って良いぞ」

「あ、あの、お二人は行かれないので?」

「あ? なぜ俺たちが行く必要がある」

「で、でも、お二人は彼に懇意にしていますし……」


 そのことを聞くと二人は、一瞬顔を見合わせると、


「ふはははは!」

「ふふっ、くっ、ははっ!」


 笑い始めた。その様子に、アーヴはさらに混乱する。


「な、なぜです!!?」

「だってお前、そりゃあ、結果なんぞ見に行くまでもなくわかるだろう」

「え…?」


「ああ。それに、アイツを知っている我々だからこそ、だな。にしても、最初はあんなに煩わしそうにしていたくせに、レイヴン、随分とアイツが気に入ったようだな」


「い、言わなくても良いじゃないですか……悪かったとは思っています、私もあの時は盲目でした」

「…そうだな。我々は早くから彼を見ていたから知っているが、他はそうにもいかんからな……では、円卓部屋に向かうとするか。アイツへのおやつの甘味でも用意しながらな」



 エイジたち三人は地下一階、鍛錬場へやって来た。既に噂を聞きつけた野次馬たちが周りや、観客席すら作って待機していた。ただし、幹部たちの姿はなかった。


「シルヴァ、ダッキ、君らは離れて待機していてくれ。本当に危なさそうだったら、助けてくれ。まあ、ないとは思うが」

「「承知しました(わ)」」


 二人が離れるとエイジは一人、中央に進む。すると、全方位を囲まれた。下級中級上級、種族もバラバラ。おそらく実行犯以外もいるのだろう。彼らが集まった理由はおそらくただ一つ、宰相エイジへの不信任感だ。


「もうおっ始めて構わんのだが、その前に一つ訊かせろ。なぜ、この一連の事件を引き起こした。」

「いいぜぇ、教えてやるぅ! おれたちはてめぇが気に食わねえ! だからよ、それ全部テメエのせいにして追い出してやるんだ! いてっ!」


 愚かにも全部しゃべったバカそうな下級魔族を、リーダー格が殴る。


「ほう……あとは、城の空気を険悪にしようってか……」


 エイジが独り言を終えると同時に、魔族たちが襲いかかってきた!



「エイジ様の足を引っ張ることしか能のない、役立たずのクソ虫どもめ……!」


 シルヴァが修羅の如き憤怒の形相で、普段決して使わないような汚い言葉で悪態を吐く。


「まあ、いつの世にも、天才や素晴らしい為政者の偉大さが分からない愚か者はいるものですわ」


 ダッキも、怒るどころか呆れることすら通り越して、哀れみすらある目で反抗勢力を眺めていた。


「でも、それ以外は安心ですわね。少なくとも……アイツらがあの方に敵うはずありませんもの」



 下級魔族たちが何も考えず飛びかかってくる。それに合わせ、目の前に武器を召喚する。それだけでいい。敵はそのまま武器群に突っ込んでいき、串刺しになった。無論急所は外したが。


「全くバカどもめ……悪いなノクト、世話かけるわ」


 武器をしまうと、傷口から勢いよく血が噴き出す。血がかかったが、汚いとばかりに即座に魔術で血を洗う。


「く、くらえ!」


 周囲の数名の上級を含む、中級魔族たちの魔術が突き刺さる。しかし…


「今、何かしたのか?」


 髪についた煤を払いながら、悠々と土埃の中から歩み出す。お優しいことに、足元で転がっている下級達を魔術で守りながら。


「さて、ではこっちの番と行こうか」


 リーダー格の視界からエイジが消える。その次の瞬間、腹部に衝撃が走る。


「ごえぇ…」


 エイジのボディブローが突き刺さっていた。その威力に、たまらず血を吐く。そんなものなど浴びたくないとばかりに、エイジは結界で血を弾いた。


 リーダー格はエイジの足元に崩れ落ちる。それを確認するとエイジも体勢を戻す。その時後ろから殴りかかられる。が、その腕を、隠して出していた尻尾で絡め取る。


「便利だろう? 尻尾というものは」


 そのまま下に引っ張って体勢を崩すと、頭に蹴りを叩き込んで吹っ飛ばす。車に轢かれたくらいの衝撃はありそうだ。


「さ、次、かかってこい。おーい、そこの野次馬ども! オレに不満があるならどっからでもかかって来な!」


 そのセリフを皮切りに観客席から数十人の魔族がわっと立ち上がったと思うと、思い思いの武器を手に、もしくはその場からの魔術などでエイジに攻撃を開始した。


「ふうん……トリオ!」


 腕を一薙ぎ。同時に彼の周囲にランク3の魔術が次々と開き、客席からの魔術を完全に相殺していく。その魔術に気を取られているうちに、と近接主体の魔族が次々と押し寄せる。


