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魔王国の宰相 (旧)  作者: 佐伯アルト
Ⅱ 魔王国の改革
43/291

9 宰相の受難 ②/4

 「なるほど……」


 報告会議が終わり、彼は執務室に向かっていた。報告の内容は、主に被害と原因と思われる事項だったが、


「やはり…人為的に引き起こされている、か」


 その内容から推察するに、そう思わずにはいられなかった。軍用魔導具の暴発、魔導書の封印の解除、アンデッドやゴーレムの制御コード破壊による暴走、家畜魔獣用の柵の破壊……では誰が、何のために……。そんなことを考えていると、すぐにいつもの部屋の前にたどり着いていた。


 扉をゆっくり押し開け、執務室に入る。中を見れば、いつもより数人減っていて、残っている者達も疲労からか仕事が手につかないようだ。


「宰相殿、何故あのようなことを⁉︎」


 エイジが席につくと、部下の一人が詰め寄ってくる。あのこと、とは会議中にシルヴァに命じたことだろう。


「どうせ、言ってもわからんさ」


 エイジはニヒルに笑って目を合わせない。そんなエイジをその部下は疑念のこもった目で睨みつける。が、シルヴァが入室したことで諦め目を逸らす。


「ああそうだ、もう大丈夫だろう。そろそろ彼らを呼び戻して構わない」


 エイジの言葉を聞いた部下の一人が、疲れからか面倒そうな様子でゆっくり立ち上がり部屋を出て行こうとするが、エイジが呼び止め、


「おっと、ちょっと待て、追加だ。レイヴンとエレンさんに頼んで、食堂と焼却炉、それから二階をそれぞれ二時間半見張らせるようにな。その時も不審な動きをする奴がいないか目を光らさせろ、互いに監視させることも忘れずに、な。特に上級魔族だ」


 その部下もまた訝しそうな顔をするが、逆らえず大人しく出ていった。



 それから暫く、執務室は作業音だけが静寂の満ちた部屋に響いていた。エイジは黙々淡々と、早速ハンコの使用感を確かめようとばかりに仕事をこなしていく。秘書達も彼の傍で作業をしている。しかしそれ以外の者達は疲労だったり、また事件が起きて扉が蹴り開けられないか不安で、作業が手についていない様子である。さらに時折エイジの飛ばす意味不明な命令のせいで険悪な空気が流れる。



「さーて、お昼休憩だ! みな、しっかり休むといい。今日は三十分休みを延長しよう」


 その号令で、職員達の肩の力が抜ける。そしてそのまま突っ伏して寝る者、部屋を出て気分転換に行く者などさまざまである。と言っても元から力も入っていなければ、ため息してのそのそ移動するなど全く覇気がない。そんな様子を見て、エイジは危機感を募らせる。城の従業員たちの疲労とストレスの限界が近づいているのを感じたからだ。


「シルヴァ、道具の片付けはオレがやるから紅茶を淹れてきてくれないか?」


 注文を聞いたシルヴァは目を閉じて軽く会釈すると、テールを靡かせて退室する。と同時にダッキがそっとそばに寄って耳打ちしてくる。


「大丈夫ですの? 空気がどんどん険悪になっておりますわ」

「んなこた分かってる。それより、お前シルヴァが苦手なのか? それとも、信用できないと?」


「い…いえいえ! そんなことはありませんわ。ただ…

「うしろめたい、か?」


「……そうですわね。そうかもしません……おおっと、話題はそっちではありませんわ! この雰囲気、アナタはどうなさるおつもりですの?」

「そうだな……それに関しては、そろそろ尻尾が掴めそうだ。そう長くはない、と思う。あとはオレへの信用だが……ここの部署の人には、この目のことを、話しておくか」


「この、目?」


 とダッキが訊いたところでノックが鳴り、


「エイジ様、お持ちいたしました」


 トレイにカップとポットを載せたシルヴァが戻ってくる。その音にピクリと体を震わせ咄嗟に離れようとしたダッキだったが、エイジが裾を掴み引き寄せ耳打ちする。


「オレの眼の秘密、この国の幹部しか知らない最重要機密事項だ。後で話してやる。それと、オレは、シルヴァは裏切らないと確信している。オレの勘は外れる方だが、人を見る目だけはあるらしいからな」


 そう言って、紅茶を受け取りに行った。



「厨房の様子はどうだった?」


 エイジは自分の席に座り紅茶が注がれるのを待つ。シルヴァはその正面に立って、ダッキの方をチラチラ見ながら、お茶を淹れる。その紅茶に氷を少し入れて冷ますのも忘れずに。


「空気が張り詰めていました。互いに目を光らせていましたし、私が紅茶を入れる一挙手一投足に至るまで見張られていました。それに、この命令に対する不信感もあるようでして。」

「ふーん…」


 水面を見つめながら話を聞き、相槌を打つと紅茶を口に運ぶ。ちょうど良い温度だった。


「エイジ様、この件に関しては、流石に私も説明を求めます」

「怪しい動きはなかったか?」


「…ッ、エイジ様! 今は私が質問を

「怪しい動きは、なかったか」


 普段はしない、低く重い声でシルヴァを遮る。そのただならぬ圧に僅か気圧され、観念したように追及をやめた。


「……食堂においてはありませんでしたが、焼却炉や二階端の廊下で不審な動きをする者がいたと…」

「そうか……ならいいんだ。それと……その質問には、後で答えよう。……シルヴァ、君は、私を信じられるか?」


 エイジはシルヴァを見つめ、やや震える声で訊く。その問いにシルヴァは、ほんの少し逡巡すると、


「はい。信じます」


 毅然とした声で、芯を感じさせる目でエイジを真っ直ぐ見つめ返し、答えた。


「…そう。なら、この休みが終わる直前に、話すとしよう」


 シルヴァの強い返答に決心が固まったのか、エイジも覚悟した様子だった。



「宰相様、起きてください」


 肩を揺すられ、ソファで仮眠をとっていたエイジは目を覚ます。時計を見ると休み時間の終わるほんの数分前。そして両肩に重みを感じ横を見ると、シルヴァとダッキがもたれかかるように寝ていた。未だ慣れない女性の匂いだとか、この寝姿を今まで見ていられていたのかだとかでちょっと恥ずかしくなって、顔がやや熱くなったのを感じながらも二人を揺すり起こす。