「はああぁぁあ! ッ…なっ⁉︎」


 先陣を切った魔族は突きを放つが、アロンダイトの一振りで得物が砕かれ戦意喪失。砕けた武器を眺め呆けているうちに魔術の流れ弾に当たって飛んでいった。


 その後も魔術は絶えず飛んで来る。それを軽いステップで避け、撃てないだろうと魔族の密集しているところに突っ込みすり抜けて行く。が、


「チッ、アイツら遠慮がないなあ!」


 味方が巻き込まれるのも御構い無しに飛んで来る。それならと射程範囲外に行こうとすると…


「ゲヘヘ……ヴァカめ」


 魔族に囲まれていた。


「ふっ、分かってないなあ」

「あ?」

「ヴァカはお前だ……オレの能力はな……」


 そこで一拍おく、と彼の周囲に大量の武器が現れる。


「一対多戦向きなんだよ‼︎」


 剣を一つ取り、とりあえず目の前の敵を斬る。そうするとその剣は放り、別の武器を取って反対方向に投げつける。そしてまた別の武器を取って手当たり次第に敵を突き、また取って投げ、刺し、投げ、打ち、投げ、殴って……囲んでいた魔族はエイジの独特な動きと、入り組んだ配置に召喚された武器によって身動きすらまともに取れず、なす術なく切り捨てられていく。


「カルテット!」


 囲いから脱出した彼は、ランク4の魔術を一斉展開、攻撃術師を撃滅。


「行けよ!」


 残りの魔族の塊に武器が飛んでいく。しかし狙いが悪く刺さるものもあれば、すり抜けていくものもある。だが…


「さあ! 踊り狂え!」


 エイジが指揮をするようにその腕を振るうと、すり抜けた武器達は突如その軌道を変え、変態的な動きを見せる。直角に変わり、転回し、球を作るかのように動いて切り刻んでいく。血飛沫が舞い、避けようとして、斬られていく様は刃の軌跡も相まって、まるで舞踏のようであった。



「ま、予想通りですわね」


 ぼーっと、魔族たちがボコボコにされていくのを眺めながら、ダッキがこぼす。


「まったく、愚かな。誰よりストイックに努力し、強さに貪欲で、未知で慣れないものを知ろうと勉学した……そんな彼にまさか敵うわけないでしょう」


 エイジがまた一人、また一人と魔族をギタギタにするたびに、シルヴァの顔が晴れやかに、そして誇らしげになっていく。


「そうですわねぇ。貴女に何度も聞かされましたもの、彼の頑張り。それに……私との戦いでも何か掴んだようですしね?」

「私との…戦い? どういう、ことですか」


 鬼気迫る表情で詰め寄るシルヴァ。ダッキ、ピンチである。


「ぎくぅ⁉︎ しまった! つい口が……い、いえいえ、なんでもありませんのことよ、おほほほ……」

「今回ばかりは、逃しませんよ」

「あ、あはは……観念しますう」


 エイジが乱闘で魔族たちをズタズタにしているのを傍目に、ダッキは獣人の集落での出来事を話すことになったのだった。



 アロンダイトを取り出して変形。刃渡りを40センチにして眼前の斬撃を受け流し、後ろの敵を刺す。と思えば刃を三倍にして、剣の腹で辺りを薙ぎ払う。


「ヌウン!」


 右横から、体格だけならゴグにも匹敵するであろう大鬼が殴りかかる。その拳を前を向いたまま片手で受け止める。


「ヌォ……ギガガガ⁉︎」


 そのまま凄まじい握力で拳を握り潰す。骨の砕けるゴリゴリとした音が周囲に響く。


「あとでノクトに治療してもらえ。それで完治するからいいだろ」


 持つ部分を拳から前腕に変え、そのまま遠くに放り投げる。軌道も軽やかさも、ハンドボールを投げているのとそう変わらないだろう。


「ウオオオ!」


 前方からケンタウロスが大斧を振りかぶりながら走ってくる。そして振り下ろされる瞬間、エイジは一歩踏み出し柄を掴んで止める。そして右手のグローブを取ると、


「お返し、だ!」


 刃の部分を掴む。そして掴まれたところから急速に冷えていき、ある温度と圧力を迎えたところで、バキィ! と言う音とともに斧が砕け散った。


「ひっひいぃ!」


 獲物を砕かれたケンタウロスは、大きく後ろに跳ぶと逃げていった。


「うむ」


 周囲から魔族がいなくなり、ホッと一息。したのも束の間、彼の側頭を矢が貫いた…


「なっ、なんだ…?」


 あまりに手応えがなさすぎた。倒れもしなければ血も出ないし、頭蓋を貫いたにしては威力の減衰がなさすぎる。


「どーこみてんの、こっちだよこっち。」


 どこからともなくエイジの声が聞こえ、戸惑う狙撃手達。キョロキョロと辺りを見渡すが、彼の姿はない。


「おい、本気で探す気あるのか? こっち、上だよ上!」


 その言葉に一斉に上を向く狙撃手達。しかしそこにもいない、と思うと


「なっ、ばかな⁉︎」


 一人の首にエイジがナイフをあてがっている。


「な、なぜだ⁉︎」

「ハンッ、簡単な原理だ。自分と全く同じ座標に自分の幻影を作ったら、光屈折魔術で自分を透明にしたんだ。単体だと騙しきれんが、併用でこんなことができるんだよ。わかったか、オレはテメエらとは頭の出来がちげぇんだよ!」


 そこまで言うと抑えている魔族の後頭部を殴って気絶。


「はっ、魔眼よ!」


 左の髪をかき上げ目を露出させると強い紫の光が走る。光が収まった時、その範囲にいた者は体の所々が石になっているのに気づき、狂乱する。



 今の彼は、余裕を持ってボコボコにすべく解放率は四割になっている。相当の本気である。そんな彼の戦闘力は、上級魔族すら全く寄せ付けない。



 観客席にいた魔族達もまた、エイジが嫌いだった、認めたくなかった。だからエイジがボコボコにリンチされるのを楽しみにして来た。そのはずなのに……確かにリンチだ。ただ、それは彼らの予想とは逆だっただけだ。彼にかかっていった魔族から順に、魔術がなければ再起不能なほどの重傷を負わされていく。そして、


「よお、どうしたよ? テメエらもオレに不満があるんだろ? さあ、来な!」


 観客席にまで彼が跳躍してきたものだから、さあ大変。客席は恐慌に包まれ、我先にと逃げ出した。所詮、自ら戦おうという気のない臆病者どもに過ぎない。そして、彼はそんな卑怯者達を逃さない。バシィィィ!! という音が響くと、全ての入り口がランク5相当の結界によって塞がれる。


「ほら、鬱憤溜まってるんじゃないか? 好きにしていいんだぞ?」


 パニックを超え、ヤケになった魔族達が食ってかかってくる。しかし乱れた精神での攻撃は到底通じず、避けられて顔面に突きを喰らう。四方八方からかかっても、フックブロー裏拳エルボー上段回し蹴り……彼の格闘の前に崩れていった。


「おやおやぁ……もう終わりかい?」


 さすがにもう、ただの娯楽として見にきただけの魔族まで攻撃して損害を出すわけにもいかない。イラつきはしたが見逃してやることにして、踵を返す。向かった先は、再び闘技場の中央。反抗グループの生き残りの始末だ。


「な……なあ、許してくれよぉ……反省したからさぁ…」


 足元で転がっている切り傷だらけの魔族が、許しを乞うように懇願する。千里眼を使って数秒の未来予知をした彼は、ソイツを軽く回復してやると、そのまま背を向けて歩き出し…


「バカめ!」


 背後から魔術を喰らった。


「へへ……やったぜ……あれ?」


 しかし当たったのはエイジでなく、別のボロボロの魔族。と、後ろから悍ましい殺意を感じた。振り返ることすらできないでいると、


「ギヤアアアァァ!!?」


 左肩を踏み砕かれた。そしてエイジは残りの怯え震える魔族の元に今度こそ向かい…


「オレは、貴様らを決して赦さない。たかが個人の都合で、好みで! オレはおろかこの城ひいてはこの国の魔族全体に迷惑をかけ! 傷つけ!  もう堪忍袋の尾がきれた……死で以って償いやがれクズども!!! これで……終わりだ‼︎ 舞い踊れ! 『BURST』!!!」


 彼の絶叫と共にエイジの周りにありったけの剣、槍、斧、盾、魔導具、弓矢、魔法陣が展開され、彼の最強の必殺技が放たれ


「そこまでだ!!!!!」


 る直前、魔王の静止により一刹那寸前で止まった。


「エイジよ、やり過ぎだ。……もう、よいのだ」


 ベリアルはエイジに歩み寄り、叩きなどはせず、ただ肩に手を置いた。流石に魔王の命に背くわけにもいかず、瞑目する。そしてすべての武具が光に包まれ、消えた。


「後始末は、この私がやろう。今までご苦労だった。休むがいい」

「はい……暴走してしまい申し訳ありませんでした」


 頭を冷やせ、の意と捉えたエイジは、のそのそと部屋に戻っていった。



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