 揺すられて起きたダッキは、時計を見て、そしてすぐ近くのエイジを顔を見ると、微笑んで目を瞑り再びスヤァ…


「いや起きろよ!」


 一方、数度添い寝したことで慣れていたダッキと異なりシルヴァは、覚醒して状況に気付くなり、


「し、失礼しました!」


 飛び起きて離れる。彼女の色白い肌には頬の朱はとても目立ち、またその珍しく可愛らしい様子にエイジも心の中で悶える。本当はもう少し堪能したかった。が、もう再開の時刻、いつまでもそんなことはしていられない。



「ゔゔん、さて業務再開と行くが、その前に…」


 エイジはまた数人に指示を出して、部屋の外の業務に従事するよう要求する。彼らは不服そうだったが、早くも寝ぼけ眼から脱したエイジの強気な語気に渋々了承し、部屋を出ていった。


 そして業務が再開された。しかし休憩したから少々マシとはいえ全体的に士気が低く、秘書二人はチラチラとエイジのことを見て、あることが気になっている様子である。そんなことなど気にも留めず淡々と仕事をこなしているエイジだが、そんな彼のもとに一人の魔族が立ち上がって近づく。


「ん、何の用かな?」

「またですか! この指示はいったい何なのですか⁉︎」


 激しく糾弾される。エイジはまるでこうなるのがわかっていたかのように黙ったままだ。


「結局何も起こらなかったではないですか!」

「バカ言え、何も起こらなかったんじゃない、先に手を打って未然に防いだんだ」


 ならなんでそんなことがわかるのか、とでも言いたげな目だ。


「ならいいだろう、この国のスーパートップシークレット、オレの能力の話をしておこう」


 エイジは席を立つと、扉の前まで行って鍵を閉める。そのまま振り返り、部屋全体に聴こえるように話し始める。


「オレは特殊な眼を持っている。その名は千里眼、少し先の未来が見れる。と言ってもいくつかの制約はあるがな」


 その告白に、例外なく誰もが驚き、固まる。


「よく考えてみれば、この能力を使って未然に防げたなぁと。だから昼頃から眼を使って事故発生を先読み、人を派遣して予防したってわけだ。おっとぉ、今は私のターンだ。話なら後で聞くからまあ待て」


 口を開きかけた魔族を制して話し続ける。


「で、今まで使わなかったのには理由がある。一つ目と二つ目の事件ではここまで連続して起こるとは思っていなかった。三つ目は夜中だし、ないだろうと。仕事に集中してたしな。魔獣脱走は直前まで寝てたし。」


 ようやく何とか彼の言っていることがわかってきたという顔をする面々。しかしわかったらそれはそれで、それが事実で、またとんでもないことだということを理解し、もう一周回って混乱するわけだが。


「つまりまあ、根比べというわけだ。オレがこの眼で先手を打ち続ければ、犯人どもは痺れを切らして強硬手段に出るはずだ。実際、それは後に起こる事件ほど証拠が出てくることから容易に推測できる。その時に取り押さえて尋問すればいい。要するに、私を信じて待っていてほしい」


 ようやく、いくらか納得したようだ。エイジもこんなこと話しても信じられないだろうからはぐらかしてきたのだ。


「最後に念押しだ。今、この部屋にいるもの以外には決して口外するなよ? ここにいない統括部メンバーにもだ。さっき言った通りこれは幹部しか知らない超級機密だからな。さて、わかってくれたかな? では安心して業務を再開してくれ」


 一通り話し終えると鍵を開けて席に戻る。そして席につくなり秘書二人を手招きする。流石の二人も未だ信じられないといった様子であるが。


「一応、君たちだけには言っておこう。この千里眼、そう遠くの未来までは見れない。せいぜい半日が精一杯だ。加えて望んだ時点が確実に見れるわけでもなし。ついでにオレ自身に起こること、自分の運命はわからない。それどころか、この能力を使うたびに気力、精神が消耗していく。つまり多用はできない。要するに、短期決戦なんだ」


「なぜ、私たちだけに話すのですか?」

「それはだ、オレは君たちを信頼してるし、信用しているからだ。逆に、それ以外は信じ切っていない。特に先ほど部屋から出した奴らはな。」


「いいんですかぁ? わたくしなんかを信じてしまって?」


 ダッキは妖しい笑みを浮かべ、煽るのだが、


「ああ、信じるさ」


 エイジはダッキをまっすぐ見つめ、微笑みかける。当のダッキは、恥ずかしくなってつい顔を背けてしまった。



 そしてそれから数時間、時折エイジが千里眼を使って未来予知し、その指示に部下たちは不満げな様子もなく従って、眼の使用で疲労したエイジを秘書二人がケアする。そして、


「エイジ様、会議の時間でございます。」

「えっ……会議?」


「はい。16時半にベリアル様及びレイヴン様との会議が予定されております。」

「………あっ!!! 完全に忘れてた! さすがシルヴァ、超優秀‼︎」


「お褒めに預かり、恐悦至極でございます」


 ちゃんと余裕を持って30分前に通知してくれたため、焦ることなく秘書二人と部下から一人選んで、前もって移動を始める。

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